| 2. |
研究手法と成果 |
| モデルマウスLoxSOD1G37Rは、SOD1遺伝子に活性型の遺伝子変異(SOD1G37R)を持ち、SOD1酵素活性が保たれています。研究グループは、このLoxSOD1G37Rと、シュワン細胞だけに選択的にCreタンパク質※6を発現するマウス(P0-Cre)を交配し、活性型変異SOD1(SOD1G37R)をシュワン細胞だけから除去したモデルマウスを作製しました。このマウス(LoxSOD1G37R / P0-Cre+)を使って、疾患の発症時期、生存期間、罹病期間(疾患の進行)※7を調べました。罹病期間については、活性型変異SOD1(SOD1G37R)をシュワン細胞から除去したマウスと、LoxSOD1G37Rマウス、SOD1酵素活性を持たない(不活性型)遺伝子変異のSOD1G85Rマウスとを比較検討しました。さらに、シュワン細胞から活性型変異SOD1(SOD1G37R)を除去したマウスを用いて、さまざまな神経栄養因子の遺伝子発現の増減を調べました。 |
| (1) |
シュワン細胞から活性型変異SOD1(活性型SOD1G37R)を除去したマウスの生存期間 |
| シュワン細胞から活性型変異SOD1(SOD1G37R)を除去したマウスは、SOD1酵素活性を持つLoxSOD1G37Rと比べ、ALSの発症時期にほとんど違いがみられませんでしたが、生存期間が約42日短縮しました。その結果、罹病期間は活性型変異SOD1未除去群(LoxSOD1G37R)が約61日に対し、除去群では約21日と、約3分の1になりました。これは病気の進行が著しく加速したことを意味しています(図1)。 |
| (2) |
シュワン細胞から活性型変異SOD1(SOD1G37R)を除去したマウスの罹病期間 |
| シュワン細胞から活性型変異SOD1(SOD1G37R)を除去すると、ALSモデルマウスLoxSOD1G37Rに比べて罹病期間が著しく短縮し、不活性型の変異を持つSOD1G85Rマウスとほぼ同程度となりました(図2)。シュワン細胞から変異型SOD1(活性型SOD1G37R)を除去したマウスとSOD1G85Rマウスの平均生存期間はほぼ等しく約13カ月でした。 |
| (3) |
シュワン細胞から活性型変異SOD1(SOD1G37R)を除去したマウスでの神経栄養因子の発現 |
| シュワン細胞から活性型変異SOD1(SOD1G37R)を除去すると、神経栄養因子であるIGF-1の産生が50%程度低下し、ALSの進行は加速することが示されました(図3)。 |
| 以上の結果から、シュワン細胞におけるSOD1活性は、ALSの進行に強く関与していることが分かりました。アストロサイトやミクログリアでは、活性型変異SOD1(SOD1G37R)を除去するとALSの進行が遅くなったのに対し、シュワン細胞では逆に、活性型変異SOD1(SOD1G37R)を除去するとALSの進行は速くなりました。これはまったく予想外の結果でしたが、シュワン細胞は変異型SOD1の毒性※8にはさほど影響をうけず、むしろシュワン細胞において活性酸素を除去するSOD1の酵素活性が失われることで、ALSの疾患進行が加速すると考えられました。これまで治療の標的としてあまり注目されてこなかったシュワン細胞を正常化することで、ALSを治療できる可能性が実験的に明らかになりました。 |
| ※1 |
シュワン細胞、軸索 |
| シュワン細胞は末梢神経系に特異的に存在するグリア細胞。神経細胞の細胞体からは、神経情報を出力するための神経繊維からなる軸索(Axon)が伸びており、ヒトの運動神経の軸索は最長で1mに及ぶものがある。軸索の周囲には髄鞘(ミエリン)という絶縁体が何重にも巻きついており、神経伝達の効率を高めているが、このミエリンは末梢神経ではシュワン細胞、中枢神経ではオリゴデンドロサイトによって作られている。一本の軸索につき、約1,000個のシュワン細胞がその周囲を取り巻いている。また、シュワン細胞は神経栄養因子を産生したり、神経損傷時に軸索再生を促進したりする働きがある。
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| ※2 |
SOD1遺伝子 |
| 生物の細胞内で発生する、有害な活性酸素であるスーパーオキシドを解毒する反応系を触媒する酵素「スーパーオキシドジスムターゼ」をコードする遺伝子。遺伝型のALSでは、この遺伝子に変異が見られる。 |
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| ※3 |
IGF-1 (Insulin-like Growth Factor 1:インスリン様成長因子) |
| 成長ホルモンの刺激により分泌されるペプチドで、全身のほとんどの細胞がその影響を受ける。神経細胞では、その生存や機能維持への効果が知られ、ALSモデルマウスにおける運動神経保護効果も示されている。ALS患者を対象とした臨床治験が長年行われてきたが、最近の研究結果ではその有効性に関して否定的である。 |
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| ※4 |
アストロサイト |
| 神経細胞の数の10倍存在するといわれ、中枢神経系において最も主要なグリア細胞。神経細胞への神経栄養因子の供給や、神経損傷の修復、シナプス活動の調節など多岐にわたる機能を持つことが知られている。 |
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| ※5 |
ミクログリア |
| 中枢神経系に存在するグリア細胞。病原体による感染や、神経損傷の際に生じる死細胞や病原体を除去する働きを持つ。 |
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| ※6 |
Creタンパク質 |
| 大腸菌に由来する酵素。特定のDNA配列(Lox配列と呼ばれる)を認識し、その間にあるDNAを除去する。特定の細胞群における遺伝子の働きを調べる目的で、Creタンパク質を細胞群選択的に発現するマウスが研究によく使われている。 |
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| ※7 |
発症時期、生存期間、罹病期間(疾患の進行) |
| 発症時期は、ALSの症状を示し始めた時期(本研究では体重減少の開始点)を指し、生存期間は、モデルマウスの誕生から死亡までの期間をいう。罹病期間は、発症時期から死亡までの期間(=生存期間―発症時期)にあたる。罹病期間が延長すると、病気の進行が遅延したと考えられる。 |
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| ※8 |
変異型SOD1による毒性 |
| 遺伝型のALSではSOD1遺伝子に変異が見られるが、この酵素の活性が失われるために運動神経の細胞死が起こるのではなく、変異型SOD1が酵素活性とは無関係の毒性を発揮することが神経細胞死の原因と考えられている。毒性に関しては多くの学説があるが、現時点でその詳細は不明である。 |