プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
メタン酸化反応で生成する分子の散乱状態を可視化、複数の反応経路を観測
- メタンと酸素原子の反応は、「挿入」、「引き抜き」のどっち・・? に結論 -
平成20年11月10日
◇ポイント◇
  • 成層圏における酸素原子とメタンの化学反応を実験室で再現
  • メタン酸化反応で生成する分子の軌跡をイオン化などで選別
  • 「挿入」、「引き抜き」の2つの反応の存在をスクリーン投影で確認
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、成層圏※1の最も基本的な反応の1つである活性酸素原子(O*※2とメタン分子(CH4)の化学反応について、生成分子であるメチルラジカル(CH3)の振動・回転状態を選別しながら、その散乱分布を可視化することに世界で初めて成功しました。これにより、これまで論争となってきたO*による「挿入反応」と「引き抜き反応」の2つの反応経路が、共に存在していることを初めて実験的に同定することができました。理研基幹研究所(玉尾晄平所長)鈴木化学反応研究室の高口博志専任研究員(現広島大学准教授)、小城吉寛基礎科学特別研究員、鈴木俊法主任研究員による研究成果です。
 オゾンホールが注目されている成層圏では、活性酸素原子(O*)はさまざまな化学反応の中心的役割を担っています。オゾン(O3)が太陽の紫外線で光分解されて生成するO*は、反応性が非常に高く、メタン分子(CH4)や一酸化窒素、水など周囲に存在する分子と高速に化学反応を引き起こすためです。その代表例となっているO*とCH4との反応では、ヒドロキシラジカル(OH)とメチルラジカル(CH3)を生成します。数々の研究の結果から、この反応をミクロな視点で見ると、O*がC-Hの原子結合の間に割り込む形で付加し、メタノール(CH3OH)反応中間体を形成して反応が進行する、とされていました(挿入反応)。しかし一方で、O*は、C-H結合の外側から水素原子を引き抜き、中間体を形成しないで反応が進行する、とも考えられていました(引き抜き反応)。ただし、どちらの経路でも結果的に同じ分子が生成するので、区別して観察することが難しく、その解明はされていませんでした。研究グループは、O*とCH4を真空中で衝突させ、化学反応で生成するCH3の振動・回転状態を選別しながら、それらがどのような速度で、どのような角度に放出するかを計測し、その散乱の様子から、2つの反応経路が共に存在することを観測しました。また、理論的な計算で数kcal/mol(キロカロリー/モル)程度と予測されていた「引き抜き反応」の反応障壁※3の高さは、実験的に5.6 kcal/mol以下と測定することができました。複数の機構が絡む複雑な化学反応の解明のためには、こうした従来にない、革新的な実験手法が必要です。今後もこの手法は、さらに多くの化学反応について、これまでよりも詳細に研究するための重要な手段になると考えています。
 本研究成果は、英国化学会の科学雑誌『Physical Chemistry Chemical Physics』オンライン版(11月7日付け:日本時間11月8日)に掲載されました。


1. 背景
 成層圏のオゾン層は、太陽からの有害な紫外線を遮断し、地球上の生命活動を保護する重要な役割を担っています。オゾン(O3)は、酸素原子3個からなる分子で、紫外線を吸収すると、電子が励起した状態の活性酸素原子(O*:*はエネルギーが高い、電子励起状態である印です)と酸素分子(O2)に分解します。この活性酸素原子(O*)は、化学反応性が非常に高く、成層圏の化学反応の中心的な役割を担っています。しかし、その反応機構にはさまざまな論争がありました。例えば、温室効果ガスの1つであるメタン分子(CH4)とO*の反応では、O*がC-H結合に割り込む形で付加し、メタノール(CH3OH)反応中間体を形成して反応が進行するという主張がされていました(挿入反応)。しかし一方では、O*が、C-H結合の外側から水素原子を引き抜き、中間体を形成しないで反応が進行する、とも考えられていました(引き抜き反応)。反応経路が複数あれば、分子の衝突エネルギー※4に対する反応性の大きさも変わってきます。しかし、2つの反応経路を直接見た例はもちろんなく、スーパーコンピューターを使った化学反応の理論計算の精度も十分ではありません。実際に、どのように2つの反応経路が存在するかについて、実験的に判断するのは大変難しい問題でした。


2. 研究手法
 研究グループは、O*とCH4を真空中で衝突させ、化学反応で生成するメチルラジカル(CH3)の振動・回転状態を選別しながら、CH3がどのような速度でどのような角度に放出するかを世界で初めて可視化し、2つの反応経路が共に存在することを明瞭に観測しました。
 まず、反応させたい原子・分子を真空中に吹き出させ、直径数ミリメートルの穴を通して細いビームに整形し、速度と方向の揃った「分子(原子)線」を作ります。こうして、O*の原子線とCH4の分子線とを交差させると、交差点で化学反応が起こります。今回の実験は、衝突エネルギーを5.6kcal/molという条件で実施しました。次に、レーザーの光をこの交差点に照射します。このレーザー光は、分子の状態を調べるためのもので、分子の種類と振動・回転といった運動状態によって、吸収するレーザー光の色(波長)が違うことを利用して、交差点における分子の分析をします。反応で生じたCH3の中から、ある定まった振動、回転運動をするものだけをレーザー光で選別、イオン化して、特殊なスクリーンに投影する手法を独自に開発し、CH3の散乱速度や角度を画像としてとらえることに成功しました(図1)。


3. 研究成果
 さまざまな振動、回転運動をしているCH3の散乱画像を観測し、解析を行いました。その結果の中で、ほとんど振動・回転運動をしていない状態のCH3を選別した画像には、CH3がCH4の初速度方向とほぼ同じ方向に放出されたことを表す「高い山」と、初速度方向と反対に「跳ね返るように放出された輪」の構造が観察されました(図2)。一方、激しく回転しているCH3を観察した場合には、「高い山」は現れましたが、「跳ね返るように放出された輪」は見られませんでした。これら2つの特徴は、それぞれ「挿入反応」と「引き抜き反応」によるものです。それぞれの反応が進行する様子から、CH3が飛び出す方向に違いがあることが見て取れます(図3)。理論計算によると、「挿入反応」はあらゆる衝突エネルギーで起こる可能性がありますが、「引き抜き反応」には数kcal/mol程度の反応障壁があると考えられており、それを乗り越える衝突エネルギーが必要でした。衝突エネルギーが5.6kcal/molという実験条件で「引き抜き反応」が観測されたことから、その反応障壁は5.6kcal/molより低いことが初めて実験で分かりました。


4. 今後の期待
本研究により、O*の反応には、確かに2つの反応経路があることを初めて実験的に確認することができました。このように、大気中で起きている化学反応を実験室で再現して、ミクロな化学反応機構を探る研究は、グローバルな気候変動や環境変化の理解につながる極めて重要な課題です。本研究で開発した化学反応の可視化装置は、大気中のO*の反応に限らず、さらに多くの化学反応のメカニズムを目に見える形で明らかにするために、大きく役立つことが期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
基幹研究所 鈴木化学反応研究室
主任研究員 鈴木 俊法(すずき としのり)

Tel: 048-467-1411 / Fax: 048-467-1403
基礎科学特別研究員 小城 吉寛(おぎ よしひろ)

Tel: 048-467-1434 / Fax: 048-467-1403

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 成層圏
地球の大気の層は、地表付近から高度約10 kmまでが対流圏、高度約10〜50 kmが成層圏と呼ばれている。「オゾン層」は成層圏にあり、特に高度20〜25 kmの範囲でオゾンの密度が最も高いとされている。
※2 活性酸素原子(O*
酸素原子は、酸素原子核と8つの電子から構成されている。個々の電子は地球が自転するように回転していて、その向きによって+1/2か−1/2の「スピン量子数」を持っている。最もエネルギーの低い安定な状態(電子基底状態)の酸素原子では、電子はK殻に2個、L殻に6個入り、スピン量子数の合計は1になっている。一方、O*は、スピン量子数の組み合わせだけが異なり、その合計が0である。基底状態と比べてエネルギーが高く不安定な状態(電子励起状態)であり、ほかの分子と電子のやりとりを行いやすいため、反応性が高いことが特徴である。
※3 反応障壁
反応を起こすために乗り越えなければならないエネルギーの峠のこと。計算によってこの峠の高さを見積もることは現在でも困難で、今回の研究で、メタン酸化反応における「引き抜き反応」の反応障壁の高さは5.6 kcal/molよりも低いことが分かった。
※4 衝突エネルギー
2つの化学種(原子、分子)が衝突する際に、2つの化学種の相対速度と、それぞれの質量で決定される衝突の時に生じるエネルギー。相対速度が高いほど、質量が大きいほど、衝突エネルギーは大きくなる。ただし、衝突エネルギーが大きいと反応する確率も高い、とは限らず、反応の種類によってその依存性は異なる。


図1 実験の概念図


図2 メチルラジカル(CH3)の散乱の様子を観察した画像の一例
画面左上からO*の原子線が、右下からCH4分子線が相対的に近づく。×印の位置で衝突し、化学反応が起こってCH3を生成する。飛んできたCH3の量が多いほど、その位置に高い山が表示される。ほとんど振動、回転していないメチルラジカル(CH3)を観察した場合、「挿入反応」によるCH3(黄色く染まった部分)と「引き抜き反応」によるCH3(黄色く染まった部分の反対側にある紫色の輪のような構造)が明瞭に確認できた。


図3 「挿入反応」と「引き抜き反応」の概念図
反応機構によってCH3の飛び出す方向は異なる。生成分子の振動や回転の様子が異なることも解析から明らかになった。

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