プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
環境ストレス応答時のクロマチンの状態変化を同定
- 植物の複雑な環境ストレス応答・適応ネットワークのメカニズムの鍵を解明へ -
平成20年9月9日
◇ポイント◇
  • ヒストン修飾の量・質的変化が、環境ストレス応答性遺伝子の転写制御に関与
  • 乾燥ストレス応答性遺伝子領域では遺伝子転写活性とヒストン修飾の変動に時間差
  • 乾燥ストレス応答性遺伝子領域に、2タイプのクロマチン構造を発見
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、シロイヌナズナ※1が乾燥ストレスを受けて誘導する遺伝子の発現状況(量)が、ヒストン修飾※2の量・質的な変化に相関していることを、クロマチン※3免疫沈降法※4を駆使し、明らかにしました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)植物ゲノム発現研究チームの関 原明チームリーダーと金 鍾明 研究員らによる研究成果です。
 真核生物※5の遺伝子発現制御には、DNA-ヒストン複合体などで構成されるクロマチンの構造が、ヒストン修飾変化を伴って変化することが知られています。しかし、植物の遺伝子発現研究では、このクロマチン構造変化を介した遺伝子発現制御についてはほとんど知られていません。研究チームは、これまでに植物の乾燥・低温・塩などの環境ストレスに対する応答機構を分子レベルで解析してきました。今回、環境ストレスの1つである乾燥ストレスに対して植物が応答する際に、複数のヒストン修飾変化を伴うクロマチンの状態変化が、乾燥ストレス誘導性遺伝子の発現領域で起きていることを明らかにしました。これら乾燥ストレス応答性の遺伝子領域には、それぞれ特有のヒストン修飾パターンが存在していました。また、これら乾燥ストレス応答性の遺伝子領域にはRNAポリメラーゼII※6の蓄積とヒストン修飾の蓄積のタイミングに時間差があることを明らかにしました。さらに、乾燥ストレス応答性遺伝子領域のクロマチン構造には、ストレス応答前から転写制御領域のヌクレオソーム密度※7がもともと低いタイプと、ストレス応答に伴ってヌクレオソーム密度が減少していく、2つのタイプがあることを見いだしました。
  研究は、植物の乾燥ストレス下でのクロマチン状態変化を介した遺伝子発現調節機構が存在することを、シロイヌナズナに最適化したクロマチン免疫沈降法を用いて初めて明らかにしたものです。乾燥ストレス応答遺伝子の発現調節機構をクロマチンレベルで解析し、植物の複雑な環境ストレス応答・適応メカニズムの解明につながると期待できます。
 本研究成果は、日本植物生理学会の学術誌『Plant and Cell Physiology』(49巻10号)に掲載されます。


1. 背景
 温暖化による地球規模での環境破壊や気候変動が、世界的に大きな問題となっています。想定外の干ばつなどによる農業生産力の低下は、世界の食糧事情を直撃し、世界人口の維持に不安を与えるだけでなく、地球規模でのエネルギー問題の表面化にまで発展しています。このような危機的状況の下、乾燥をはじめとする環境ストレス応答時の植物の応答・耐性獲得機構の解明とその応用は、緊急に取り組むべき重要な課題と1つとなっています。研究チームは、植物の乾燥、低温、塩などのストレスに対し発現応答する遺伝子を多数同定するだけでなく、環境ストレス応答時の転写制御機構の解明を、国内外の研究グループと共同で進めています。
 真核生物の遺伝子発現制御には、DNA-ヒストン複合体などで構成されるクロマチンの構造が、ヒストン修飾変化を伴って変化することが知られています。効率的かつ効果的に遺伝子発現を制御するには、ストレス応答性遺伝子の発現制御機構をクロマチンレベルでより詳細に解析することが不可欠です。しかし、環境ストレス応答性遺伝子の発現制御機構に関して、クロマチンレベルでの調節機構の存在とその関与についてはよくわかっていませんでした。


2. 研究手法と成果
 クロマチン免疫沈降法は、タンパク質に対する特異的抗体を用いてDNAとタンパク質の相互作用(結合)を研究する方法の1つで、遺伝子発現調節、クロマチン構造変換などの研究を進める上で非常に有効な方法となっています(図1)。そこで、研究チームは、シロイヌナズナに最適化したクロマチン免疫沈降法の開発を行い、これを用いて、4つの乾燥ストレスに応答して発現する遺伝子(RD29ARD29BRD20およびRAP2.4)について、乾燥ストレス応答・発現時のクロマチン構造とヒストン修飾の経時的変化(無処理:0時間、乾燥処理:1時間、2時間、5時間)を調べました。
(1) 環境ストレス応答遺伝子の転写制御に関与するヒストン修飾の量・質的変化を同定
 寒天培地上で生育させた2週齢のシロイヌナズナに、乾燥ストレス処理を施したサンプルを用いて、ヒストンH3のアミノ末端に存在する5種類のヒストン修飾部位(K4、K9、K14、K23、K27)(図2)を、それぞれ特異的に認識する抗体を用いて、クロマチン免疫沈降実験を行い、4つの乾燥ストレス応答性遺伝子領域でのヒストン修飾の量・質的変化を経時的に調べました。
 その結果、これら乾燥ストレス応答性遺伝子領域において、乾燥ストレスに応答したヒストン修飾量の上昇、蓄積を検出しました。また、ヒストン修飾のうち、K4のトリメチル化(H3K4me3)とK9のアセチル化(H3K9ac)は共通して、これら4つの遺伝子領域で上昇していました。さらにK23のアセチル化(H3K23ac)とK27のアセチル化(H3K27ac)は、RD29A遺伝子以外の3つの遺伝子領域で上昇しており、これらのヒストン修飾の種類と量が遺伝子ごとに異なるパターンを持つことが判明しました(図3)
(2) 植物における遺伝子転写活性とヒストン修飾の変動に時間差があることを検出
 次に、遺伝子の転写活性に直接機能するRNAポリメラーゼIIに特異的な抗体を用いて、クロマチン免疫沈降実験を行い、各ヒストン修飾の上昇、蓄積の経時的変化と比較しました。その結果、乾燥ストレスに対して早い応答を示す遺伝子領域では、ヒストン修飾(H3K4me3)が最大値に達するよりも早く、RNAポリメラーゼIIの蓄積が最大値に達することがわかりました(図4)。このことから、乾燥ストレスに早応性の遺伝子領域では、遺伝子活性化とクロマチン状態変化との間に時間差のあることを見いだしました。これは乾燥ストレス応答性遺伝子の発現の安定化に、ヒストン修飾(H3K4me3)が関与することを示唆するものです。これまでの植物を用いたクロマチン研究では、遺伝子転写活性とクロマチン状態変化の時間差についての報告例がなく、本研究が世界で初めての成果報告となります。
(3) 乾燥ストレス応答性遺伝子領域には2タイプのクロマチン構造があることを同定
 さらに、乾燥ストレス応答性遺伝子領域のヌクレオソーム密度とその経時的変化を検出するため、ヒストンH3を特異的に認識する抗体を用いたクロマチン免疫沈降実験を行いました。その結果、ストレス応答前から転写制御領域のヌクレオソーム密度がもともと低いタイプと、ストレス応答に伴ってヌクレオソーム密度が減少していく、2つのタイプがあることを見いだしました(図5)。このことは、乾燥ストレス応答性遺伝子の発現領域では、ストレスに即応するために、転写制御領域のクロマチン構造がはじめから緩んでいるタイプと、ストレスに応じてクロマチン構造が経時的に変化し、遺伝子発現を調節している2つのタイプがあることを示しています。


3. 今後の期待
 植物の乾燥ストレスに応答するクロマチン状態の変化を解析したことで、乾燥ストレス応答性遺伝子の発現制御メカニズムの解明に新たな側面が切り開かれました。しかし、複雑な環境ストレス応答のネットワーク解明には、ゲノムワイドなクロマチン状態変化の解析が不可欠です。今後は、本研究成果を出発点として、クロマチンを介した遺伝子制御メカニズムのより詳細な解明を進め、ストレス耐性作物などへの多様な応用・利用に貢献することを目指します。


(問い合わせ先)

独立行政法人 理化学研究所
植物科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明 (せき もとあき)
研究員 金 鍾明 (きむ じょんみょん)

Tel: 045-503-9587 / Fax: 045-503-9584
横浜研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 シロイヌナズナ
学名はArabidopsis thaliana (L.) Heynh. 全長約30〜40 cmのアブラナ科一年生草本植物。北半球のほぼ全域の冷温帯にかけて広く分布している。自家和合性をもち、基本的に自家受粉で次世代の種子をつくるが、人工交配による他家受粉も可能である。通常、秋に発芽して冬を越した後、春から夏にかけて日が長くなると花が咲く長日植物である。広大な圃場を必要とせず、実験室内の蛍光灯で育成可能である。実験室内では約2カ月で次世代の種子をつける。2倍体で、5対の染色体を持つ。ゲノムプロジェクトなどにより、ゲノムサイズは約1.3億塩基対、全遺伝子数は約30,000個であることが判明している。
※2 ヒストン修飾
ヒストンとはDNAと高い親和性を示す強い塩基性のタンパク質である。主にH2A、H2B、H3、H4と呼ばれる4種類のヒストンが、それぞれ2分子ずつ集まって球状のヒストン8量体を形成し、この周りに、約150塩基対のDNAが巻きついて、クロマチン構造の最小単位であるヌクレオソームを形成する。ヌクレオソームからは、各ヒストンのアミノ末端領域が突出している。このアミノ末端上の特定アミノ酸残基がアセチル化やメチル化などの化学修飾を受けることで、クロマチン構造が弛緩、凝集して遺伝子発現調節に関与している。シロイヌナズナのヒストンH3アミノ末端領域には5カ所のアセチル化(H3K9ac、H3K14ac、H3K18ac、 H3K23ac、H3K27ac)と3カ所のメチル化(H3K4me、H3K9me、H3K27me)を受けるリジン残基がある。
※3 クロマチン
クロマチンとは、真核細胞の核内に存在するDNAとタンパク質の複合体のことを表す。基本的にはDNAがヒストン8量体に巻きついたDNA-ヒストン複合体を形成しており、これをヌクレオソームと呼ぶ。こうした構造がリンカー部分を含む150〜200塩基対の周期で繰り返され、ビーズ状につながり、さらにこのヌクレオソーム繊維が折り畳まれ、直径30 nmのクロマチン繊維(30 nmファイバー)を形成する。
※4 クロマチン免疫沈降法
タンパク質に対する特異的抗体を用いて、DNAとタンパク質の相互作用(結合)を研究する方法の1つ。クロマチン状態と相関するヒストンの化学修飾を検出できるだけでなく、さまざまなDNA結合性転写因子や非結合性タンパク質のクロマチン上での局在を解析するためにも用いられ、遺伝子発現調節、クロマチン構造変換などの研究を進める上で不可欠な方法。
※5 真核生物
動物、植物、菌類、原生生物など、個体を構成する細胞の中に細胞核と呼ばれる構造を有する生物のこと。
※6 RNAポリメラーゼII
真核生物において、DNAを鋳型としてヌクレオチドを重合させメッセンジャーRNA(mRNA)を合成(転写)するための酵素。
※7 ヌクレオソーム密度
クロマチンの構成単位であるヌクレオソームは、細胞核の中でDNAを染色体へと圧縮し、遺伝子の発現を調節する。通常、遺伝子発現量の多いゲノム領域では、ヌクレオソームの存在密度が低く、転写活性に関わる因子が接近、結合しやすい構造をとることが知られている。


図1 クロマチン免疫沈降法


図2 シロイヌナズナ ヒストンH3アミノ末端領域の化学修飾部位


図3 乾燥ストレス処理時のヒストン修飾変化
乾燥ストレス応答性遺伝子であるRD29ARD29BRD20およびRAP2.4では乾燥ストレス処理に応答して蓄積するヒストン修飾の種類、量および修飾領域に、それぞれ特異的な差異があることがわかった。


図4 乾燥ストレス応答性遺伝子RD29A遺伝子上でのヒストンH3K4me修飾と
RNAポリメラーゼII蓄積の経時的変化
乾燥ストレスに応答してヒストン修飾量が蓄積していることを示す一例。グラフ中の横軸の数字は、クロマチン免疫沈降法を用いて検出を行った遺伝子領域上の位置を示す。(1:遺伝子コード領域の500塩基以上上流、2:遺伝子コード領域上流のプロモーター配列(pro)周辺、3:遺伝子コード開始領域付近、4:遺伝子コード領域の中央付近、5:遺伝子コード終止領域付近、6:遺伝子コード領域の下流300塩基付近)
乾燥ストレス応答性遺伝子であるRD29Aの遺伝子領域では、ヒストンH3のK4のトリメチル化(H3K4me3)が、乾燥ストレス処理の時間経過に伴って上昇、蓄積していることが明らかとなった。また、同じ遺伝子領域上で転写に直接機能するRNAポリメラーゼIIの蓄積は、H3K4me3に比べて早い時期に上昇、蓄積し、最大値に達することがわかった。


図5 乾燥ストレス処理時のヌクレオソーム密度
乾燥ストレス応答性遺伝子領域のヌクレオソーム密度とその経時的変化を検出した。ストレス応答前から転写制御領域(グラフ横軸2の領域)のヌクレオソーム密度がもともと低いタイプ(RD29A遺伝子領域)と、ストレス応答に伴ってヌクレオソーム密度が減少していくタイプ(RD20遺伝子領域)の、2つのタイプがあることを見いだした。

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