| 2. |
研究手法と成果 |
| クロマチン免疫沈降法は、タンパク質に対する特異的抗体を用いてDNAとタンパク質の相互作用(結合)を研究する方法の1つで、遺伝子発現調節、クロマチン構造変換などの研究を進める上で非常に有効な方法となっています(図1)。そこで、研究チームは、シロイヌナズナに最適化したクロマチン免疫沈降法の開発を行い、これを用いて、4つの乾燥ストレスに応答して発現する遺伝子(RD29A、RD29B、RD20およびRAP2.4)について、乾燥ストレス応答・発現時のクロマチン構造とヒストン修飾の経時的変化(無処理:0時間、乾燥処理:1時間、2時間、5時間)を調べました。 |
| (1) |
環境ストレス応答遺伝子の転写制御に関与するヒストン修飾の量・質的変化を同定 |
寒天培地上で生育させた2週齢のシロイヌナズナに、乾燥ストレス処理を施したサンプルを用いて、ヒストンH3のアミノ末端に存在する5種類のヒストン修飾部位(K4、K9、K14、K23、K27)(図2)を、それぞれ特異的に認識する抗体を用いて、クロマチン免疫沈降実験を行い、4つの乾燥ストレス応答性遺伝子領域でのヒストン修飾の量・質的変化を経時的に調べました。
その結果、これら乾燥ストレス応答性遺伝子領域において、乾燥ストレスに応答したヒストン修飾量の上昇、蓄積を検出しました。また、ヒストン修飾のうち、K4のトリメチル化(H3K4me3)とK9のアセチル化(H3K9ac)は共通して、これら4つの遺伝子領域で上昇していました。さらにK23のアセチル化(H3K23ac)とK27のアセチル化(H3K27ac)は、RD29A遺伝子以外の3つの遺伝子領域で上昇しており、これらのヒストン修飾の種類と量が遺伝子ごとに異なるパターンを持つことが判明しました(図3)。
|
| (2) |
植物における遺伝子転写活性とヒストン修飾の変動に時間差があることを検出 |
| 次に、遺伝子の転写活性に直接機能するRNAポリメラーゼIIに特異的な抗体を用いて、クロマチン免疫沈降実験を行い、各ヒストン修飾の上昇、蓄積の経時的変化と比較しました。その結果、乾燥ストレスに対して早い応答を示す遺伝子領域では、ヒストン修飾(H3K4me3)が最大値に達するよりも早く、RNAポリメラーゼIIの蓄積が最大値に達することがわかりました(図4)。このことから、乾燥ストレスに早応性の遺伝子領域では、遺伝子活性化とクロマチン状態変化との間に時間差のあることを見いだしました。これは乾燥ストレス応答性遺伝子の発現の安定化に、ヒストン修飾(H3K4me3)が関与することを示唆するものです。これまでの植物を用いたクロマチン研究では、遺伝子転写活性とクロマチン状態変化の時間差についての報告例がなく、本研究が世界で初めての成果報告となります。 |
| (3) |
乾燥ストレス応答性遺伝子領域には2タイプのクロマチン構造があることを同定 |
| さらに、乾燥ストレス応答性遺伝子領域のヌクレオソーム密度とその経時的変化を検出するため、ヒストンH3を特異的に認識する抗体を用いたクロマチン免疫沈降実験を行いました。その結果、ストレス応答前から転写制御領域のヌクレオソーム密度がもともと低いタイプと、ストレス応答に伴ってヌクレオソーム密度が減少していく、2つのタイプがあることを見いだしました(図5)。このことは、乾燥ストレス応答性遺伝子の発現領域では、ストレスに即応するために、転写制御領域のクロマチン構造がはじめから緩んでいるタイプと、ストレスに応じてクロマチン構造が経時的に変化し、遺伝子発現を調節している2つのタイプがあることを示しています。 |
| ※1 |
シロイヌナズナ |
| 学名はArabidopsis thaliana (L.) Heynh. 全長約30〜40 cmのアブラナ科一年生草本植物。北半球のほぼ全域の冷温帯にかけて広く分布している。自家和合性をもち、基本的に自家受粉で次世代の種子をつくるが、人工交配による他家受粉も可能である。通常、秋に発芽して冬を越した後、春から夏にかけて日が長くなると花が咲く長日植物である。広大な圃場を必要とせず、実験室内の蛍光灯で育成可能である。実験室内では約2カ月で次世代の種子をつける。2倍体で、5対の染色体を持つ。ゲノムプロジェクトなどにより、ゲノムサイズは約1.3億塩基対、全遺伝子数は約30,000個であることが判明している。 |
|
| ※2 |
ヒストン修飾 |
| ヒストンとはDNAと高い親和性を示す強い塩基性のタンパク質である。主にH2A、H2B、H3、H4と呼ばれる4種類のヒストンが、それぞれ2分子ずつ集まって球状のヒストン8量体を形成し、この周りに、約150塩基対のDNAが巻きついて、クロマチン構造の最小単位であるヌクレオソームを形成する。ヌクレオソームからは、各ヒストンのアミノ末端領域が突出している。このアミノ末端上の特定アミノ酸残基がアセチル化やメチル化などの化学修飾を受けることで、クロマチン構造が弛緩、凝集して遺伝子発現調節に関与している。シロイヌナズナのヒストンH3アミノ末端領域には5カ所のアセチル化(H3K9ac、H3K14ac、H3K18ac、 H3K23ac、H3K27ac)と3カ所のメチル化(H3K4me、H3K9me、H3K27me)を受けるリジン残基がある。 |
|
| ※3 |
クロマチン |
| クロマチンとは、真核細胞の核内に存在するDNAとタンパク質の複合体のことを表す。基本的にはDNAがヒストン8量体に巻きついたDNA-ヒストン複合体を形成しており、これをヌクレオソームと呼ぶ。こうした構造がリンカー部分を含む150〜200塩基対の周期で繰り返され、ビーズ状につながり、さらにこのヌクレオソーム繊維が折り畳まれ、直径30 nmのクロマチン繊維(30 nmファイバー)を形成する。 |
|
| ※4 |
クロマチン免疫沈降法 |
| タンパク質に対する特異的抗体を用いて、DNAとタンパク質の相互作用(結合)を研究する方法の1つ。クロマチン状態と相関するヒストンの化学修飾を検出できるだけでなく、さまざまなDNA結合性転写因子や非結合性タンパク質のクロマチン上での局在を解析するためにも用いられ、遺伝子発現調節、クロマチン構造変換などの研究を進める上で不可欠な方法。 |
|
| ※5 |
真核生物 |
| 動物、植物、菌類、原生生物など、個体を構成する細胞の中に細胞核と呼ばれる構造を有する生物のこと。 |
|
| ※6 |
RNAポリメラーゼII |
| 真核生物において、DNAを鋳型としてヌクレオチドを重合させメッセンジャーRNA(mRNA)を合成(転写)するための酵素。 |
|
| ※7 |
ヌクレオソーム密度 |
| クロマチンの構成単位であるヌクレオソームは、細胞核の中でDNAを染色体へと圧縮し、遺伝子の発現を調節する。通常、遺伝子発現量の多いゲノム領域では、ヌクレオソームの存在密度が低く、転写活性に関わる因子が接近、結合しやすい構造をとることが知られている。 |