プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
単語やメロディーの切れ目に対応する脳活動の記録に成功
-分節化進行過程の神経活動を、世界で初めて生理学的手法で観察 -
平成20年7月17日
◇ポイント◇
  • 連続音声に含まれる単語やメロディーの切れ目だけに出現する脳波を発見
  • 脳波の強さは音声分節化と統計的学習の達成度を示す
  • 言語獲得のメカニズムの解明に貢献
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と独立行政法人科学技術振興機構(JST:北澤宏一理事長)は、連続音声の分節化※1を反映して現れる脳電位を記録することに成功しました。分節化進行過程の神経活動を、神経生理学的方法により観察したのは、今回が初めてです。理研脳科学総合研究センター(田中啓治センター長代行)生物言語研究チームの岡ノ谷一夫チームリーダー、アブラ・デリシャット(D. Abla)研究員らの研究チームによる成果で、成果の一部は、JSTさきがけ「音声分節化のしくみと発達」プロジェクト(研究代表者:岡ノ谷一夫チームリーダー)の中で得ました。
 音声分節化とは、連続音声の中に埋め込まれている単語の境界を見つけ、音声を意味のあるまとまりに区切る過程のことをいいます。これは、ヒトの言語獲得において重要な能力とされています。私たちは、自分が知らない外国語の音声を初めて聞いたときには、文章に含まれる各単語がどこで切れているかを区別することができません。しかし、繰り返し聞いているうちに単語の境界がわかり、メリハリがついて聞こえるようになります。このような連続音声の分節化は、どのようにして行われ、またどのような神経機構が分節化を可能にするのでしょうか?
 研究チームは、人工的な単語を数個作成し、それらが切れ目なくランダムに繰り返されるような連続音刺激を作りました。大人の被験者28人にこの連続音刺激を聞かせながら、32チャンネルの脳波計で事象関連電位(ERP)※2を記録しました。その結果、単語の切れ目(単語の第1音目)で、単語の第2、第3音目に比べ、高い振幅の陰性電位(N400)※3を観察しました。どの程度分節化ができたかをテストして、その成績で3つのグループにわけると、陰性電位の振幅は、成績の高いグループでは学習初期に最も大きく、中程度のグループでは学習が進むにつれ徐々に大きくなり、成績の低いグループでは振幅が小さいままで変化しませんでした。この結果は、N400電位が分節化を定量的に反映していることを示唆し、学習の進行過程、学習の達成度を示す重要な指標となりうることを裏付けるものです。
 この成果は、乳幼児の言語獲得・発達の観察、失語症など脳障害患者のリハビリ効果の観察および教育開発において、大変重要な知見となります。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Journal of Cognitive Neuroscience』(6月1日号)に掲載されました。 


1. 背景
 言語の習得にかかわる脳機能を明らかにすることは、現代の脳科学においてもっとも重要で、興味深いテーマの1つです。言語の習得には、聴覚的に連続な音声に含まれる、単語の切れ目を見つける必要があります。これを分節化といいます。赤ちゃんは、親の会話、テレビなど周りの環境から発せられる音声を無意識的に聞き、出現頻度の高い単語を「ひとかたまり」として区切って分節化していると考えられています。この連続音声の分節化は、これまでに行われたさまざまな行動研究から、連続音声の系列に含まれる統計的情報(遷移確率)が、連続音声の分節化において重要な手がかりとなることがわかってきています。
 「ぼくは・・しました」、「ぼくも・・したい」、「ぼくが・・するよ」という音声を聞いている場合を例とします。それらの音声の中で、「ぼ」の後に「く」が来る確率が高いのに対し、「く」の後には「は」、「も」や「が」などが来るため、「く」からそれらの音への遷移確率は低くなります。その遷移確率の違い、すなわち統計的情報を利用して、私たちは「ぼく」が1つの単語で、その後の音は別の単語になっている、というように分節化をしています。この分節化に必要な統計的情報を学習する過程は「統計的学習※4」と呼ばれています。統計的学習、およびそれを用いた分節化はどのようにして行われ、またどのような神経機構がそれを可能にするのでしょうか。
 研究チームは、連続音声の分節化にかかわる神経処理過程を知るために、ヒトの頭皮上から微弱な電位変化(脳波)を記録することで得られる事象関連電位(ERP)を指標とした研究を行い、分節化および統計的学習の程度を反映する脳電位を発見しました。


2. 研究手法と成果
 研究では、12半音階の中で、3つの音列(無意味単語)を6個作り、それをランダムに隙間を空けずにつないで7分間の連続音刺激を作りました。この連続音刺激は、単語内の1音目から2音目、2音目から3音目の遷移確率が高く予測しやすいのですが、単語の最後の音(3音目)から次の単語の1音目は遷移確率が低く予測しにくいという統計的性質を持っています。
 まず、学習セッションとして、被験者28人にこの約7分間の連続音刺激を3回(3セッション)聞かせ、その時に32 チャンネルの脳波計を用いて事象関連電位を記録しました。次に行動テストを行い、学習成績を求めました。行動テストでは、連続音刺激に含まれる音列と新規の音列を対で提示し、どちらが学習セッションで聞いた連続音刺激に含まれる音列かを判断させる、という課題を行いました。そして、学習成績をもとに、被験者を3グループにわけ、グループごとに、セッションごとの事象関連電位を比較しました。
 その結果、学習成績の高い(高成績)グループ10人、中程度(中成績)のグループ9人では、遷移確率がもっとも低い単語の切れ目(単語の第1音目)で、単語の第2、第3音目に比べ、振幅の大きいN400電位を観察しました(図1赤線、矢印)。分節化を示すこの事象関連電位は、高成績グループでは学習初期に最も強く、その後セッション2、3と進むにつれて徐々に減衰していきました。中成績グループでは、学習セッションが進むにつれ徐々に大きくなりました。学習成績の低い(低成績)グループ9人では振幅が小さいままで変化しませんでした(図1、2)。さらに、遷移確率が低いほど振幅の大きいN400電位が出現していることがわかりました(図3)。これらの結果は、被験者が連続音刺激の中で次に聞こえる音を予測し、統計的情報を手がかりにして分節化し、N400電位がその統計的学習および分節化を定量的に反映していることを示唆します。このように、N400電位は学習の進行過程、学習の達成度を示す重要な指標となりうることを示しました。


3. 今後の期待
 今回の成果は、言語獲得において重要な基盤能力である音声分節化の進行過程で、単語の切れ目を見つける過程と学習の達成度を、事象関連電位で定量的に示した世界で初めての報告です。研究グループは既に、事象関連電位を指標にした同様な研究を、新生児から1歳児までの乳幼児で行い、分節化を示す事象関連電位の記録に成功し、分節化能力はヒトが生まれながらに持っている能力である可能性を提唱しています。また、研究チームは、光トポグラフィ(NIRS)と機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)を用い、分節化、意味獲得および系列学習の進行過程にかかわる脳部位について、詳しく調べています。これらの研究により、言語獲得にかかわる脳の機能が明らかになり、失語症など脳障害患者の治療、ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)の構築などへの重要な貢献が期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター 生物言語研究チーム
チームリーダー 岡ノ谷 一夫(おかのや かずお)

Tel: 048-467-7502 / Fax: 048-467-7503
脳科学研究推進部 企画課
大伴 康志(おおばん やすし)

Tel: 048-467-9596 / Fax: 048-462-4914

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 分節化
連続音声の中に埋め込まれる、意味のあるまとまりの境界を見つける過程を、音声分節化という。分節化について最初に行動研究を行ったのは、アメリカのウイスコンシン大学のJ.サフラン(Saffran)ら(Science, 1996)。サフランらは、3つの子音・母音の音素から成る4つの無意味な単語(tupiro、golabu、bidaku、padoti)を作り、それらをランダムに隙間を空けずにつなげて作った連続音声を8カ月の乳児に2分間聞かせた。その後に、すでに聞かせた単語と新規な単語を対で提示し、どちらを長く聞くかという判断テスト(振り向き選好法)を行った。その結果、新奇な単語を聞く時間(振り向く時間)がより長いという結果が得られた。このことは乳幼児が連続音声を分節化できたことを意味する。
※2 事象関連電位(ERP)
光や音、あるいは自発的な運動といった特定の事象に関連して一過性に生じる脳電位で、頭皮上から誘発される電位成分の総称。ERPは高度の認知機能を反映しているとされている。遂行する課題や刺激の違いによって誘発される電位成分が異なっており、課題遂行の開始時間から一定の潜時(刺激を加えてから活動電位が発生するまでの時間)で現れるN100成分、P300成分、N400成分などが知られる。
※3 陰性電位N400
聴覚刺激の提示後約400msあたりで、頭皮上で記録される陰性の脳電位(事象関連電位)のことをN400と呼ぶ。
※4 統計的学習
連続音声の分節化には連続音声の統計的性質(遷移確率)が手掛かりとなることが知られており、それをもとに学習する過程は統計的学習(Statistical learning)と呼ばれる。サフランらが研究に用いた刺激の特徴は、連続音声の中である音素から次に現れる音素への遷移確率が、単語内であれば高く、単語間だと低い、というものである。例えば、tupiro、golabu、bidaku、padotiという音列の中に、音素piはいつも音素tuの後に続いてくるので、この遷移確率は1.0であるが、roの後にgoが来る確率は、golabu、bidaku、padotiの3つの単語が続く可能性があるため、0.33となる。岡ノ谷チームリーダーらの遷移確率が異なる純音列刺激を用いた研究で初めて、統計的学習における神経生理学的知見を得ることができた。


連続音声の分節化を示す事象関連電位(ERP)
図1 連続音声の分節化を示す事象関連電位(ERP)
単語の境界を示す第1音目に振幅の大きいN400電位(刺激後400ms)が検出された(赤線、矢印)。この電位は、学習成績の高い高成績グループでは、学習の早い段階(セッション1)で出現し、その後は減衰していた。中成績のグループでは遅い時間(セッション3)に出現した。低成績グループでは、検出されなかった。ERP波形は前頭中心部に位置するFCz電極からの平均電位である。


N400電位ピークにおける頭皮上の電位分布
図2 N400電位ピークにおける頭皮上の電位分布
N400電位は、高成績のグループのセッション1で、前頭・中心部に大きな振幅を示した。セッション2、3では徐々に減衰した。中成績のグループでは、徐々に上昇し、セッション3で大きくなった。低成績のグループでは、優位なN400電位の分布はなかった。分布図は頭上から見たものである。図の上が前頭部、下が後頭部を示す。


N400電位振幅と音の遷移確率の相関
図3 N400電位振幅と音の遷移確率の相関
N400電位の振幅は遷移確率(TP)と相関があった(高成績グループ・セッション1、中成績グループ・セッション3のいずれもp<0.01。p値が小さいほど相関があることを示す。)。遷移確率が低い音ほど振幅の大きいN400電位を引き起こしている。縦軸はERP振幅、横軸は音の遷移確率を示す。

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