プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
フェロモンによるマウスの雌雄識別、個体識別のメカニズムを解明
- 嗅覚受容細胞の活動を蛍光タンパク質で可視化し、フェロモンの作用を解析 -
平成20年5月8日
◇ポイント◇
  • 嗅覚受容細胞でカルシウムイオンに反応する蛍光タンパク質G-CaMP2を発現するマウスを作製
  • 雄、雌それぞれの尿にのみ反応する嗅覚受容細胞を発見
  • 個体識別は、複数の嗅覚受容細胞の反応の組み合わせによって達成
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と米国ストワーズ(Stowers)医学研究所(William Neaves所長)は、マウスの尿に含まれるフェロモンによる雄雌識別と個体識別のメカニズムを嗅覚受容細胞で解明しました。本研究は、理研脳科学総合研究センター(田中啓二センター長代行)記憶学習機構研究チームの中井淳一研究員と、米国ストワーズ医学研究所のロン・ユウ(Ron Yu)博士らの共同研究による成果です。
 フェロモンとは、動物の尿や体からの分泌物に含まれる化学物質で、このフェロモンにより動物は行動や生理的な変化を起こします。フェロモンは、マウス(げっ歯類)では鼻の中にある鋤鼻器(じょびき)という器官で、「におい」として感知されます。鋤鼻器には、フェロモンと結合する嗅覚受容細胞が250種類以上あることが知られています。嗅覚受容細胞にフェロモンが結合すると、嗅覚受容細胞の細胞質内でカルシウムイオン濃度が上昇します。そのシグナルは、さらに脳へと伝わり、情報処理されて行動や生理的変化として効果を発揮します。
 研究グループは、まず嗅覚受容細胞でカルシウムイオンに反応する蛍光タンパク質G-CaMP2を発現するマウス「G2マウス」を作製しました。G-CaMP2は、カルシウムイオンと反応すると明るい緑色の蛍光を発する蛍光センサーです。従って、このG2マウスを用いると、フェロモンが結合した嗅覚受容細胞は、細胞内カルシウムイオン濃度の上昇にともなって明るい緑色の蛍光を発し、どの嗅覚受容細胞が反応したかを簡単に調べることができます(図1、2)。
 フェロモンの実験は、2〜6カ月齢の雄または雌のG2マウスの鋤鼻器のスライス標本を用い、希釈した尿を標本にふりかけたときの蛍光変化をレーザー顕微鏡により光学的に測定することで行いました。尿は、複数の雄または複数の雌から集め、雄だけの混合尿、雌だけの混合尿を用意しました。
 尿をかけると30〜40%の嗅覚受容細胞が反応しましたが、雄の混合尿をかけたときと、雌の混合尿をかけたときでは反応する細胞が異なっていました。約15%の細胞はどちらの混合尿にも反応しましたが、約8%の細胞は雄の混合尿にのみ反応を示し、約12%の細胞は雌の混合尿にのみ反応を示しました(図3)。この実験では、雄の鋤鼻器の標本も雌の鋤鼻器の標本もほぼ同様の反応を示し、違いは見られませんでした。
 次に、雄、雌5匹ずつ個々のマウスの尿を用いて同様の実験を行ってみました。雌の尿に反応せず5匹の雄の尿に1つでも反応した細胞は、全体の5%程度あり、雄の尿に反応せず5匹の雌の尿に1つでも反応した細胞は、全体の9.5%でした。また、5匹すべての雄の尿にのみ反応した細胞(male urine-specific cell, MUSC)は全体の1%、5匹すべての雌の尿にのみ反応した細胞(Female urine-specific cell, FUSC)は全体の2.6%でした。その割合はわずかですが、このMUSC、FUSCが雌雄識別に関連すると考えました。
 そこで、去勢した雄の尿を用いて実験を行いました。去勢した雄の尿では、正常な雄の尿のときよりも、より多くの嗅覚受容細胞で反応が見られるようになりました。しかし、MUSCでは反応がなくなり、一方これまで雄の尿では反応を示さなかった細胞が反応を示すようになりました。このことは、去勢した雄のフェロモンは、雄として認識されにくくなったことを示しています。
 雌の尿は、雄の場合と比較してより複雑です。例えば、月経周期によって異なる反応パターンを示します。
 尿に含まれるフェロモンによって性別の違いを識別できる以外に、兄弟姉妹の識別や、それぞれの個体の識別ができるかについても確認しました。実際に、兄弟姉妹でない場合に比べて兄弟姉妹から取った尿に対しては、反応のパターンにより多くの共通性が認められます。しかし、どの2つの尿を取ってみても反応する嗅覚受容細胞のパターンが全く同じになることはなく、同腹子から取った尿に対してでさえも、反応パターンが全く同じになることはありませんでした。従って、少なくとも嗅覚受容細胞のレベルでは、個体の識別が可能で、反応する嗅覚受容細胞のパターン認識により個体識別が行われていると予想できます。

 本研究成果は、米国の科学雑誌『Science』(4月24日号)に掲載されました。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
脳科学総合研究センター 記憶学習機構研究チーム
研究員  中井 淳一(なかい じゅんいち)

Tel: 048-467-9590 / Fax: 048-462-4697
脳科学研究推進部 企画課
大伴 康志(おおばん やすし)

Tel: 048-467-9596 / Fax: 048-462-4914

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


図1 G-CaMP2を発現しているマウスの鼻の部分を横から見た蛍光画像
前方の鋤鼻器(VNO)と後方の嗅覚上皮(MOE)にG-CaMP2が発する強い緑色の蛍光が認められる。(Science 2008年 320巻, 535-538ページ 図1Aを改変。)


図2 G-CaMP2を発現しているマウスの鋤鼻器の高倍率蛍光画像
緑色の蛍光が強い部分は、より白く表示される。
嗅覚受容細胞は、鋤鼻腔という空間に向かって突起を伸ばす。鋤鼻腔にフェロモンが流入すると、フェロモンは嗅覚受容細胞の突起の先端にあるフェロモン受容体に結合して嗅覚受容細胞が興奮する。嗅覚受容細胞は一種の神経細胞で、軸索を脳に伸ばしており、脳に情報を伝える。(Science 2008年 320巻, 535-538ページ 図1Bを改変。)


図3 マウスの尿に含まれるフェロモンに対する嗅覚受容細胞の反応
尿をかけたとき(矢印の箇所)に嗅覚受容細胞の細胞内でおこるカルシウムイオン濃度の時間的変化。細胞1は、雄の混合尿にも雌の混合尿にも反応する細胞。細胞2は雄の混合尿にのみ反応する細胞。細胞3は雌の混合尿にのみ反応する細胞です。(Science 2008年 320巻, 535-538ページ 図1Cを改変。)

[Go top]
copyright