プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
「GDF5」遺伝子は人種の壁を超えた変形性関節症の原因遺伝子
- メタ解析を用いた大規模な国際共同研究で解明 -
平成20年3月14日
◇ポイント◇
  • 与える影響の大きさの人種差も判明。アジア人で強く、欧米人では弱い
  • 変形性関節症にかかりやすい遺伝子多型を持つと、膝関節の発症リスクが約1.5倍に
  • GDF5の影響力の大きさは、遺伝的背景や生活環境の影響を大きく反映
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、英国のオックスフォード大学、中国の南京大学など海外10施設と共同で、変形性関節症(OA: osteoarthritis※1の原因遺伝子「GDF5 (growth and differentiation factor 5)」の影響に関する国際比較研究を行い、GDF5が人種を超えてOAの発症に影響することを見いだしました。これは、理研遺伝子多型研究センター(中村祐輔センター長、2008年4月よりゲノム医科学研究センターへ改称予定)変形性関節症関連遺伝子研究チーム(2008年4月より骨関節疾患研究チームへ改称予定)の池川志郎チームリーダーと、統計解析研究チーム(鎌谷直之チームリーダー)の高橋篤上級研究員を中心とする研究グループによる成果です。
 OAは関節軟骨の変性や消失を特徴とする疾患で、骨・関節の疾患のうちで最も発症頻度が高く、日本だけでも1,000万人、世界には2億人の患者がいるとされています。これまでに、変形性関節症関連遺伝子研究チームは、世界に先駆けて、GDF5遺伝子が日本人と中国人でOAの発症と相関することを報告しました。GDF5は細胞の成長因子で、関節の軟骨の分化や増殖、関節の形成に重要な役割を果たすことが知られています。GDF5遺伝子の発現量をコントロールする部位にあるSNP (single nucleotide polymorphism: 一塩基多型)がOAと相関し、GDF5の量の低下がOAを起こしやすくすることを発見し、2007年に『Nature Genetics 』誌に発表しました。この研究に対し、他の研究グループが、さまざまなヨーロッパ人集団でケースコントロール相関解析※2による追試を行いましたが、各研究の規模が小さく、結果がまちまちで立証できませんでした。
 そこで、池川チームリーダーらは、海外の研究機関との連携体制※3を作り、6カ国11,000人あまりのデータを収集し、メタ解析(meta-analysis※4という統計手法を用いて、このSNPの影響を解析しました。すると、欧米人でもGDF5とOAとの相関が確認されました。さらに、GDF5の影響はアジア人で強く、欧米人では弱いことがわかりました。部位別で見ると、特に膝関節のOAで影響が強く、問題のSNPを持っている人は発症リスクが1.5倍になることなどがわかりました。
 本研究により、GDF5は世界の人に影響する遺伝子であること、さらに、その影響力の大きさは人種やOAの部位により異なることがわかりました。これは、各集団が固有にもつ遺伝的背景や生活環境の影響によると考えられ、これらを考慮した上で、遺伝子の影響を評価して行くことが必要であることを示しています。
 本研究の成果は、英国の科学雑誌『Human Molecular Genetics』(4月号)に掲載されます。


1. 背景
 変形性関節症(OA: osteoarthritis)は、関節の軟骨が変性、消失し、関節の痛みや機能の障害を引き起こす疾患です。骨・関節の疾患の中で、最も発症頻度の高い疾患の1つです。日本だけでも1,000万人、世界には2億人の患者がいると推定されています。しかし、その発症の根本的な原因や病態は知られておらず、目下、有効な治療法がありません。
 疫学調査などから、OAは遺伝的因子と環境因子の相互作用により発症する多因子遺伝病、あるいは生活習慣病であることが明らかになっています。理研遺伝子多型研究センターの変形性関節症関連遺伝子研究チームでは、OAの遺伝的因子、感受性遺伝子の解明に取り組んできました。そして、「GDF5」遺伝子がOAの感受性遺伝子であることを特定し、『Nature Genetics』誌に報告しました(2007年3月26日プレス発表)。GDF5遺伝子の5'-UTRにあるSNP(+104T/C; rs143383)が疾患感受性多型で、+104Tを持つとOAになりやすくなることがわかりました。この報告を検証するため、世界各地で追試が行われ、英国、ギリシャ、スペインで、それぞれ自国のOA患者に対し、GDF5との相関が検討されました。しかし、結果は研究によってまちまちで、立証できませんでした。


2. 研究手法と成果
 研究チームは、2007年から、英国、オランダ、スペイン、ギリシャ、中国の整形外科医、遺伝統計学者との国際共同研究を展開し、さまざまな国、人種のOA患者と健常人のGDF5の遺伝子多型データを、年齢、性別、肥満度などOAに関連する詳細な臨床データとともに収集しました。そして、研究チームが持っている日本人のデータとこれらのデータを合わせた、総計11,213人(患者5,874人、対照5,339人)の遺伝子多型データに対して、メタ解析と呼ばれる統計手法を用いた解析を行ないました。
 すでに行なっていた日本人と中国人での研究から、股関節と膝関節のOAではGDF5の影響が異なることがわかっていたため、OAを部位別に解析することとし、膝関節、股関節、手関節のそれぞれについて解析を行いました。膝関節OAの解析では、約2,200人の患者群と約4,400人の対照群、股関節OAの解析では、約2,700人の患者群と約3,700人の対照群の、手関節OAでは、約1,000人の患者群と約2,700人の対照群の遺伝子多型データを用いました。具体的には、DersimonianとLairdのモデル※4を用いた統計手法により、アレル※5頻度と優性遺伝モデルについて、GDF5のSNPがOAの発症に及ぼす影響(リスクの大きさ)を調べました(図1、2)。
 その結果、個々の調査でははっきりしなかった相関が、統合したデータでは明らかになりました。各集団における多型の頻度やリスクの大きさを示すオッズ比※6は、非常に異なっていますが、すべての結果を統合すると、いずれの関節のOAでも相関が確認できました(図1、2)。優性モデルでみると、全OAでのオッズ比は1.43、ヨーロッパ人では1.24、アジア人では1.87で、明らかな人種差が見られました(図1)。部位別のオッズ比は、膝関節で1.48(図2-A)、股関節で1.43(図2-B)、手関節で1.26(図2-C)となりました。ヨーロッパ人とアジア人を比較すると、股関節では明らかな人種差が見られましたが、膝関節では人種差は有意ではありませんでした。


3. 今後の展開
 今回の結果から、GDF5のOA発症に対する影響は世界的なものであること、さらに、その影響の大きさには人種差、部位差があることがわかりました。この原因としてはさまざまなものがありますが、特に大きいと考えられるのが、各集団の固有の遺伝的背景、そして生活環境の影響です。GDF5と他の遺伝子との相互作用、また生活環境、日常生活における荷重などの刺激との相互作用により、発症のリスクが変わり、それらが原因の解明を複雑にしているものと思われます。今後、こういった複雑な相互作用を、統計学的な手法を用いて解明していくことにより、OAの発症予測が可能になり、各個人のリスクに応じた医療が実現に近づくと考えられます。
 また、研究チームは、理研ゲノム科学総合研究センター動物ゲノム変異開発研究チームらとの共同研究で、GDF5の遺伝子変異により、マウスにおいて出生早期から重度のOAが発症することを発見しています(2007年8月30日研究成果)。今回の研究を含む一連の研究で得られたヒトでの知見と、このGDF5異常を持つOAモデルマウスを用いた知見を統合することで、GDF5がOAを引き起こす詳しい発症機序が明らかとなり、OAの克服につながると考えています。



(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 遺伝子多型研究センター
  変形性関節症関連遺伝子研究チーム
    チームリーダー  池川 志郎(いけがわ しろう)

Tel: 03-5449-5393 / Fax: 03-5449-5393
横浜研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 変形性関節症(OA: osteoarthritis)
最も頻度の高い骨・関節の病気。膝、股、手、脊椎など全身のさまざまな関節を侵し、痛み、腫れ(関節水腫。俗に言う、『関節に水が溜まる』という状態)、可動域(関節の動きの範囲)の低下、歩行機能の障害などの症状を引き起こす。中・高年者の日常生活動作(ADL:Activities of Daily Living)、生活の質(QOL:Quality of Life)の障害を引き起こす最大の原因の1つである。OAの有病率は中年以降年齢と共に増加し、70歳以上では、30%以上の人がOAに罹(かか)っているという統計もあるため、OAは高齢化社会の大きな課題となっている。
※2 ケースコントロール相関解析
遺伝子多型を用いて疾患感受性遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者(ケース)とその疾患にかかっていない被験者(コントロール)の間で多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べることで、遺伝子と疾患の関連を見つける。検定の結果得られたP値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。
※3 今回の連携体制
オックスフォード大学(英国)、マンチェスター大学(英国)、ノッティンガム大学(英国)、ライデン大学(オランダ)、サンチャゴ大学(スペイン)、テッサリア大学(ギリシャ)、アテネ大学(ギリシャ)、南京大学(中国)他との共同研究。
※4 メタ解析(meta-analysis)
複数の研究結果を統合するための統計解析手法。各々の研究機関で行われた研究を統合する場合、単純集計による解析を行うと、誤った結果を導き出す可能性がある。この手法は、そういった問題を回避するために開発された手法。サンプルサイズやデータのばらつきなどから個々の研究の信頼性を評価し、標準化した上で、研究を統合する。DersimonianとLairdのモデルは、代表的なメタ解析の手法のひとつで、複数の研究間の異質性を考慮する。アレル頻度モデルでは、+104Tと+104Cの頻度の違いを、優性遺伝モデルでは+104Tを1つ以上持つ人と+104Cのみ持つ人の違いを比べる。
※5 アレル
対立遺伝子のこと。通常は1つの遺伝子座を構成するDNA全領域を複数個体で比較したとき、異なっているものが存在する場合にそれぞれを指す言葉である。アレル(allele)には「異なった」という意味がある。
※6 オッズ比
ある多型を持たない人に比べ、持つ人の発症リスクがどれくらい大きいか。多型の与える発症リスクを示す値。


図1 全OA研究のメタ解析(優性モデル)の結果
■と◇はオッズ比を、横線は95%信頼区間を表す。■の大きさは、サンプルサイズを表す。95%信頼区間がオッズ比1を超えていれば、有意な相関があると判定される。個々の調査では、ほとんどで相関がわからないが、メタ解析によって、データを統合すると相関が明らかになる。ヨーロッパ人とアジア人の間で、リスクの違いが見られる。


図2 膝関節、股関節、手関節OAのメタ解析(優性モデル)の結果
■と◇はオッズ比を、横線は95%信頼区間を表す。■の大きさは、サンプルサイズを表す。95%信頼区間がオッズ比1を超えていれば、有意な相関があると判定される。膝関節のOAに対する影響は、ヨーロッパ人とアジア人で非常に似ている。

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