プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
花粉と葉緑体の形成に働く重要な遺伝子を発見
- 花粉の拡散防止技術や斑入り園芸植物の開発に期待 -
平成20年3月7日
◇ポイント◇
  • 植物のステロール生合成遺伝子CAS1は、減数分裂後の花粉形成過程に必須
  • CAS1遺伝子の働きを弱めると斑入りに、破壊すると花粉ができない
  • 開花時にCAS1遺伝子の働きを抑制すると花粉拡散防止が可能に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物のコレステロール様物質として知られているステロール※1の生合成遺伝子「CAS1」が、花粉形成と葉緑体形成に働くことを世界で初めて明らかにしました。理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)多様性代謝研究チームの村中俊哉チームリーダー、鈴木優志研究員と、フランス・国立科学研究機構(CNRS、カトリーヌ・ブレシニャック理事長)のHubert Schaller(ヒューベルト・シャラー)博士、ベルギー・ゲント大学のMarc Van Montagu(マーク・ヴァン・モンタギュ)教授らとの共同研究による成果です。
 植物が花粉を作ることができない現象として、雄性不稔※2という形質が知られています。これは、親世代の異常が原因で正常な花粉を作ることができないという形質で、自然界ではまれに見られますが、遺伝子組換え植物の花粉が環境中に拡散するのを防いだり、作物のハイブリッド種子※3を作成したりすることを可能にするため、実用技術としてさまざまに利用されています。植物が花粉を作ることができないもう1つの現象に、雄性配偶体致死※2があります。これは、花粉自体の異常で、正常な花粉ができないという形質です。
 研究チームは、これまでに、ステロール生合成に重要な役割を果たすHMG1遺伝子の欠損変異体hmg1が、雄性不稔形質を示すことを見いだしていました。今回、このHMG1遺伝子より下流で働くCAS1遺伝子の機能を調べる目的で、CAS1遺伝子の遺伝子破壊株を単離・解析したところ、完全な破壊株では雄性配偶体致死形質を示し、弱い破壊株では茎が白い「斑入り」となることがわかりました。また、この遺伝子が、これまで全く知られていなかった葉緑体形成に一役買っていることを世界で初めて明らかにしました。
 CAS1遺伝子の複数の機能を解明し、この遺伝子機能をさまざまなタイミングで狙った程度に制御することができると、花粉を作ることのできない作物や斑入りの新種の園芸植物の開発が期待できます。
 本研究成果は、『米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)』の2月26日号に掲載され、雑誌の表紙を飾り、「ステロール生合成に関わるCAS1遺伝子が葉緑体の形成に働くとは驚きである」と称されました。


1. 背景
 植物の花粉は、葯(雄しべ)内の花粉母細胞から減数分裂により生じた小胞子が2回細胞分裂して、1つの花粉管細胞と2つの精細胞をもつ花粉に成熟し、その間にタペート層※4から花粉成熟に必要な脂質を中心とした物質が供給されて完成します。
 研究チームは、脂質の一種であるステロールが植物の発生・生長に与える影響を調べる目的で、ステロール生合成に重要な遺伝子HMG1の欠損変異体hmg1を単離・解析し、hmg1が雄性不稔の形質を示すことを見出していました(Suzuki et al. 2004 Plant Journal, 37, 750-761)。今回の研究では、花粉形成に働く脂質成分を絞り込むために、HMG1遺伝子より下流で働く多くの遺伝子のうち、特にステロール骨格を形成する酵素遺伝子であるCAS1遺伝子の機能を解析しました。


2. 研究手法と成果
 モデル植物であるシロイヌナズナには、多くの遺伝子欠損株が存在し、系統保存されてきています。それぞれの変異株は、同一遺伝子内に変異が生じている場合でも、その変異の入り方により、変異の程度(遺伝子の働きの強さ)が異なります。研究チームは、cas1変異株のうち、完全に遺伝子が働かなくなっている遺伝子破壊株(cas1-2)を取り寄せ、形質を調べましたが、cas1-2ホモ変異体※5は単離できませんでした。そこで、cas1-2ヘテロ変異体※5の野生型への戻し交雑実験を行ったところ、野生型シロイヌナズナにcas1-2ヘテロ変異体の花粉を掛け合わせたときにはcas1-2変異は遺伝せず、cas1-2ヘテロ変異体に野生型の花粉を掛け合わせたときだけcas1-2変異は遺伝しました(図1)。このことはCAS1遺伝子が花粉形成に必須であることを示しています
 一方、共同研究者のシャラー博士らは、cas1-2よりも変異の程度が弱い(遺伝子が弱く働いている)cas1変異株(cas1-1)の単離に成功しました。興味深いことに、この変異体は、茎の上部が白化するという斑入り形質を示しました(図2)。斑入りになった部分ではクロロフィル※6やカロテノイド※7といった葉緑体色素の量が減少し、葉緑体も不完全な形態を示しました。  ステロールやクロロフィル、カロテノイドといった、イソプレノイド※8と呼ばれる化合物群は、共通の前駆物質のイソペンテニル二リン酸※8から生合成されますが、ステロールは細胞質で、クロロフィルやカロテノイドは葉緑体の中で生合成されます。cas1変異体の多様な形質から、細胞質と葉緑体におけるこれらの物質の生合成が複雑に相互作用していることがわかりました。


3. 今後の期待
 これまでも、イソプレノイド化合物の生合成に関する遺伝子はたくさん発見されていました。ステロールなどの細胞質イソプレノイドの生合成に関わる遺伝子の変異体は、矮性や花粉形成の異常(雄性不稔や雄性配偶体致死)などの形質を示しました。また、クロロフィルなど葉緑体のイソプレノイド生合成に関わる遺伝子の変異体は、白化するアルビノ形質を示すことがわかっていました。研究では、ステロール骨格を形成する酵素遺伝子であるCAS1遺伝子が、花粉の形成だけではなく、葉緑体の形成に重要な働きを示すことがわかり、非常に興味深い結果となりました。
 具体的には、CAS1遺伝子は、完全に破壊すると花粉を形成できなくなり、働きを弱くすると、葉緑体の形態が不完全になり白化します。特に、幼植物の時点でCAS1遺伝子の働きを抑制すると、新しく生じる葉が白化するという結果を初めて得たため、さまざまな生長段階でCAS1遺伝子の働きを抑制することにより、いろいろな斑入り園芸植物の開発につながることが期待されます。さらに、開花直前にCAS1遺伝子の働きを抑制することにより、花粉を作ることのできない作物の開発につなげられる可能性があり、花粉飛散防止対策を講じる必要がある遺伝子組換え植物や、作物のハイブリッド種子の作成に有効であると期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 植物科学研究センター 多様性代謝研究チーム
  チームリーダー  村中 俊哉 (むらなか としや)

Tel: 045-503-9651 / Fax: 045-503-9492
  研究員  鈴木 優志 (すずき まさし)

Tel: 045-503-9652 / Fax: 045-503-9492
 横浜研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ステロール
動植物に含まれるイソプレノイドと呼ばれる脂質の一種。真核生物の細胞膜の一部を形成したり、その機能を調節したりする。動物由来のものではコレステロールが有名。植物特有のもので、シトステロール、スチグマステロールなどがある。
※2 雄性不稔、雄性配偶体致死
どちらも花粉を作ることのできない形質だが、その原因が異なる。雄性不稔は、花粉を作ることのできない原因が親個体にあるが、雄性配偶体致死では、花粉そのものに原因があって正常な花粉を生ずることができない。
※3 ハイブリッド種子
交配した第1世代のF1と同義。異なる特性を有する近交系を交配した雑種第1代(F1)は、雑種強勢(ヘテロシス)から、純系の両親より生育、生産力、耐病性などの特性が優れたものになる。ハイブリッド種子作製のためには交配する必要があるので、その省力化のため雄性不稔が利用される。
※4 タペート層
花粉(小胞子)を含む葯室を取り囲む一層の細胞層。花粉成熟に必要な物質を供給する。動物で例えると、胎児に対する胎盤の関係に類似している。タペート層は花粉成熟がある程度進んで不要になると、プログラム細胞死を引き起こす。このときに細胞内の脂質に富んだ成分が花粉の周囲に付着する。
※5 ホモ変異体、ヘテロ変異体
それぞれ純系と雑種に同義。注目している遺伝子について両親から同一の遺伝子型を受け継いだものを「ホモ変異体」、異なる遺伝子型(片親からは正常な遺伝子を、もう片親からは破壊された遺伝子)を受け継いだものを「ヘテロ変異体」という。
※6 クロロフィル
葉緑体に含まれる色素。光合成に重要な役割を果たす。この色素が赤および青紫の光を吸収し、緑の光は吸収しないために植物は緑色をしている。
※7 カロテノイド
広く動植物に含まれる赤や黄色の色素。ニンジンの赤はこの色素の色である。抗酸化作用をもつことが知られている。
※8 イソプレノイド、イソペンテニル2リン酸
「イソプレン」と呼ばれるC5化合物を基本骨格とする化合物群を、総称してイソプレノイドと呼ぶ。イソペンテニル2リン酸はイソプレンに2つのリン酸基がついたC5化合物。イソプレノイドはすべてこのイソペンテニル2リン酸が重合、修飾されることによって生合成される。イソプレノイド化合物にはステロール、クロロフィル、カロテノイドの他に、天然ゴムやいくつかの植物ホルモンなど多くの化合物がある。


図1 雄性配偶体致死形質を示すcas1-2変異体
(A) cas1-2ヘテロ変異体に野生型シロイヌナズナの花粉を掛け合わせた実験。次世代は野生型とcas1-2ヘテロ変異体が1:1の割合で現れる。
(B) 野生型シロイヌナズナにcas1-2ヘテロ変異体の花粉を掛け合わせた実験。花粉に異常がなければ次世代は野生型とcas1-2ヘテロ変異体が1:1の割合で現れるはずだが、野生型個体しか得られなかった。


図2 野生型と斑入りになったcas1-1変異体
(A) 野生型シロイヌナズナの花茎。
(B) 斑入りになったcas1-1変異体の花茎。
(写真提供:Schaller、Disdier両博士)

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