プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
エピジェネティックな遺伝情報発現の制御機構を発見
- 三毛猫や遺伝子刷り込みのメカニズムの謎を解く -
平成19年11月30日
◇ポイント◇
  • 遺伝子発現を調節する「DNAメチル化」の分子機構を発見
  • タンパク質Np95がメチル化酵素Dnmt1を修飾部位へ誘導
  • Np95は遺伝子発現や遺伝子刷り込みなど遺伝情報を広範に制御
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、エピジェネティック※1な遺伝情報発現を制御するDNAメチル化※2の分子機構を発見しました。これは、理研免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫器官形成研究グループの古関明彦グループディレクターと武藤正弘研究員、国立大学法人東北大学(井上明久総長)先進医工学研究機構生命機能科学分野の三ツ矢幸造助教とジャファール・シャリフ研究員、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)哺乳類エピジェネティクス研究チームの岡野正樹チームリーダーと竹林慎一郎元研究員(現フロリダ州立大学研究員)らによる共同研究の成果です。
 三毛猫のほとんどがメス(XX)であることが知られています。これは、三毛の基本色である“茶トラ※3”(O)と“黒”(o)の遺伝子がX染色体上に存在するためです。オス(XY)は、X染色体が一つしかないので、茶トラか黒、どちらかの毛色しか持つことができません。メス(XX)は、二つのX染色体の片方に茶トラ、もう片方に黒の遺伝子があれば、一匹で両方の毛色を持つことになります。哺乳類のメスの細胞では、モザイク状にどちらかのX染色体が不活化しています。茶トラのX染色体が不活化しているところでは黒の、黒のX染色体が不活化しているところでは茶トラの体毛が生えてきます。こうして三毛猫のまだら模様が生まれるのです。
 このような遺伝情報の発現調節は、DNA塩基配列の変化を伴わない後天的なもので、「エピジェネティック」な調節と呼ばれます。この機構には、DNAのメチル化が重要であることが知られています。メチル化したDNAの情報は読み取れなくなるため、その部位の遺伝子が不活化するのです。DNAにいったんつけられたメチル化のパターンは、細胞が分裂しても安定に次世代の細胞へと受け継がれます。
これまで、メチル化の過程は、Dnmt1※4という酵素が働くことがわかっていました。しかし、どのようにして親鎖と同一のメチル化パターンを新しいDNA鎖に再現できるのか、不明のままでした。研究チームは、DNA二重鎖の片方しかメチル化していないと、その部位をNp95※5というタンパク質が認識し、Dnmt1を引き寄せ、親鎖と全く同じパターンのメチル化を誘導することを発見しました。DNAのメチル化はゲノム安定性や遺伝子発現制御を介して発がんの過程にも関与すると考えられるため、今後の研究の発展が期待されます。
 本研究の成果は、英国の科学雑誌『Nature』(12月6日付け)に掲載されます。


1. 背 景
 ヒトの染色体は、父親と母親由来の染色体が対になっており、通常、両方の染色体の遺伝子が発現して機能しています。しかし、ある特定の遺伝子では、父親由来あるいは母親由来の遺伝子だけが機能し、もう片方が不活化した「遺伝子刷り込み(genomic imprinting)※6」が起きています。例えば、突然変異によってヒトの15番染色体にある遺伝子群が欠如すると、その染色体が父親由来だった場合は、プラダー・ウィリー(Prader-Willi) 症候群※7、母親由来だった場合は、アンジェルマン(Angelman) 症候群※7という異なる病気を発症します。(発症率はいずれも1万人に1人程度で、次の子で再発の危険はまずありません。)
 この遺伝子刷り込みは、エピジェネティックな遺伝情報の調節によるものです。いくつかの遺伝子は、精子や卵子が作られる段階で、卵子でメチル化するが精子ではメチル化しない、精子でメチル化するが卵子ではメチル化しない、と精子と卵子で入れ子のように、メチル化のパターンが決まっています。アンジェルマン症候群の原因遺伝子であるユビキチンリガーゼの一つUBE3Aは、父親由来の遺伝子でメチル化しており、母親由来の遺伝子が刷り込まれています。よって、母親由来のUBE3Aが欠損すると病気を発症するのです。
 このように、DNAのメチル化は、哺乳類の広汎な生命現象の発現に関っており、その仕組みを理解することは大変重要です。これまで、メチル化の過程は、Dnmt1という酵素が行なうことがわかっていました。しかし、決められたメチル化パターンをどうやって次世代の細胞でも再現し、維持し続けることができるのかは、不明のままでした。


2. 研究手法と成果
 研究チームは、メチル化DNAに結合するといわれる哺乳類のタンパク質Np95に着目しました。DNAが盛んに複製しているDNA 合成期(S期)の細胞でNp95を観察したところ、複製している場所にNp95とDnmt1が共在していることを見つけました(図1、左)。
続いて、Np95とDnmt1との関係を調べるため、Dnmt遺伝子を欠損した細胞を作製しました。この細胞では、Np95が細胞全体に広がって、DNAでは全くメチル化が起きていませんでした。そこで、複製中のDNA鎖の片方をメチル化してみると、意外なことに、Np95は再び複製点に局在するようになりました(図1、右)。つまり、DNA二重鎖の片方がメチル化していると、その部位をNp95が認識し、結合すると考えました。
 さらに、このNp95の役割を調べるため、研究チームは、Np95を遺伝的に欠損したマウスを作製しました。このマウスでは、DNAのメチル化が起こらず、胚発生が途中で止まりました。Np95遺伝子が欠損した細胞を用いて調べた結果、Dnmt1は複製点に集まることができず、DNAのメチル化が起きませんでした。このため、遺伝子刷り込みなど、エピジェネティックな遺伝情報の調節ができなくなることがわかりました。
 これらの結果から、次のようなDNAメチル化の仕組みが明らかになりました(図2)。
1)細胞分裂の際には、親鎖と相補的なDNA鎖が複製されます。新しくできたDNA鎖はメチル化されていません。
2)DNA二重鎖の片方しかメチル化されていないと、その部位をNp95が認識して結合します。
3)Np95にDnmt1が結合し、複合体を形成します。
4)Dnmt1によって、メチル化反応が起き、新しいDNA鎖がメチル化されます。
5)こうして親鎖と全く同じメチル化のパターンが新しいDNAにも再現されます。


3. 今後の展開
 個体発生の段階で決められた遺伝子不活化のパターンが、細胞分裂や分化の過程を通じ、どのようにして安定に維持されているのかは、これまで不明のままとなっていました。本研究によって明らかになったDNAメチル化の仕組みは、この疑問に答えるものです。この仕組みは、遺伝子刷り込みなど、エピジェネティックな遺伝情報の調節に広く関係し、哺乳類における多様な生命現象の発現に影響しています。さらに、DNAメチル化の低下は、発がんにも関与するといわれており、がんの治療法を開発する上での標的としても考えられます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 免疫・アレルギー科学総合研究センター
  免疫器官形成研究グループ グループディレクター
   古関 明彦(こせき はるひこ)

Tel: 045-503-9689 / Fax: 045-503-9688
 横浜研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 エピジェネティック
DNAの塩基配列の変化を伴わず、遺伝子の発現を活性化したり不活性化したりする後付けの修飾のこと。主たる現象として、DNAのメチル化修飾、ヒストンのアセチル化やメチル化、リン酸化が知られる。正常な発生や分化に関わる重要な機構であり、特に個体発生に際してダイナミックな変化をし、次世代の細胞へと伝えられていく。その破綻により、さまざまな発生・分化異常やそれに伴う疾病が生じ、最近では、がん治療や再生医療においてますます重要なテーマになりつつある。
※2 DNAメチル化
エピジェネティクス機構の代表的な例。哺乳類DNAのシトシンがメチル化修飾を受けることで、遺伝子の実体である塩基配列を変えることなく、つまりコードするアミノ酸配列を変えることなく、その発現を制御する。
※3 茶トラ
三毛猫の基本色の一つで、茶(オレンジ)の濃淡の縞のことで、X染色体上に存在する。ちなみに、同じく三毛猫の基本色の一つである白色の斑は、優性遺伝子である。
※4 Dnmt1
ゲノムにおけるDNAメチル化パターンの維持に必須なDNAメチル基転移酵素。DNA複製に伴って生じる片側DNA鎖だけがメチル化された部分において、メチル化されていない方のDNA鎖に新たなメチル基を導入する。
※5 Np95
メチル化した遺伝子プロモーター領域に結合する哺乳類のタンパク質。DNAの修復や細胞周期の進行に重要といわれている。
※6 遺伝子刷り込み(genomic imprinting)
哺乳類は、父親と母親のそれぞれから同じ染色体を受け継ぐため、一つの細胞に同じ遺伝子を二つ持つことになる。通常、その二つの遺伝子の両方が働く。しかし、遺伝子の中には、しるしがつけられることで、必ず父母どちらか一方に由来する遺伝子だけが働く場合がある。これを「遺伝子刷り込み(genomic imprinting)」と呼び、これらの遺伝子は、胎児の成長や発生に関わる重要な働きをすることが知られている。
※7 プラダー・ウィリー(Prader-Willi) 症候群と
アンジェルマン(Angelman) 症候群
15番染色体における微細欠損が、父親由来の染色体にある場合、臨床的にはプラダー・ウィリー症候群となり、母親由来の場合にはアンジェルマン症候群となる。プラダー・ウィリー症候群の患者は、強迫的な過食、肥満、比較的軽度な精神発達遅滞で特徴付けられるのに対し、アンジェルマン症候群の患者では、より強い精神発達遅滞、運動失調、強迫的な哄笑がみられる。これらの疾患を引き起こす染色体領域には、この二つの疾患の遺伝子座が隣接して存在し、精子形成あるいは卵形成の過程で、それぞれ別の遺伝子座がメチル化によって不活性化される。精子形成過程では、アンジェルマン症候群遺伝子であるユビキチンリガーゼ(UBE3A)だけが不活性化され、卵形成過程では、プラダー・ウィリー症候群遺伝子だけが不活性化される。


図1  Np95とDnmt1の細胞内局在
(左) DAPI(DNA結合性の色素)で明るく染まっている部分がヘテロクロマチン領域。
Np95(赤)とDnmt1(緑)とが共局在する領域(Merge)は黄色で示す。Np95は、ヘテロクロマチン領域でDNA複製が起きる時期(S期中期(Middle S)から後期)にPCNA(青)で示すDNA複製部位でDnmt1(緑)と共在する。それ以外の時期は細胞全体に広がっている。
(右) Dnmt遺伝子を欠損した細胞では、S期でも、Np95(緑)はヘテロクロマチン領域(青)に集積せず、細胞質全体に広がっている。メチル化シトシンを培養液に加え、複製中のDNA鎖の片方を強制的にメチル化してみると(Dmnt欠損+ 5me-dCTP)、Np95は再び複製点(dig-dUTP、赤)に結合する。dig-dUTPとNp95が共局在する領域(Merge)を黄色で示す。


図2  DNAメチル化のモデル
DNAの複製点でDmnt1とNp95は複合体を形成し、新しく作られたDNA鎖(水色)を親鎖(緑色)と同じパターンにメチル化していく。
PCNA:増殖細胞核抗原   G9a:ヒストンH3メチル化酵素
Parp-1:ポリADPリボースポリメラーゼ1  Rb:網膜芽細胞腫タンパク質。

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