プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
大波に隠れていた電子のさざなみを可視化、高温超伝導の謎にせまる
- 高温超伝導体の転移温度を決定する要因解明に大きな前進 -
平成19年11月1日
◇ポイント◇
  • 極低温超高真空走査型トンネル顕微鏡法で電子のさざなみを可視化する手法を確立
  • 電子の運動量空間で超伝導に関与する電子状態の同定に成功
  • より高い温度での超伝導の実現に向けて新しい手がかりを発見
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、高温超伝導状態における電子波を可視化することに成功し、高温超伝導体※1の中でも超伝導に転移する温度※2が比較的低い物質では、特定の方向に進む電子波が超伝導に寄与していないことを突き止めました。理研中央研究所(茅幸二所長)木磁性研究室の花栗哲郎専任研究員、木英典主任研究員らによる研究成果です。
 高温超伝導現象は、ランタン系酸化物超伝導物質の発見以来20年を経過した現在でも、その発現機構が解明されておらず、現代物性物理学最大の難問と言われています。発現機構の解明を困難にしている原因の一つは、超伝導状態の担い手である電子対の安定化エネルギー(超伝導ギャップ)※3の情報が、超伝導転移温度の高い(約90K)ビスマス系酸化物超伝導物質「Bi2Sr2CaCu2O8」でしか得られていないことにあります。このため、発現機構解明のポイントである超伝導転移温度と電子対形成の関係がはっきりとしませんでした。
 電子は、波としての性質を持ちます。研究グループは、1日に0.1 nm程度しか視野がドリフトしない、高い安定度を持つ極低温超高真空走査型トンネル顕微鏡を新たに開発して、超伝導電子対状態から「漏れ出した」電子の波だけを可視化する新たな手法を確立しました。この手法を超伝導転移温度が比較的低い(28K)オキシクロライド超伝導物質「Ca2-xNaxCuO2Cl2」に適用し、超伝導ギャップを電子の運動量の関数として測定することに成功しました。その結果を既に知られていた転移温度の高いBi2Sr2CaCu2O8の超伝導ギャップと比較した結果、高温超伝導体における転移温度は、アンチノード※4と呼ばれる特定の方向に進む電子が超伝導に寄与するかどうかで決まっていることが明らかになりました。
 高温超伝導体の転移温度が、単に電子対の結合の強さだけでなく、特定の運動方向の電子の寄与で決まることを実験的に示したことは、高温超伝導機構の解明に向けて重要な一歩となります。同時に、転移温度抑制の因子を抽出したことで、より高い温度で超伝導を発現させるための手がかりを得たことになります。
 本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(10月28日付け:日本時間10月29日)に掲載されました。


1. 背 景
 層状銅酸化物における高温超伝導現象は、遷移金属酸化物の示す特異な現象の代表です。物理学者のJ.G.ベドノルツとK.A.ミューラーによってランタン系酸化物超伝導体「La2-xBaxCuO4」が発見されて以来20年が経過しますが、その発現機構は謎のまま残され、20世紀から21世紀の物理学に引き渡された最大の難問とも言われています。一般に、物質が超伝導状態になると、電子の励起スペクトルに超伝導電子対の安定化エネルギーを反映したギャップ(超伝導ギャップ)構造が現れます。超伝導ギャップの大きさは、超伝導の転移温度の最も重要な決定要因です。また、超伝導ギャップの電子の運動量依存性は、超伝導電子対の形成機構と密接に関連しています。したがって、これらを実験的に明らかにすることは、超伝導機構の解明へ向けた大きな手がかりになります。
 高温超伝導体には、最高の転移温度が90Kを超えるものと、40K程度に留まるものが存在します。この2種類の間で超伝導ギャップの大きさやその電子の運動量依存性を比較することができると、転移温度の違いを超伝導ギャップにまで遡って微視的に理解することが可能になり、発現機構の解明に向けた大きな突破口となります。しかし、高温超伝導体では、常伝導状態でも擬ギャップと呼ばれるギャップ構造が存在するため、超伝導ギャップ構造のみを決定することが困難でした。
 量子力学によれば、電子はその置かれた環境を反映した波としての性質を持ちます。超伝導状態で電子波が干渉して生まれるパターン(準粒子干渉パターン)には、超伝導ギャップの特徴が反映されます。したがって、超伝導状態でのいわば「電子のさざなみ」である準粒子干渉パターンを可視化し解析することができれば、真の超伝導ギャップ構造を調べることができます。実際、転移温度の高いBi2Sr2CaCu2O8では、走査型トンネル顕微鏡法/分光法(STM/STS)を用いた電子状態の空間分布の研究から干渉パターンの存在が確認され、その解析結果から詳しい超伝導ギャップの情報が得られていました。しかし、転移温度が低いグループの高温超伝導体では、2004年に当研究グループが発見した、チェッカーボード状態と呼ばれる大きな振幅の電子状態の周期構造が存在するため(2004年8月26日プレス発表)、あたかもさざなみが大波にかき消されてしまったかのように、準粒子干渉パターンが覆い隠されていると考えられ、これまで超伝導ギャップの情報を得ることができませんでした。


2. 研究手法
 0.4Kという極低温で、しかも宇宙空間に匹敵する超高真空環境で動作する走査型トンネル顕微鏡(STM/STS)を理研で新たに開発し、転移温度が28Kと低いCa2-xNaxCuO2Cl2に対して物質表面の電子状態の観測を行いました。試料表面の45nm×45nmの範囲を60,000点以上の網目状の区間に仕切り、網目の各点で電子励起スペクトルを測定することによって、原子スケールの空間分解能で電子状態分布を調べました。その結果、異なるエネルギーにおける電子状態の分布図を20枚以上作成することができ、これまでにない詳しい解析が実現できました。
 この一連の測定を精度よく行うには、長時間を必要としますが、測定が長期にわたると、熱的、機械的なドリフトによって観察している視野にずれが生じてしまうという問題点がありました。今回開発した顕微鏡では、顕微鏡を徹底的に小型化し、顕微鏡全体が速やかに同じ温度になるように配慮したことに加え、対称性の高いデザインを採用したことによって、視野のドリフトを1日0.1 nm程度に抑えることに成功し、数日間にわたる長時間測定が可能になりました。その結果、大量のデータを一挙に、しかも精度よく取得できるようになり、今回の成果につながりました。


3. 研究成果
 詳細なSTM/STS観測によって得られた電子状態の分布図そのものには、一見チェッカーボード構造しか観測されませんでした。しかし、正のエネルギー(電子を付け加えるのに必要なエネルギー)と負のエネルギー(電子を取り去るのに必要なエネルギー)における分布図同士の比を取ると、チェッカーボード構造がほぼ完全に消滅し、代わって超伝導ギャップから漏れ出した電子が作る干渉パターン(準粒子干渉パターン)が現れることを発見しました(図1)。このような分布図同士の比を取ることは、すべての分布図の視野が原子スケールで完全に同一でなければ不可能であり、新開発の顕微鏡の、1日0.1 nm程度しか視野がドリフトしないという高い安定度があって初めて可能になった解析手法です。
 得られた準粒子干渉パターンは、電子の運動エネルギーによって異なります。準粒子干渉パターンを解析すると、電子の運動量すなわち電子波の進む方向がわかります。超伝導状態で電子の運動方向を制御しているのは超伝導ギャップなので、結果として準粒子干渉パターンの解析をもとに、超伝導ギャップの大きさを電子の運動量(電子波の進む方向)毎に見積もることができました(図2)。通常の超伝導体では、超伝導ギャップの大きさは転移温度に比例します。しかし、Ca2-xNaxCuO2Cl2の超伝導ギャップは、ノード※4と呼ばれる超伝導ギャップが消失している方向(実空間では銅の二次元格子の対角線方向)から成長をはじめるところでは、驚くべきことに、転移温度が3倍も高いBi2Sr2CaCu2O8の超伝導ギャップとほぼ同じ大きさを持っていました。しかし、Bi2Sr2CaCu2O8では、ノードから離れた方向に進む電子も明確に定義でき、超伝導ギャップはアンチノード(銅二次元格子の格子に沿った方向)に向けて徐々に大きくなることが知られています。それに対し、Ca2-xNaxCuO2Cl2では、アンチノード方向に運動する電子(そして、それによって形成される超伝導電子対)の状態が、おそらくはチェッカーボード構造の存在によって明確に定義できなくなり、その結果、超伝導ギャップが実質的に存在しないことがわかりました。ノード近傍の超伝導ギャップは、Bi2Sr2CaCu2O8とCa2-xNaxCuO2Cl2でほぼ同じで、転移温度に依存しないことを考えると、アンチノード方向の電子状態が高温超伝導体の転移温度を決定していることが強く示唆されました。


4. 今後の期待
 今回の成果により、超伝導発現機構と直接関連する超伝導ギャップ構造と超伝導転移温度の関連が、世界で初めて明らかになりました。これまで、手詰まり感のあった超伝導発現機構解明に向けて、新しい突破口を開いたことは間違いありません。今回使用した新開発の走査型トンネル顕微鏡は、強磁場を印加したり、温度を可変したりすることも可能です。今後、磁場によって超伝導を破壊したとき、あるいは転移温度を横切ったときに、準粒子干渉パターンがどのように変化するかを調べ、超伝導ギャップが消失する様子を明らかにできれば、20年来の謎である高温超伝導の発現機構を実験的に解明できると考えています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 高木磁性研究室
  専任研究員  花栗 哲郎(はなぐり てつお)

Tel: 048-467-5428 / Fax: 048-462-4649
  主任研究員  木 英典(たかぎ ひでのり)

Tel: 048-467-9348 / Fax: 048-462-4649
 基礎基盤研究推進部   駒井 秀宏(こまい ひでひろ)

Tel: 048-467-9258 / Fax: 048-462-4608

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 高温超伝導体
銅原子と酸素原子が織り成す二次元銅酸素シートを基本構造として、これを層状に積み重ねた構造をもつ複合銅酸化物超伝導体の総称。様々なバリエーションが存在するが、中には超伝導への転移温度が液体窒素温度を超える物質も存在するため、「高温」超伝導体と呼ばれている。1986年にJ.G.ベドノルツとK.A.ミューラーによって発見されたランタン系酸化物超伝導「La2-xBaxCuO4」が、最初の高温超伝導体である。現在の超伝導転移温度の最高値は1993年に発見された水銀系銅酸化物「HgBa2Ca2Cu3Oy」の135 K(高圧下では164K)であるが、この記録は15年近く更新されていない。
※2 超伝導に転移する温度(超伝導転移温度)
金属が低温において突然電気抵抗を消失する(ゼロ抵抗)で知られる現象「超伝導」が起こる温度。
※3 電子対の安定化エネルギー(超伝導ギャップ)
超伝導状態での電子は、2つずつが組となった電子対、もしくは提唱者にちなんでクーパー対と呼ばれる状態を形成する。この電子対を破壊するのに必要なエネルギーを電子対の安定化エネルギーとよぶ。対を組んでいない独立な電子を励起しようとすると、安定化エネルギー以下のエネルギーでは励起できないため、スペクトルにギャップが生じる。このため、超伝導ギャップとも呼ばれる。電子対の形成と超伝導は表裏一体の関係にあるため、超伝導ギャップの生成要因を解明することは、超伝導の発現機構の解明に直結する。
※3 アンチノード/ノード
高温超伝導体以前に知られていた超伝導物質では、超伝導ギャップはあらゆる運動量をもつ電子に対してもほぼ同じであったが、高温超伝導体では、超伝導ギャップに大きな運動量依存性があり、特定の方向に進む電子に対しては超伝導ギャップが消失してしまう。このような方向を超伝導ギャップのノード(節)という。一方、超伝導ギャップが最大となる方向は、アンチノードと呼ばれる。このような運動量に依存する超伝導ギャップをもつ超伝導は、「変わった(unconventional)」超伝導とよばれており、高温超伝導体以外でもウランを含む超伝導体などで発見されている。また、ヘリウムの同位体であるヘリウム3の超流動状態でも類似の状態が実現している。


図1 0.4Kの極低温で測定したCa2-xNaxCuO2Cl2の電子状態分布
正負の等しいエネルギーで測定された電子状態分布(左図、右図)には、チェッカーボードと呼ばれている格子状の模様しか見えないが、両者の比(中図)をとると、全く新しい複雑な周期構造が現れていることがわかる。これが、超伝導ギャップから漏れ出した電子の干渉によって現れる準粒子干渉パターンである。g(r, V)は、電子状態分布を表す関数で、rは位置、Vは電圧(電子のエネルギーに相当)。


図2 超伝導ギャップの方向依存性
45度は超伝導ギャップが消失しているノードに、0度と90度はアンチノードに相当する。観測した範囲でCa2-xNaxCuO2Cl2とBi2Sr2CaCu2O8のギャップはほぼ一致しているが、Ca2-xNaxCuO2Cl2では、アンチノード方向で超伝導ギャップが定義できないことがわかった。は異なる試料での測定結果を表す。

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