プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
新たな変形性関節症モデルマウスを開発
- 高齢者に多発する変形性関節症解明の研究に光 -
平成19年8月30日
◇ポイント◇
  • 世界で初めて変形性関節症のモデルになるGdf5変異マウスを開発
  • Gdf5変異マウスは、ほぼ100%の確率で早期に重度の変形性関節症を発症
  • 理研バイオリソースセンターはヒト変形性関節症治療研究のモデル動物を提供
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ヒト変形性関節症(OA: osteoarthritis)※1の原因遺伝子Gdf5(growth differentiation factor 5)の変異によって、重度の変形性関節症症状を早期に示す疾患モデルマウスを開発しました。これは、理研ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)ゲノム機能情報研究グループ動物ゲノム変異開発研究チームの桝屋啓志上級研究員、理研遺伝子多型研究センター(中村祐輔センター長)変形性関節症関連遺伝子研究チームの古市達哉研究員を中心とする研究グループ※2の成果です。
 変形性関節症は、関節軟骨の変性、消失を特徴とする強い痛みを伴う病気で、日本だけでも約1,000万人、世界には2億人の患者がいるとされています。今回の変形性関節症の症状を示すモデルマウス開発の成功は、今後高齢者が増加する我が国において、変形性関節症の原因を解明し、治療薬発明の橋渡しになるような基礎研究※3の発端になると期待されます。
 研究グループは、遺伝子を変化させる化学変異原ENU※4という薬剤を用いる方法で、マウスGdf5遺伝子に変異を持つマウスを作製し、このマウスがほぼ100%の高い確率で、肘関節に出生早期から重度の変形性関節症が発症することを見出しました。さらに、Gdf5変異マウスを使った実験から、GDF5タンパク質は関節軟骨が正常に形成されるために必須であることがわかり、この知見から関節軟骨形成が正常でないことが変形性関節症発症の原因の一つであることが明らかになりました。これは、先に理研遺伝子多型センターのチームが、ヒトの相関解析によって明らかにした、GDF5遺伝子が変形性関節症の原因遺伝子であるという報を支持する結果となりました。
 GDF5タンパク質は、変形性関節症の新たな治療薬開発の手がかりとなると考えられており、今回の成果は、新薬開発研究へと橋渡しをする重要なモデルマウスの提供となります。さらに、未解決な部分の多い関節の形成機構研究に対しても、新たな研究材料を提供することになります。なお、このマウスは理研バイオリソースセンター(小幡裕一センター長)より分譲を開始しました。
 本研究成果は、イギリスの科学雑誌『Human Molecular Genetics』(8月号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(7月26日付け:日本時間 7月27日)に掲載されました。

注: ヒトの遺伝子名はすべて大文字、マウスの遺伝子名は頭文字だけ大文字で表記する。


1. 背 景
変形性関節症(OA: osteoarthritis)は、関節の軟骨が変性、消失し、関節の痛みや機能の障害を引き起こす疾患です。骨・関節の疾患の中で、最も発症頻度の高い疾患のひとつで、日本だけでも1,000万人、世界には2億人の患者がいると推定されています。しかし、その発症の根本的な原因や病態は知られておらず、有効な治療法は開発されていません。また、これらの研究開発のために有効なモデル動物も限られているのが現状です。


2. 研究手法と成果
 マウスは、分子生物学的技術や発生工学的技術によるモデル生物開発法が確立されていること、ゲノム情報が充実していることから、疾患モデルとして最も用いられる実験動物です。
 研究チームは、化学変異原ENUを用いて、一塩基置換型の突然変異をマウスで高率に誘発し、国内の共同研究者と連携して疾患表現型を示すマウスを選出する中で、四肢に奇形を示すGdf5遺伝子に変異を持つマウスを見出しました(写真1)。Gdf5変異マウスとして開発し、詳しく解析した結果、この変異は、これまで劣性変異としてしか見つかっていなかったマウスのGdf5変異では得られていなかった新たなタイプで、正常Gdf5遺伝子の機能を優性阻害効果によって阻害するものでした。このマウスの各関節を詳細に検査したところ、解析したホモ接合体※5全個体のマウスで、かなり若い時期から肘関節に変形性関節症の症状を示すことがわかりました(図1)。これらのマウスでは、関節軟骨の形成に異常がみられ、GDF5タンパク質が関節軟骨を正常に形成させるために必要であることがわかりました。今回の成果は、この関節軟骨の形成異常がヒトで変形性関節症をひきおこす原因のひとつであることを示唆しています。


3. 今後の期待
 理研遺伝子多型研究センター変形性関節症関連遺伝子研究チームの池川志郎チームリーダー、古市達哉研究員を中心とする研究チームは、2007年に『Nature Genetics』(vol. 39 pp. 529-533)で、原因遺伝子「GDF5」とヒト変形性関節症の相関を見出し、GDF5遺伝子の発現量の低下が変形性関節症の発症につながることを示唆する報告をしました。(平成19年3月26日プレス発表)今回の成果は、疾患モデルマウスを使って、GDF5タンパク質機能の低下が変形性関節症を引き起こす直接の原因であることを明らかにした点です。
 これらの知見は、これまでにない新しいタイプの変形性関節症治療薬開発の橋渡し研究の発端になると期待されます。この変異マウスは理研バイオリソースセンター(理研BRC)に寄託され、今後、GDF5タンパク質と変形性関節症の関係をさらに解析し、変形性関節症の治療薬開発へとつなげていく上で重要なモデルマウスを提供することになるでしょう。また、開発した疾患モデルマウスは、再現性良く変形性関節症を発症するため、未解決な部分の多い関節の形成機構研究に対しても、新たな研究材料となります。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 ゲノム科学総合研究センター 動物ゲノム変異開発研究チーム
  上級研究員  桝屋 啓志(ますや ひろし)
  チームリーダー  若菜 茂晴(わかな しげはる)

Tel: 029-836-9013 / Fax: 029-836-9017
 筑波研究推進部  片桐 健(かたぎり たけし)

Tel: 029-836-9142 / Fax: 029-836-9100

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 変形性関節症(OA: ostearthritis)
変形性関節症は、膝、股、手、脊椎など全身の様々な関節を侵し、痛み、腫れ(関節水腫。俗に言う、『関節に水が溜まる』という状態)、可動域(関節の動きの範囲)の低下、歩行機能の障害などの様々な症状を引き起こす。中・高年者の日常生活動作(ADL:Activities of Daily Living)、生活の質(QOL:Quality of Life)の障害を引き起こす最大の原因のひとつである。OAの有病率は中年以降年齢と共に増加し、70歳以上では、30%以上の人がOAに罹(かか)っているという統計もあるため、OAは高齢化社会の大きな課題となっている。
※2 今回の共同研究グループ
理研ゲノム科学総合研究センター・ゲノム機能情報研究グループ(城石俊彦グループディレクター)・動物ゲノム変異開発研究チーム(若菜茂晴チームリーダー、桝屋啓志上級研究員)、理研遺伝子多型研究センター・変形性関節症関連遺伝子研究チーム(池川志郎チームリーダー、古市達哉研究員)、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(西田圭一郎准教授)、大阪府立母子保健総合医療センター・整形外科(川端秀彦部長)、東京都立清瀬小児病院・診療放射線科(西村玄部長)。
※3 橋渡しになるような基礎研究
現在文部科学省は基礎から応用へと橋渡し研究(トランスレーショナルリサーチ)を推進している。本件はその良いモデルケースといえる。
※4 化学変異原ENU
ENU(エチルニトロソウレア)は、DNA上に高い効率で、塩基置換型の突然変異を誘発する。塩基置換型の変異はヒト遺伝疾患で最も多く発見されるタイプの突然変異で、様々な遺伝子の機能異常をひきおこす。
※5 ホモ接合体
遺伝子は母親由来、父親由来の2個1組が子に遺伝する。2つの遺伝子のうち、両方が正常な場合は、野生型、片方が突然変異の場合をヘテロ(ヘテロ接合体)という。両方が突然変異の場合はホモ(ホモ接合体)という。


写真1 Gdf5変異マウス


図1 Gdf5変異マウスの肘関節
Gdf5変異マウスの肘関節のサフラニンO染色による薄切切片の画像。サフラニンOは、関節軟骨を赤く染色する。左側が関節の像で、右側がその拡大像。野生型およびヘテロ接合体では、関節軟骨が平らで滑らかなのに対して、ホモ接合体では、関節組織が均一でなく、OA特有の細胞増殖の様子(矢印部分)や、軟骨のひび割れ(矢頭部分)などを観察した。
hu: 上腕骨、ra:橈(とう)骨、j:関節腔

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