プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
ドイツ シャリティ・ベルリン医科大学
タンパク質生合成工場「リボソーム」との相互作用による
翻訳伸長因子の活性化メカニズムを解明

-遺伝子翻訳の重要な過程をスナップショットで可視化 -
平成19年3月10日
◇ポイント◇
  • T. thermophilusには、EF-Gの遺伝子が2種類あることが判明した。
  • 全生物に共通な翻訳伸長因子EF-GのGTP結合部位を含む構造を初めて決定した。
  • 翻訳伸長因子EF-Gがリボソームの助けを借りて活性型になることを解明した。
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ドイツのシャリティ・ベルリン医科大学(President Dr. Christoph Markschies クリストフ・マルクシス)との共同研究によって、翻訳伸長因子※1EF-Gはリボソーム※2との相互作用によって初めて活性型になることを明らかにしました。これは理研ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)タンパク質構造・機能研究グループの横山茂之プロジェクトディレクター、竹本千重上級研究員、王宏飛リサーチアソシエイト、シャリティ・ベルリン医科大学のDr. Sean R. Connell(ショーン・コーネル)とDr. Christian M.T. Spahn(クリスチャン・シュパーン)らのグループによる研究成果です。
 タンパク質の合成工場であるリボソームには、tRNA※3が結合する部位が3ケ所(A部位、 P部位、E部位)あり、タンパク質が合成されるにつれて、tRNAはmRNA※3と共にリボソーム上をA→P→Eと移動します(図1)。これは、翻訳伸長因子EF-Gが司る反応で、トランスロケーション(転座)と呼びます。EF-Gは、トランスロケーション反応の間にGTP※4を加水分解してEF-G・GDP複合体に変化しますが、いつどのようにEF-G・GTPに戻るのか、何のためにGTPは加水分解されるのかについては、まだ結論が出ていませんでした。
 「高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト」のゲノム解析により、高度好熱菌Thermus thermophilusには2つのEF-G遺伝子が存在することが判明し、理研のグループは、この2つめのEF-GのX線結晶構造解析を行って、GTPが結合したEF-Gの全長構造を初めて明らかにすることに成功しました(図2)。GTP結合部位の構造が、伸長因子EF-Tuと良く似ていることは、リボソーム上の同じ位置に作用するGTP加水分解酵素であることと合理性があります。ドイツのグループは、超低温電子顕微鏡によって、同じくT. thermophilusのリボソーム・EF-G複合体の高分解能(7Å) ※5構造解析に成功しました(図3)。電子顕微鏡像に全長の結晶構造を重ねて、精密な構造情報を総合的に解釈し、GTPを結合したEF-Gとリボソームの相互作用について詳しい解析を行いました。
 その結果、EF-Gのスイッチ1※6が16SリボソームRNA(rRNA※3)のへリックスh14と相互作用していることを新たに発見し、EF-Gがリボソームの助けを借りて活性型になることへの構造的な裏付けを得ました(図4左)。また、伸長因子のGTP加水分解反応に重要であると考えられている23SrRNAのサルシンリシンループ(ヘリックスH95)は、EF-GのGTP結合部位と明確に相互作用しており、このループがGTP加水分解に直接関与していることが示唆されました(図4右)。
 本研究成果は、わが国で推進している「タンパク3000プロジェクト」の一環として行われたものです。本研究成果の詳細は、米国の学術雑誌『Molecular Cell』3月9日号に掲載されます。


1. 背景
 リボソームでは、アミノ酸がペプチド結合によって1つずつ連結される反応が繰り返されて、タンパク質が合成されていきます(図1)。リボソームには、tRNAが結合する部位が3ケ所(A部位、 P部位、E部位)あり、タンパク質が合成されるにしたがって、tRNAはmRNAと共にリボソーム上をA→P→Eと移動します。その間リボソームはPOST(A部位が空で、ペプチジルtRNAがP部位を占めている安定な状態)とPRE(P部位のペプチジル基がA部位のアミノアシルtRNAに転移した状態)の2つの状態を繰り返しながらペプチド結合を伸ばしていきます。全生物が共通に保持している翻訳伸長因子(elongation factor: EF)EF-TuとEF-Gは、この反応で重要な働きを担うGTP加水分解酵素です。(真核生物※7では、eEF-1α, eEF-2と呼ばれています。)
 タンパク質が合成される過程では、まずEF-Tuが、POST状態のリボソームのA部位に、コドンと対合するアミノアシルtRNAをアミノアシルtRNA・EF-Tu・GTP複合体として運び入れます1。リボソーム上でEF-TuがGTPを加水分解すると同時に、アミノアシルtRNAはA部位に完全に収められます。即座に、リボソームがPサイトのペプチジルtRNAからA部位のアミノアシルtRNAへ、ペプチド結合転移反応を行い、A部位に1つ長くなったペプチジルtRNAが生成します2(GTPを加水分解した後、EF-Tu・GDPは、リボソームを離れ、ヌクレオチド交換因子EF-Tsの助けをかりて、EF-Tu・GTPとなってリサイクルされます)。EF-Gは、このPRE状態のリボソームに、GTP依存的に結合し3、A部位、P部位にあるtRNAをそれぞれP部位、E部位へ移動させて、POST状態を作り出し4、リボソームから解離します5。こうしてペプチド鎖が1つ伸びたペプチジルtRNAがP部位に配置されます。この反応をトランスロケーション(translocation: 転座)と言います。POST状態のリボソームに、EF-Tuが再び次のアミノアシルtRNAを運び込んで、タンパク質合成が進んでいきます。
 EF-Gは、一連の反応の間にGTPを加水分解し、EF-G・GDPになるのですが、いつどのようにEF-G・GTPに変換されるのか、GTP-GDP交換で、どのような構造変化が起こるのか、またGTPの加水分解は何のために起こるかについては、まだ結論が出ていませんでした。


2. 研究手法と成果
 「高度好熱菌丸ごと一匹プロジェクト」のゲノム解析により、高度好熱菌Thermus thermophilusにはEF-Gの遺伝子が2つあることが判明しました。2つのEF-Gを大腸菌で発現させ、これを精製して活性を比較したところ、同じ活性を持つことが確認されました。さらに2つめのEF-Gの結晶を作成し、大型放射光施設SPring-8の理研構造ゲノムTビームラインのBL26B1、および理研構造生物学TビームラインのBL45XPを使用して2.2 Å の回折データを得ました。X線結晶構造解析の結果、GTPが結合したEF-Gのスイッチ領域を含む全長構造の決定に初めて成功しました(図2)。一方、ドイツのグループは、同じくT. thermophilusリボソームとEF-G・GMPPNP※4との複合体について、超低温電子顕微鏡による高分解能(7Å)での構造解析に成功しました(図3)。両グループは、X線結晶構造解析から得られた精密な構造情報を電子顕微鏡像にモデリングし、GTPを結合したEF-Gとリボソームの相互作用について詳しい解析を行いました。
 解析の結果、リボソーム30Sサブユニットの16SrRNAのへリックス※8h14とEF-Gのスイッチ1の相互作用を新たに発見し、EF-Gがリボソームの助けを借りて活性型になることを構造的に裏付けることができました(図4左)。つまり、EF-Gは単独で活性型の構造はとらず、リボソームと相互作用することによって初めてGTP結合部位周辺の構造が安定化することが示されたのです。また、伸長因子のGTP加水分解反応に関与すると考えられている23SrRNAの2つのへリックスH89とH95のうち、サルシンリシンループとも呼ばれるH95は、スイッチ領域と明確に相互作用しており、GTP加水分解への直接の関与が示唆されました(図4右)。
 本研究成果により、長年謎であったEF-Gのスイッチ1の構造が決定され、EF-Tuと極めて似ていることが明らかになりました。このスイッチIは、結晶中では隣の分子に相互作用していますが、EF-Tuの場合はtRNAと相互作用しています(図2)。さらに、リボソームとの複合体では、ヘリックスh14と相互作用していることが明らかになったので、EF-GはGTPを携えてリボソームに結合して初めて活性型構造が安定になると結論づけられました。リボソームによって活性型構造が安定化されたEF-Gは、その状態でA部位のtRNAをP部位に押しやります(これが今回解析された構造です)。次いでGTPの加水分解が起こり、分解されたリン酸が外れると、GTP結合部位の構造保持は解放され、EF-G・GDPとなってリボソームから解離します。つまり、リボソームがPRE状態から、より安定なPOST状態に移行する間、EF-GはtRNAが逆戻りしないための「つっかえ棒(Ratchet)」の役割を果たしているのです。あるいはまた、GTPを結合しているEF-Gは、H95とh14の相対的位置すなわち、50Sと30Sの相対的位置を認識しているといえるかも知れません。


3. 今後の展開
 トランスロケーションは、全ての生物の細胞で起こる普遍的な反応ですが、伸長因子とリボソームの組み合わせには、特異性があることが知られています。このことは、リボソームのダイナミックな動きが正確に制御される機構があることを示唆しています。今後、H95以外にも伸長因子の働きに重要だと考えられているH89や、ストークと呼ばれる部分(リボソームタンパク質L10/L7/L12複合体)との相互作用についても、伸長因子との複合体の構造解析を行うことによって、詳細な構造情報を得る事ができます。今回発見されたh14との相互作用も含めて、ひとつずつ明らかになっていく相互作用が、一連の反応のなかで、どのように順序立てられているかについて、新しい知見が得ることが期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
ゲノム科学総合研究センター
タンパク質構造・機能研究グループ
プロジェクトディレクター 横山 茂之

Tel: 045-503-9196 / Fax: 045-503-9195
タンパク質構造・機能研究グループ
上級研究員 竹本 千重

Tel: 045-503-9196 / Fax: 045-503-9195
横浜研究所 研究推進部 溝部 鈴

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 翻訳伸長因子(Elongation Factor: EF)
ポリペプチド鎖(タンパク質)が伸長するときに触媒として作用するタンパク質。EF-TuとEF-Gは、GTP加水分解酵素である。
※2 リボソーム
すべての生物の細胞に存在するタンパク質合成を担う細胞内小器官で、RNA・タンパク質の超分子複合体。大小2つブユニットで構成される。大きさは沈降係数(S)で表し、バクテリアは50S(大)と30S(小)である。
※3 RNA(ribonucleic acid:リボ核酸)
細胞内でDNAの遺伝情報は、RNAに転写される。このうち、タンパク質合成の鋳型となるのがmRNA(メッセンジャーRNA:伝令RNA)である。そのmRNAの塩基配列とアミノ酸を対応させるアダプターがtRNA(トランスファーRNA:運搬RNA)である。この他に、リボソームを構成するrRNA(リボソームRNA)や機能性の低分子RNA(非コードRNA:ncRNA)がある。
※4 GTP (Guanine nucleoside tri-phosphate)
グアニンヌクレオシド3リン酸。GTP加水分解酵素によって一番外側のリン酸結合が加水分解を受け、GDP(グアニンヌクレオシド2リン酸)と遊離のリン酸を生じる。GMPPNPは、この加水分解反応が起こりにくいGTPの類似化合物。
※5 高分解能
Å(オングストローム:1×10-10メートル(=0.1ナノメートル))の単位を用いて表し、この数字が小さいほど分解能が高く、より精度が高いことを示す。
※6 スイッチ
図2の脚注参照。
※7 真核生物
生物の分類のひとつであり、細胞に核を持つ、真核細胞からなる生物を指す。
※8 RNAのヘリックス(螺旋構造:helix)
相補的な配列をもつRNAが塩基対を組んで2本鎖を形成している部分。RNAの構造が安定になり、機能と深い関わりがあることも多い。リボソーム中でrRNA分子は、たくさんのヘリックスが折り畳まれて高次構造を形成している。図2右に示すようにtRNAもヘリックス構造によって安定な立体構造を保持している。


図1 タンパク質合成で働く2つの伸長因子
図1 タンパク質合成で働く2つの伸長因子
タンパク質を構成する20種類のアミノ酸にそれぞれ対応するtRNAがあって、アミノ酸を結合したアミノアシルtRNAがリボソーム上でタンパク質合成に使われる。アミノアシルtRNA・ EF-Tu・GTP複合体とEF-G・GTP複合体は、リボソームのA部位に交互に結合し、GTPを加水分解するとGDP複合体となってリボソームから解離する。EF-Tuは、EF-Tsに助けられてGDPとGTPを素早く交換しているが、EF-G・GDPをEF-G・GTPに変換する酵素はみつかっていない。


図2 伸長因子の結晶構造
図2 伸長因子の結晶構造
(左:EF-G・GTP、右:アミノアシルtRNA ・EF-Tu・GMPPNP)
EF-Gは、5つのドメインから構成されており、ドメインI(緑)とII(青)はEF-Tuとも類似性が高い(ただし、EF-TuにはG’がない)。ドメインIはGTP加水分解酵素に相当するドメインである。GTP加水分解酵素には、GTP(スティックで示す)を認識する5つのモチーフ(G1-G5)があり、G2, G3はそれぞれスイッチ1(赤), スイッチ2(黄)と呼ばれ、GTPのβ, γ位のリン酸基やそれに配位するマグネシウム分子(白)と相互作用する重要な領域である。ドメインIII-Vは、アミノアシルtRNA・EF-Tu・GMPPNPとの構造比較からtRNA(橙)に相当する分子擬態であることが知られている。図に使用した座標のPDB IDはそれぞれ1WDT(左)と1BO2(右)。


図3 7Åの電子顕微鏡像
図3 7Åの電子顕微鏡像
T. thermophilus 70Sリボソームの電子顕微鏡像。50Sと30Sのサブユニットの会合面で、mRNAやアミノアシルtRNA、伸長因子が機能する。EF-G(赤)は、リボソームのA部位に結合している。細胞内ではペプチジルtRNAが占有する場所であるP部位にtRNA(黄緑)が結合している。


図4 リボソームとEF- Gの相互作用
図4 リボソームとEF- Gの相互作用
(左) スイッチ1と16S rRNAのヘリックスh14 (30S)の相互作用
単体の結晶構造解析によってEF-Gのスイッチ1(SW1)の構造が決定されたことと、電子顕微鏡像の分解能が高かったため、相互作用している部位を特定できた。最密充填モデルで示したGTPは、EF-G・GTPの結晶構造からモデリングしたもの。矢印は、今回のリボソーム複合体で同定された相互作用。S12は、リボソーム30Sサブユニットを構成するタンパク質のひとつ。
(右) EF-GのGTP結合部位と23S rRNAのH95 (50S)の相互作用>
電子顕微鏡によって得られたGTP結合部位とH95に相当する電子密度が、明らかに繋がっていることから、相互作用していると解釈できる。特にA2660-G2661は、配列保存性の高い塩基で、機能にも重要であると考えられている。

[Go top]
copyright