プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
ゲノムにコードされている有用遺伝子機能を高速に解析できる
「フォックスハンティングシステム」を確立

- 本システムで、一度に8個の遺伝子の機能を同定 -
平成18年12月27日
◇ポイント◇
  • モデル植物の1万種類以上の遺伝子から、有用な遺伝子8個を迅速に選出して同定
  • モデル植物の形質導入効率を活用し、農業作物など有用な植物の遺伝子も解析可能
  • 食料問題の解決や高機能食品の開発に貢献
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、独立行政法人科学技術振興機構、学校法人静岡大学、学校法人日本女子大学との共同研究で、ゲノムにコードされている全遺伝子の機能を、高速に解析することのできる次世代型遺伝子機能探索システム「フォックスハンティングシステム」を世界に先駆けて開発しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)植物ゲノム機能研究グループ、植物ゲノム機能研究チームの松井南グループディレクターと市川尚斉上級研究員らによる研究成果です。
 このシステムは、植物の完全長cDNAからなる「アグロバクテリアライブラリー」を用いて形質転換するので、一回の形質転換で1つの遺伝子のみを導入する従来法と違い、調べたい遺伝子の数分だけ形質転換体を作製する必要がありません。本システムの一回の形質転換で得た形質転換体の種は、それぞれある特定の遺伝子だけが強調された、さまざまな形質の種の集団(種子ライブラリー)となります。このライブラリーの中から、例えば成長が早い、ストレスに強い、種の数が多いなど、有用な形質を示す特殊な植物体を探し、その形質を示す遺伝子を同定して機能を解析します。本システムでは、アグロバクテリアの形質転換で用いる「バイナリベクター」の特徴により、従来よりも迅速に、形質と関連する遺伝子を同定できます。さらに、このベクターを用いることで、ゲノム解析されていない植物でも形質を示す遺伝子の同定が可能なため、すべての農業作物を含むあらゆる植物の遺伝子機能を網羅的に解析することができます。
 今回発表した論文の中では、モデル植物のシロイヌナズナを用いて、色が白い、背が高い、低い、成長が早い、遅いなどの形質を示す植物体をライブラリーの中から選び、その原因となった8個の遺伝子を一度に同定しました。
 この技術を応用すると、将来予想される食糧問題の解決や、予防医学の一環として、食べることにより健康を増進させる高機能植物などの開発に大きな貢献をすることが予想されます。本研究成果は、イギリスの科学雑誌『The Plant Journal』(2006年12月号、48巻P.P.974-985)に掲載されます。


1. 背 景
 遺伝子の機能を解析するために、ある遺伝子の発現を強調した形質転換体を作り、どんな形質が現れるかを調べる方法があります。形質転換体を作るとき、これまでは1つの遺伝子だけを導入していましたが、数万におよぶ遺伝子について、1つずつ形質転換体を作って解析することは容易ではありません。
 ある遺伝子の発現を強調した形質転換体を作る方法の1つに、T-DNA※1内に組み込んだエンハンサー配列※2を利用して、遺伝子の転写を活性化するものがあります。この方法によって作製した形質転換体の転写活性化された遺伝子をクローニングするのが、アクティベーションタギング法※3です。この方法は遺伝子ファミリー※4の様に、ゲノムの中に重複機能を持つ遺伝子群の機能解析に欠かせないテクニックになっています。しかし、アクティベーションタギング法を遺伝子機能の網羅的な解析に用いるには問題がありました。例えば、シロイヌナズナのようなモデル植物でも、転写活性化が可能なゲノム領域は挿入部位前後の5Kb(キロベース)にも及ぶため、遺伝子活性化の効果が1つの遺伝子に限定されず、複数の遺伝子の転写が活性化され原因遺伝子の特定にとても時間がかかっていました。また、従来の遺伝子タギング法は、解析をしたい植物種で形質転換体をつくり、その形質転換体植物のゲノム配列を解析しなければならないため、モデル植物以外の作物に応用することは事実上不可能でした。


2. 研究手法と成果
 フォックスハンティングシステムは、完全長cDNA※5からなるバクテリアを使って形質転換することにより、一回の形質転換で、ある特定の遺伝子が強調されたさまざまな形質の植物体をたくさん作製することができます。
 本システムで作製される形質転換体は、遺伝子の転写を活性化する「ウイルスプロモーター(開始)」と「ターミネ−ター(終了)」からなる「バイナリベクター」に組み込んだ遺伝子が導入されるので、表現型を引き起こす遺伝子は、必ず既知の遺伝子(ウイルスプロモーター)の隣にあります。そのため、活性化されている遺伝子を1つに限定することができると同時に、ゲノム配列の解析をすることなく遺伝子を同定することができます。
 このようなシステムの特徴から、効率よく形質転換体を作製し、遺伝子を同定することが可能となるので、例えばアクティベーションタギング法で数ヶ月要していたのを、数日に短縮することができます。また、このゲノム配列の解析が不要で、すべての農業作物を含むあらゆる植物の遺伝子機能を網羅的に解析することができるようになりました。
 研究チームは、図1に示しているような手順で、約1万種の別々のシロイヌナズナ完全長cDNAからなる標準化cDNAライブラリーをアグロバクテリアのベクター上で作成しました。完全長cDNAを利用する理由は、通常のcDNAとは異なり、必ずタンパク質の全長の情報が載っているので、このcDNA断片はゲノム上の全タンパク情報を完全に肩代わりする事ができるリソースである点があげられます。
 このバクテリアライブラリーをシロイヌナズナに花感染させ、約15,000ライン以上の別々の形質転換植物(フォックス植物)を作成しました。シロイヌナズナを宿主として選んだ理由は、形質転換体を作り易く、ライフサイクルの短い小型モデル植物としての性質が、網羅的遺伝子機能解析が必要なこのシステムに適していることによります。
 このラインのうち、106ラインについて挿入された完全長cDNAの長さを調べたところ、分子長の分布は母集団の分布に非常に一致していたため、完全長cDNAはほぼ無差別にシロイヌナズナに挿入されていると考えられます。実際に一部の植物を選んで、導入されたcDNAをPCR法とシーケンスを行って解析したところ、全ての植物ゲノム中には、別々の完全長cDNAが挿入されていることが分かりました。
 形態形成や色素合成など肉眼で容易に確認できる表現型が現れたT1植物を1,487ライン選抜し、現在はこれらのラインの完全長cDNAを野生型植物に再導入して表現系が再現する遺伝子を特定しています。また、これらのラインの植物のうち、成長、色、葉の形、開花時期などが異なる8ラインを選び、表現形の原因となった遺伝子を特定したところすべて機能が未知の遺伝子でした。モデル植物のシロイヌナズナですら、ゲノム上の遺伝子のうち機能が実験的に証明されている遺伝子は10%ほどに過ぎません。このシステムを用いることによって、機能がまだわかっていない遺伝子の網羅的な機能同定に役立つことが期待できます。


3. 今後の期待
 比較ゲノム学でも明らかなように、高等生物同士は共通した遺伝子機能を多く持っているので、同一の機能を持つ遺伝子同士を別々の生物に導入しても機能できる事がわかっています。そこで、フォクスハンティングシステムを利用して、農業作物などの有用な植物の遺伝子を組み込んだバクテリアでシロイヌナズナの形質転換体を作製することにより、その植物の遺伝子機能をゲノムスケールで網羅的に同定することができます。
 なお、今回作成した15,000ラインのフォックス植物を用いることにより、高温、低温、乾燥、塩などの物理ストレスに強い植物、微生物やウイルスなどの感染などの生物学的ストレスに強い植物、あるいは、光合成能力の高い植物などをスクリーニングし、そのような性質を与える遺伝子を特定できれば、収穫量の増大に寄与する有用遺伝子を特定することができます。また、このフォックス植物に蓄積される代謝産物全般からなるデータベースを作成すれば、人間の健康の増進につながる有効成分を多く生産する高機能植物を開発するための遺伝子検索をすることも可能です。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 植物科学研究センター 植物ゲノム機能研究チーム
  チームリーダー  松井 南(まつい みなみ)

Tel: 045-503-9585 / Fax: 045-503-9584
  上級研究員  市川 尚斉(いちかわ たかなり)

Tel: 045-503-9625 / Fax: 045-503-9586
 横浜研究推進部   川名 真澄

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 T-DNA
植物のゲノムに希望するDNAを挿入させるときに使うアグロバクテリア由来のDNA断片。形質転換がおきたゲノムにはT-DNAが挿入され、更にそのT-DNAの中に挿入したい遺伝子が入っている。
※2 エンハンサー配列
遺伝子の転写を促進するDNA配列。
※3 アクティベーションタギング
未知のゲノム配列にT-DNA(タグ)を挿入させ、希望の表現型を示す形質転換体が見つかった場合に、T-DNAの隣にある遺伝子を同定することにより原因遺伝子を特定する方法。
※4 遺伝子ファミリー
ゲノムの中には、DNA配列が非常に似た複数の遺伝子が存在し、これらを遺伝子ファミリーと呼ぶ。多くの場合遺伝子ファミリーは機能も似通っているため、1つの遺伝子が壊れても、ファミリー内の遺伝子がその機能損失をカバーできる。
※5 完全長cDNA
成熟したメッセンジャーRNAだけからcDNAを合成することにより、全長の長さを持つcDNA。合成途中や、破壊させた部分RNAを持たない。


図1 フォックスハンティングシステムのフローチャート
Pro:ウイルスプロモーター、Gene Q:機能未知の遺伝子、Ter:ターミネ−ター
市川尚斉、松井南、篠崎一雄、(2005)、270秀潤社、改定3版、「モデル植物の実験プロトコール」

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