プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
タンパク質品質管理を司る鍵酵素「グルコシダーゼII」の機能を解明
- 化学合成を基盤とした分子レベルの手法で解明 -
平成18年10月18日
◇ポイント◇
  • 受け渡しを担うグルコシダーゼIIの働きを解析し証明
  • これまで提唱されていた基質特異性に誤り
  • アルツハイマー病などの理解や微生物による有用タンパク質生産の効率化に繋がる可能性
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、独立行政法人科学技術振興機構(JST)(沖村憲樹理事長)と共同で、20種類以上の糖鎖関連化合物を化学合成し、タンパク質の品質管理を司る鍵となる酵素「グルコシダーゼII※1」の機能解明に成功しました。これは、理研中央研究所(茅幸二所長)伊藤細胞制御化学研究室の伊藤幸成主任研究員、戸谷希一郎JST研究員らと長崎大学医学部との共同研究成果で、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)の研究課題「糖タンパク質の品質管理における糖鎖機能の解明」の一環として行われたものです。
 ヒトのような高等生物が持っているタンパク質の大部分は、糖鎖を有する糖タンパク質です。タンパク質が成熟し固有の機能を発揮するには、適切な折り畳みにより正しい構造を獲得することが必要です。正しい構造を獲得する過程では、折り畳まれるタンパク上の糖鎖と折り畳みを司る機能性タンパク質との相互作用が重要となっています。この一連の糖鎖―タンパク質相互作用ネットワークは「糖タンパク質品質管理機構※2」と呼ばれ、その機構解明に世界中の研究者がしのぎを削っています。グルコシダーゼIIはこの品質管理において「折り畳み促進工程」へのタンパク質の受け渡しと回収、つづく「折り畳みチェック工程」へのタンパク質の受け渡しの鍵を握る酵素です。従来、グルコシダーゼIIを含む糖タンパク質品質管理機構に関する研究は、天然に存在する糖タンパク質由来の試料を用いて行われてきましたが、構造の不均一性が障壁となり、明確な結果を得るのは非常に困難でした。今回、研究グループは化学的に合成した糖鎖や人工糖タンパク質を駆使して、グルコシダーゼIIの性質、特に基質特異性を明らかにしました。
 この研究は分子レベルでの生命現象の解明における化学合成の重要性を示すものです。またタンパク質品質管理機構の破綻により生ずるアルツハイマーを始めとした様々な疾患の解明や、微生物による有用タンパク質生産の効率化に繋がる可能性があります。
 本成果は米国科学雑誌「Journal of Biological Chemistry」(10月20日号)の表紙を飾り掲載されます。


1. 背 景
 「なぜ細胞はタンパク質生合成過程で複雑な糖鎖をタンパク上にわざわざ転移し、糖タンパク質にしてしまうのか?」これは糖鎖生物学の長年の謎でした。10年程前にこの疑問に対するひとつの答えとして「糖タンパク質品質管理機構(図1)」という概念が提唱されました。この品質管理機構が働く主な舞台は小胞体と呼ばれる細胞内小器官です。ここでは新しく作り出されたタンパク質を適切に折り畳み、正しい構造への成熟が行われています。その過程に糖タンパク質を厳密に識別して、ある特定の糖鎖構造をもつものに対してのみ働く「折り畳み促進工程」と「折り畳みチェック工程」があります。それぞれの工程へ受け渡される糖タンパク質の糖鎖構造は異なっており、糖鎖の構造がタンパク質の成熟をコントロールしていると言えます。これが「糖タンパク質品質管理機構」と呼ばれる所以です。
 この機構を解き明かすことは生命現象の根幹に関わるため、核酸、タンパク質、糖質の三大生命分子の専門家が様々なアプローチで研究に取り組んでいます。特に糖鎖構造を変化させる働きをする糖鎖プロセッシング酵素の一種「グルコシダーゼII」は「折り畳み促進工程」と「折り畳みチェック工程」への糖タンパク質の受け渡しを担い、品質管理の相互ネットワークを築く酵素として注目されています。しかしながら微細な糖鎖構造の違いを考慮した分子レベルでの機能解析は行われていませんでした。


2. 研究手法
 現在、グルコシダーゼIIの機能解析に必要な十分量の糖鎖を均一構造として自在に供給できる手法は化学合成だけとなっています。これが生化学者、細胞生物学者による研究の足かせとなり、部分的な解析しか行われていませんでした。そこで研究グループでは、2001年より4年以上の歳月を費やし解析に必要な20種類以上の糖鎖関連化合物(図2)を全て化学合成しました。本研究ではグルコシダーゼIIによる糖鎖のプロセッシング反応を、化学合成糖鎖と極めて定量的な分析装置である高速液体クロマトグラフィーを駆使して厳密に調べました。


3. 研究成果
1) 「カルネキシン/カルレティキュリンサイクル※3」への受け渡し糖鎖構造を解明
 小胞体の糖タンパク質品質管理において「折り畳み促進工程」と「折り畳みチェック工程」で形成される「カルネキシン/カルレティキュリンサイクル」と呼ばれるタンパク質成熟機構への受け渡し糖鎖構造には、ふたつの糖鎖の関与の可能性が指摘されていました。グルコース1個、マンノース9個、N-アセチルグルコサミン2個からなる「G1M9型」と呼ばれる糖鎖とG1M9からグルコースが除去された「M9型糖鎖」です。今回、その受け渡しを担うグルコシダーゼIIの働きを、「折り畳み促進工程」の主役であるカルレティキュリンと呼ばれる介添えタンパク質の存在下で評価することにより、カルネキシン/カルレティキュリンサイクルへの糖タンパク質の受け渡しが「G1M9型」で行われている事を明らかにしました(図3)。
2) 「折り畳みチェック工程」への受け渡し糖鎖構造の特異性を訂正
 小胞体内の糖タンパク質は、グルコシダーゼIIがタンパク上の糖鎖からグルコースを取り除くことによって「折り畳みチェック工程」へと受け渡します。この反応の基質特異性は、グルコース1個、マンノース9個、N-アセチルグルコサミン2個からなるG1M9型が最も優先され、次いでG1M9からマンノースが1個除去されたG1M8型、さらにマンノースが除去されたG1M7型の順であると考えられていました。今回、その受け渡しを担うグルコシダーゼIIの働きを、微細に異なる糖鎖構造に対して詳細に解析した結果、これまで提唱されていた基質特異性が誤りである事が分かりました。正しくは2種類存在するG1M8型糖タンパク質のうちのひとつであるG1M8B型が最も優先され、次いでG1M9型、G1M8C型(もう一種類のG1M8型)、G1M7型の順であることが明らかになりました(図4)。
3) グルコシダーゼIIが強く認識する部位を解明
 グルコシダーゼIIは、糖タンパク質上の糖鎖のうち特定のグルコースを切断する酵素ですが、切断部位以外にも糖鎖上に強く認識する部位がある可能性が示唆されていました。今回、グルコシダーゼIIの働きを様々な糖鎖構造をもつ阻害剤の存在下で評価するすると、分岐糖鎖構造のCアームと呼ばれる分岐鎖の末端マンノースを特に強く認識していることが明らかになりました(図5)。


4. 今後の期待
 本研究は、生物学的現象の解明における化学合成の威力を明確に示すものです。これを基盤とする研究の発展により、糖タンパク質品質管理機構の全貌が明らかにされることが期待されます。
 糖タンパク質品質管理機構はタンパク質生合成の根幹を担っており、様々な生命現象と密接に関連します。特にこの品質管理機構に問題が生じ、破綻すると不良タンパク質が体内に蓄積され、アルツハイマー病やパーキンソン病など我々のクオリティー・オブ・ライフを深く関わるフォールディング病を引き起こすことが知られています。本研究の成果は、糖タンパク質品質管理の理解を分子レベルで深めるものであり、フォールディング病の発症機構の解明に繋がる可能性があります。
 また糖タンパク質品質管理を分子レベルで解明することができれば、これを基に微生物による有用タンパク質の生産効率を人為的に向上させることが可能になると考えられます。本研究の成果はこのような工学的な方面への応用も期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 伊藤細胞制御化学研究室
  主任研究員  伊藤 幸成(ゆきしげ)

Tel: 048-467-9430 / Fax: 048-462-4680

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 グルコシダーゼII
小胞体内の糖タンパク質に対して働き、タンパク上の糖鎖構造に存在する特定にグルコースを切断する酵素。「折り畳み促進工程」と「折り畳みチェック工程」への糖タンパク質の受け渡しを担っており、糖タンパク質品質管理機構の相互ネットワークを築く働きがある。
※2 糖タンパク質品質管理機構
タンパク質生合成の始点である小胞体内に存在し、タンパク質の状態を監視する機構。タンパク質折り畳みの促進、折り畳み状態のチェック、分泌経路への輸送、分解系への輸送の各工程を含む。各工程を識別するシグナルとして糖タンパク質上の糖鎖構造が使われている。
※3 カルネキシン/カルレティキュリンサイクル
小胞体内の糖鎖プロセッシング酵素「グルコシダーゼII」、タンパク質の折り畳みを介添えする分子シャペロン「カルネキシン/カルレティキュリン」、折り畳みセンサー「UGGT」で形成される糖タンパク質成熟機構。糖タンパク質品質管理機構の中心的役割を果たす。


図1 糖タンパク質品質管理機構
GxMy (G3M9, G2M9, G2M7-9, M7-9): グルコースx個、マンノースy個、N-アセチルグルコサミン2個からなる高マンノース型と呼ばれる分岐型糖鎖をもつ糖タンパク質


図2 化学合成した糖鎖基質の代表例


図3 カルネキシン/カルレティキュリンサイクルへの受け渡し糖鎖構造


図4 糖タンパク質の折り畳みチェック工程への受け渡しにおける糖鎖特異性


図5 グルコシダーゼIIの糖鎖認識部位

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