プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
電子対の二次元的な整列を世界で初めて観測:超伝導への鍵か?
- 有機分子が三角配列した結晶で実現 -
平成18年9月6日
◇ポイント◇
  • 二次元層の中で電子のペアが整列する現象を世界で初めて発見
  • 2000気圧を加えると超伝導が出現
  • 超伝導など新物性開発の鍵に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)の加藤分子物性研究室の田村副主任研究員、中尾基礎科学特別研究員(現高エネルギー加速器研究機構助手)、加藤主任研究員のグループは、パラジウム・炭素・硫黄を含む有機分子Pd(dmit)2(パラジウム・ディーエムアイティー2)の化合物の1つが、絶対温度25度(氷点下248℃)以下に冷やすと、結晶内の二次元的な層の中で、電子が2個ずつペア(対)になって規則的に整列する現象を示すことを、磁気測定とX線回折実験によって発見しました。この二次元系での電子の対の整列現象の発見は世界で初めてで、発見を報告した論文は、日本物理学会の編集委員会によって注目論文として選定されました。従来から二次元系にできる電子の対の性質は超伝導や磁性のメカニズム解明への鍵として注目されており、発見は新しい物性開拓の契機となるとが期待されます。実際にこの化合物に圧力を加えると、電子対整列との関連を思わせる超伝導が現れます。
 有機分子Pd(dmit)2は、分子が2個で1組(二量体)になって、三角形を敷き詰めた網目状の構造をつくり、この三角網目の層と、別の陽イオン成分とが、サンドウィッチのように交互に積み重なって化合物の結晶となっています。この構造の中で電子はPd(dmit)2の層の中(二次元)に閉じこめられ、二量体に1個ずつとどまっています。とどまっている1個の電子は極微小の磁石の性質をもち、隣の電子の磁石とは逆の方向を向こうとします。
 しかし三角形の構造ではすべての隣り合う電子の磁石を逆向きにすることができず、電子はほかに安定な状態を捜さざるを得なくなっています。今回の発見は、このような状況で電子が対をつくって磁石の性質を喪失し、分子間隔の伸び縮みの助けを借りてその電子対が定着していく過程を捉えたものです。三角構造をもつ有機物質ではこの数年相次いで日本で新しい現象が発見されており、今回もその1つとなりました。
 本研究成果は、日本物理学会の学術雑誌『Journal of the Physical Society of Japan』(2006年9月号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(8月25日付け)に掲載されました。


1. 電子の対
 物質中の電子には2個で対をつくるという性質があります。これは量子力学という極微世界の物理法則による効果で、原子と原子が結合して分子ができる原動力であり、物質の存在を支える基本的な原理です。実は電子の対(ペア)はあらゆる物質中のいたるところにある普遍的なもので、原子と原子の結合の基本単位になっています。水素分子H-Hや水分子H-O-H(H2O)で、1本の線で表されている結合が、電子の1対です(図1)。おもしろいのは、そんな分子内の特定の場所に最初から安定にできている電子の対ではなくて、1個ずつ独立にあったり、ひとつで動き回ったりしていた電子が、低温にするなど環境を変えると対になる現象です。この対になるときに電子の性質は一変するので、物理学の活発な研究対象になっています。
 たとえば、金属の中で動き回っている電子が対になる現象が集団的に起きると、電気抵抗ゼロの超伝導状態になります。また、多くの磁気材料(磁性体)の中では、各原子の中に対をつくっていない電子(不対電子)があって、それが磁気を担っているのですが、温度を下げるなど環境を変えることによって不対電子が2個ずつ対になると、磁気が消えてしまいます。
 電子は電気と磁気をもっていて、電流の運び手であると同時に、最小単位のミクロな磁石でもあります。その磁石の向きには「上下」という逆向きの2つが可能です。2個で対になるとき、お互いの磁石を逆に向ける性質があります。ふつうの磁石を逆向けにくっつけても、あくまで2つの磁石に過ぎませんが、電子の磁石はあまりに小さいので、それ自身がいつもくるくる向きを変えています。そのため、2個で対になると、どちらの電子がどちら向きの磁石だったのか区別がつかなくなり、対としては磁石の性質が完全に失われてしまいます※1(図1)が、向きを変えながら融合することによる大きなエネルギーの利得があります。こうして一体化した2個の電子がミクロな接着剤となって原子と原子を結合させ、物質ができます※2、 ※3


2. 磁性体の中にできる電子対
 磁石や磁性体は、電子同士が対をつくりにくいように、お互いに隔離されるようにしてできています。電子同士は電気的な力のためにある程度反発するので、分子1個に電子1個がとどまるような成分からつくった物質は磁気を示すようになります。対をつくらないで余っているのが不対電子です。多くの場合には隣りあった分子の間で、不対電子の磁石の向きを逆にしようとする力が働きます※4。このエネルギーは、不対電子間に働いているときは電子対をつくるときの1/3しかありませんが、そのかわり相手の不対電子の数に制限はなく、電子の間を次々に伝わって遠くまで届きます(図2)。(対になると2個の電子間に限定して力が働きます。)磁性体の中で多数の不対電子の磁石が向きを揃えるのはこういうわけです。電子が2個なら対になることは決まっているのですが、多数の電子があると、温度を下げたときエネルギーの低い安定状態として対ができて磁性が消えるか、それとも対ができないで磁性が残るか、それは電子の並び方のパターンによって違ってきます。
 不対電子を1個ずつもった分子が数珠つなぎに並ぶと、一次元の磁性体ができます※5。この場合、図3上のように、分子間の距離が交互に長短に変化して、低温での安定状態として、短い距離をはさんだ分子2個の間に電子対が定着します※6
 では、分子が層状に並んでいて、その分子に1個ずつ不対電子がある二次元系の磁性体※7を低温にすると何が起きるでしょうか?碁盤のように四角いパターンで分子が並んでいる場合には、不対電子の磁気が維持されて、チェス盤の白黒のように、隣どうしが逆向き磁石になる状態が安定になるらしいと信じられています※8(図3下)。


3. 有機分子Pd(dmit) 2がつくる二次元磁性体の三角構造
 今回の研究に使った分子Pd(dmit) 2は、1988年頃から有機導体※9の成分として研究されてきたものです。化合物として固体になるとき、2個で1組になった二量体分子[Pd(dmit) 2]2になり、それが配列して二次元の層をつくります。そしてしばしば、二量体分子1個に不対電子1個がとどまって、導体ではなく、二次元の磁性体になります。このように有機分子が二次元的に配列するとき、碁盤のような四角いパターンではなく、三角形を敷き詰めた網目状の構造をとりやすいことが、最近注目されていました。
 三角配列では四角パターンと違って、隣り合う不対電子の磁石の向きをすべて逆に揃えようとしても、必ずどこかでうまくいきません(図4)。このことを研究者はフラストレーションと呼んでいます※10。不対電子が磁石の性質を保ったままでは、あちらを立てればこちらが立たずで、温度を下げたときに安定な状態を1つ選んで落ち着くことは困難です。すると、落ち着かないで困った電子が予想外の挙動をして、従来の物質にない新しい性質を示すのではないか---そんな期待から、不対電子をもった有機分子のつくる三角構造物質の性質の研究が盛んになっています。
 フラストレーション状態になっている電子が、それを解消して安定な状態に落ち着く方法が1つあります。それは、電子2個ずつで対をつくって磁石であることをやめてしまうことです。磁石でなくなってしまえば、向きの心配はありませんから、フラストレーションは解消されます。ただし、どことどこの2電子が対をつくるか、まだ選択の余地があるという問題を解決しなければ、電子の対の居場所が定まりません※11。この点、有機分子が集合してできた結晶は、ある方向に分子の移動や分子間距離の変化が起きやすいという特徴があります。それは有機分子が平たい板のような形をしているからです。このことから、電子対の形成と分子間距離の伸び縮みが互いに協力しあって安定な状態が低温で実現される可能性が出てきます。
 Pd(dmit) 2化合物について、その磁気の強さが低温でどう変化するかを測定した結果から、不対電子がたしかにフラストレーション状態になっていることを、有機分子の化合物として最初に検証しました(2002年)※12。そして、Pd(dmit) 2からできる一連の化合物について、低温でどんな状態が実現しているかを、磁気の測定とX線回折実験(X線を結晶に当てて、その中で配列している原子や分子の位置や距離を決定する方法)によって、1つ1つ調べて解明する研究をおこなってきました。今回、そのPd(dmit) 2の化合物の1つ、(C2H5)(CH3)3P[Pd(dmit) 2] 2(Pd(dmit) 2のエチルトリメチルホスホニウム塩。)で、絶対温度25度 (25 K(ケルビン)=氷点下248 ℃)以下で電子対が整列する現象を発見しました(図5〜7)。さらに、温度を下げながらこの物質の磁気の強さ(磁化率)を測定すると、25Kを境にして低温で急に磁化率が減少して、最終的にはゼロに近づきました。これは電子対が形成されて定着するときの特徴です※13。25Kより低温に下がると、決まった場所の分子間距離が縮むことによって電子対はそこに定着し、整列していきます。この分子間距離の変化は低温に冷やした結晶のX線回折実験によって確認されました※14


4. 圧力下での超伝導
 25K以下の温度では電子対の整列に伴って、結晶の体積は増加します。これは、電子対のいないところの分子間距離がかえって伸びるためです。外部から圧力をかけてこの膨張を抑えてやると、電子対の整列が妨げられ、やがてこの現象は消滅するはずです。また圧力をかけると分子間が接近して、電子が分子から分子へと移動しやすくなって電気伝導が出てくる可能性があります。
 実際に圧力をかけてこの物質の性質を調べてみると、期待通り電子対整列が消えていくのにつれて、驚いたことに超伝導状態が現れました。超伝導状態は約2000気圧を加えたときには5K以下で出現しました。興味深いのは、超伝導も電子対が引き起こす現象だということで、あたかも整列していた電子対が整列をやめて動き出した結果として超伝導になったとも考えたくなるものです。これまでに知られている超伝導体の大半は、電子対の整列を伴わず、むしろもともと動き回っていた電子どうしが対をつくることによって超伝導になっているようです。もしこの整列していた電子対が動き出して超伝導になるという筋書きが本当だとすると、この物質の超伝導は今までに実証されていないメカニズムによるものであり、また他の超伝導体のメカニズム(電子対のできかた)の解明にもヒントを与える可能性があります。現在、この物質の超伝導状態の性質について、さらに詳しく研究を続けています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 加藤分子物性研究室
  副主任研究員  田村 雅史

Tel: 048-467-9410 / Fax: 048-462-4661
  主任研究員  加藤 礼三

Tel: 048-467-9408 / Fax: 048-462-4661

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 イメージとしては、プロペラが回っていると円板のように見えて、羽根の向きを問う意味がなくなるのと似ています。電子の磁石の上下2つの向きを「男女」にたとえれば、単独でいるときは男女の区別がつくのに、「夫婦」の対になるとどちらが「妻」でどちらが「夫」なのか、常に入れ替わっていてわからないが、片方が「妻」なら必ず他方は「夫」である、という不思議な状態です。
※2 水やアミノ酸などふつうの分子が電子を含んでいるのに磁石にならないのは、電子が融合して対になっているからです。
※3 この対の中で電子2個が「絡み合った状態」は、最近では量子コンピューターの高速計算原理としても着目されています。電子の対を人工的につくらせたり制御したりすることは、次世代電子技術の基盤でもあるのです。
※4 磁石(強磁性体)をつくるためには、さらにそれぞれの電子の磁石が同じ向きにそろうようにしなければなりません。ちなみに、そのやり方を突き詰めて、有機分子でも極低温で磁石になることを、当グループの田村らが世界で初めて東京大学物性研究所で1991年に発見しています。
※5 実際の物質では、そういう分子の並びがたくさん束になったような構造をもつので、1列だけとりだしているわけではありません。
※6 この変化を研究者はスピン-パイエルス転移と呼んでいます。スピン-パイエルス転移は1970年代に発見されて以来、現在まで研究されています。
※7 今から20年前に発見されて人々を驚かせた銅酸化物の高温超伝導体はこれにとても近い状況にありますが、不対電子が一部失われているので、その空白を埋めるようにして電子が移動できる点で違っています。超伝導も電子の対が低温で引き起こす現象であることから、この問題は多数の物理学者の注目を集めてきました。また、2000年に白川博士らがノーベル賞を受賞した研究の導電性プラスチックは、一次元磁性体から不対電子の数が少しずれて移動性が現れたものともいえます。
※8 高温超伝導体もこのタイプに近いものです。
※9 分子が二次元の層状に並んだ構造をもつものとして活発に研究されてきたものに、有機導体という物質群があります。2000年に白川博士らがノーベル賞を受賞した研究の導電性プラスチック(導電性高分子)と違って、分子が1つ1つ独立した結晶性の固体になっています。固体の中で分子から分子へと電子が移動することによって、金属のように電流を通したり、種類によっては低温で超伝導になったりします。固体になったときの電流の運び手として、不対電子を乗せた有機分子を主成分にしてつくられます。それら分子は結晶の中で互いに接するようにして層をつくります。層の中で分子と分子の接触を通じて電子が移動できれば、ひとまず有機導体のできあがりです。ところが分子間の接触が弱いと、分子の上に不対電子が乗ったまま動きにくい状態になり、導体よりむしろ磁性体になります。
※10 「隣人関係」をもとに集団全体で秩序をつくろうとしてもどこかに不都合や不満足ができてしまうことを、欲求不満(フラストレーション)にたとえたことばです。あちらを立てればこちらが立たず...人間の「三角関係」にもどこか似ています。
※11 三角形でいえば、3辺のうちのどれに沿って対ができるかという選択の問題です。
※12 一見すると三角構造に見えても、本当にフラストレーションがあるかどうかは、実験でたしかめる必要があります。実はこのテストに合格する物質は、有機物質以外まで見渡してもめったにありません。
※13 その過程を詳しく見ると、不対電子がまったくバラバラの状態から突然に電子対ができて整列したのではなく、少しずつ連続的に電子対が定着していったことがわかります。これも今回の発見した現象の特徴で、25Kより少し高温でも、電子対がある程度は存在していて、まだ定着できないでいることを示唆しています。電子対が定着していないとは、対をつくる相手を別の電子に切り替えることを繰り返していることであり、対になりそこなってあぶれた不対電子がところどころに生じたり消えたりしながら混じっている状態です。この不対電子がフラストレーションを感じながら磁気を発生しているのが、25Kより少し高温での状態であると考えられます。
※14 三角構造の二次元磁性体で電子対が整列した状態が存在するであろうという理論的提案が以前からありましたが、それを実現するには、今回の発見が示しているように分子間距離の伸び縮みが必要だと考えられます。有機分子の結晶の特徴が、それを可能にしているのです。


(図1)


(図2)


(図3)


(図4)四角と三角の配列パターンによる磁性体の安定状態の違い


(図5)エチルトリメチルホスホニウムイオン


(図6)


(図7)実験に使った結晶の写真。光沢のある黒色の平行四辺形の板状結晶。

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