独立行政法人 理化学研究所

極端紫外レーザー光で世界最短のパルス波を直接観測
アト秒の超高速シャッターを実現−

平成18年3月16日
◇研究成果のポイント◇
  • 極端紫外レーザー光による「超閾イオン化」という現象を利用して実現
  • 「最も速い現象を止めて見る」−アト秒領域の超高速現象観測への期待
  • 観測結果がPhysical Review Lettersの表紙を飾る

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、極端紫外レーザー光によって引き起こされる非線形光学現象※1を用いて、「アト秒(100京分の1秒、10-18)」というとてつもなく短い時間構造(パルス幅)を作り出し、1000兆分の0.45秒(450アト秒)という世界最短の物理現象の直接的な測定に成功しました。中央研究所緑川レーザー物理工学研究室の緑川克美主任研究員らの研究グループによる研究成果です。
 研究グループは、可視レーザー光を短い波長(極端紫外や軟X線)のレーザー光に変換し、これを原子や分子に照射することによって生ずる状態の変化について研究を行ってきました。今回、極端紫外のレーザー光をアルゴンガスに照射し、運動エネルギーを余分に持つ電子が現れる「超閾イオン化※2」という非線形光学現象を世界で初めて観測しました。また、2つの極端紫外のレーザー光を到達時刻に差を付けながらアルゴンガスに照射する実験も行い、超閾イオン化を示す電子の量が、到達時刻差の変化につれて周期的に変化していくことも明らかにしました。すなわち、照射している極端紫外のレーザー光は、1000兆分の0.45秒という大変短い時間幅のパルス光が、1000兆分の1.33秒毎に連なった形で構成されている事がわかりました。これは直接的な方法(自己相関)によって観測された世界で最も短い時間構造です。
 この様な、1000兆分の1秒よりも短いレーザー光のパルス幅の測定では、これまで直接的にパルスの形状を反映した実験データを得る事は困難でした。そのため通常は、実験データに複雑な数学的処理を施して初めてパルス形状を確認するものが殆どでした。今回の実験では、パルス構造が実験データに直接反映されると同時に、解析を加えればその特徴の一部を詳しく知ることができます。
 最短の時間構造が観測できた事により、物質内部の超高速現象がこのレーザー光によって解明される事が期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』(3月3日号)に掲載され、観測データの図はこの号の表紙を飾りました。

1. 研究の経緯

 100mを全力疾走する陸上選手の写真を真横からカメラで撮ったらどのような姿が記録されるでしょうか?シャッターの「開=>閉」の動きがすばやく行われていれば、選手の手足の動きや表情は止まって見える事でしょう。それではシャッターの開閉が間に合わない程の早い動きを止めて見るにはどうしたらよいでしょうか?物を「見る」ためには光が必要ですから、周りを暗くした上で「一瞬だけ」見たいものに光を当てて、その姿を記録すればよいのです。
基礎科学の分野では日常生活で見られる物よりも遥かに速い現象を観測するため、これらの現象を止めて見るための「一瞬だけ光る」パルスレーザー光源の開発が1960年代から連綿と続けられてきています。図1に示す様に、当初は100万分の1秒(10-6秒)程度のパルス幅であったものがいくつかの原理的革新技術を経て、現在では1000兆分の1秒(10-15秒、1フェムト秒)という、とてつもなく短い時間幅よりも、さらに短いパルス幅のレーザー光を得ようという試みが行われる様になってきました。「アト秒科学」(アト秒=100京分の1秒、10-18秒)と呼ばれるこの分野は、世界各国で盛んに研究されており、究極の高速運動である原子内部の電子の周回運動を止めて見る事を1つの大きな目標としています。
 しかし、これまで行われてきた他のグループの研究では、アト秒パルスとなったレーザー光の強度が弱く、超閾イオン化という非線形光学現象でのパルス形状の観測は困難でした。

2. 研究手法とその成果

 パルスレーザー光の短パルス化には原理的な制限があります。光は波の性質を持っているので、波の「山・谷」、という1回の周期に必要とする時間よりも短い時間幅のパルスはつくれません。従って、短いパルス幅のレーザー光を得るためには、波の周期が短い、つまり、波長の短いレーザー光を使う必要があります。今回の研究では、強力な可視光レーザー(フェムト秒レーザー)をキセノンガスに集光して、可視光レーザーの1/11, 1/13, 1/15の波長の3種の「高次高調波※3」光を発生させ、これをパルス光源として用いました(図2)。この発生した高次高調波光は、レーザー光と同様に直進性、干渉性等という、優れた性質を持っています。理研では独自の高調波の発生法を工夫しており、この高次高調波光のパルスエネルギーは(キセノンガスを用いた場合)1マイクロジュールを超えており、世界最大です。
 これら3つの高調波光を、反射鏡を使って電子分光器(電子の運動エネルギーを測る装置)に導き、この中でアルゴンガスに照射しました(図2)。照射によってアルゴン原子から放出される電子のエネルギーを測定すると、図3の様に特定のエネルギーの位置に集中して4つのピークを見つけました。これは3つの高調波光が「超閾イオン化」という非線形光学現象を起こしている証拠であり、複数の高調波光を使って初めて観測したものです。
 次に高調波光の反射鏡を図2の拡大図の様に2枚にして、高調波光を空間的に2つに分割して、アルゴンガスに照射します。この様にすると、片方の反射鏡を前後させる事によって2つの高調波光の通る経路の長さを変え、アルゴンガスに辿り着く時刻の差(遅延)を変化させる事ができます。この遅延を変化させる事によって、2つの高調波光に対して図3の電子の運動エネルギー分布がどの様に変化するかを測定すれば、高調波光自身の時間構造が分かるという仕組みになっています。
 この結果、図3で示した4つのピークの内の3つが、遅延時間に対して1000兆分の1.33秒の周期で増減を繰返しており、実験データから直接的にこの周期でパルス列が存在している事を確認できました(図4)。なお、この周期は高調波光を発生させている可視光レーザー波の周期の半分に相当します。また、詳細な解析を行うと一つのパルス形状の幅は1000兆分の0.45秒である事がわかりました。この様に実験データから直接アト秒パルス列の存在が確認できた事が、今回の研究の最も大きな成果です。これにより、これまで実現できなかったフェムト秒の半分以下の超高速光パルスのシャッター動作を初めて確認する事ができたのです。

3. 今後の期待

 アト秒パルス列の存在を確認し、その特徴の幾つかを今回の研究で解明する事ができましたが、まだ完全にその性質を解明できた訳ではありません。例えば、(1)このパルス列がどのくらいの時間持続して続いているのか、(2)その形状はどの様になっているのか…等はこれからの研究テーマです。しかし、アト秒パルス列という究極に近い連続ストロボ光源を得た事で、いよいよ「世の中で最も速い現象を止めて見る」道が開けたと言ってよいでしょう。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所

中央研究所 緑川レーザー物理工学研究室

主任研究員 緑川 克美
 

Tel : 048-467-9492 / Fax : 048-467-4682
 
   
(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715
Mail : koho@riken.jp


<補足説明>
※1 非線形光学現象

 光を物質に照射した時に起こる現象は、多くの場合光の強度に比例してその度合いが変化する。つまり光の強度が2倍、3倍になれば対象とする現象の強度も2倍、3倍になる。非線形現象は、この様な単純な比例関係の成立しない光学現象の総称。例えば、光の強度の2乗に比例する現象では、光の強度が2倍、3倍になれば現象の度合いは4倍、9倍となる。

※2 超閾イオン化

 光は波としての性質と同時に、エネルギーという観点で見ると「それ以上分割できない最小のエネルギー単位を持つ」という粒子の性質も併せ持つ。この考え方では、光はあるエネルギー単位を持つ粒子(光子)の集団と見なす事ができる。通常は物質に光を当てた場合、一つの電子に対して一つの光子が反応する場合がほとんどであり、従って一つの光子のエネルギーが一つの電子を束縛しているエネルギーより大きければ、電子は物質から離れて自由になり、その運動エネルギーは束縛に必要なエネルギーと1光子のエネルギーの差として観測される。ところが光の強度が強いと、一つの電子と複数の光子の反応が可能になり、1光子(あるいはもっと多数)分の運動エネルギーを余分に持った電子が観測されるようになる。これを(電子が自由になる閾をさらに超えたという意味で)超閾イオン化と呼ぶ。複数の光子が関わっている代表的な非線形光学現象の一つ。

 
※3 高次高調波
 高強度の可視レーザー光を、ある種のガス(キセノン、アルゴン、ネオン等の希ガス)にレンズや凹面鏡を用いて集光すると、その可視レーザー光と同じ方向に複数の波長の短い光が発生する事が知られている。一般に電磁波を取り扱う分野では、基本の波長の整数分の一の波長の電磁波が発生すると、これを高調波と呼ぶ。高強度の可視レーザー光により発生した波長の短い光は、可視レーザー光の波長の奇数分の一(例えば、1/11 や 1/13)の波長になっており、またその分母に入る数が数 10 以上に達する場合もある事から、高次高調波と呼ばれている。なお波長についてはhttp://www.riken.jp/rworld/info/release/press/2005/050202/index.html の補足説明を参照。


図1 パルスレーザー光源開発の歴史

 パルスレーザー光開発当初は、100万分の1(10-6)秒程度のパルス幅だったものが、現在では1000兆分の1
(10-15)秒というものまで実現され、更に短いパルス幅のレーザー光開発が行われるようになってきている。




図2  実験配置図

 可視光レーザー(図の赤いビーム)をキセノンガスの入っているゼルに集光すると、同じ方向に「高次高調波」光が発生する(図の青いビーム)。これを高調波光反射光に対する反射鏡で反射させた後、管によって導入されたアルゴンガスに集光して、発生した電子を電子分光装置によって測定した。「アト秒パルス列」の計測の際には、拡大図にある通り、反射鏡を二つに分割して、片方の反射鏡を前後に動かすことによって、二つに分かれた高調波光の経路の長さ(遅延)を変化させた。





図3  3つの高調波による超閾イオン化電子スペクトル

 可視光レーザーの1/11, 1/13, 1/15の波長の3つの「高次高調波」によって発生したアルゴン原子からの電子スペクトル。4つのピークを明確に観測する事ができたので、3つの高調波によって超閾イオン化が起こっている事が分かる。




図4  遅延によって変化する電子のエネルギー分布

 図3で得られた電子のエネルギー分布(図4の奥行き方向が図3の横軸に対応)を遅延(図4では手前側のDelayと書いてある軸に対応)を変えて測定した結果。観測された4つのピークのうち3つが遅延によって周期的に変化している事が分かる。Physical Review Lettersの表紙を飾ることとなった測定結果。


 

[Go top]