プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
体内リズムの維持機構を解明
- 朝配列のON/OFFが重要 -
平成18年2月13日
◇ポイント◇
  • 遺伝子の機能改変を行う最先端の技術を開発
  • 細胞の体内リズムを正確かつ効率的にモニターする技術を開発
  • 体内時計に朝配列の活性化/不活性化の切り替えリズムが重要であることを世界で初めて証明
  • 得られた知見をもとにリズム障害の詳細な診断やリズム障害治療薬の探索等が可能に
  独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)とScripps Research Institute(スクリプス研究所:米国)、不活性化がかからない変異型時計遺伝子を用いて、哺乳類の体内時計システムにおいて、体内時計遺伝子のうち朝の遺伝子発現を制御するDNA配列「朝配列」のON/OFF(活性化/不活性化)の切り替えが重要である直接の証拠を世界で初めて示しました。理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)システムバイオロジー研究チーム上田泰己チームリーダーらの研究チームとScripps Research InstituteのJohn B. Hogenesch(ジョン・ホゲネシュ)、Trey K .Sato(トレイ・サトウ)らの研究チームとの共同研究の成果です。
 体内時計は多くの生物種に存在し、ヒトやマウスでは睡眠・覚醒、血圧・体温、ホルモン分泌といった広範な生理機能に影響を与えています。同チームはこれまでに、哺乳類の体内時計システムとして16個の時計遺伝子からなる遺伝子ネットワークを同定し、その構造の解析から朝配列の活性化/不活性化の切り替えリズムが、細胞や個体のリズムに特別な役割を果たすことを予測していました。しかしながら、これまでの技術ではその直接証拠を示すのは難しく体内時計システムを理解するうえでの大きな課題のひとつとなっていました。
 研究チームは、複数の機械を組み合わせ遺伝子の機能改変を行う技術を開発し、朝配列の活性化を担う時計遺伝子を機能改変し、朝配列の活性化は正常でありながら不活性化のみがおこらないような変異遺伝子を約6000個の変異遺伝子の中から見つけ出しました。さらに山田陸裕(研修生)、鵜飼英樹(研究員)らが中心となって、細胞の体内リズムを正確かつ効率的にモニターする新規技術を開発し、この変異型時計遺伝子の体内リズムに対する影響を詳細に調べたところ、細胞全体の体内リズムが消失することを発見しました。このことから、朝配列(E-box) の活性化/不活性化の切り替えリズム自体が細胞全体のリズムを作り出すのに重要である事が直接的に証明されました。この研究成果は、複雑な哺乳類の体内時計の理解をさらに一歩進めるものであり、リズム障害の診断、治療に向けた薬剤の探索、ひいては体内時刻に合わせた薬剤投与を行う最適化医療の実現につながると期待されます。
 なお、この研究は理化学研究所 戦略的研究展開事業、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)産業技術研究助成事業費助成金、文部科学省 ゲノムネットワークプロジェクトの助成により進められました。本研究成果は、平成18年2月13日の米国科学誌「ネイチャー・ジェネティクス」オンライン版に掲載予定です。


1. 背 景
 体内時計システムはバクテリアからハエ、マウス・ヒトなど多くの生物種に存在するシステムです。哺乳類の場合、この体内時計システムによって作り出される約24時間の体内リズムは、視交差上核などの各器官で様々な遺伝子が約24時間周期で振動することによって作り出され、睡眠・覚醒、血圧・体温、ホルモン分泌といった生理機能に影響を与えていると考えられています。
 遺伝子の約24時間周期の振動を司る体内時計システムは、複雑な遺伝子ネットワークからなっていると考えられています。この時計の遺伝子ネットワークを解明するため、同チームはこれまでの研究で定量的かつ包括的な測定手法を用い、体内時計の構成要素として16個の時計遺伝子を抽出しました(図1)。これらの時計遺伝子の大部分は一日の決まった時間に合成され、朝・昼・夜といった時間に特徴的な発現を示します。研究チームは、それらの朝・昼・夜の時計遺伝子の発現を制御する領域において、ヒトとマウスで進化的に保存されている朝・昼・夜の3種類の発現制御配列、朝配列(E-box/E'-box)、昼配列(D-box)夜配列(RRE)を見出しました。さらにこれら3つの発現制御配列と16の遺伝子の相互作用を調べた結果、朝配列の制御がネットワークの中心的役割を担っていることが示唆され、朝配列の活性化/不活性化の切り替えリズムそのものが細胞のリズムや個体のリズムに必要不可欠だと予測されました。実際に朝配列に対する不活性化因子を過剰に細胞内に発現させたところ細胞全体のリズムが崩壊しましたが、他の2つの制御配列に対する不活性化因子を過剰に発現させてもそのような広範な変化は見られませんでした。これらのことから、朝配列の活性化がおこらないと哺乳類細胞の体内時計が機能しないことが明らかになりました。しかしながら、朝配列の活性化と不活性化の切り替えリズムが細胞の体内リズムの維持のために必要である直接の証拠を示すのは難しく、これまで体内時計システムを理解するうえでの課題のひとつとなっていました。


2. 研究手法と成果
 朝配列の活性化/不活性化の切り替えリズムの重要性を直接的に示すには、これまでの実験に加えて、朝配列の不活性化のみをおこらないようにする実験が求められていました。 そこで、研究チームは、最先端の方法を用いて16個の時計遺伝子のうち、朝配列(E-box)の活性化を担う時計遺伝子(Bmal1遺伝子, Clock遺伝子)をランダムに改変し、朝配列の活性化は正常で不活性化のみがおこらないような変異遺伝子を探し出しました。具体的には、実験ロボットを用いてランダムに改変したそれぞれ約6000個の変異型時計遺伝子(変異型Bmal1遺伝子, 変異型Clock遺伝子)をひとつひとつ丹念に調べあげ、その中から朝配列(E-box)の不活性化のみがおこらない3つの変異型Clock遺伝子および4つの変異型Bmal1遺伝子を選び出しました(図2)。これらの変異型Clock遺伝子および変異型Bmal1遺伝子は、不活性化遺伝子(Cry遺伝子、Per遺伝子)に対する反応性が低下しているために朝配列の不活性化のみがおこりません。
 研究チームは、朝配列の不活性化の欠如が哺乳類細胞の体内リズムにどのような影響をあたえるかを検証するために、バイオインフォマティクスを用いて細胞のリズムを正確かつ効率的にモニターする技術を開発しました。変異型時計遺伝子の様々な組み合わせを培養細胞に導入し、この方法を用いることで細胞全体の体内リズムを正確に調べたところ、不活性化遺伝子に対する反応性が低いほど朝の時計遺伝子や夜の時計遺伝子等の発現リズムが消失する事実を発見しました(図3)。このことから、朝配列の不活性化のみがおこらなくても細胞の体内リズムが消失する可能性が示唆されました。しかし、今までの細胞のリズムを測定する方法では、多数の細胞が作り出す全体的なリズムを観察しており、見かけ上の細胞リズムの消失の原因として、(1)細胞1つ1つの時計リズムが消失している可能性以外にも、(2)各細胞のリズムが少しずつずれてしまったために全体としてはあたかもリズムが消えてしまったように見えている可能性も否定できません。そこで研究チームは、最新の観察技術によって、細胞1つ1つのリズムを詳細に測定し、この改変遺伝子を導入した場合、細胞1つ1つのリズムが完全に消失していることを確認しました(図4)。
 この結果から、研究チームが見いだした時計の心臓部である朝配列(E-box) の活性化/不活性化の切り替えリズムが細胞全体のリズムを作り出すのに重要であることが世界で初めて証明されました。


3. 研究成果の意義と今後の展開
 体内時計システムを完全に理解するには引き続き体内の一日が決定されるメカニズムを明らかにしていく必要がありますが、今回体内時計システムにおける朝配列の活性化/不活性化の切り替えリズムの特別な役割が直接証明されたことで、複雑な哺乳類の体内時計システムの理解に一歩近づいたといえます。このように体内時計の仕組みが明らかになることによって、体内時刻に合わせた薬剤投与を実現する最適化医療や、不眠症・鬱症状・不登校の一部の原因であると考えられているリズム障害の詳細な診断やリズム障害治療薬の探索が可能になることが期待されます。
 また今回開発された細胞のリズムを正確かつ効率的にモニターする技術は、体内時計システムの解明やリズム障害治療薬の探索に大きな力を発揮することが期待されます。研究チームは、この技術を用いたリズム治療薬の探索プロジェクトを4月から本格的に開始する予定です。さらに、今回開発された実験ロボットを用いて遺伝子の機能改変を行う技術は、これまで難しいとされてきた哺乳類遺伝子の機能改変を行う技術として汎用性があり、今後この技術が応用されることによって様々な生命現象の理解や病態の解明へとつながることが期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 神戸研究所
発生・再生科学総合研究センター システムバイオロジー研究チーム
  チームリーダー  上田 泰己

Tel: 078-306-3190 / Fax: 078-306-3194
独立行政法人理化学研究所 神戸研究所研究推進部 土手 陽子

Tel: 078-306-3005 / Fax: 078-306-3039

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


図1 これまでに明らかになっていた哺乳類体内時計の遺伝子ネットワーク
ネットワークの中で重要な役割をしていると予測される朝配列(E-box/E'-box)はClock遺伝子、Bmal1遺伝子を含めた9つの時計遺伝子によって活性化(緑色)・不活性化(赤色)され、9つの遺伝子の発現を制御している(灰色)


図2 朝配列の不活性化のみが起こらない変異型時計遺伝子


>> 拡大図
図3 変異型時計遺伝子による朝の遺伝子と夜の遺伝子のリズムの消失


>> 拡大図
図4 変異型時計遺伝子による細胞1つ1つのリズムの消失

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