◇ポイント◇
- 「プラズモン」を用いて物質の屈折率を自在に制御
- ナノメートルサイズの金属コイルで負の屈折率を実現
- 超高分解能顕微鏡や高効率光通信デバイスへの応用に期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、金属ナノ構造体を使って自然界には存在しない負の屈折率を持つ材料を人工的に作り出すことに成功しました。これは理研中央研究所河田ナノフォトニクス研究室の河田聡主任研究員と田中拓男先任研究員らの研究成果です。
光の伝搬は、物質が持っている屈折率によって支配されます。自然界に存在する物質の屈折率はすべて正の値であり、負の値を持つ物質は存在しません。そこで金属のナノ構造体を用いて屈折率を人工的に負に変えてしまうという手法が、近年提案されており世界中で研究が進められています。しかし、私たちの目に見える電磁場である可視光域において、実際に負の屈折率が実現できるのかどうかについては、これまでいっさい明らかにされていませんでした。今回の研究で、研究グループはその議論に決着させる理論解析結果と、実際に負の屈折率を実現する金属ナノ構造を提案しました。
銀でできたナノメートルサイズの特殊な共振器を用いることで、赤外光域から紫外域までの可視域全域において、負の屈折率が実現できることを解析的に証明することに成功し、さらに具体的な金属ナノ構造を提示しました。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』(12月2日号)に掲載されました。
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背景 |
光の伝搬や屈折、反射を支配する物理量として「屈折率」があります。自然界に存在する物質の屈折率はすべて正の値ですが、もし負の屈折率を持つ材料があれば、光の波長の限界を超えてナノの物体をイメージングするレンズや、光強度を増幅する光機能素子を実現できることが理論的に予測されています。ところが、負の屈折率を持つ物質は自然界にはありません。屈折率という物理量は、誘電率(ε)と透磁率(μ)という2つの物理量から構成されています。屈折率が負になるためには、これら誘電率と透磁率の両方が同時に負にならなければなりません。しかし透磁率が負という物質が自然界に存在しないのです。「光」は、電磁場の一種で、電場の波と磁場の波が一緒に空間中を伝搬しています。物質の透磁率が負になるには、物質に光を照射したときに、物質が光の磁場の波に反応し、その磁場を打ち消すような磁場を物質自らが作り出す必要があります。しかし自然界のほぼ全ての物質は光の磁場とは相互作用せず、光に対しては物質の透磁率は1.0に固定されています。
そこで、金属の中にある自由電子の集団的振動(=プラズモン)を利用して、光の磁場成分と相互作用する機能を物質に与え、人工的に負の透磁率を得る手法が考案されました。具体的には、金や銀をナノ構造に加工して3次元的に並べた物体を作ります。このようなプラズモンを使って人工的に屈折率を操作した物質は「メタマテリアル」と呼ばれ、近年わが国では理研、海外ではアメリカ、イギリスなどを中心に世界的競争が進んでいます。今回の成果は、この人工の負屈折率物質を、私たちの目に見える可視光領域で実現できることを明らかにしたものです。
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研究手法とその成果 |
物質に光を照射したときに、その物質が光の磁場成分と相互作用できるように、光の波長より小さな(数百ナノメートル(nm=10−9m)以下)金属製のコイルをたくさん作って材料中に埋め込みました(図1)。このコイルに可視光を照射すると、コイルの中の自由電子が光の磁場によって振動(プラズモン共鳴)して電流が流れます。電流は外からの磁場を打ち消すような磁場をコイル内部に作り出します。「電磁誘導」の原理です。コイルは、材料と形状によって決定されるキャパシタンス※1とインダクタンス※2を持っており、この2つがコイルの共鳴周波数を決めます。共鳴周波数と等しい周波数を持つ光がコイルに照射されると、光の磁場成分とコイルが共鳴して光がコイルに吸収されます。この共鳴周波数の前後で物質の透磁率が大きく変化します。メタマテリアルそのものは、多数のナノコイルを備えた一種のナノ構造体ですが、コイルのサイズが光の波長より小さいと、個々のコイルは光には感知されません。メタマテリアルは、全体として外部から印可された磁場に反抗する(負の透磁率を持つ)均質な物質となります。
研究グループは、図2のように半円弧2つでできた構造のコイルを3次元的に並べると、可視光の領域においてもメタマテリアルの透磁率を負にできることを証明しました。コイルの材料となる金属は、金、銀、銅を考え、それぞれの金属でコイルを作製して、これらを配列した際の光に対する応答特性を評価しました。コイルのサイズや配列間隔を変化させながら、どれだけ小さな透磁率を実現できるかを電磁気学的に計算した結果が図3です。いずれの場合も周波数が高くなるにつれて負の値を示さなくなり、銅では564テラヘルツ(THz)が、金では693THzが負の誘電率を実現できる上限の周波数になります。最適な金属は銀で、これを用いたメタマテリアルでは可視光域全域から近紫外域までをカーバーする周波数領域で負の透磁率を実現できることがわかりました。研究グループが設計した共振器の一例として、図3に示すような内径38nm、線幅38nm、ギャップ間隔18nmの微小共振器を、平面内に210nm間隔、縦方向に40nm間隔で並べると、周波数423THz(波長710nm)の赤色域において、-5.7という負の透磁率を得られることを確認しました。
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今後の期待 |
今回の成果の特徴の1つは、「メタマテリアル」という技術を使うと、可視光領域においても、物質の透磁率や屈折率を人工的に制御できることを示したことです。「負の透磁率」はそれだけでも興味深い現象ですが、それだけではありません。図4を見ると共鳴周波数よりわずかに低い周波数側では、透磁率がプラス側にも変化していることがわかります。つまりメタマテリアルは、これまで1.0に固定されていた透磁率をプラス方向にもマイナス方向にも人工的に変化させることができる技術です。図5のように横軸に誘電率、縦軸に透磁率を取ると、ほぼ全ての物質の光に対する透磁率は1.0ですから、どの物質も透磁率が1.0を表す一本の直線上に乗ります。物質間の屈折率違いというのは、誘電率の違いだけであったということです。これは、もし透磁率を人工的に制御できれば、人類が手にする物質の種類をこれまでの何万倍、何億倍に拡大できることを示しています。そしてその新しい材料は、さらに全く新しい光デバイスの可能性につながります。この成果のもう1つの特徴は、金属ナノ構造体のナノテクノロジーにおける応用分野をまた1つ広げた点にあります。これまでナノテクノロジーの材料と言えば、カーボンナノチューブに代表されるカーボン材料か、半導体材料、もしくはDNAのような生体分子を指すのが一般的でした。一方、理研ではこれまでに、金属のナノ周期構造を使ったレーザーデバイス(プラズモンレーザー)や、金属ナノロッドを用いてナノ構造を可視化するプラズモンレンズなどを発表してきました。今回の可視域における負の屈折率材料に関する研究成果によって、金属を用いたナノ構造体がナノテク材料として有効であることの実証例をまた1つ加えたことになります。
また学術的には、今回の成果により光周波数領域におけるナノ金属構造体の振る舞いが明らかになったことにより、ナノ金属中のプラズモンの振る舞いを取り扱う「ナノプラズモニクス」という学問分野の研究がより発展すると期待できます。
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| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 |
河田ナノフォトニクス研究室 |
| 主任研究員 河田 聡 |
| 先任研究員 田中 拓男 |
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| Tel |
: |
048-467-9341 |
/ |
Fax |
: |
048-467-9170 | |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 |
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<補足説明>
| ※1 |
キャパシタンス |
日本語では「静電容量」という。キャパシタンスはコンデンサなどにどのくらい電荷が蓄えられるかを表す量で、単位電圧あたりの蓄えられた電荷として与えられる。単位はファラッドで、ある物体に1ボルトの電圧を与えたとき、1クーロンの電荷が溜まった場合、その物体の静電容量を1ファラッドと定義する。 |
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| ※2 |
インダクタンス |
ここでは自己インダクタンスの事を指し、日本語では「誘導係数」という。コイルなどの巻線に流れる電流が変化すると、巻線を貫く磁束が変化し、さらにその磁束によって磁束の変化を打ち消す方向に誘導起電力が発生する。これを自己誘導という。インダクタンスは、この自己誘導の起こりやすさを表す量で、単位はヘンリーである。1秒間に1アンペア電流が変化したとき、1ボルトの起電力が発生した場合、その物体のインダクタンスを1ヘンリーと定義する。 |
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図1
メタマテリアルの原理
光の波長より小さな金属ナノコイルを無数に作り込む。コイルに光が入射すると、光の磁場によってコイルに電流が流れる。コイルに流れた電流は光の磁場を打ち消すような磁場を作り出す。つまり、1つ1つのコイルは入射した光に反抗する磁場を作りだす人工原子のように働き、物質全体としては透磁率が変化したように見える。物理的には、コイルの持つ共振周波数と同じ周波数の光をコイルに照射すると、コイルと光の磁場が共鳴して光がコイルに吸収される(図の青線)。この共鳴周波数の前後で透磁率が大きく変化し、変化量が大きいと負の値を取るようになる。
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図2
メタマテリアルの計算モデル
2つの円弧から構成されるナノコイルを3次元的にアレイ化したメタマテリアルを考案した。コイルに用いる金属材料としては、金、銀、銅を考え、コイルの径や2つの円弧間のギャップ間隔を変化させて、光に対する応答特性を計算した。
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