独立行政法人 理化学研究所
末梢リンパ球を用いてマウスのクローン作出に成功
- 再生医療実現につながる大きな一歩 -
平成17年7月1日
◇ポイント◇
  • クローンのもとの細胞を分子生物学的に同定できる。
  • クローン作製に使用した細胞からのES細胞樹立率が非常に高い
  • クローンマウスはその平均寿命の6〜8割まで生存しているが不妊ではなくこれといった異常は検出されていない。
  • 分化の終了した細胞でもそのゲノムは直接核移植によって全能性を示す。
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、末梢リンパ球の一種であるナチュラルキラーT(NKT)細胞※1を用いて、マウスクローンを作成することに成功しました。筑波研究所、バイオリソースセンター(小幡裕一センター長)遺伝工学基盤技術室小倉淳郎室長、井上貴美子研究員と、横浜研究所、免疫・アレルギー科学総合研究センター(谷口克センター長)免疫制御研究グループの若尾宏研究員らの研究グループによる研究成果です。
 これまでクローン羊ドリーなどに代表されるクローン動物が報告されていますが、個体となった後ではそのもとになった細胞がどのような形質をもつものであったかは不明でした。リンパ球の一種であるNKT細胞と呼ばれる細胞の核を用いて核移植※2を行ったところ高効率でES細胞※3が樹立できました。また核移植後の細胞を子宮に戻したところクローンマウスが誕生しました。(図1)これらのクローンマウスの起源となった細胞は分子生物学的な手法によりNKT細胞であることが証明されました。さらにこれまで報告されているクローン動物は誕生後になんらかの異常を示して致死になるものが多かったのですがこれらのマウスはその平均寿命の6〜8割までこれといった異常もなく正常に生存しており不妊でもありませんでした。以上の結果より「分化した細胞のゲノムは未受精卵への移植により全能性※4を示すこと」が明らかとなりました。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Current Biology』(6月21日号)に掲載されました。


1. 背 景
 これまで発生生物学・生殖生物学の分野において最終分化した細胞の核が全能性※4を有するか否かは不明でありました。クローン羊ドリーの例で示されるようにある細胞の核を核移植によって未受精卵にもどすと動物個体が再生されるであろうことは示されています。しかしながら実際に核移植に用いられた細胞が最終分化した細胞だったのかそれとも成体中に少量存在する幹細胞※5だったのかは議論のあるものでした。そこでこの研究では最終分化した細胞として末梢のリンパ球を使用して実験を行いました。リンパ球はその生成過程で遺伝子組み換え※6という過程を経るため末梢に存在するものはゲノムが変化しておりその変化を分子生物学的手法により検出することが可能です。すなわち核移植によってクローン動物ができた場合にその起源となる細胞がたどれるという利点を持っています。


2. 研究手法と成果
 これまでクローン作製用に乳腺・尾・皮膚などの細胞が主に用いられてきましたがこれらの細胞からクローンを作製してもそれらが本当に分化した細胞であったという保証はありませんでした。そこでゲノムの構造変化を伴っているリンパ球を用いてクローンマウス作製の試みがなされましたがうまく行きませんでした。我々はNKT細胞という特殊なリンパ球を肝臓から精製してその核を取り出し、核を取り去った未受精卵にもどしてES細胞の樹立とクローンマウス作製を行いました。核移植後の胚盤胞の形成能を通常のT細胞と比較したころNKT細胞では約70%がこの段階まで細胞分裂を示したのに対してT細胞では12%と低率でありました。さらにこれらの細胞をメスマウスの子宮に戻したところNKT細胞を使用したものでは4匹の子供が生まれましたがT細胞からは生まれてきませんでした。次にこれらのクローンマウスの起源となった細胞が本当にNKT細胞であるか否かをサザンブロッット法により検討しました。核移植に使用した細胞を採取した個体ではバンドが2本存在いたしますがこれらクローンマウスではバンドのパターンが変化しておりこれらのクローンマウスがNKT細胞由来であることが明らかになりました。さらにゲノム配列を調べたところこれらいずれもNKT細胞に特有の遺伝子再構成済みのTCRVα鎖※7を有しておりこれらクローンマウスが本当に末梢のNKT細胞由来であることが証明されました。一方NKT細胞上にはTCRVα鎖とともに対をなしているTCRVβ鎖も発現していますのでこれらのゲノム配列も特定しました。さらにこれらクローンマウスの血液を調べましたところTCRVβ鎖がある特定のVβであるといういわゆる対立遺伝子排除※8が観察されました。
 一方NKT細胞の核を用いてES細胞を樹立したところ再構築胚※9になったもののうち4%の効率でこの細胞を確立できました。
 これらのクローンマウスが誕生してから現在まで約1年半が経過しておりますがこれらのマウスはこれといった異常を示さず生存しております。さらに生殖能力は通常のものと比較しても遜色はございませんでした。


3. 今後の展開
 今回の研究で末梢のNKT細胞のゲノムは核移植によって全能性を示すことが立証できました。今後様々な動物のNKT細胞を用いてES細胞を樹立することにより免疫拒絶のない細胞群を作り出すことが可能となります。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 筑波研究所
 バイオリソースセンター
  遺伝子基盤技術室
   小倉 淳郎

Tel: 029-836-9165 / Fax: 029-836-9172
独立行政法人理化学研究所
 筑波研究所 研究推進部 企画課
  伊藤 裕司

Tel: 029-836-9058 / Fax: 029-836-9100
独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 免疫・アレルギー科学総合研究センター
  免疫制御研究グループ
   研究員  若尾 宏

Tel: 045-503-7007 / Fax: 045-503-7006
独立行政法人理化学研究所
 横浜研究所 研究推進部 企画課
  星野 美和子

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ナチュラルキラーT(NKT)細胞
リンパ球の一種でT細胞、NK細胞の両方の性質を有する。
※2 核移植
ある細胞の遺伝子情報をもつ物質すなわちゲノムを取り出して別の未受精卵に移植すること。この方法により作出したES細胞は免疫拒絶反応が抑制されることが期待される。
※3 ES細胞,
胚盤胞から作製される多能性幹細胞、胎盤などを除く体のあらゆる組織になる能力を有する。
※4 全能性
胎盤をも含み体のあらゆる組織になる能力を有すること。
※5 幹細胞
ある特定の細胞群にだけ分化する能力を有する細胞、骨髄中の血液幹細胞などの総称。
※6 遺伝子組み換え
リンパ球が膨大な抗原に対して多様性を有するようにゲノムの一部が継ぎ接ぎされること。
※7 TCRVα鎖、TCRVβ鎖
リンパ球T細胞上に発現しているT細胞受容体でαβ鎖からなる。
※8 対立遺伝子排除
リンパ球がその抗原特異性を維持するために細胞上である特定の組み合わせのTCRV鎖しか発現しないこと、特にTCRVb鎖などで観察される。
※9 再構築胚
核移植クローンなどの目的のために、主に顕微鏡下で通常の受精卵(胚)と異なる構成(ゲノムや細胞質など)で作成された胚。


図1 NKT細胞から作成したクローンマウスたち

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