独立行政法人 理化学研究所
mRNAと相補性を持つRNAの知られざる側面が明らかに
- アンチセンスRNAの多くは複数の転写産物を持ち、核に局在 -
平成17年3月16日
◇ポイント◇
  • アンチセンスRNA発現を1回で1947個計測する網羅的解析に初めて成功
  • アンチセンスRNAは通常のmRNAと異なり、ポリ(A)鎖を持たず、核に局在する等の特徴を持つ
  • 新たな遺伝子発現制御機構の研究の重要性を提示
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、哺乳類におけるセンス−アンチセンスRNAの網羅的発現解析を世界で初めて行いました。理研バイオリソースセンター(森脇和郎センター長)動物変異動態解析技術開発チームの阿部訓也チームリーダー、清澤秀孔開発研究員らによる研究成果です。
 「メッセンジャーRNA(mRNA)」に対して「相補的な塩基配列を持ったRNA(アンチセンスRNA)」とは、センス遺伝子をコードするDNA鎖の逆鎖から読まれるRNAで、センス鎖と部分的に2本鎖RNAを形成することで遺伝子発現制御に関与すると推測されています。情報科学の手法により、ヒト、マウスでは約2千種のセンス−アンチセンスRNAペアが存在することが示唆されていましたが、その構造や発現に関する実験的検証は非常に限られたものしかありませんでした。
 今回研究チームは1947個のセンス−アンチセンスペアの発現を一挙に計測可能なDNAチップを開発し、各種マウス組織・細胞での発現を調べたところ、実際にアンチセンスRNAの大部分は有意に発現しており、その一部は組織・細胞特異的な発現変動を示すことを明らかにしました。さらに、アンチセンスRNAの多くは通常の遺伝子から転写されるmRNAとは異なり、複数の多様な転写産物を持ち、細胞核内に局在すること、またポリアデニル酸からなる、ポリ(A)鎖を持たないことが多い、という特徴を見出しました。このアンチセンスRNAがポリ(A)鎖を持たない点は植物にも共通しており、動植物に共通の基本的生命現象に関与することが示唆されました。
 これまでの遺伝子解析の殆どはポリ(A)鎖を持つmRNAに限定されていたため、ポリ(A)鎖を持たないアンチセンスRNAは研究対象にすらなっていなかったことになります。今回の成果が引き金になり、いままで知られていなかったアンチセンスRNAを介した生命機能制御機構に関する研究が促進されるものと期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌「Genome Research(オンライン版)」(3月15日付け)に発表され、本誌4月1日号に掲載されます。


1. 背 景
 近年のゲノム・トランスクリプトーム※1解析の進展により、動植物を問わず真核生物において、今まで考えられてきたよりもはるかに多くのアンチセンスRNAが存在することが明らかになりました。その数は生物種により数百から3千にも及びます。
 マウスでは約2500対のセンス−アンチセンス※2遺伝子が同定されており、これは理研ゲノム科学総合研究センター(理研GSC)が行った完全長cDNAエンサイクロペディア計画※3の成果の一つです。我々はこの理研GSCの成果を基に更に研究を進めています。大規模ゲノム解析が行われる以前は哺乳類におけるアンチセンスRNAは約20個程度しか発見されておらず、個々の遺伝子を研究しているグループによって偶然に発見される場合がほとんどで、むしろ特殊なケースと考えられていました。哺乳動物においてもX染色体不活性化※4やゲノム刷り込み現象※5に関与する少数の例が知られているに過ぎませんでした。
 しかし近年、多くのセンス−アンチセンス遺伝子が同定されるに及んで、これらセンス−アンチセンス遺伝子は生物にとって普遍的な遺伝子発現制御の機能を有するのではないかと考えられ始めました。その理由の大きな一つがセンス−アンチセンスRNA間には2本鎖RNA形成能があることです。2本鎖RNAはRNA干渉※6が働く際に必要であり、また、マイクロRNA※7と呼ばれる小さなRNAによるタンパク質の翻訳制御にも二本鎖RNAが関与していることが判明しています。
 さらにマウスにおいて同定されたセンス−アンチセンス遺伝子にはタンパク質をコードしない非翻訳性の遺伝子が多く含まれています。センス−アンチセンス遺伝子対の約半数が翻訳性−非翻訳性の遺伝子対であると考えられており、非翻訳性の遺伝子からつくられるRNAそれ自身がセンス遺伝子の発現制御に働いている可能性があります。
 このようにセンス−アンチセンス遺伝子は、新しいタイプの、かつ普遍的な遺伝子発現制御の可能性を秘めており注目されてきていますが、その構造、発現に関する実験的解析はごく限られたものしかありませんでした。


2. 研究の手法と結果
(1) 非翻訳性RNAを含めたセンス-アンチセンス遺伝子の発現をマウス組織・細胞にて検証 これまで同定されたセンス−アンチセンス遺伝子はゲノム情報をコンピュータ上で解析して発見されたもので、実験的にどのような組織で、どのようなレベルで発現しているかを調べる研究はなされていませんでした。同様に、非翻訳性RNA遺伝子のゲノムレベルでの発現解析も行われていません。我々はこれらマウスで同定されたセンス遺伝子とアンチセンス遺伝子(1947対)を識別して解析可能なオリゴDNAチップ※8を開発し、世界に先駆けてセンス−アンチセンス遺伝子の網羅的な発現解析を行いました。その結果、これらセンス−アンチセンス遺伝子の9割以上が実際の組織(脳、心臓、精巣、繊維芽細胞、ES細胞)で発現していることを見出しました。
(2) センス−アンチセンス遺伝子の発現には組織特異性がある
脳、心臓、精巣、繊維芽細胞、ES細胞におけるマイクロアレイによる発現解析の結果、センス−アンチセンス両遺伝子発現のバランスは各組織で一定している遺伝子対がある一方、組織特異的な発現変動を示す遺伝子対も多数存在していました。このように発現のバランスを変化させ遺伝子発現の制御を行っている可能性があります。
(3) センス−アンチセンス遺伝子座からは様々なサイズのRNAが転写され、ポリ(A)鎖を欠き、核内に蓄積するものが多い
マイクロアレイで発現が確認されたセンス−アンチセンス遺伝子のうちランダムに6対の遺伝子を選び、ノーザン解析※9を行ったところ、センス−アンチセンス遺伝子座から転写されるRNAには、cDNA配列から予想されるサイズとは異なる様々塩基長を持つものが存在し、更に通常のmRNAのようにポリ(A)鎖が付加されておらず、核内に蓄積する傾向があることがわかりました。
(4) ポリ(A)鎖の無い性質は植物においても共通である
シロイヌナズナで同定されたセンス−アンチセンス遺伝子の中からランダムに4対を選び、ノーザン解析を行った結果、特定のサイズのRNAがポリ(A)付加のない形で存在することが明らかになりました。このように、センス−アンチセンス遺伝子座から転写されるRNAにポリ(A)付加のないものが多いことは、動植物共通の現象であることがわかりました。


3. 今後の展開
 今回、アンチセンスRNAの多くは細胞核内に局在するポリ(A)鎖を持たないRNAであることが明らかとなりましたが、このような特徴を持つRNAが多数存在することはいままで全く知られていませんでした。これらのRNAは広い意味での遺伝子発現制御、例えば哺乳類ではゲノム刷り込み現象に代表されるいわゆるエピジェネティック制御に関係している可能性があります。また、センス−アンチセンスRNAはその相補的な部分で2本鎖RNAを形成すると考えられ、形成された2本鎖RNAがRNA干渉のメカニズムを通じて遺伝子の抑制を行う可能性も考えられます。もしアンチセンスRNAからRNA干渉へ至る道筋が立証されれば、非翻訳性RNAを介した新しい遺伝子発現制御機構の研究において大きなブレークスルーとなるものと考えられます。我々は今回得られた知見をもとに、これらの可能性を追究するとともに、アンチセンスRNA研究を促進するための研究手法、研究資源の開発を行っていきます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 筑波研究所
 バイオリソースセンター
  動物変異動態解析技術開発チーム
開発研究員  清澤 秀孔
チームリーダー  阿部 訓也

Tel: 029-836-9198 / Fax: 029-836-9199
研究推進部
  細江  裕

Tel: 029-836-9114 / Fax: 029-836-9100

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 トランスクリプトーム
一細胞において転写されている全てのRNAの総体を指す。
※2 センス−アンチセンス
“センス”とは“遺伝情報をもつ”という意味であり、“アンチセンス”とは“センスと相補的な塩基配列をもつ”という意味である。アンチセンスとはmRNAに相補的な配列をもつ核酸分子で、細胞内でmRNAと部分的2本鎖をつくることにより、遺伝情報の発現を抑制する可能性がある。
※3 マウス遺伝子エンサイクロペディア計画
理研GSCで行われたマウスの完全長cDNA解析、及びそれに伴う技術開発の総称。cDNAとは細胞で実際に発現しているRNAの遺伝情報をDNAの形にしたもの。
※4 X染色体不活性化
哺乳類のメスにおいて細胞の2本のX染色体のうち片方が不活性化している現象。
※5 ゲノム刷り込み現象
哺乳類において一組の対立遺伝子のうち、父方もしくは母方のゲノムに由来する一方の遺伝子しか発現していない現象。刷り込みを受ける遺伝子はヒトやマウスでは70個程度が知られている。
※6 RNA干渉
2本鎖RNA形成を経由し、配列特異的に特定の遺伝子の発現を押さえる仕組み。真核生物に普遍的に見られる。
※7 マイクロRNA(microRNA)
21ヌクレオチド程度のRNAで、相補的にmRNAに結合することにより蛋白質への翻訳を制御する。
※8 オリゴDNAチップ
ガラス等の基板上に、オリゴヌクレオチドを合成したDNAを固定したもので、一度に数万の遺伝子の発現レベルを調べることができる。
※9 ノーザン解析
細胞や組織から単離したRNAをゲル上で分子量に従って分画し、その後特定遺伝子のRNAの発現及びサイズを解析する手法。


図1 アンチセンスRNAとは
上段:2つのRNA配列においてお互いに相補的な配列を含むもの(2本鎖RNA形成能のあるもの)をセンスーアンチセンス関係にあると呼ぶ。
下段:真核生物の遺伝子にはイントロン(成熟したRNAになる際に切り取られる部分)を含むことが多いため、センスーアンチセンスRNAをゲノム配列上に位置させると上図のようになる。
センスーアンチセンス遺伝子のお互いの関係は相対的であるため、我々は公開されたマウスゲノム配列のプラス方向に位置する遺伝子をセンス鎖遺伝子、マイナス方向に位置する遺伝子をアンチセンス鎖遺伝子と呼び、遺伝子がタンパク質をコードしているか(翻訳性遺伝子)、いないか(非翻訳性遺伝子)と区別している。


図2 通常のmRNAとセンスーアンチセンス遺伝子座から転写されるRNAの違い
左図:通常、ゲノムには片側のみに遺伝子が存在し、核内でゲノムDNAを鋳型としてRNAがつくられ、その後ポリ(A)鎖が付加されmRNAとなり細胞質へ移動し、タンパク質へと翻訳される。
右図:センスーアンチセンス遺伝子座ではゲノムDNAの両鎖から様々なサイズのRNAがつくられ、そのほとんどにポリ(A)鎖がつかない場合が多い。これらポリ(A)鎖のないRNAは核内に蓄積する傾向がある。


図3 センスーアンチセンス遺伝子のマイクロアレイによる発現解析の例
センスーアンチセンス遺伝子の実際の組織での発現において、センス鎖遺伝子発現がアンチセンス鎖遺伝子発現の3倍以上の場合赤色、逆に3分の1以下の場合緑色で示す。左図:各組織においてセンス鎖のみが高発現しているセンスーアンチセンス遺伝子対の例。
中央図:各組織間でセンスーアンチセンス遺伝子の発現の比が様々な場合の例。
右図:各組織間でセンスーアンチセンス遺伝子の発現比が同レベルの例。


図4 センスーアンチセンス遺伝子のノーザン解析
繊維芽細胞から得たRNAを用いセンス鎖に位置する非翻訳性のunknown EST(機能不明の遺伝子)のノーザン解析を行ったところ一定のRNAのサイズは見られず、代わりに様々なサイズのRNAがスメアとして検出された。また、そのRNAは核内に局在し、ポリ(A)鎖の無いRNAに分画された。

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