独立行政法人 理化学研究所
βシートを含むタンパク質の折り畳み過程を観測
平成17年2月21日
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、一本鎖モネリン※1とよばれるタンパク質が変性した状態から折り畳む様子を、世界で初めてX線小角散乱法を使ってリアルタイムで観測しました。京都大学大学院工学研究科の木村哲就大学院生(博士課程)、大阪大学蛋白質研究所の高橋聡助教授、理研播磨研究所前田構造生物化学研究室の藤澤哲郎先任研究員らによる研究成果です。
 タンパク質は生体中で特定の形に自発的に折り畳み、それぞれの形に応じた機能を発揮します。研究チームでは、ひも状の変性したタンパク質が折り畳む過程を観察することで、メカニズム解明に取り組んできました。今回、大型放射光施設(SPring-8)の小角散乱ステーションにおいて、時分割X線小角散乱法※2というユニークな実験手法を開発し、折り畳み過程の観察に成功しました。
 具体的には、時分割X線小角散乱法を、βシート※3を含むタンパク質に初めて適用し、これまで知られていたαヘリックス※4を多く含むタンパク質とは大きく異なる折り畳みの様子を明らかにしました。この新たな折り畳み過程のメカニズムの発見は、タンパク質全体の形の形成が細部の形を決める上でどのように関わるのかがわかります。本研究成果は米国の科学アカデミー紀要 『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS』の(2月14日号)オンライン版に掲載されました。


1. 背 景
 タンパク質は、アミノ酸がひも状につながった高分子であり、アミノ酸の並び方に従って特定の形に折り畳まれ、生体中で機能を発揮します。これは生化学の教科書に書かれている基礎的な現象ですが、「あるアミノ酸配列を持つタンパク質は、なぜ特定の形に折り畳まれるのか?」という問題はいまだに解かれていません。この問題は、未知タンパク質の構造予測や人工タンパク質の設計など、多くの応用と関連します。
実際のタンパク質は、数マイクロ秒から数十秒という短時間で自発的に折り畳まれる性質を持ちます。しかし、タンパク質は構造の自由度が天文学的に大きいため、最新の計算機を使っても、折り畳み構造を選び出すことは非常に困難です。従って、タンパク質の折り畳み過程を明らかにすることで、タンパク質の働きを理解することができるだけでなく、構造予測の発展に大きく寄与できると思われます。 研究グループは、タンパク質が折り畳まれる過程を実験的に観察することを目的に研究を続けています。特に、タンパク質の構造を特徴づける最も大切な量である「コンパクトさ」を、折り畳まれる途中のタンパク質について観察するために、X線小角散乱法(SAXS)という手法を採用しました。SAXSは、溶液中のタンパク質のコンパクトさを高速で測定できるほぼ唯一の手法ですが、測定には輝度が高いX線源が必要です。SPring-8のビームライン(BL45XU)では、生体分子のSAXSを測定できますが、研究グループでは、このビームラインを利用してタンパク質の折り畳み過程を観察する時分割X線小角散乱法を開発しました(図1)。そして、類似の装置が他の放射光施設でも作られはじめていますが、同研究グループが開発した手法は世界最高性能を誇ります。
 研究グループは、これまでにシトクロムc※5とアポミオグロビン(apoMb)※6と呼ばれる二つのタンパク質について、折り畳み過程を観察しました。これらは共にαヘリックスを多く含む構造を持ちます。本研究では、βシートを多く含むタンパク質として、一本鎖モネリン(SMN)(図2)を選び、折り畳み過程の時分割SAXS観察を行い、異なる形状をもつタンパク質の折り畳み過程の特徴を比較しました。


2. 研究成果と意義
 今回観測したSMNの折り畳みの様子を図3に示します。この図は、横軸がモネリンの回転半径、縦軸はモネリンを構成するアミノ酸の中でαヘリックスやβシートなどの二次構造を持つ割合(二次構造含量)に対応します。回転半径の値は時分割SAXS測定から、二次構造含量は円偏光二色性分光法※7による時分割測定から得ました。図3の結果は、二次構造含量が少なく回転半径が大きい変性SMNが、折り畳み開始後300マイクロ秒以内に収縮した最初の中間状態に変化し、次に、約10msの時定数で次の中間状態を作った後に、約100msで最終的な折り畳み状態が作られることを示します。
 図3には、SMNについて得られた結果の他に、我々が以前に観測したシトクロムcやapoMbの結果も表示しました。これらの結果の比較から、SMNの特徴として、折り畳みの最初の段階で大規模な収縮を示すことが挙げられます。そのため、βシートを含むタンパク質は、αヘリックスを多く含むタンパク質より収縮しやすい性質を持つのではないか、と推論できます。我々は、このような速い収縮を可能にするために、SMNの構造の中のターンとよばれる部分が先に構造を作るのではないか、と考えました。


3. 今後の期待
 今回の結果は、βシートを含むタンパク質の折り畳み過程について、はじめてリアルタイムで収縮過程を観察したものです。今回の結果が、ヘリックスを多く含むタンパク質と大きく異なっていたことは、タンパク質の構造形成を理解する上で、重要な情報になると思われます。このような情報を積み重ねることで、タンパク質の構造予測などの応用研究が進むと考えられます。
 本研究は、京都大学、大阪大学と理化学研究所の共同研究として行われました。本研究は理化学研究所による研究費の他、文部科学省の科学研究費補助金、科学技術振興調整費の支援を受けました。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 播磨研究所 前田構造生物化学研究室
  先任研究員 藤澤 哲郎

Tel: 0791-58-2822 / Fax: 0791-58-1844
国立大学法人大阪大学・蛋白質研究所・蛋白質溶液学研究部門
  助教授 高橋  聡

Tel: 06-6879-8615 / Fax: 06-6879-8616
独立行政法人理化学研究所
 播磨研究所 研究推進部
  上原みよ子

Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 一本鎖モネリン
モネリンはアフリカ原産のD.cumminsiiの実に含まれるタンパク質で、世界で最も甘い物質として知られている。一本鎖モネリンはモネリンの二つのサブユニットをつなぎ、一本の鎖にしたタンパク質。
※2 時分割X線小角散乱法 
X線小角散乱法を使って、タンパク質の“姿”の時間変化を調べる手法。X線小角散乱とは、ナノスケールの構造を反映した、数度程度の小さな散乱角に現れるX線の散乱のこと。
※3 βシート
タンパク質のとる高次構造の1つ。平行に配置された2本のポリペプチド鎖が水素結合で固定されてできるシート状の構造。
※4 αへリックス
タンパク質のとる高次構造の1つ。アミノ酸3.6残基で1回転するらせん形構造で、1残基あたり1.5Åのすすみをもつ。
※5 シトクロムc
ミトコンドリア内膜の膜間スペース側に存在するタンパク質。ヘム鉄を色素部分に持ち、電子伝達反応を仲介する機能をもつ。
※6 アポミオグロビン
酸素分子を貯蔵する働きを持つミオグロビンから、ヘムとよばれる補欠分子族を取り除いたタンパク質。
※7 円偏光二色性分光法
物質は、右回り円偏光と左回り円偏光を異なる強度で吸収する場合がある。これを円偏光二色性といい、この性質を定量的に観測する分光法を円偏光二色性分光法という。タンパク質に応用した場合、主鎖の二次構造の違いを検出できる。


図1 開発した時分割X線小角散乱測定システム
中央のフローセル内でタンパク質の折り畳み反応を開始する。
折り畳み途中のタンパク質を含む試料に右手手前からX線ビームを照射し、散乱されたX線を左手後方に取り付けた検出器で観測する。
本システムは、SPring-8のビームラインBL45XUに設置した。


図2 一本鎖モネリン(SMN)の構造
青い部分はβシート、赤い部分はαヘリックスと呼ばれる二次構造である。


図3 一本鎖モネリン(SMN)の折り畳み経路
変性したSMNは二次構造含量が少なく回転半径が大きい。
SMNは折り畳みの最初の過程で大きく収縮し(右下の□)、さらに収縮した状態(左上の□)を経て折り畳み構造(■)を作る(緑線)。
この結果は、シトクロムc(赤線)やアポミオグロビン(青線)と大きく異なった。

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