理研研究者起訴問題調査第2チーム報告書


平成13年7月31日

 

第1 目的

 平成13年5月8日付で米国オハイオ州北部地区地方裁判所に起訴された岡本卓氏(以下「岡本氏」という。)及び芹沢宏明氏(以下「芹沢氏」という。)に係る刑事被告事件に関し,米国クリーブランド・クリニック財団(以下「CCF」という。)に由来するDNA,cell line construct,reagent,その他の物品が理化学研究所(以下「理研」という。)の脳科学総合研究センターに持ち込まれた事実があるか,これらの試料等が理研において使用された事実があるか,これらの試料等が理研に現存するかなどにつき事実関係を調査するとともに,調査を通して把握された問題点及び今後改善等を要すると思料される事項について検討することを目的とした。


第2 調査期間及び方法

 平成13年5月28日から7月29日まで関係者に対するヒアリング及び関係資料の分析検討を行った。
 資料としては,本件に関連すると思われる電子メール,ファックス,書簡,各発受信記録,採用関係書類,機器及び物品発注書類,実験ノート,実験関係書類,施設平面図・配置図等を検討した。
 また,上記の岡本氏及び芹沢氏に係る刑事被告事件の起訴状に記載された事実関係の有無を検討する対象資料として,同事件の起訴状(Indictment),捜査官による宣誓供述書(Affidavit)を参照した。
 調査対象者は,脳科学総合研究センター神経変性シグナル研究チームのチームリーダー・岡本氏のほか,同チーム研究員・A,B,C,テクニカルスタッフ・D,E,F,研修生・G,アシスタント・H,病因遺伝子研究グループのグループディレクター・I,同グループ上級研究員・J,アシスタント・K,同センターアルツハイマー病研究チームリーダー・L,同センター所長・M,同センター脳科学研究推進部長Nの各氏15名等である。


第3 チーム構成員

弁護士 渡部 惇
弁護士 五木田 彬
弁護士 加々美 博久


第4 判明した事実関係

 CCFに由来する試料等に関し,岡本氏と何らかの関わりを持った可能性があると思料される者について調査を遂げたところ,脳科学総合研究センター神経変性シグナル研究チーム・A 研究員(以下「A 研究員」という。),同センター病因遺伝子研究グループ・グループディレクターI (以下「I GD」という。),同グループ・J 上級研究員(以下「J 上級研究員」という。)及びその関係者に限定されたので,以下,これら関係者のルートによるCCF由来の試料の持ち込み及びその使用の有無等につき,岡本氏の採用経緯まで遡って事実関係を検討する。

 

1 岡本氏の採用経緯

(1) 理研におけるチームリーダー公募の経緯

 理研は,病因遺伝子関係及び老化・精神疾患関係の研究チームを拡充するため新たなチームリーダーを採用する方針を決め,平成10年8月8日に雑誌「ネイチャー」等にチームリーダー採用の広告を掲載するなどチームリーダー候補者を公募し,同年12月15日をチームリーダー公募締切期限としていた。
 これに対し期限までに合計28名から応募があったが,この中に岡本氏からの応募はなかった。

 同年12月25日,理研は,公募に係るチームリーダー候補者を選考するためサーチ委員会を開催し,関連分野別に小サーチ委員会を設置し応募者を第1次選考することを決定した。このうち病因遺伝子関係のチームリーダーを選考するために設置された小サーチ委員会は,M 脳科学総合研究センター所長(以下「M 所長」という。)以下,I GDを含む合計5名の委員で構成された。

 理研は,分野別の各小サーチ委員会による第1次選考を経て,平成11年2月4日・17日・18日の3回にわたり,第1次選考を通過した候補者によるフォーラムを実施しチームリーダーの最終選考を行うこととしたが,この中に岡本氏は含まれていなかった。
 病因遺伝子関係の小サーチ委員会は,同年2月18日,上記フォーラムを踏まえ2名のチームリーダー候補者(O 氏及びP 氏)を選出し,翌19日開催のサーチ委員会において上記2名を病因遺伝子関係チームリーダー候補者として決定した。
 ところが,同日,チームリーダー候補者であるP 氏より,応募を辞退する意向が理研に伝えられた。


(2) I GDと岡本氏の接触状況

 I GDは,平成10年11月7日から14日まで米国に出張してロスアンゼルスで開催された北米神経学会に出席したが,その際,CCFの岡本氏の研究チーム(以下「CCF岡本チーム」という。)に所属していたQ研究員(以下「Q 氏」という。)から岡本氏を紹介された。
 I GDは,当時岡本氏がCCFを退職してα 研究所(以下「α 研究所」という。)に勤務するとの噂を聞いていたので岡本氏にその旨尋ねたが,岡本氏はQ 氏らがその場にいたためか困ったような顔であいまいな返事をしていたと供述している。

 I GDが帰国した後,岡本氏からI GD宛に同年11月23日付の書簡が送付された。その内容は,北米神経学会でI GDと面会できたことを光栄に思うとの挨拶に続き,岡本氏の経歴,研究内容等につき自己紹介をしたものであり,日本へ帰った折りには再び面会したいと結んでいた。
 同年12月7日,I GDは,岡本氏の手紙に対する返答として,来日の際に理研でセミナーを開催することを勧める電子メール(以下「メール」という。)を送信した。
 これに対し,同年12月15日,岡本氏から,I GD宛に,家族と会うため平成11年2月8日から10日までの間帰国するがその際に理研を訪問したいとのメールがあり,平成10年12月17日に,岡本氏から,再びI GD宛に理研でのセミナー開催を希望するメールが送られてきた。
 I GDが岡本氏によるセミナー開催につき岡本氏と協議した結果,翌平成11年2月10日に岡本氏が理研を訪問してセミナーを開催することが決まり,同年1月5日,岡本氏からI GD宛のメールでセミナー用のアブストラクトが送信された。

 平成11年2月10日に,I GDがホストとなり岡本氏のセミナー(演題:「A novel processing regulator of Amyloid Precursor Protein」)が理研において開催された。


(3) 岡本氏の採用経緯

 理研は,上述のとおり,平成11年2月19日,病因遺伝子関係チームリーダー候補者に決定したP 氏から応募を辞退する意向が伝えられたことから,新たにチームリーダー候補者を選出することとなった。
 これを受けてI GDは,同日,岡本氏に対し6か月以内に理研において病因遺伝子関係チームリーダーの再募集が行われる可能性があることをメールにて送信した。
 I GDは,同年2月22日,上記メールを受けた岡本氏から電話があり,理研のポストに興味があるがβ 大学の教授ポストにも応募したいと思うので来日して相談したいと申し入れてきたと供述している。
 また,I GDは,同年2月26日に理研を訪問した岡本氏と会談したが,岡本氏が理研のチームリーダーに応募するのであれば他への応募はやめるようアドバイスしたところ,岡本氏もβ 大学の教授ポストへの応募はしない旨了承し,同年3月2日には,岡本氏から電話でα 研究所への就職も取り止めることを連絡してきたと供述している。

これによりI GDは,従前の採用事例に基づき,岡本氏を理研内部からの推薦によるチームリーダー候補者として選考の対象にすることとし,同年3月12日に開催されたサーチ委員会において,病因遺伝子関係チームリーダー候補者として決定されたP 氏が応募を辞退したことを報告すると共に,今後の採用については再公募せず従前の選考における次点候補者と理研内部からの新たな推薦者である岡本氏を対象としてチームリーダーを選考する方針を提案し,同委員会の了解を得た。
 理研において,内部推薦によるチームリーダー候補者を選考の対象とした事例としては,脳科学総合研究センター発足以降先例が存在した。
 上記の方針に基づき,病因遺伝子関係小サーチ委員会は,従前の次点候補者と岡本氏を対象にチームリーダー候補者の選考を行ったが,同年3月25日,岡本氏の能力が他の候補者を凌いでおり,岡本氏は既に採用決定した候補者と比較しても同水準であることなどが委員会で確認された。

 これにより同年4月1日,理研において岡本氏の面接フォーラムが実施され,引き続き,病因遺伝子関係小サーチ委員会は岡本氏に対するヒアリングを行った。
 同小サーチ委員会は,同日の岡本氏に対するヒアリング終了後に会議を開き,岡本氏の研究計画,業績,フォーラムの内容,ヒアリングの結果等につき審議した結果,岡本氏を病因遺伝子関係チームリーダー候補者として推薦することを決定した。I GDは,同日,この旨を岡本氏にメールで通知した。

 その後,岡本氏は,病因遺伝子関係チームリーダーへの就任を前提に理研におけるラボ立ち上げ作業に着手し,同年4月から5月末ころにかけて,研究員の採用,実験器機の発注などにつきI GDと連絡を取り合うなどしていた。

 同年6月1日,理研は,岡本氏によるラボ立ち上げ準備のため岡本氏を非常勤の病因遺伝子研究グループCAGリピート病研究チーム研究員として採用した。

この間,I GDは,岡本氏がCCFにおける研究員の身分を有していることを認識しており,早めにCCFに退職を申し出てその承認を受けたほうがよいと岡本氏にアドバイスしていたが,CCF退職に伴う諸手続はもともと岡本氏の責任と判断において行うべき事柄であると理解していたので,岡本氏に対し,理研の病因遺伝子関係チームリーダーに就任することをCCFに伝えて退職の承認を得たのか,CCFからの退職が円満に進められたのかなどにつき特に確認することはなかったと供述している。また,岡本氏がCCFを退職したのは平成11年7月26日であるが,これについても,当時岡本氏からは報告がなされなかったとI GDは供述している。
 岡本氏は,CCFを退職後,同年8月中旬過ぎころから,理研においてラボ立ち上げ準備に従事するなどその稼働を開始した。

 理研は,同年8月19日開催の理事会において岡本氏が病因遺伝子関係チームリーダーに就任することを承認し,同年9月1日,岡本氏を常勤の神経変性シグナル研究チームリーダーとして採用した。

 

2 A 研究員関係

(1) A 研究員の採用経緯

 A 研究員は,平成10年6月,当時勤務していたα 研究所において,岡本氏のセミナーが開催されたことから,岡本氏と知り合った。A 研究員は,当時,ApoEを中心にカベオラやコレステロールとの関係を研究対象とすることに興味を抱いており,当時の岡本氏の研究分野と重なり合う分野があったことが,岡本氏と知り合うきっかけであった。

 A 研究員は,かねてより留学を希望していたことから,平成11年2月,当時岡本氏が勤務していたCCFを見学した。A 研究員は,そこで,CCF岡本チームに所属するQ 氏及びR 氏らと知り合った。そして,同年3月中旬ころ,A 研究員がCCF岡本チームの研究室に留学することが,岡本氏との間で決まった。

 A 研究員は,同年4月,岡本氏と東京都新宿区内で会い,岡本氏から,岡本氏が理研に勤務することとなる旨を告げられ,理研での岡本氏をチームリーダーとする研究チームの研究員に勧誘された。A 研究員も,そのころ,留学をあきらめ岡本氏の研究チームの研究員になることを承諾した。

 A 研究員は,同年6月ころ,同月1日付で病因遺伝子研究グループCAGリピート病研究チームの非常勤の研究員となった岡本氏とともに理研を訪問し,岡本氏からI 氏を紹介された。A 研究員は,同年6月29日付で履歴書を理研に提出し,同年8月1日付で理研に採用され,同日から理研で勤務することとなり,同年9月1日,岡本氏をチームリーダーとする病因遺伝子研究グループ神経変性シグナル研究チーム(以下「岡本チーム」という。)の研究員となった。


(2) R 氏からA 研究員に対する試料送付

 CCF岡本チームの一員であるR 氏から,平成11年4月12日付で,当時α 研究所に勤務していたA 研究員に対し,4個のプラスチックチューブに入った下記の4種類のDNAが送付された(以下,これらのDNAを「本件APP」という。)。併せて,試料の内容を記載した文書が送付された。

1.

PSFV3-LacZ:Gibco BRL#18448-019(Control vector for expressing LacZ)

2.

PSFV-Helper2:Gibco BRL#10180-015(Helper vector RNA Virus synthesis

3.

PSFV3-APPwt:HA/FLAG tagged human/mouse chimeric APP wild type

4.

PSFV3-APPsw:HA/FLAG tagged human/mouse chimeric APP swedish mutant(KM to NL change at beta-processing site)

 本件APPの送付は,岡本氏が,岡本チームの一員となる予定のA 研究員に対し,CCF岡本チームの一員であるR 氏に指示して送付させたものである。

 A 研究員は,送付された本件APPの実験にはウイルス等を使用すること,実験をするためにはα 研究所内での承認手続が必要であったことなどから,理研での本件APPを使用する実験を予定してα 研究所での実験を行わず,α 研究所において本件APPを保管した。


(3) 岡本氏からA 研究員に対する試料送付

 CCFの岡本氏から,当時α 研究所に勤務していたA 研究員に対し,平成11年7月13日付で,Caveolin-1,-2,-3,Caveolin-1△Scaffolding domain),Caveolin-1-βのDNA(以下「本件カベオリン」という。)が10本のプラスチックチューブに入れられて送付された。
 併せて,岡本氏は,A 研究員に対し,送付された本件カベオリンを使用しての実験を指示する文書を送付した。

 岡本氏の本件カベオリンの送付及び実験の指示は,岡本チームの研究のためにA 研究員に送付されたものである。

 A 研究員は,理研での本件カベオリンを使用する実験を予定し,本件APPと同様に,α 研究所において本件カベオリンを保管した。


(4) A 研究員による理研への本件APP及び本件カベオリンの持ち込み

 平成11年8月1日付で理研に採用されたA 研究員は,同年8月下旬ころ,本件カベオリン及び本件APPの入ったプラスチックチューブ合計14本を封筒に入れて理研に持ち込んだ。これにつき,A 研究員は,上記14本のプラスチックチューブを封筒に入れた状態で,当初は岡本チームの実験室の4°Cの冷蔵庫に入れ,その後実験室の−80°Cの冷凍庫に入れて保管したと供述している。

 A 研究員は,本件カベオリン及び本件APPを理研に持ち込んだ直後ころ,その旨を岡本氏に報告したと供述している。

 A 研究員は,本件カベオリンが送付された当時,岡本氏から,CCF宛にファックス等をしないように言われていたことは認めているものの,岡本氏がどのような経過により本件APP及び本件カベオリンを送付したかについては知らされていなかったと供述している。


(5) 本件APP及び本件カベオリンの使用の有無

 A 研究員による実験承認申請

(ア)

 A 研究員は,カベオリン及びAPPの使用を予定したいわゆるP2レベルの実験等3件の実験の承認を理研の担当部署に申請している。同申請は,いずれも自らを実験責任者とし,岡本氏の決裁を得て,平成11年9月14日付の3通の「組換えDNA実験承認申請書」(受付番号承99−113(A),承99−114(C)及び承99−115(B))によりなされ,いずれも承認を得ている。
 A 研究員は,受付番号承99−113(A)及び承99−114(C)の実験に使用することとなるAPP及びカベオリンについて,本件APP及び本件カベオリンを使用する予定であったと供述している。

(イ)

 受付番号承99−113(A)の実験は,「ウィルスベクターを利用した遺伝子導入系における神経細胞カベオラでのアミロイド産生機構の解析氈vを研究課題として,組換えDNAを大腸菌を用いて大量に調整することが予定されていた。使用するDNAとして,APP及びカベオリンが記載されている。同実験は,申請書上では,平成11年9月20日から平成14年3月31日の間に実験が行われる予定となっていたところ,同実験に係る平成11年度の「組換えDNA実験経過報告書」(平成12年4月21日付)においては,平成11年10月1日から平成12年3月31日までの間に,ほとんど毎日実験を実施した旨の記載がなされている。また,平成12年度の「組換えDNA実験経過報告書」(平成13年4月26日付)においても,平成12年4月1日から平成13年3月31日までの間に,ほとんど毎日実験を実施した旨の記載がなされている。

(ウ)

 受付番号承99−114(C)の実験は,「ウィルスベクターを利用した遺伝子導入系における神経細胞カベオラでのアミロイド産生機構の解析」を研究課題として,組換えDNAの調整にウィルス感染が予定されていた。使用するDNAとして,APP及びカベオリンが記載されている。同実験は,申請書上では,平成11年9月20日から平成14年3月31日の間に実験が行われる予定となっていたところ,同実験に係る平成11年度の「組換えDNA実験経過報告書」(平成12年4月21日付)においては,実験は実施しなかった旨の記載がなされている。また,平成12年度の「組換えDNA実験経過報告書」(平成13年4月26日付)においては,平成12年4月1日から平成13年3月31日までの期間に,週約1回の割合で実験を実施した旨の記載がなされている。

(エ)

 受付番号承99−115(B)の実験は,「カベオラにおけるアミロイド産生機構の解析」を研究課題として,マウスを使用して組換えDNAを調整することが予定されていた。使用するDNAとして,APPが記載されている。同実験は,申請書上では,平成11年9月20日から平成14年3月31日の期間に実験が行われる予定となっていたところ,同実験に係る平成11年度の「組換えDNA実験経過報告書」(平成12年4月21日付)においては,平成11年11月20日から平成12年3月31日までほとんど毎日実験を実施した旨の記載がなされている。また,平成12年度の「組換えDNA実験経過報告書」(平成13年4月26日付)においても,平成12年4月1日から平成13年3月31日までの期間に,ほとんど毎日実験を実施した旨の記載がなされている。

組換えDNA実験に関するA 研究員の供述

(ア)

 上記の各組換えDNA実験承認申請書3通のうち,受付番号承99−115(B)に係る実験は,調査第1チームの調査結果等に照らし,本件カベオリン及び本件APP以外のものを使用した実験であったと認められる。
 受付番号承99−113(A)及び受付番号承99−114(C)に係る実験は,上記申請書等の記載内容及びA 研究員の供述に照らし,本件カベオリン及び本件APPを使用する実験であったと認められ,各組換えDNA実験承認申請書及び組換えDNA実験経過報告書の記載内容自体からは,A 研究員によって持ち込まれた本件APP及び本件カベオリンについて,理研内における実験で使用されたと見る余地がある。

(イ)

 しかしながら,A 研究員は,持ち込んだ本件APP及び本件カベオリンについて,要旨として,「これらを使用したことはない。実験承認申請書には,本件APP及び本件カベオリンを使用する予定で記載したが,申請後の平成11年10月下旬ころ,岡本氏からの示唆もあり岡本氏と相談してそれまでの研究テーマを変更し,他の種類のDNAを使った実験をした。実験の経過報告書の一部にAPP及びカベオリンを使用して実験をした旨の記載があるが,他のDNAを使用して実験をしていたことから,上記申請書を活用して,引き続き実験をしていたと記載した。」旨供述している。さらに,A 研究員は,要旨として,「持ち込んだ本件APP及び本件カベオリンについて,岡本チームの実験室の−80°Cの冷凍庫に入れて保管していたところ,平成11年10月ないし11月ころにこれがないと感じた。平成12年2月ころ,B 研究員がカベオリンを使用する実験をすることとなったことをきっかけとして,本件APP及び本件カベオリンを探したが,結局見つからず,そのころ本件APP及び本件カベオリンがなくなったことを岡本氏に伝えた。」旨供述している。

(ウ)

 調査第1チームにおいては,科学的観点から,専ら研究員の実験ノートや存在する試料の分析等による調査を行った結果,CCF由来の試料が理研内で使用された事実は認められなかった旨の報告をしている。

(エ)

 岡本氏は,当初,CCF由来の試料を自ら若しくは第三者を介して理研に持ち込んだことはない旨述べていたが,その後,CCF由来の試料等の理研への持ち込み及び理研内におけるこれら試料等の使用について一切の供述を拒否している。

本件APP及び本件カベオリンの使用の有無に関する検討

 以上の状況の中で,APP及びカベオリンの実験をすると記載されている組換えDNA実験承認申請書,APP及びカベオリンの実験を行ったと記載されている組換えDNA実験経過報告書の内容が事実と異なるか否かを判断するについては,A 研究員の上記供述の信用性の検証が必要である。そこで,以下,A 研究員の供述の信用性について検討する。

(ア)

A 研究員の研究テーマの変更について

 A 研究員は,理研に勤務した当初は,本件APP及び本件カベオリンを使用して,上記の組換えDNA実験承認申請書記載の実験を行うことを予定していたが,平成11年10月22日から28日に行われた北米神経学会に出席するまでは当該実験を実施せず,同学会出席後,岡本氏からの示唆もあり岡本氏と相談して,研究テーマを変更し,mDab,ApoER2等の遺伝子が関連する実験内容に変更した旨供述している。研究テーマ及び実験内容の変更に関して,研究テーマ及び実験内容の変更に関する岡本氏とA 研究員との相談等を直接的に裏付ける資料は発見されなかったものの,平成11年11月以降,岡本氏らを通じて国内外の研究者に対して変更後の研究についての意見や実験の試料提供等を求める内容のメール等多数の資料が存在していることが確認された。確認された資料は,A 研究員の研究テーマの変更を間接的ではあるが裏付けるものであった。
 また,A 研究員が作成していた実験ノートには,研究テーマを変更した後になされた実験に関して,変更後の研究テーマで使用することを予定していたとするmDab等の試料名が記載されていることが確認されたほか,当時,A 研究員のテクニカルスタッフであったF 氏が作成した平成12年1月6日以降のDNA配列解析申込書においても,変更後の研究テーマで使用する予定であったmDabの試料の存在が確認できた。
 これらから,A 研究員は,平成11年11月以降においては,研究テーマを変更し,変更された研究テーマに従った実験をしていたと認められる。

(イ)

A 研究員の平成11年10月以前の研究内容について

 A 研究員は,平成11年8月1日に理研に採用された後,研究テーマを変更した同年10月下旬までの間の研究活動内容について,概ね,「平成11年8月は,α 研究所での仕事に係る論文作成と岡本チームのラボ立ち上げの準備を行った。岡本チーム発足後の同年9月については,同月8日に論文を投稿するまで主に論文作成を行い,また,γ 製薬での岡本氏とA 研究員によるセミナーを行う準備を行って同月16日にγ 製薬でセミナーを実施するに至ったほか,予定していた実験のために必要となる電気生理学を中心とする勉強に時間を費やしており,実験はほとんどやっていなかった。同年10月については,リトリート(理研内部の研修合宿)のための準備をして同月12日から14日までリトリートに出席しており,同月14日に上述のとおり投稿した論文の審査結果が到着したところ,その審査結果の中で追加実験を求められていたため,15日からその追加実験を行い,同月22日から28日まで北米神経学会に出席した。」旨説明している。
 これらのA 研究員の説明については,その説明の大要を裏付けることができる資料の存在が確認されている。

(ウ)

安全キャビネットの使用状況等について

 A 研究員が申請したAPP及びカベオリンを使用しての実験は,安全キャビネットやオートクレーブ等の器具の使用が必要であったことから,これらの器具の購入時期,使用状況について調査した。これらの機器の研究室への搬入は平成11年9月までにはなされているところ,同年11月以降,岡本チームの他の研究員が使用していた事実は認められたが,同年中にA 研究員がこれらの器具を使用していたことを認める事実は確認することができなかった。その他,岡本チームに所属する研究員及びテクニカルスタッフ等からの事情聴取によっても,A 研究員が本件APP及び本件カベオリンを使用して実験したことを認めることができる供述は得られなかった。また,研究テーマ変更後のmDab等の遺伝子を使用した実験については,A 研究員の供述どおり,新たに実験承認申請をしていなかったことが確認された。

(エ)

G 研修生によるAPPの実験について

 平成11年9月1日に理研の病因遺伝子チームリーダーに正式に採用された岡本氏は,同月28日付で,当時,岡本チームの研修生であったG 氏(以下「G 研修生」という。)を実験従事者として,APPを使用する「組換えDNA実験承認申請書」2通(受付番号承99−116(A)及び承99−117(A))を理研の担当部署に提出し,いずれもその承認を得た。この実験は,A 研究員が予定していた上記の実験計画とは別の観点からなされたものであった。
 岡本氏は,この実験で使用することとなるAPPについては,同年9月下旬ころにδ 大学のS 氏や理研脳科学総合研究センターのL チームリーダから入手し,新たに入手したこれらのAPPを使用してG 研修生に実験を行わせている。

(オ)

B 研究員によるカベオリンの実験について

 岡本氏は,平成12年2月1日に採用された岡本チームのB 研究員(以下「B 研究員」という。)に対し,平成11年12月下旬に,メールで,採用後にカベオリンのクローニング,発現ベクターへの組み込み実験及びAPPの発現ベクターへの組み込み実験を行うことを指示した。その後,岡本氏は,この実験のため,B 研究員を実験責任者として,カベオリンを使用することを予定した「組換えDNA実験承認申請書」2通(受付番号承200−084(A)及び承2000−085(C))を理研の担当部署に提出し,いずれもその承認を得た。この実験計画は,A 研究員が当初予定していた上記実験計画とは別の観点からなされたものであった。
 岡本氏は,B 研究員が実験で使用することとなるカベオリンについては,平成11年12月下旬ころからカベオリンの提供方を他の研究者に働きかけ,平成12年1月から2月初旬にかけて,ε のT 氏及びオーストラリアのζ 大学のU 氏からカベオリンを別途入手し,新たに入手したこれらのカベオリンを使用してB 研究員に指示してこの実験を行わせている。

(カ)

結論

 A 研究員が理研に持ち込んだ本件APP及び本件カベオリンが理研において使用されたと認める余地がある証拠は,A 研究員が作成した組換えDNA実験経過報告書中の「実施の頻度」の記載のみであるところ,この記載は,申請者において個々具体的に実施の状況を記入するようにはなっていない。すなわち,「実施した(ほとんど毎日) ・ 約  回/週・月・年)・実施せず」と前もって記載された個所にマークをするだけのものである。その他の記載,例えば使用される試料である「DNA供与体」等についても事前に記載されていて,申請者において報告の際に個別に記載するようにはなっていない。他方,研究者においては,毎年度当初に年一回提出することとされている組替えDNA実験経過報告書とは異なり,日々の実験結果等を実験ノート等に記載しているところ,こうした実験ノートや実験資料類を調査した調査第1チームの調査によっても,このA 研究員の実験において,本件APP及び本件カベオリンが使用された痕跡を認めることができなかったことは,上述のとおりである。とすれば,「実施した(ほとんど毎日)」との記載個所に対するマークのみを持って,直ちに,本件APP及び本件カベオリンがこの実験で使用されたと断定することは困難である。
 加えて,研究テーマを変更したため,本件APP及び本件カベオリンを使用する実験を行っておらず,本件変更後の研究テーマでのDNAの実験のために承認された申請書を活用したとするA 研究員の供述には,上述のとおりこれを裏付ける多数の証拠が存在することからすれば,A 研究員の上記供述には相当の信用性があると認められる。さらに,仮にA 研究員が組換えDNA実験経過報告書の記載どおり本件APP及び本件カベオリンを使用した実験を行ったとすれば,G 研修生及びB 研究員による上記実験当時,岡本チーム内には既にAPP及びカベオリンが存在したことになり,これを使用せず,岡本チーム発足後短期間内に,他から入手したAPP及びカベオリンを使用してG 研修生及びB 研究員による実験が行われたという事実は,不可解なことと言わざるを得ない。
 また,後述するとおり,仮に,A 研究員が,岡本氏に対する告発等を知った上で,本件APP及び本件カベオリンを実験に使用するか又は意図的に廃棄処分したのであれば,本件APP及び本件カベオリンの使用を告白するに等しい内容の組換えDNA実験経過報告書を作成することは自己矛盾にほかならないから,A 研究員が上述した内容の組換えDNA実験経過報告書を作成した事実自体が,A 研究員による本件APP及び本件カベオリンの使用又は意図的な処分を否定する間接証拠と見るべきことになろう。
 これらに照らすと,A 研究員が理研に持ち込んだ本件APP及び本件カベオリンが理研内で使用されたと認定することはできない。


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