- ゲノム全体をスクリーニングし、人種を超えた変形性関節症に関連するSNPを発見
- 免疫に関与するHLA領域内に強い相関を持つ2つのSNP
- 変形性関節症の原因に、免疫系異常の関与の可能性
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、膝の変形性関節症(OA: OsteoArthritis)の発症に関与する新たな一塩基多型(SNP:Single Nucleotide
OAは、関節軟骨の変性、消失を特徴とする疾患です。骨・関節の疾患の中で最も発症頻度が高い疾患で、日本だけでも患者は1,000万人以上にのぼり、医学・医療のみならず、社会的にも大きな問題に発展しているため、その原因の解明や治療法の確立が待ち望まれています。
研究チームは、全ゲノムレベルのケース・コントロール相関
今後、rs7775228とrs10947262のSNPを中心に、その周辺のSNPをさらに詳しく調べることで、新たな疾患感受性遺伝子を発見することが期待できます。両SNPはHLA領域に存在するので、疾患感受性SNPは免疫系の異常に影響する可能性が高いと考えられます。これらの遺伝子の機能解析を通じて、より詳細なOAの病態の理解が進み、これまでにない新しいタイプのOA治療薬の開発を含め、OAのオーダーメイド医療に向けた研究の進展が期待されます。
本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌『PLoS ONE』(3月18日付け)に掲載されます。
- 背景
OAは関節の軟骨が変性、消失し、関節の痛みや機能の障害を引き起こす疾患です
(図1) 。骨や関節の疾患の中で、最も発症頻度の高い疾患の1つで、日本だけでも約1,000万人以上の患者の存在が推定されています(池川志郎『医学のあゆみ』227(8),625-6,2008)。OAは、膝、股、手、脊椎など全身のさまざまな関節を侵し、痛み、腫れ(関節水腫:関節に水が溜まる状態)、可動域(関節の動きの範囲)の低下、歩行機能の障害などの症状を引き起こします。中高年者の日常生活動作(ADL: Activities of Daily Living)、生活の質(QOL: Quality of Life)の障害を引き起こす最大の原因の1つで、その有病率は中年以降年齢とともに増加し、70歳以上では30%以上の人がOAにかかるという統計もあり、高齢化社会の大きな課題の1つに数えられています。すでに、高齢者が要介護支援となる原因の中で、疾患の第1位は関節症となっており(厚生労働省『平成16年国民生活基礎調査』)、介護予防、要重度化防止の点からも緊急の課題と指摘されています。このようにOAは医学・医療のみならず、社会・経済的にも大きな問題ですが、その発症の根本的な原因や病態はほとんど研究が進んでおらず、有効な治療法がないのが現状です。疫学※5 調査などから、OAは、遺伝的因子と環境因子の相互作用により発症する多因子遺伝病、生活習慣病であることが明らかになっています。研究チームでは、このOAの遺伝的因子、すなわちOAの疾患感受性遺伝子を特定し、その働きを解明しようと研究を続けてきました。これまでに、既存の知識、情報を出発点として、ゲノムの一部を重点的に調べる候補遺伝子アプローチ※6 により、「アスポリン」(2005年1月10日プレス発表)、「GDF5」(2007年3月26日プレス発表) の遺伝子を発見し、世界に先駆けて報告しています。また、日本人特有の遺伝子多型データベース「JSNP」で収集された約10万個のSNPを用いた大規模相関解析により、OAの疾患感受性遺伝子を調べ、DVWA遺伝子を同定しました(2008年7月12日プレス発表)
しかし、多因子遺伝病であるOAには、これら3つ以外にも多くの遺伝子が関与しており、3つの遺伝子だけではOAの遺伝性の3割程度しか説明できません。OAの遺伝的要因解明のためには、これら以外の疾患感受性遺伝子を見つけ出すことが大きな課題となっています。しかし、従来の候補遺伝子アプローチによる遺伝子探索では限界があるのは明らかでした。また、JSNPの約10万個のSNPを用いた解析では、ゲノム全体の20%程度しか調べたことにならず、多くの“取りこぼし”があると考えられました。
- 研究手法と成果
近年、理研ゲノム医科学研究センターの参加した国際HapMap
プロジェクト※7 により、ゲノム全体を効率的にカバーするSNPのデータベースの整備が進んできました。データベースから選択した約55万個のSNPのセットは、ゲノム全体の90〜95%を調べることが可能なことが分かってきています。そこで、研究グループは、この約55万個のSNPのセットを用いて、ケース・コントロール相関解析を行いました。まず、906人の日本人の膝OA患者集団と3,396人の非膝OA集団で相関解析を行い、ここで強い相関を得たSNPを、先の集団とは別の167人の膝OA患者集団と347人の非膝OA集団で確認しました。この2段階の相関解析の結果、6番染色体短腕上の、免疫機能に関係する巨大な遺伝子領域である「HLA領域」内に存在する、2つのSNP(rs7775228 とrs10947262)が膝OAと強く相関していることが分かりました
(図2) 。rs7775228 の相関はP = 2.43×10-8、rs10947262の相関は P = 6.73×10-8で、Bonferroni 補正という統計学的方法による厳しい相関の有意水準 P = 1.09×10-7を達成する強い相関値を示すものでした。近年、欧米の研究グループから、OAについてゲノムレベルでの相関解析の報告がいくつかありますが、この有意水準を達成する相関を検出することができたのは今回が初めてです。また、これまでにも関節リウマチなどの関節炎では、HLA領域の関与がよく知られていましたが、HLA領域の遺伝子とOAの相関が明らかになったのはこの研究が初めてです。この日本人集団で得たSNPの相関を、異なった人種集団で確認するために、813人の膝OA患者集団と1,071人の非膝OA集団からなるヨーロッパ人集団(ギリシャ人とスペイン人)で相関解析の追試を行いました。その結果、rs10947262については、P=2.5×10-2と相関を再現し、日本人とヨーロッパ人の結果を統合したP値は5.10 x 10-9と非常に強い相関を示しました
(表1) 。このSNPのもたらすリスクの大きさは人種を超えて同様で、オッズ比※8 で約1.3、つまり、このSNPを持っていると、OAにかかる可能性が1.3倍に高まることが分かりました。 - 今後の展開
今回新たに発見したrs7775228 とrs10947262の周辺で、SNPの相関をさらに細かく調べていくことで、OAの発症につながる新たな遺伝子を同定することが期待できます。両SNPは、免疫に関与するHLA領域に存在しているので、疾患感受性SNPは免疫系の異常に関係する可能性が高いと考えられます。これまで OAの病因については、ほとんどが骨・軟骨代謝の面からだけの検討でしたが、今後は、「免疫病」としての新たな観点が必要となります。
- (問い合わせ先)
- 独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
- ゲノム医科学研究センター
- 骨関節疾患研究チーム チームリーダー
- 池川 志郎(いけがわ しろう)
- Tel: 03-5449-5393 / Fax: 03-5449-5393
- 横浜研究推進部 企画課
- Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
- (報道担当)
- 独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
- Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
- Mail: koho@riken.jp
< 補足説明 >
| ※1 | 一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism) |
| ヒトゲノムは30億塩基対のDNAからなるとされているが、個々人を比較するとそのうちの 0.1%の塩基配列に違いがあると見られており、これを遺伝子多型と呼ぶ。遺伝子多型の内、1つの塩基が、ほかの塩基に変わるものを一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)と呼ぶ。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、その多くはSNPである。そのタイプにより遺伝子をもとに体内で作られる酵素などのタンパク質の働きが微妙に変化し、病気のかかりやすさや医薬品への反応に変化が生じる。 | |
| ※2 | 国際共同研究 |
| 本研究は、三重大学・整形外科(内田淳正教授、須藤啓広教授)、国立相模原病院臨床研究センター病態総合研究部(福井尚志部長)、ギリシャのテッサリア大学ほかとの共同研究による。 | |
| ※3 | ケース・コントロール相関解析、P値 |
| 疾患の感受性遺伝子を見つける方法の1つ。疾患を持つ群と疾患を持たない群とで遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に比較する解析方法。検定の結果得られたP値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が強いと判定する。 なお、今回、日本人の非膝OA集団のケース・コントロール相関解析における「疾患を持たない群」には、東京大学医科学研究所との共同研究により、文部科学省委託事業「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト」において解析したデータを用いた。 | |
| ※4 | HLA領域 |
| ヒトの6番染色体短腕(6p21)上に存在する巨大な遺伝子領域。360万塩基対にも及び、200以上の遺伝子が存在する。HLAはHuman Leukocyte Antigenの略で、ヒト白血球型抗原のこと。最も重要な組織適合性抗原の1つ。自己と非自己の認識や免疫応答の誘導に関与する。MHC(major histocompatibility complex:主要組織適合性複合体)とも呼ばれる。クラスI領域、クラスII領域、クラスIII領域の3つの領域に分けられる。クラスII領域には、主にクラスII分子α鎖とβ鎖、つまりHLA-DQ、DR、DPのα鎖とβ鎖の遺伝子が、コードされている。クラスIII領域にはC4、C2、B因子などの補体や、TNFなどのサイトカインの遺伝子が存在する。 | |
| ※5 | 疫学 |
| 人間集団を対象として、健康および疾病にかかわる要因を特定し、因果関係を明らかにすることを目指す学問。 | |
| ※6 | 候補遺伝子アプローチ |
| 相関解析の手法の1つ。既存の知識、情報を基に特定の遺伝子に的を絞って、調べていく方法。 | |
| ※7 | 国際HapMapプロジェクト |
| ヒトゲノム上の遺伝子多型情報を臨床応用していくために不可欠な、染色体のハプロタイプ(染色体のある領域に並んでいる1セットのSNPの組み合わせ)地図の作成を目指した国際計画。2002年10月に開催した「国際HapMapプロジェクト戦略会議」で、日・米・英・中・加の協力によりこの地図の作成に取り組むことが合意された。日本からは、理研遺伝子多型センター(ゲノム医科学研究センターの前身)が唯一参加し、プロジェクト全体の約4分の1のデータを産出、単一の施設としては、世界最大の貢献をした。同プロジェクトでは、日本人、中国人、欧米人、アフリカ人の4人種について血液サンプルを収集して、人種ごとにハプロタイプ地図を作成することを目標とし、2005年に、計画は達成された。このプロジェクトで得られたデータを基にして、全ゲノム規模の関連解析用実験プラットフォームが開発され、これを用いて現在、多くの関連解析により疾患関連遺伝子が次々に発見されている。 | |
| ※8 | オッズ比 |
| リスクの大きさの指標。基準とするものに対し、リスクが何倍に上がるかを表す。 |

図1 変形性膝関節症
左:患者の外観。膝の腫れ、痛みとO脚変形を伴う。患者は、痛みや関節機能障害のため、杖を使うようになることが多い。
右:患者の左膝のX線写真。内側の関節軟骨がすり減り、関節のすき間が無くなっている(矢印)。また骨の変形・出っ張りも見られる。

図2 rs7775228 とrs10947262のゲノム上の位置
最も高い相関が出た2つのSNP(rs7775228 とrs10947262)のゲノム上の位置と、その周辺のSNPの相関。2段階の相関解析における第1段階、つまり、約55万個のSNPを用いた906人の日本人の膝OA患者集団と、3,396人の非膝OA集団での相関解析の結果を示す。横軸は、6番染色体の末端からの塩基数(Mb:メガベース=百万塩基)。縦軸は、P値の対数表示。数字が大きいほど、相関が強い。 rs7775228はHLA領域の中のクラスII領域と呼ばれる場所に存在するHLA-DQA2遺伝子とHLA-DQB1遺伝子の間、rs10947262はクラスIII領域と呼ばれる場所に存在するBTNL2 (butyrophilin-like 2)遺伝子領域内に存在した。
| 調べた集団 | P 値a | オッズ比 (95% 信頼区間) |
| 日本人 | ||
| 1) ゲノムワイド関連解析 | 2.45 x 10-6 | 1.30 (1.16-1.44) |
| 2) 再現集団 | 5.74 x 10-3 | 1.47 (1.12-1.93) |
| 1) + 2) | 6.73 x 10-8 | 1.32 (1.19-1.46) |
| ヨーロッパ人 | 2.50 x 10-2 | 1.29 (1.03-1.61) |
| 日本人 (1+2)+ヨーロッパ人 | 5.10 x 10-9 | 1.31 (1.20-1.44) |
表1 rs10947262の相関解析