プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
光速の40%の高速RIビームを1億分の1まで減速・冷却
- 「究極の原子核モデル」の構築の鍵となる原子核の新たな精密測定がついに実現 -
平成20年11月19日
◇ポイント◇
  • 「高周波イオンガイド法」を開発、RIビームを極低速化し精密レーザー核分光を実現
  • RIBF計画で整備予定の基幹設備「超低速RIビーム生成装置」の心臓部機能を実証
  • 中性子ハローなど異常な原子核像を包括する「究極の原子核モデル」構築へ第一歩
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、仁科加速器研究センター(矢野安重センター長)が推進しているRIビームファクトリー(RIBF)計画※1で整備予定の基幹実験設備「超低速RIビーム生成装置(SLOWRI)」の心臓部となる「高周波イオンガイド法※2」を開発し、高速の不安定原子核(RI)※3の精密レーザー核分光※4に世界で初めて成功しました。理研基幹研究所(玉尾皓平所長)山崎原子物理研究室の和田道治専任研究員(仁科加速器研究センター実験装置開発グループ低速RIビーム生成装置開発チーム副チームリーダー兼務)らの成果です。
 自然界には256種類の原子核しか安定に存在しませんが、宇宙では理論的に約10,000種類の原子核が存在しているといわれ、このうち約3,000種類の原子核が放射性同位体(RI)※3として人工的に生成・発見されています。この寿命の短いRIを効率よく生成するためには、安定な原子核を光速の70%程度まで加速し、標的原子核と衝突させて破砕し、生じた高速飛行する破砕片であるRIを分離・収束する方法が使われます。生成したRIは光速の40%程度の高速で飛行するため、停止または低速RIだけでその真価が発揮される、レーザー核分光による原子核の電気的・磁気的大きさの高信頼度測定や、質量の高精度測定が技術的に不可能でした。
 「高周波イオンガイド法」は、高速飛行するRIをヘリウムガス中で減速させ室温まで冷却し、さらに高周波電場を用いて超低速ビームとして取り出す技術です。1997年に考案して以来、理研既存加速器施設※5の入射核破砕片分離器(RIPS)※6にプロトタイプ装置を設置し、開発研究を行ってきました。2008年3月、光速の43%で飛行する7Be(ベリリウムの不安定同位体)を、光速の1億分の1まで減速冷却し(絶対温度で0.01ケルビンに相当)、レーザー核分光を使って7Beの超微細構造※7を相対精度200万分の1で測定することに成功しました。これにより、これまで不可能とされた、加速器で人工的に生成される高速の不安定原子核(RI)を減速・冷却し、原子核構造の仮定を必要としない、電磁相互作用による静的電磁特性の精密測定※8を実現できることが初めて明らかとなりました。
 近年の加速器技術の発展により、従来の「原子核モデル※9」では説明することができない、中性子ハロー※10などの異常な原子核や魔法数の破れ※11が発見されています。これら異常な原子核の構造を包括する「究極の原子核モデル」の構築は、世界の原子核物理学の主要テーマの1つとなっています。
 「高周波イオンガイド法」の開発とそれを用いたレーザー核分光に成功したことは、これら未知の世界を解析する新たな“ものさし”の開発に成功したことを意味し、「究極の原子核モデル」の構築にわが国が先鞭をつけたことになります。
 なお、本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』の11月21日号に掲載されます。


1. 背景
 近代物理学は、物質固有の“色”を読み分ける「分光」学の精度向上によって発展してきたといっても過言ではありません。プリズムの改良によって発見された太陽の七色の虹のなかの無数の暗線(フラウンホーファー線:吸収線)※12が、太陽や地球大気の原子による原子固有の“色”の光の吸収によるものであると解明されて以来、光の“色(波長あるいは周波数)”を精密に測定すること、すなわち「分光学」が、原子物理学ばかりでなく、物質科学、天文学の主要命題となっています。分光器の分解能が1万分の1程度まで向上し、それまで1本と観測されていた光の吸収線が実は“微細構造”に分かれていることが見つかり、存在しないと信じられていた電子のスピン(こま運動)の発見につながりました。1881年、アルバート・マイケルソン(米国)が、分解能100万分の1の分光器を発明したことによって、微細構造は、さらに細かい“超微細構造”に分かれていることが発見されました。その原因はながらく不明でしたが、理研創設時に活躍した物理学者の長岡半太郎による1923年の水銀原子の超微細構造の精密測定から、ウォルフガング・パウリ(スイス)は1924年、原子核のスピンとそれに伴う微弱な磁石の性質に起因することを発見しました。これが、光学的分光による超微細構造の測定から、原子核の構造を研究する方法の起源となっています。原子の超微細構造は、電子と原子核の固有の性質と互いの向きだけで決まる、極めて安定で、高精度に測定可能な物理量です。原子の超微細構造を“光(レーザーやマイクロ波)”で精密測定することは、原子核の電気的な大きさや磁化の強さ、その広がり、スピンの大きさ(こま運動の早さ)を、原子核構造の予備的知識による仮定を必要とせず、客観的に精密決定することを可能にします。
 理研のRIビームファクトリーは、世界最多となる約4,000種類の不安定原子核(RI)を生成できる施設で、超伝導リングサイクロトロン(SRC)などを用いて安定な原子核を光速の70%程度まで加速し、標的原子核と衝突させて破砕し、高速飛行する破砕片であるRIを分離・収束します。しかし、生成したRIは、光速の40%程度の高速ビームで、そのままでは、精密レーザー核分光や質量測定には使えません。一方、これまでレーザーによる原子核の研究をリードしてきた欧州原子核研究所(CERN:セルン)の施※13は、はじめから低速のRIを生成する装置を使って実験を行ってきました。しかし、この装置では、生成したRIを標的から熱してあぶり出し、蒸発させ、さらにイオン化して取り出さなければならず、比較的寿命が長く、かつ限られた種類の元素のRIしか得られませんでした。そのため、500種類にも満たないRIだけしかレーザー核分光研究がなされてきませんでした。
 この制限を打破して、あらゆる元素のRIの精密測定を可能とするために、研究グループは、RIビームファクトリーで生成される多種類の高速RIビームを、レーザー核分光などの精密測定を行うことができる速度までに減速・冷却する装置「超低速RIビーム生成装置(SLOWRI:スローリィ)」の開発を進めてきました。


2. 研究手法と成果
 超低速RIビーム生成装置(SLOWRI)は、高速で飛行しているRIビーム(陽イオン)を、まず1cm程度のガラス板を通過させ、まずは光速の10%以下(絶対温度換算で0.1兆ケルビンに相当)まで減速します。次に、ヘリウムガスを充填した長さ2mもの大きなガス容器(ガスセル)に打ち込み、RIビームを“正の電気を帯びたイオンのまま”室温程度まで冷却します。短寿命の原子核の精密測定するために、その室温まで冷却したRIイオンをかき集めて、できるだけ早くガスセルから真空中に引き出す必要があります。しかし、単純な陽極と陰極からなる装置に静電圧をかけてRIイオンを集めようとすると、正の電気を帯びたRIイオンはすべて陰極に付着してなくなってしまいます。研究グループが1997年に考案し、「高周波イオンガイド法」と命名した新技術では、陰極として多数の同心円状に配置した細かいリング状の電極に高周波電圧を与える装置を用います(図1)。それによって生成される不均一な高周波電場は、イオンを電極面に触れないように保ちながらガスセル出口ノズルまで運ぶ働きをします。ガスセル出口からは、光速の1万分の1(0.01%)程度の低速RIビームとして取り出し、レーザー核分光するためにRIイオンを自由空間に保持するイオントラップ装置※14や、質量測定装置まで輸送し、精密測定実験に供します。
 研究グループは、1997年に世界で初めて「高周波イオンガイド法」を考案し、原理検証実験を開始しました。2000年には、2mの長さの「高周波イオンガイド」を導入したガスセルを搭載した超低速RIビーム生成装置(SLOWRI)のプロトタイプ機を製作し、理研既存加速器施設の入射核破砕片分離器(RIPS)に設置して開発研究を進めてきました。2003年には、リチウムの短寿命同位体(8Li)を用いた実用化試験を行い、光速の40%の8Liビームを光速の1万分の1の極低速ビームとして高効率で取り出すことに世界で初めて成功しています。
 今回、研究グループは、このプロトタイプ機にイオントラップ装置を接続し、レーザー冷却※15により、さらなるRIビームの低速化とそれを用いた精密レーザー核分光実験の実証試験を行いました。RIPSで生成・分離した光速の43%の高速ベリリウム同位体(7Be)イオンを、高周波イオンガイド装置で光速の1万分の1まで減速冷却し、イオントラップに蓄積し、その蓄積した7Be+イオンの励起エネルギーに共鳴するレーザー光(波長313 ナノメートル)より極わずかに低いエネルギーのレーザー光を照射し、7Be+イオンをレーザー冷却しました(図2)。その結果、7Be+イオンは光速の1億分の1(0.01ケルビン以下)まで減速・冷却されました。これは、生成時(温度に換算して10兆ケルビン)に比べて15桁ものエネルギー減衰が、ほんの数秒間で達成できたことに相当します。
 次に、冷却した7Be+イオンにマイクロ波を照射して、その超微細構造を直接測定しました。マイクロ波の共鳴は直接測定ができないほど弱いため、レーザー照射による蛍光強度の変化を“てこ”にして測定する二重共鳴法※16を用いて測定しました。この方法は、マイクロ波の光子1個による超微細構造の共鳴現象が、毎秒100万回もの蛍光の放出が停止する現象で観測できる、極めて高感度の測定法です。その結果、7Beイオンの超微細構造の大きさを決める基本定数を-742.7723 MHz±0.0023 MHzと200万分の1の相対精度で決定することができました(図3)。この結果から、7Be原子核のスピン、磁化の強さを決定したばかりでなく、ほかのBe同位体の磁化の拡がりを測定するための基準を決定しました。
 本研究は、原子核物理学の最先端研究で広く用いられる入射核破砕片分離器で生成された高速RIビームを減速・冷却し、精密レーザー分光測定を実現した、世界初の成果です。


3. 今後の期待
 1980年代半ばに日本人研究者によって開発された入射核破砕片分離器によって、あらゆる元素の高速RIビームが生成できるようになり、不安定原子核の構造を探る研究が急速に発展しました。その結果、「原子核の飽和性※17」を破る中性子ハローや中性子スキン※10の発見、「殻モデル※18」が予言する魔法数の消失や新魔法数の出現※11など、これまでの原子核像の常識を覆す原子核の存在が明らかになってきました。これら異常な構造までも包括して説明することのできる「究極の原子核モデル」の構築は、原子核物理学が果たすべき主要テーマの1つです。
 本研究によって、これまで不可能であった、入射核破砕片分離器で人工的に生成する高速RIを減速・冷却して極低温を達成し、精密レーザー核分光に成功したことは、広範の不安定原子核の電気的・磁気的大きさや質量といった静的特性を、原子核構造の予備知識の仮定なしに測定することができる電磁相互作用を用いて、信頼度高く決定できる世界初の手法を発明したことになり、人類未踏の研究領域へ一歩踏み出すツールを手に入れたことを意味します。
 放射性同位元素(RI)は、工学分野における材料研究や、化学・生物分野におけるトレーサー※19など、広い分野の応用がなされてきました。本研究によって実現されたあらゆる元素の低速RIを生成する方法を発展させれば、これらの研究に使うことのできるRIの種類を飛躍的に向上できる可能性があります。
 本研究で用いたプロトタイプ機は、検証実験のために作製され、極軽い原子核しか測定することができませんが、RIビームファクトリー計画では、これまでの多年にわたる開発研究の成果を生かし、より汎用で高性能の高周波イオンガイドを用いた「超低速RIビーム生成装置(SLOWRI)」の建設を予定しています(図4、図5)。建設計画が順調に進めば、質量、電気的・磁気的大きさ、磁化の強さ、スピンなどの原子核の重要な静的特性の系統的測定が、最大3,000種類の原子核に対して実現できます。競合する諸外国の研究計画に先駆けて、原子核に関する新たな知見を発信することが期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所基幹研究所
山崎原子物理研究室 専任研究員
仁科加速器センター 原子核研究部門 実験装置開発グループ
低速RIビーム生成装置開発チーム 副チームリーダー
和田 道治(わだ みちはる)

Tel: 048-467-9487 / Fax: 048-462-4644
基礎基盤研究推進部 加速器研究推進室

Tel: 048-467-9452 / Fax: 048-461-5301

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 RIビームファクトリー(RIBF)計画
水素からウランまでの全元素の不安定原子核(RI)を世界最大強度でビームとして発生させ、それを多角的に解析・利用することにより、基礎から応用にわたる幅広い研究と産業技術の飛躍的発展に貢献することを目的とした次世代加速器施設。施設は、RIビームを生成する「RIビーム発生系施設」と、生成されたRIビームの多角的な解析・利用を行う「基幹実験設備」で構成する(図5)。
RIビーム発生系施設は、2007年3月に完成し、2007年6月には新同位元素125Pd(パラジウム125)の生成に成功。(2007年6月6日プレス発表)2012年度の全施設完成を目指し、現在、基幹実験設備の整備・開発を進めている。
RIビームは、原子核の構成メカニズムおよび元素の起源の解明に有用であるとともに、RI利用による産業発展に寄与することが期待され、ドイツ、アメリカなど世界の主だった重イオン加速器施設でも次世代加速器施設の整備が計画され、国際的にも熾烈な開発競争を展開している。
※2 高周波イオンガイド法
1997年に和田らが考案した、高速RIイオンを減速冷却して真空中に取り出す方法。濃いガスを充填した容器に高速RIイオンを入射して停止し、そのイオンを高周波電場を用いてかき集める働きをする。
濃いガス中でのイオンの運動は、電気の力で加速されてもすぐにガス分子と衝突して停止するため、電気の力の向きを表す電気力線に忠実に沿って運動する。ところが、電気力線は陽極を起点とし、陰極に終端するので、単純な静電場を用いて、ガス中のイオンを制御してノズルから導き出そうとしても、イオンは必ず陰極に到達して失われてしまう。そこで、イオンを陰極で失わないようにするために、陰極を多数の同心円状の細かいリング電極によって形成し、その各々に隣同士で極性の反転した高周波電圧を与える。この構造の陰極を「高周波カーペット」と呼ぶ。陰極表面には不均一な高周波電場が形成され、それによってイオンは、表面に引かれたり押されたりと振動し、平均的には常に表面から遠ざけられるような力を得る。いわばイオンバリアをつくっていることになる。そのイオンの動きは、図6のようになっている。リング電極には、中心に向かうような静電場をつくるための直流電圧も与えられており、イオンは中心のノズルに向かって導かれる。
※3 不安定原子核(RI)、放射性同位体(RI)
物質を構成する原子核には、構造が不安定なため時間とともに原子核が崩壊していくものがある。このような原子核を不安定原子核あるいは放射性同位元素と呼ぶ。放射性同位体、不安定同位体、不安定核、短寿命核、ラジオアイソトープ(RI)は全て同義語。同じ元素であっても中性子の数が相違する原子同士を同位体と呼ぶが、同位体は安定なものと不安定なものに分類される。不安定なものは有限の寿命で崩壊し、その崩壊の際に放射線を放出するため、このように区別して呼んでいる。
※4 レーザー核分光
レーザー光を用いて、原子を構成する電子のエネルギー準位を精密に測定することにより原子核の構造を測定する方法。この方法では、超微細相互作用という、特性のよく分かっている電磁相互作用のみを使うため、原子核構造の予備知識の仮定に依存せず、精密な原子核の静的特性を測定することができる。
※5 理研既存加速器施設
RIビームファクトリーの施設のうち、1987年に建設されたリングサイクロトロン(RRC)や入射核破砕片分離器(RIPS)の部分を指す。質量数60以下の軽量域のRIビーム研究が行われている。
※6 入射核破砕片分離器(RIPS)
加速器を用いて光速の数10%以上に加速された高速の安定核ビームを、標的に衝突させて破砕し、その破砕片を多数の電磁石を用いて分離・収束する装置。理研の既存加速器施設のRIPSや新しい施設のBigRIPSのほかに、ドイツ・重イオン研究所のFRSや、米国ミシガン州立大学のA1800が著名である。
※7 超微細構造
原子核と軌道電子の相互作用によって生ずる原子のエネルギー準位のごく微細な分離構造。超微細構造の精密測定から、原子核が持つ静的特性、とりわけスピン(こま運動の速さ)、磁化の強さ、電気的・磁気的大きさについて研究することができる。超微細構造は、原子核と軌道電子の固有の特性とそれらの相対的向きだけによって定まる量で、極めて安定かつ精密に測定できる。セシウム原子の超微細構造の大きさをマイクロ波で精密に測定したものが、今日の標準時をつかさどる原子時計として使われており、日常生活にも活用されている。
※8 電磁相互作用による静的電磁特性の精密測定
自然をつかさどる力には、重力、電磁力、弱い核力、強い核力がある。このうち、電磁力を担う電磁相互作用は、もっとも正確に機構が分かっている。そのため、この相互作用を用いた測定は、ほかの核力を用いた測定に比べて、本質的に精度が高く、信頼度の高い測定が可能となる。
※9 原子核モデル
陽子と中性子の集合体である原子核のさまざまな特性を理論的に説明するための模型。平均的な束縛力のもとに個々の粒子があたかも独立に運動しているように扱う独立粒子模型、全体が1つの水滴のようであると見なす液的模型、いくつかのグループの塊のようになっていると見なすクラスター模型、原子の周期律に相似した特性を記述する殻模型など、さまざまな模型が提案されてきた。
※10 中性子ハロー、中性子スキン
これまでの原子核物理の常識では、通常の安定な原子核では、陽子と中性子が均一に混ざり合って存在し、陽子の占める体積と中性子の占める体積はほぼ等しいといわれていた。ところが、RIビームを用いた昨今の実験で、中性子の過剰な軽い元素(8Heや11Li)の不安定原子核構造を詳しく見てみると、核子の分布は通常のコアの部分と、遠方まで広がる過剰な中性子の部分に分かれていることが分かった。この過剰な中性子が異常に大きな半径をもってコアとなる原子核のまわりに薄く広がっている状態を「中性子ハロー」という。また、過剰な中性子が異常な半径をもってコアとなる原子核の周りを“皮”となって取り囲んでいる状態を「中性子スキン」という。
※11 魔法数の破れ、新魔法数の出現
原子核は、陽子数と中性子がある決められた数を満たすと特に安定核となる。この数を「魔法数(マジックナンバー)」と呼び、今までに「2」「8」「20」「28」「50」「82」「126」が知られている。最近、理研を中心とする研究チームは、陽子に比べて中性子の多い不安定核で新しい魔法数「16」を発見した。これまで安定核の魔法数は調べ尽くされており、不安定核も同じ魔法数をもつと考えられてきたが、その定説を覆す成果であり、新しい魔法数の発見は、原子核に新しい規則性があることを示している。
※12 フラウンホーファー線、吸収線
1802年、ウィリアム・ウォラストンはプリズムを改良して、太陽光の虹の中に無数の暗い線があることを発見した。1814年、ヨゼフ・フォン・フラウンホーファーはそれを綿密に測定し、個々の線に名前を付けたが、その線の起源は50年もの間、不明であった。1860年代にグスタフ・キルヒホッフとローベルト・ブンゼンは、この暗い線が、太陽大気と地球大気の原子による固有の色の吸収によることを発見した。以来、天文学における恒星や星間物質の元素の同定や、物理・化学における物質の元素の同定に使われるばかりでなく、原子のエネルギー準位の発見を導き、量子力学の発端となった。
※13 欧州原子核研究所(CERN:セルン)の施設
セルンは、スイスのジュネーブ郊外にある世界最大規模の素粒子物理研究所。ここにあるRIビーム施設(ISOLDE:イゾルデ)は、1960年代から稼働している低速RIビーム(光速の1,000分の1程度)を供給する代表的施設である。この施設では、高エネルギー陽子ビームを標的に照射し、標的内で生成されたRIを高温に熱することで拡散させ、蒸発、イオン化の過程を経てイオンビームとして取り出す仕組みを採用している。大強度陽子ビームと、厚い標的を使えるため、RIの生成量は多いという特徴を持つ。一方、熱による拡散、蒸発という過程は、有限の時間がかかり、効率が元素の化学的性質に大きく依存するため、限られた元素のRIしか得られないという不利な点もある。
※14 イオントラップ装置
ウォルフガング・ポール(ドイツ)によって発明された、イオンなどの荷電粒子を限られた極狭い空間に長時間閉じ込める装置。トラップされたイオンは物質と接触していない孤立状態であるため、外部の影響を受けにくく、精密測定に適している。
※15 レーザー冷却
レーザー光の吸収・放射を繰り返すことによって原子の運動エネルギーを減衰させる仕組み。ここで用いられた方法は、最も一般的なレーザー冷却法であるドップラー冷却と呼ばれる方法である。この方法では、イオントラップ中で振動しているイオンに対して、共鳴周波数より若干低い周波数のレーザー光を照射する。ドップラー効果によって、レーザーに向かって運動しているイオンはそのレーザー光を吸収することができる。その後すぐにイオンは正規の共鳴周波数の光を放射するが、その方向は吸収した方向と関係なく、あらゆる方向に放射する。吸収前後のエネルギーを比較すると、吸収したエネルギーと比べて放射したエネルギーのほうが大きくなる現象が起きたことになる。そのエネルギー差はイオンの運動エネルギーから補填され、結果として運動エネルギーが減衰される。イオントラップ中ではイオンはさまざまな方向に運動しているためレーザー光を一方向から照射するだけで冷却を実現できる。
※16 二重共鳴法
弱い共鳴現象を測定する光(あるいはマイクロ波などの電磁波)と、その共鳴現象を増幅し、観測しやすくするための別の共鳴光を使って測定する方法。レーザー・マイクロ波二重共鳴法を使って、レーザー冷却されたイオンの超微細構造の周波数を測定する場合を例にする。レーザー冷却が達成された条件では、イオンはレーザー光を吸収し蛍光を発する過程を毎秒100万回も繰り返しており、イオン1個でも観測が可能である。その状態のイオンに、超微細構造の周波数に相当するマイクロ波を照射すると、その共鳴が起きたときに、レーザー光の吸収・蛍光発光のサイクルからの逸脱が起る。その結果、蛍光強度が減衰する。照射するマイクロ波の周波数を変えながら蛍光強度を観測し、その強度が最低値をとるときが、マイクロ波の周波数が超微細構造に周波数に合致したと判定できる。このようにして、直接観測することが困難な弱い共鳴現象を高感度に検出できる。
※17 原子核の飽和性
原子核の構成要素の陽子と中性子の総称である核子は、ほぼ等しい距離を保って存在しており、原子核の種類によらず密度がほぼ一定である。不安定な原子核では、この性質が崩れているものも発見されている。
※18 殻モデル
原子核の特性を理論的に解明するための核モデルの1つ。原子において電子が軌道に配置されていくのと相似的に、陽子、中性子があたかも独立の軌道をもっているようにそれぞれを配置していくモデル。陽子数あるいは中性子数が「魔法数」の時に、原子核が極めて安定であるという特性を見事に説明した。
※19 トレーサー
化学や生物学において、分子や生体組織内の特定の元素の動きを追跡するために、放射性同位体(RI)を使って、印づけを行う方法。放射線検出によって、元素とその位置の同定を高感度で行うことができる。


図1 高周波イオンガイド装置の陰極として用いられる高周波カーペットの中心部分
図1 高周波イオンガイド装置の陰極として用いられる
高周波カーペットの中心部分
多数の同心円状の細かいリング電極に交互に極性の異なる高周波電圧が与えられる。この高周波電場によるイオンバリアのために、イオンはこの表面に触れることなく中心の出口ノズルへ導かれる。


図2 7Be+イオンのレーザー冷却の様子
図2 7Be+イオンのレーザー冷却の様子
イオントラップ中の7Be+イオンに、周波数を低い方から高い方へ順次変えながらレーザー光を照射し、レーザー光を吸収して再放出した蛍光の強度を測定した。左の幅が広いピークは、イオンが高温の雲のようになっている状態を示す。いったん蛍光強度が弱くなって細いピークに変わる点(dip)で、雲から結晶状態に相転移を起こしている様子が分かる。この細いピークの幅からイオンの温度が0.01ケルビン以下に冷却されていることが示された。


図3 レーザー・マイクロ波二重共鳴法による7Be+の超微細構造の測定
図3 レーザー・マイクロ波二重共鳴法による7Be+の超微細構造の測定
レーザー冷却されて強い蛍光を発している7Be+イオンに対して、超微細構造転移に相当するマイクロ波の周波数を順次変えながら照射し、レーザー光の吸収・蛍光発光の強度の変化を観測した。マイクロ波の周波数が超微細構造の転移周波数に正確に合致したとき、蛍光強度が最小になる。レーザーの極性(σ+,σ-)を変えて測定した2つの共鳴周波数(ν+,ν-)から、超微細構造の大きさを規定する定数として、A=-742.7723 MHz±0.0023 MHzを得た。


図4 RIビームファクトリーにおけるSLOWRI施設の概念図
図4 RIビームファクトリーにおけるSLOWRI施設の概念図


図5 RIビームファクトリー全容と超低速RIビーム生成装置「SLOWRI」整備予定位置
図5 RIビームファクトリー全容と超低速RIビーム生成装置
「SLOWRI」整備予定位置


図6 高周波カーペットによるイオンバリアと、そこでのイオンの軌跡
図6 高周波カーペットによるイオンバリアと、そこでのイオンの軌跡
赤い緩い等高線でしめされるような静電場によって(図中上方から)導かれてきたイオンは、高周波カーペットで作られた陰極に引き寄せられる。カーペット表面には多数の同心円状に配置された細かいリング電極(電極の間隔は0.28mm)があり、そこに高周波電圧が与えられている。その高周波電圧は、交互に極性が違っているため、電極付近には強くかつ不均一な高周波電場が作られる。イオンは、隣同士の電極の間を往復するように振動するが、電極とはある程度の距離を保っている。電極には中心(図において左端)に向かうような静電場もかけられるようになっているので、イオンは振動しながら中心に向かい、最後にノズルから引き出される。

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