プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
16年間冷凍保存のマウス死体からクローン個体を作出
- 絶滅動物を復活させる新技術開発へ -
平成20年11月4日
◇ポイント◇
  • 凍結し死滅した細胞内からの、核の完全な取り出しに成功
  • 脳細胞をはじめ、ほとんどの組織や血液細胞で核移植が可能と確認
  • 独自の核移植法で、死んだ細胞の核からクローン個体の作出に成功
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、マウスを用いた実験で、これまで現実的には不可能と考えられていた凍結死体からクローン個体を作ることに初めて成功しました。理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)ゲノム・リプログラミング研究チームの若山照彦チームリーダー、若山清香研究員らによる研究成果です。
 これまでにも、シベリアの永久凍土で発見されるマンモスなどの絶滅動物を、クローン技術で復活させようとするアイデアはありましたが、発掘された組織の細胞はすべて死滅しており、生きた細胞しか使えない現在の核移植技術※1では事実上不可能とされていました。また、たとえ核移植が可能であったとしても、長期間凍結され、完全に崩壊している細胞の核が正常かどうかも不明でした。
 研究チームは、永久凍土に近い条件(−20℃)で最長16年間保存されていたマウスを用いて、新しい核移植技術を開発し、凍結死体から正常なクローンマウスを作出することに成功しました。今回、最も効率よくクローンマウスを作ることができた細胞は、意外にもクローン個体を作るのが最も難しいとされていた脳由来の細胞からでしたが、ほかの臓器や血液由来の細胞からでもクローン個体の作出が可能なことを見いだしました。また、クローン胚からクローンES細胞を樹立し、それをもう一度核移植するとクローン個体の成功率が改善することも分かりました。
 この研究によって、凍結によって死滅し、崩壊してしまった細胞であっても、核が正常に維持されており、それらの核を利用すると死んだ細胞からでも生命を作り出せることを初めて実証しました。この方法を用いると、今後、永久凍土から発掘される絶滅動物も復元できる可能性があることを示す重要な成果といえます。
 本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: PNAS』11月3日の週にオンライン掲載されます。


1. 背景
 サイエンスフィクションでは、絶滅した動物をクローン技術で復活させる物語がよく描かれます。しかし現実には、鍵となる核移植技術に技術的限界があり、難しいとされています。現在、家畜で多く用いられている核移植は、ドナー細胞※2と卵子を細胞融合させるという方法を用いているため、細胞が生きた状態であることが第一の条件となります。この方法では、たとえ永久凍土で生前に近い状態で保存された絶滅動物の細胞が手に入ったとしても、この細胞は死滅しているため、生きた細胞しか利用できない現在の核移植技術では、事実上動物を復活させることは不可能でした。
 核移植では単一のドナー細胞が必要なため、酵素処理をすることにより組織から細胞をバラバラにする必要があります。細胞が死んでいる場合、細胞膜がダメージを受けているため、酵素が細胞そのものに入り込み、内側から細胞を分解してしまい、単一のドナー細胞を得ることが困難でした。また、たとえ単一の細胞を得ることができて核移植を行うことができても、凍結保護剤なしで凍結された細胞は、細胞内に形成された氷の結晶が、細胞および核を物理的に破壊することが知られており、そのダメージによりクローン胚は発生できないと考えられてきました。
 このような状況から、これまでに報告されたすべてのクローン動物は、生きた動物あるいは生きた細胞から作出されています。例外的に、死んだ直後の動物あるいは死んだ直後の細胞からのクローン動物も生まれていますが、いずれも細胞レベルでは新鮮な状態でした。
 研究チームはこれまでに、マウスを用いて、凍結乾燥によって完全に死んでいる精子であっても、顕微授精により受精すれば、子供が生まれることを証明しています(Nature Biotechnology Vol. 16:639-641)。そのため、死んだ細胞の核であってもDNAは正常なまま維持されているかもしれないと考えました。また1998年には、従来の核移植方法であるドナー細胞と卵子の細胞融合法に代わる方法として、ドナー細胞から核を取り出し、直接卵子内へ注入する方法を開発し、マウスのクローン個体の作出に初めて成功しています(Nature Vol. 394:369-374)。そこで、この方法をさらに改善することで、凍結された死体から完全な形で核を取り出し、クローン個体の作出が可能かどうか、マウスをモデルにして検討しました。


2. 研究手法および成果
(1) 凍結し死滅した細胞内からの、核の完全な取り出しに成功
 研究チームは、最初に培養液およびマイクロマニピュレーション※3の手法などを改良し、凍結死体の臓器の細胞から核を安全に取り出し、ダメージを与えずに核を卵子内へ注入する方法を開発しました(図1)。
 凍結死体から回収した組織の場合、酵素処理では核までも分解されてしまうことから、4℃の核摘出用培養液(NIM)内で組織を軽くすりつぶし、組織内から核を押し出すようにして取り出しました。また、裸の状態で回収した核は非常に繊細で壊れやすいことから、培養液を改良し、核がガラスの壁面などに付着しないようにしました。さらに、常に新しい組織試料を使用できるように約30分ごとに試料を取り換え、従来に比べて太いガラス管を使用して、核のダメージを最小限に抑えながら核移植を続けました。これらの改良により、組織から単離した核を卵子へ移植することが初めて可能となりました。
(2) 脳細胞をはじめ、ほとんどの組織や血液細胞で核移植が可能と確認
 次に、凍結死体の11種類の臓器(脳、心臓、腎臓、血液など)を用いて、どの臓器の細胞がもっとも核移植に適しているか検討しました。それぞれの臓器から取り出した核を卵子へ核移植後4日間培養し、胚盤胞への発生率を調べたところ、脳細胞の核から作られたクローン胚の発生が最も高いことが分かりました。これまで、成体の脳細胞からクローン個体の作出に成功した例はなく、脳はクローン作出に最も適さない臓器と思われていたにもかかわらず、約40%のクローン胚が胚盤胞へ発生しました。胚盤胞への発生率が2番目によかったのは、発生率は半分以下に落ちるものの、血液中の細胞でした。血液は、体中すべての組織から得ることができるため、永久凍土から発見される組織がどこであれ、利用できることを示しています。
(3) 独自の核移植法で、死んだ細胞の核からクローン個体の作出に成功
 これらのクローン胚を偽妊娠メス(借り腹メス)の卵管内に戻したところ、短期間(1週間および1カ月間)冷凍保存しておいた脳細胞からはクローンマウスが誕生しましたが、16年間冷凍保存されていたマウスの脳細胞からは誕生させることはできませんでした。しかし、この原因は凍結期間の長さではなく、マウスの種類によるものと考えました。その理由は、16年間冷凍保存してあったマウスはC3H※4という種類で、この種類のマウスは生きている個体からでもクローン個体の作出に成功した例がないためです。
 一方、これまでの研究からクローンES細胞※5の樹立はクローン個体の作出より簡単なことが分かっており、クローン個体が作れないマウスの種類であっても、クローンES細胞の樹立は可能なことが知られています。そこで、研究チームは、それらのクローン胚の一部からクローンES細胞の樹立を試みました(図2)。その結果、この16年間冷凍されていた凍結死体の脳細胞から、クローンES細胞の樹立に成功しました(図3)。これらクローンES細胞は、ES細胞であることを証明するマーカーなどで確認した結果、ES細胞の定義を完全に満たす正常なES細胞であることが分かりました。
 このクローンES細胞を用いてもう一度核移植実験※6を行った結果(図2)、ドナーマウスの冷凍保存期間や種類に関係なく、いずれの条件からもクローンマウスの出産率が改善され、16年間冷凍保存されていた凍結死体からも、合計4匹のクローンマウスが生まれました(図4)。このクローンマウスは正常に発育し、ほかのクローンマウスと交尾して多数の子孫を残しています(図5)。
 4匹のクローンマウスは、ドナーマウスとDNA、性別、毛色が完全に一致しており、クローンであることを確認しています。同様に凍結死体の尻尾から採取した血液細胞を用いた場合でも、クローンES細胞は樹立でき、2回目の核移植でクローン個体が生まれています。


3. 今後の期待
 これまで絶滅動物の復活には、現在の核移植技術の利用が現実的でないことから、もし絶滅動物の精巣が手に入れば、そこから得られる精子を近縁種の卵子へ顕微授精させ、雑種を作りだす方法がより確実だろうと考えられてきました。しかし「成体の精巣」という限定された組織が良好な状態で手に入る可能性は低く、また得られた子孫は、半分の遺伝子しか受け継いでいない雑種になってしまいます。しかも異種間の交配により誕生する子孫(雑種)は不妊になってしまう可能性が高いことも分かっています。
 今回の研究は、長期間凍結保存されていた死体であっても核のDNAは傷ついておらず、核移植によって正常な個体を復活できることを示しました。核移植技術は精子を用いる方法と違って、雑種ではない純系の遺伝子を復活させられること、また、血液細胞であれば、発見されたどの組織からも手に入れることが可能なことから、今回開発した新しい核移植技術は絶滅動物の復活の可能性を大きく高めたといえます。絶滅動物の復活のためには、まだ異種間核移植(たとえばゾウの卵子へマンモスの体細胞の核を移植)や異種間胚移植(ゾウの子宮へマンモスのクローン胚を移植)という技術的な課題が残っています。しかし、動物個体の復活よりも成功率の高い、クローンES細胞の樹立であれば、近い将来実現するかもしれません。絶滅動物のクローンES細胞が樹立できると、絶滅動物の生きた細胞を自由に研究に活用することが可能となり、生物の進化に関する研究や家畜の改良(例えば未知の対病性や繁殖性を家畜に導入)などに大きく貢献することが期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター
ゲノム・リプログラミング研究チーム
チームリーダー 若山 照彦(わかやま てるひこ)

Tel: 078-306-3049 / Fax: 078-306-3049
神戸研究推進部企画課

Tel: 078-306-3008 / Fax: 078-306-3039

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 核移植技術
通常の核移植は体細胞と卵子の細胞融合によって行われている。この方法は、体細胞と卵子の細胞膜を電気刺激などで接着し融合させるため正常な細胞膜が不可欠である。細胞が死んでいると、細胞膜も崩壊し始めるため電気融合することはできない。一方、研究チームが独自に開発した方法は、体細胞の中から核を取り出し卵子内に直接注入するため、通常の核移植で不可能だった実験にも応用が可能となる。
※2 ドナー細胞
クローン動物を作る場合、もととなる動物の体から体細胞を採取し、別の動物から取り出した卵子へ核移植する。もととなる動物をドナーと呼び、ドナーから採取した体細胞をドナー細胞と呼ぶ。
※3 マイクロマニピュレーション
顕微鏡下の微細な操作を可能にする手法。顕微鏡を見ながらジョイスティックを操ることで、数十μmの大きさの細胞や核を自由自在に扱えるようになる。ただし数カ月にわたる訓練が必要。
※4 C3H
近交系とよばれる純系のマウスで、C57BL/6とともに最も生物学の研究に利用されている。おそらく雑種強勢と呼ばれる一般的な現象により、これまで生まれてきたクローンマウスはすべてドナー細胞が雑種だった場合だけで(例外129/Sv)、これらの純系マウスでクローン個体の作出実験に成功した例はない。
※5 クローンES細胞
普通のES細胞は受精卵から作られるが、クローンES細胞はクローン胚から作られる(当研究チームの成果:Science Vol.292:740-743)。自分自身のES細胞を作ることができると考えられ一時話題になったが、クローン胚の作成には、健康な女性から卵子の提供が必要であるという倫理的な問題や、韓国のHwang元教授がヒトのクローン胚の作成に関する捏造論文をScienceに発表するなど不祥事があったこと、また最近は、倫理的な問題のないiPS細胞が比較的簡単に作り出せるようになったことから、その利用は下火になっている。しかし、クローンES細胞は、ほかの遺伝子の導入がなく、完全にドナーと同一のDNAを持つことや、体外受精に用いられず廃棄されるはずの卵子を利用することで、倫理的な問題を回避できること(2007年2月21日CDBニュース参照)、また今回のように、死んだ細胞の核からでも作りだせるという点で独自の利用価値がある。
※6 クローンES細胞を用いた核移植実験
普通の核移植実験では体細胞を使うが、体細胞は有限であり、ドナー動物が死んだ場合や細胞の採取が難しい場合、核移植回数も制限される。しかしクローンES細胞を樹立してしまえば、細胞は無限に増え、いつでも利用可能になることから、核移植回数をいくらでも増やせる。その結果、たとえ成功率が同じだったとしても、たくさんのクローンマウスが得られるようになる。


図1 マウスの凍結死体から回収したドナー核を用いた核移植
図1 マウスの凍結死体から回収したドナー核を用いた核移植
凍結死体から回収した凍結した臓器の小断片(約1mm平方)に、核摘出用培養液(NIM)を加え軽くすりつぶす。次に分離したドナー核(a、b)をマイクロマニピュレーターの上に乗せ、核よりやや大きめのガラス管の中に吸い込む(c)。それを、あらかじめ除核した卵子の中に移植する(d)。血液細胞で作られたクローン桑実期胚(e:矢印)と脳細胞の核で作られたクローン桑実期胚(f)。ドナー核がガラス管の中で壁面に接着してダメージを受けず、完全な形で核が回収できるように、NIM培地にはポリビニルアルコールおよびポリビニルピロリドンを少量加える。


図2 クローンES細胞を利用したクローンマウスの作出方法
図2 クローンES細胞を利用したクローンマウスの作出方法
核移植胚が胚盤胞へ発育した段階で、子宮へ移植して直接クローンマウスを作ることが可能なら問題ないが、それができない場合、そのクローン胚盤胞からクローンES細胞を樹立する。このクローンES細胞をドナー細胞としてもう一度核移植を行えば、直接クローンマウスを作ることができない場合でもクローンマウスの作出が可能になる。


図3 凍結保存期間とクローンES細胞の樹立成績の関係
図3 凍結保存期間とクローンES細胞の樹立成績の関係
縦軸はクローンES細胞の樹立成績。横軸は凍結保存期間。青線は雑種マウスの脳細胞由来、緑線は雑種マウスの血液細胞由来、赤は16年間冷凍保存されていた近交系マウス(C3H)の脳細胞由来のクローンES細胞の樹立成績。


図4 16年間凍結保存されていたマウスから産まれたクローンマウス
図4 16年間凍結保存されていたマウスから産まれたクローンマウス
凍っているドナーマウス(左下の挿入写真)の脳細胞から核を取り出し、1回目の核移植でクローンES細胞を樹立する。次にこのクローンES細胞を使ってもう一度核移植を行った結果、健康なクローンマウス(写真中央)を作ることに成功した。右の白いマウスはレシピエント(借り腹)マウス。


図5 クローンマウスの正常性
図5 クローンマウスの正常性
茶色(右側)が16年間保存されていたオスマウスのクローン。黒色(左側)が1カ月保存されていたメスマウスのクローン。性成熟に達した後で交配したところ、多数の子孫(中央の茶色い子供たち)を作り出したことから、外見だけでなく繁殖能力なども正常だったことが確認できた。

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