プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
2型糖尿病に関連する遺伝子「KCNQ1」を発見
- 日本人の2型糖尿病発症の2割に強く関与 -
平成20年8月18日
◇ポイント◇
  • わが国の2大プロジェクトが、同時に同一の遺伝子「KCNQ1」を同定
  • 日本人をはじめ、東アジア人では最も強力な関連遺伝子と判明
  • 欧米人の2型糖尿病にも強く関与、ハイリスク診断が可能に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、文部科学省の個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト(オーダーメイド医療実現化プロジェクト)※1で実施した解析結果から、遺伝子「KCNQ1(ケ―シ―エヌキューワン)」※2が2型糖尿病の関連遺伝子であることを発見しました。理研ゲノム医科学研究センター(中村祐輔センター長)内分泌代謝疾患研究チーム(前田士郎チームリーダー)による研究成果です。
 糖尿病患者は全世界的に増加していて、日本人でも40歳以上の4人に1人が糖尿病、あるいはその予備軍であるといわれています。成人で発症する2型糖尿病※3は、糖尿病の大部分を占めていますが、その発症には遺伝的な要素(なりやすい体質)が関係していることがわかっています。しかし、これまで日本人をはじめとした東アジア人では、2型糖尿病に強くかかわる関連遺伝子は知られていませんでした。
 研究チームは、5,149人の2型糖尿病患者と4,176人の一般対照者を用いてケース・コントロール相関解析※4を行い、KCNQ1遺伝子内のわずかな違い「一塩基多型:SNP(スニップ)※5」が2型糖尿病と関係していることを突き止めました。KCNQ1遺伝子は、カリウムチャンネル遺伝子の1つであり、心臓の筋肉では非常に重要な働きをすることが知られていましたが、糖尿病との関係はまったくわかっていませんでした。このSNPの危険対立遺伝子頻度※6は一般人口において約60%であり、この危険対立遺伝子をもつと2型糖尿病が発症するリスクが1.3〜1.4倍と増し、人口寄与危険度※7という試算から、日本人2型糖尿病の2割の人の発症にかかわっていると推察しました。さらに、シンガポールの国立シンガポール大学やデンマークチームのステノ糖尿病センターとの共同研究の結果、このKCNQ1は日本人だけでなく、これらの民族でも強力な2型糖尿病の関連遺伝子であることを見いだしました。また、厚生労働省のミレニアムゲノムプロジェクト※8糖尿病チーム(春日雅人サブリーダー)も独自に解析を行い、やはりKCNQ1遺伝子のSNPが2型糖尿病の発症と関連することを、偶然にも同じ時期に突き止めました。これまでKCNQ1が2型糖尿病とかかわることは、まったく知られておらず、今後、新しい糖尿病発症メカニズムの解明とともに、新たな治療法や予防法の開発につながることが期待できます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Genetics』オンライン版(8月17日付け:日本時間8月18日)に掲載予定です。


1. 背景
 糖尿病患者は全世界的に増加し、厚生労働省平成14年度糖尿病実態調査報告によると、日本人でもその患者数は740万人、予備軍を含めると1,620万人となり、40歳以上の4人に1人は糖尿病あるいはその予備軍であるといわれています(表1)。国際糖尿病連合のまとめによると、成人で発症する2型糖尿病は、糖尿病の85-95%を占めていますが、その発症には遺伝的な要素(なりやすい体質)が関係していることがわかっています。2007年以来、欧米の研究により、欧米人の2型糖尿病の有力な関連遺伝子TCF7L2(ティーシーエフセブンエルツー)などは報告されていますが、このような遺伝的要素には人種差があり、今まで、日本人をはじめとした東アジア人の2型糖尿病の強力な関連遺伝子は知られていませんでした。


2. 研究手法
 同研究チーム(前田士郎チームリーダー)は、個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト(オーダーメイド医療実現化プロジェクト)(中村祐輔プロジェクトリーダー)が収集し、バイオバンクジャパン※9(東京大学医科学研究所内)に登録されている1,561人の糖尿病患者と2,824人の一般対象者の試料を用いました。この試料で2006年から約270,000カ所のSNPを解析し、糖尿病との関連が有力な9カ所のSNPを、機能未知な遺伝子やKCNQ1遺伝子を含む6遺伝子の中に発見しました(表2)。これらのSNPを、国立大学法人滋賀医科大学など、15施設から提供された2型糖尿病患者3,588人と一般対象者1,352人で検証した結果、KCNQ1遺伝子のSNP (rs2283228)が2型糖尿病の発症と強く関連することを発見しました(表2、P値 ※4 = 7.0×10-6)。
 このKCNQ1遺伝子をさらに詳細に調べた結果、KCNQ1には前述のSNP (rs2283228)よりも、さらに2型糖尿病の発症と強い相関を示す6ヶ所のSNPがあることを発見しました(図1)。最も相関の強いSNP (rs2237897)では、P値が6.8×10-13と非常に強く相関していたことから、KCNQ1は日本人では過去に類をみない、強力な2型糖尿病関連遺伝子であることがわかりました。さらに、この結果をシンガポール2型糖尿病患者1,498人と一般対象者1,881人、デンマーク2型糖尿病患者4,085人と一般対象者5,302人で検証したところ、KCNQ1遺伝子は日本人だけでなく、これらの民族でも2型糖尿病の強力な関連遺伝子であることがわかりました(シンガポール集団;P 値= 2.4×10-4、デンマーク集団;P値 = 3.7×10-11、3民族全体; P値 < 1×10-16)。


3. 研究成果と今後の期待
 今回、KCNQ1遺伝子内のSNPが2型糖尿病と強く関連することを発見しました。このSNPがあると、2型糖尿病になる危険(オッズ比)が1.3〜1.4倍増し、一般集団での危険対立遺伝子頻度が約60%である事から、人口寄与危険度を計算すると日本人では2型糖尿病全体の2割の人の発症にかかわっていると推察しました。
 また、世界で初めて、KCNQ1遺伝子が日本人をはじめとした東アジア人における強力な2型糖尿病の関連遺伝子であることも発見しました。欧米人の糖尿病では肥満が著しいのに比べ、日本人をはじめとした東アジア人の糖尿病では肥満の程度は軽く、人種によって糖尿病の発症の仕組みが違っていると考えられています。欧米人の糖尿病の場合は、血糖値を下げるホルモンであるインスリンが効きにくくなる「インスリン抵抗性」が主な原因とされている一方、東アジア人の糖尿病の場合は、インスリンそのものの分泌が悪くなる「インスリン分泌低下」が主な原因と考えられています。基礎検討の段階ですが、今回発見したKCNQ1遺伝子は、このインスリンの分泌にかかわっていることが強く示唆されているため、この遺伝子は新しい糖尿病治療薬の標的になり得ると考えられます。また、今回の成果と、今までに欧米人で発見された関連遺伝子を組み合わせることで、糖尿病になりやすいハイリスクの人を診断することが可能となります。積極的な予防対策をハイリスクの人のみに講じることで、より効率的な糖尿病予防が可能になると考えられます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
ゲノム医科学研究センター 内分泌代謝疾患研究チーム
チームリーダー 前田 士郎(まえだ しろう)

Tel: 045-503-9595 / Fax: 045-503-9567
横浜研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9113 / Fax: 045-503-9117

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 文部科学省の個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト(オーダーメイド医療実現化プロジェクト)
文部科学省リーディングプロジェクトとして2003年から開始したプロジェクト。遺伝暗号の違いをもとに病気の原因、薬の副作用の原因などを明らかにして、新しい治療法や診断法を開発するためのプロジェクトであり、理研ゲノム医科学研究センターは中核機関として遺伝子解析の中心的な役割を果たしている。詳しい情報はHPで公開されている
※2 KCNQ1(ケ―シ―エヌキューワン)
細胞の機能を調節するメカニズムの1つに、細胞の中と外の間を流れる電流の変化がある。非常に複雑に調節されているが、プラスの電荷を持つカリウムの細胞内外での流れも重要な調節因子の1つと考えられている。KCNQ1遺伝子は、このカリウム電流を調節するカリウムチャンネルとよばれるものに関係する遺伝子群の1つ。過去にKCNQ1タンパク質は、心臓の筋肉では非常に重要な働きをすることがわかっているが、糖尿病とのかかわりは今までまったく知られていなかった。血糖値を左右するインスリンは、膵臓のランゲルハンス島にあるβ細胞というところから分泌されているが、カリウム電流は、このインスリン分泌調節にも重要な役割を持っていることがわかっている。従って、KCNQ1遺伝子はインスリン分泌にかかわっていることが予想される。
※3 2型糖尿病
糖尿病は血糖値が持続的に高くなる病気だが、代表的な糖尿病として若年者に急激に発症する1型糖尿病と、成人になってから緩徐に発症する2型糖尿病(成人糖尿病)がある。国によって差はあるが、糖尿病の80〜90%以上は2型糖尿病であり、肥満などによりインスリンが効きにくくなること(インスリン抵抗性)と、膵臓のランゲルハンス島からのインスリン分泌が低下すること(インスリン分泌低下)で引き起こされると考えられている。欧米人では、肥満の程度が強く2型糖尿病の発症にはインスリン抵抗性が強くかかわっていると思われるが、日本人をはじめとした東アジア人では肥満の程度は欧米人に比べて軽いため、インスリン分泌低下がより深くかかわっているのではないかと考えられている。
※4 ケース・コントロール相関解析/P値
疾患の感受性遺伝子を見つける方法の1つ。疾患を持つ群と疾患を持たない群とで遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に比較する解析方法。検定の結果得られたP値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。欧米ではP値 < 1×10-10 となる遺伝子がいくつか報告されているが日本人をはじめとしたアジア人では今回のKCNQ1が初めて。今回KCNQ1で3つの民族から得られたP値 < 1×10-16に匹敵するのは欧米人でのTCF7L2だけであった。
※5 一塩基多型:SNP(スニップ)
ヒトの染色体にある全DNA情報(ヒトゲノム)は30億にもおよぶ文字の並び(塩基配列)で構成されている。この文字の並びは暗号(遺伝情報)となっており、その99.9%は全人類で共通だが0.1%程度に個人差(遺伝子多型)のあることがわかっている。多くの遺伝子多型は、違っていても影響は無いが、一部は病気のなりやすさなどに関係していると考えられている。一塩基多型(SNP)とは、その文字のならびが1つだけ異なっているもので(下図)、最も多く見られる個人差で大体1,000万カ所くらいあることもわかっている。今まで、どのSNPがどの病気と関連するかはまったくわかっていなかったが、最近、糖尿病などのありふれた病気とかかわりのあるSNPを、全ヒトゲノムの中から見つけ出すために、このSNPを網羅的に調べるゲノムワイドSNP解析が世界中で行われている。

図 一塩基多型(SNP)の例
図 一塩基多型(SNP)の例

A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)はそれぞれ塩基を表す。この例では、Aさんの「T(チミン)」の部分とBさんの「G(グアニン)」の部分が違っている。

※6 危険対立遺伝子頻度
SNPなどの遺伝子多型における各々のタイプを対立遺伝子(アレル)とよぶ。一般人口で多く認められるものをメジャーアレル、少ない方をマイナーアレルとよび、疾患の発症リスクを高めるものをリスクアレル(危険対立遺伝子)とよぶ。たとえば病気と関連するあるSNPがあり対立遺伝子がA(アデニン)とC(シトシン)で一般人口におけるAの頻度が60%, C の頻度が40%であるとAがこのSNPのメジャーアレル、Cがマイナーアレルとなる。もしも疾患群でA対立遺伝子の頻度が一般集団よりも有意に高くなっていればAが危険対立遺伝子となる。各個人は2本の染色体を持っている事から、危険対立遺伝子頻度は下記の式で計算される。

危険対立遺伝子頻度=(2a+b) ÷ 2n

a:危険対立遺伝子を2つ持つ(ホモ接合体)人の数
b:危険対立遺伝子とそうでない対立遺伝子を1つずつ持つ(ヘテロ接合体)人の数
n:全体の人数

※7 人口寄与危険度
特定の遺伝子型が特定の疾患のなりやすさにどの程度関わっているかを、疾患全体の何パーセントの患者に関与しているかで示す指標。下記の計算式で求められる。欧米人で最も強力な2型糖尿病関連遺伝子TCF7L2での人口寄与危険度も20%前後とされている。今回、日本人におけるKCNQ1での人口寄与危険度も約20%であった。

人口寄与危険度 = [Frq×(OR-1)]÷[Frq×(OR-1) + 1]
Frq; 一般集団での危険対立遺伝子頻度
OR; オッズ比

※8 厚生労働省のミレニアムゲノムプロジェクト
2000年から開始された2型糖尿病、高血圧、癌、喘息、認知症の5疾患の疾患関連遺伝子を約10万カ所のSNPs解析により明らかにする事を目的としたプロジェクト。解析は国立がんセンターおよび理研遺伝子多型研究センター(現ゲノム医科学研究センター)で行われた。
※9 バイオバンクジャパン
オーダーメイド医療実現化プロジェクトの基盤となるDNAサンプルおよび血清サンプルを約40疾患(延べ約3万人)から収集し臨床情報とともに保管している世界でも有数の資源バンク。情報は個人情報管理に配慮し幾重にも厳重に管理されている。東京大学医科学研究所内に設置されている。


 
年齢層 糖尿病が強く疑われる人 糖尿病の可能性を否定できない人 糖尿病が強く疑われる人 糖尿病の可能性を否定できない人
20-29 0% (0.9%) 2.1% (0.4%) 0.8% (0.9%) 0.4%(1.4%)
30-39 0.8% (1.6%) 2.7%(4.1%) 0.9%(1.6%) 4.4%(4.2%)
40-49 4.4%(5.4%) 3.4%(6.8%) 3.6%(5.3%) 8.3%(7.7%)
50-59 14.0%(14.2%) 10.7%(10.1%) 4.6%(7.1%) 10.7%(10.4%)
60-69 17.9%(17.5%) 13.4%(10.3%) 11.5%(10.6%) 16.0%(8.8%)
70- 21.3%(11.3%) 16.1%(11.5%) 11.6%(15.5%) 16.7%(12.4%)
表1 日本人成人における糖尿病有病者の割合
厚生労働省平成14年度糖尿病実態調査報告による、2002年調査における糖尿病が強く疑われる人および糖尿病の可能性を否定できない人の全体に対する割合。括弧内は1997年調査結果。


SNP、 遺伝子、染色体 P 値
rs13259803, TRPA1, 第8番染色体 0.58
rs612774, unknown、第7番染色体 0.64
rs4712524, CDKAL1, 第6番染色体 0.0002
rs9295475, CDKAL1, 第6番染色体 0.0001
rs9460546, CDKAL1, 第6番染色体 0.0001
rs6769511, IGF2BP2, 第3番染色体 0.0004
rs4376068, IGF2BP2, 第3番染色体 0.001
rs2283228, KCNQ1, 第11番染色体 7.0×10-6
rs10836097, C11ORF41, 第11番染色体 0.86
表2 有力9SNPsの検証結果
日本人2型糖尿病患者3,588人と一般対象者1,352人での解析結果


図1 KCNQ1遺伝子内のSNPと2型糖尿病との関連
図1 KCNQ1遺伝子内のSNPと2型糖尿病との関連
日本人2型糖尿病患者3,588人と一般対象者1,352人での解析結果。縦軸はP値の対数表示で6つのSNP(rs2237897, rs2237896, rs2299620, rs2237895, rs2237892, rs163171)が2型糖尿病と強く関連があった(P < 1×10-6)。最も強い関連があったのはrs2237897でP = 6.8×10-13

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