プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
財団法人高輝度光科学研究センター
高輝度放射光を光源にした小動物用高分解能in vivo-CTシステムを開発
- 生きたまま小動物の気道末梢部位と冠動脈を世界で初めて3次元動態観察 -
平成20年8月12日
◇ポイント◇
  • SPring-8放射光で、生きたマウスの直径125μmの末梢気道や冠動脈を可視化
  • 単なる3次元観察だけでなく、3次元動態観察(4次元観察)も可能
  • 薬理学・生理学だけでなく生体シミュレーションにも大いに寄与
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、大型放射光施設SPring-8※1の医学・イメージングTビームラインBL20B2を用いて、生きた小動物(マウス、ラット)の気道末梢部位や冠動脈の3次元動態解析を可能にする高分解能in vivo-CT※2システムを開発しました。理研基幹研究所(玉尾 皓平所長)生体シミュレーション研究チーム(姫野龍太郎チームリーダー)の世良俊博研究員、横田秀夫研究員と高輝度光科学研究センター(JASRI、吉良爽理事長)利用研究促進部門の八木直人副部門長、川崎医療福祉大学医療技術学部臨床工学科の立花博之講師を中心とした研究グループによる成果です。
 遺伝子治療や再生医療が注目され、新薬の開発が盛んに行われています。実際の医療への応用を目指し、薬剤効果や安全性を確かにする臨床試験前の動物実験が大変重要となっています。臨床試験前の動物実験では、薬剤効果や安全性の確認を行いやすいだけでなく、特定遺伝子の操作が容易な小動物がよく用いられます。心臓や肺などの一定のリズムで大きく運動する臓器に対する薬剤効果を経時的に追跡するには、小動物を生きたまま撮影することは必須です。その際に、微細な薬剤変化を捉えることができ、かつ広い視野を備えた高分解3次元動態観察が重要となります。
 最近、X線CTやMRI※3、PET※4などの可視化装置を用いた、さまざまな小動物用3次元動態観察装置が提案されています。しかし、生きた小動物の場合、心拍や呼吸のリズムがヒトの約6〜10倍と早く、撮影タイミングが非常に厳しく制限されます。そのため、従来の装置を使うと、細部でのコントラストを得ることが難しく、肺では気管や気管支、心臓では心室や心房など大きな組織だけしか可視化できませんでした。そこで、研究チームは、従来のX線発生装置に比べて、約1億倍も輝度が高い大型放射光施設SPring-8に注目し、その高輝度放射光を光源として採用した高分解能in vivo-CTシステムを開発しました。この装置では、心拍や呼吸に起因するモーションアーチファクト※5を軽減するために、撮影タイミングを心拍・呼吸と同期させました。その結果、従来の装置では撮影することができなかった、生きたマウスの直径約125マイクロメートルの気道末梢部位や冠動脈、大動脈弁の3次元動態を観察することに成功しました。
 開発したシステムを用いた薬剤反応実験、さらにはその結果を用いた生体・治療シミュレーションは、生理学や薬理学、加えて治療方針の検討など幅広い応用が期待できます。
 本研究成果は、英国の科学雑誌『Physics in Medicine and Biology』(8月21日号)に掲載されます。


1. 背景
 実験動物として扱いやすいだけでなく、特定遺伝子の操作が容易なマウス、ラットなどの小動物をターゲットとした無侵襲のイメージング装置は、新薬開発の際の動物実験に必須で、世界中で盛んに開発されています。薬剤効果を経時的に追跡するためには、小動物を生きたまま撮影して観察する必要があり、さらに心臓や肺などの一定のリズムで大きく運動する臓器は、その動きをとらえることが重要になります。これまでの無侵襲内部イメージング装置では、生きた小動物の場合、臓器レベルでしか観察できず、末梢部位を十分に撮影することができませんでした。近年、副作用の少ない安全な医薬品開発のために、もっと細密な構造を持つ末梢部位まで観察できるとともに、微小な薬剤効果を判断できるレベルの、高い空間分解能を持つ可視化装置が強く求められています。
 一方、肺の空気は、肺自身が膨らんだり縮んだりすることによって流れるため、呼吸に伴う肺の複雑な大変形が、気道内の空気の流れ(換気)に大きな影響を及ぼします。すなわち、肺の変形とガス交換機能には密接な関係があります。直径の太い中枢気道では、気管支壁の一部に軟骨が存在し、呼吸の際にそれほど変形しませんが、気道末梢部位では軟骨が消滅しているため、大きく変形することが予想されます。しかし、この部位は、これまでに登場しているさまざまな可視化装置では観察ができず、実際にどのように変形しているかについても、報告がありませんでした。気道末梢部位は、肺疾患がよく発症する部位としても知られており、高分解能X線CTと動物実験を組み合わせた気道末梢部位の動態観察は、呼吸生理学の分野でもその実現が待ち望まれていました。


2. 研究手法と成果
 研究グループは、大型放射光施設SPring-8を光源に用いて、生きた小動物でも撮影できるような「高分解能in vivo-CTシステム」を開発しました(図1)。実験は、医学・イメージングTビームラインBL20B2で行いました。生きた小動物を撮影する場合、リズムが速い心拍と呼吸によるモーションアーチファクトをなくし、生体に影響を及ぼす放射線量をできるだけ減らす必要がありました。そこで、撮影タイミングを心拍・呼吸と同期させて、モーションアーチファクトを軽減し、さらに高速X線シャッターを導入して、露光時以外にはX線シャッターを閉じることによって、放射線量をできるだけ減らす、といった工夫をしました。
 この装置を用いて、生きた小動物の冠動脈や気道末梢部位の撮影実験を行いました。実験にはマウスとラットを用い、撮影中は吸入麻酔で、麻酔状態をコントロールしました。心拍と呼吸によるモーションアーチファクトを軽減するために、実験中は、気道内圧と心電図をモニターし、X線シャッターの開閉と露光の開始タイミングをそれぞれの信号と同期させました(図2)。画像検出器の空間分解能は、1ピクセルあたり、マウスで12マイクロメートル、ラットで48マイクロメートルです。冠動脈の撮影時だけ、実験前に造影剤を投与しました。中でも、マウスの場合は、直径125マイクロメートルの末梢気道や冠動脈を、生きたまま観察することができました。
(1) 冠動脈の撮影シークエンス
 撮影は、気道内圧が低くなった呼気終了時に現れる心電図のR波※6に注目し、R波から適当な時間遅れを設定して、同じタイミングで繰り返し露光(10ms)を行いました(図3(1))。つまり、同じタイミング設定で、1呼吸につき1枚の割合で、サンプル1回転分の投影像を撮影し、終了後、再度撮影タイミングを変えて、1回転投影像を撮影することを繰り返します。このようにして任意のタイミングで得られた投影像から2次元CT画像(図4)を再構成し、さらに3次元ボリュームデータを構築しました(図5)。この同期撮影シークエンスにより、心室や心房の変形だけなく、大動脈弁や冠動脈の変形まで可視化することができました。
(2) 気道末梢部位の撮影シークエンス
 私たちは、心臓を一時的に止めることは不可能ですが、呼吸は短時間であれば止めることができます。それは、小動物でも同様で、ほんの短い時間、息を止めても生命に影響はありません。今回の実験では、短時間(最長300ms)の息止めを再現できる人工呼吸器を新たに製作し、人工呼吸によって呼吸を管理した状態で撮影を行いました。投影像の撮影タイミングは、息を止めて気道内圧が一定となる間に現れる、心電図のR波に注目しました。R波から適当な時間遅れを設定し、同じタイミングで露光(40ms)を行い、冠動脈の撮影同様、1呼吸につき1枚投影像を撮影しました(図3(2))。動態観察を行うため、新しく製作した人工呼吸器は、任意の気道内圧で息止めを行えるように設計しました。その性能を駆使して、任意の気道内圧で得られた投影像からCT画像を再構成しました(図6)。気管支がどのように変形しているかを調べるために、このCT画像をもとに、各気道内圧時での気管支の直径を求めました。それによると、直径の細い末梢部位ほど変形量が大きいだけでなく、同じ大きさの気管支でも変形量が大きく異なっていました。これまで、生きた状態での末梢部位の動態解析に成功した例はなく、これは世界で初めての成果となりました。


3. 今後の期待
 研究チームは今回、生きた小動物の気道末梢部や冠動脈の3次元動態観察を可能にする、高分解能in vivo-CTシステムを実現しました。最近では、ヒトの疾患モデルとして、さまざまな遺伝子改変小動物が発表されています。このような小動物に対する薬剤反応を調べる研究では、今までの可視化装置では細かい部位がまったく見えず、臓器レベルでの評価が大半でした。それに対し、高分解能in vivo-CTシステムでは、局所的な反応を、たとえば1本1本の気管支単位で、調べることができます。
 また、本システムで得られた動態解析結果とコンピュータシミュレーションを組み合わせると、体中の臓器の動きを再現した、新しい生体シミュレーションが可能となります。吸い込んだ粒子が気道内に沈着する様子だけでなく、投与した薬剤が、どの程度目標としている部位に到達しているかなどを詳細に予測することができます。
 今後は、さらなる装置の高分解能化と、コンピュータを用いた生体シミュレーションを行う予定です。得られたシミュレーションの結果と、実際に薬剤を投与する動物実験の結果を組み合わせることにより、副作用の少ない治療方針の提案などが期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
基幹研究所 先端計算科学研究領域
生体シミュレーション研究チーム
チームリーダー 姫野 龍太郎(ひめの りゅうたろう)
研究員 世良 俊博(せら としひろ)

Tel: 048-467-8354 / Fax: 048-467-9610

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 大型放射光施設SPring-8
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射光)とは、荷電粒子が磁場の中で加速されるとき放射される光の1種である。
※2 in vivo-CT
サンプルが生きている状態(in vivo)で断層撮影(Computed Tomography:CT)を行う装置。通常、CTとは、X線を用いたX線CTのことを指す。サンプル外部からX線を照射し、サンプル内部で吸収され減衰した放射線を検出する。これをサンプルの全角度から行い、サンプルの断層像を再構成する。
※3 MRI
核磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging:MRI)。サンプルに磁場を当て、サンプル内にある水素原子核が磁気に共鳴した際に発生した微弱な電波を検出して断層像を取得する撮影方法。
※4 PET
ポジトロン断層撮影法(Positron Emission Tomography:PET)。陽電子(ポジトロン)が消滅するときに放出するガンマ線を検出して、断層撮影を行う方法。陽電子崩壊する核種で標識された化合物をサンプルに投与する必要がある。
※5 モーションアーチファクト
スキャン中のサンプルの動きに起因するノイズ。CT撮影の場合、サンプルが1回転する間に投影像を多数撮影し、撮影終了後に再構成処理を行う。綺麗なCT画像を得るためには、サンプルが測定中静止していることが重要であり、生きているサンプルを撮影する場合は、体動のほかに呼吸や心拍がモーションアーチファクトの一因である。
※6 心電図のR波
心電図に現れる特徴的な波形の1つ。通常、心電図の中で一番高い値を示す。R波を含むQRS波は、心室の電気的興奮を反映している。


>> 拡大図
図1 高分解能in vivo-CTシステム
左: 実験装置(画像検出器とサンプルステージ)。X線は写真右側から照射される。
右:実験装置概略図。


図2 呼吸と心拍によるモーションアーチファクトの軽減(ラット撮影時)
上:アキシャル断面像(体を上下に分割した断面)、中:気管支の拡大画像、下:サジタル断面像(体を左右に分割した断面)
A:同期なし。心臓や肋骨のモーションアーチファクトが大きい。
B:呼吸のみ同期。心臓アキシャル断面像や気管支の拡大画像がぼけている(矢印)。
C:呼吸&心拍同期。気管支の拡大画像がはっきりしたものになった(矢印)。


図3 高分解能in vivo-CTでの撮影シークエンス(ラット撮影時)
(1)冠動脈の撮影時(毎回R波時)、
(2)気道末梢部位の撮影時(気道内圧15cm H2O)。
上から、(a)気道内圧、(b)心電図、(c)露光タイミング。どちらの撮影時も、呼吸1回につき1回露光を行った。


図4 マウスの大動脈弁と冠動脈の変形
左:撮影タイミングのグラフ(黒い矢印が露光時)
右:その時の2次元CT画像(矢印:冠動脈、矢頭:大動脈弁)。
(A)心電図R波から45 ms後。大動脈弁は開いている。冠状動脈は直径444μm。
(B)心電図R波から95ms後。大動脈弁が閉じ、冠状動脈は288μmに変形した


図5 ラット心臓の3次元ボリュームと大動脈弁の変形
(上)撮影タイミングのグラフ(黒い矢印が露光時)
(中)心臓の3次元ボリューム(上3枚が左、下3枚が右から見た画像)
ITA & V: 内胸動静脈、
VC:大静脈、PA:肺動脈、PV:肺静脈
LA:左心房、LV:左心室、RA:右心房、RV:右心室
LCA:右冠状動脈、RCA:左冠状動脈、CV:冠状静脈
(下)心臓(大動脈弁)の2次元CT画像
(B)の心房内の血液は、次の段階(C)では心室内に流れ込む(心房がほとんど見えない)。この段階ではまだ大動脈弁(白い矢印)は開いていないが、次の段階(A)で大動脈弁が開き、左心室の容量は徐々に小さくなり、左心室内の血液は全身に流れ出す。同時に心房内の血液も増加する。


図6 マウス気道末梢部位の変形の様子
(A)、(B)、(C)は、それぞれ気道内圧が0、5、15cmH2O時。丸く囲った部分は、同じ気管支を表す。圧力が高くなるにつれて、胸郭内部が大きくなると同時に、気管支の直径も大きくなっている。

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