◇ポイント◇
- 発見したノンコーディングRNAの80%以上が、アンチセンスRNA
- センス鎖とアンチセンス鎖転写産物が、同じ発現傾向でストレス応答
- 環境ストレス耐性作物・樹木の分子育種の可能性が拡大
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、シロイヌナズナのタイリングアレイ※1を用いて乾燥・低温・塩などのストレス下で発現する新規のノンコーディングRNA※2(タンパク質をコードしない転写産物)7,328種を大量同定しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)植物ゲノム発現研究チームの関原明チームリーダー、松井章浩特別研究員、生命情報基盤研究部門(豊田哲郎部門長)らによる研究成果です。
植物には移動の自由がないため、乾燥・低温・塩などの環境ストレスに対して適応する能力を持っています。研究チームは、植物の環境ストレスに対する応答機構に関して分子レベルの解析を行ってきました。今回、シロイヌナズナのタイリングアレイを用いて解析を行い、データをARTADE法※3により解析し、乾燥・低温・塩などのストレス条件下で発現するノンコーディングRNAを7,328種類と大量に同定しました。ストレス応答性のノンコーディングRNAの多くは、タンパク質をコードする遺伝子(センス※4鎖)の反対鎖に存在するアンチセンス※4RNAであることを見いだしました。さらに、アンチセンスRNAとセンスRNAのストレスに対する発現量の変化が、同様の発現傾向を示すという正の相関関係が存在することも明らかにしました。また、ストレス応答性のアンチセンスRNAの生成メカニズムを解析した結果、ストレス応答性のCYP707A1遺伝子※5では、アンチセンスRNAの発現にセンスRNAの発現が必要であることがわかりました。
本研究は、植物の乾燥・低温・塩ストレス下でのトランスクリプトーム※6をタイリングアレイを用いて初めて網羅的に解析したものです。シロイヌナズナに存在する乾燥・低温・塩ストレスにより発現応答する遺伝子や転写産物を、すべて明らかにしました。同定した遺伝子および転写産物の情報は、すでに理研のホームページで公開しています。世界中の研究者が利用することで、環境ストレスに対する適応のメカニズムの解明が進み、将来ストレス耐性作物の作出への利用が期待されます。
本研究成果は、日本植物生理学会の学術誌『Plant and Cell Physiology』(8月号)に掲載されます。
| 1. |
背景 |
現在、地球温暖化により砂漠化が進行するなど、世界的規模の環境破壊が国際的に大きな問題になっています。また、開発途上国で人口が爆発的に増加しており、今世紀の半ばまでに世界の人口は100億人に達すると予想されています。このような状況の下、乾燥・低温・塩などの環境ストレスに耐性の作物や樹木を作出することは、食糧問題や環境問題さらにエネルギー問題からも緊急に取り組むべき課題の1つとなっています。
植物は、移動の自由がないため、乾燥、低温、塩などのストレスに対する独自の制御機構を備えています。植物の環境ストレスに対する応答機構の解析は、基礎研究はもとより、環境ストレス耐性作物の作出など応用の面からも重要です。
研究チームは、これまでにエキソンアレイ※1などを用いて、乾燥、低温、塩などのストレスに対し発現応答する植物遺伝子を多数同定し、植物の環境ストレスに対する応答には、さまざまな転写制御機構が存在することを、国内外のグループと共同研究を展開するなどして明らかにしてきました。しかし、ストレス応答機構におけるノンコーディングRNAやアンチセンスRNAの役割に関しては、その存在も含め、まだ多くの謎が残っていました。
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| 2. |
研究手法と成果 |
| タイリングアレイは、全ゲノムトランスクリプトームの有力な解析ツールの1つとして最近注目されています(図1)。そこで、研究チームは、シロイヌナズナタイリングアレイを用いて、ストレス応答に関与するノンコーディングRNAやアンチセンスRNAの同定を行いました。実験では、乾燥、低温、塩などのストレスと、ストレス応答を誘発する植物ホルモンの1つ「アブシジン酸(Abscisic acid:ABA)※7」で、いずれも2時間および10時間処理したサンプルを用いました。 |
| (1) |
ストレス応答性の新規ノンコーディングRNAを大量同定 |
シロイヌナズナで遺伝子が発現すると予想されていた30,751個のAGIコード遺伝子※8のうち、20,264個の遺伝子(センスRNA)が転写されていることを明らかにしました。そのうち、ストレスなどの処理により発現誘導される遺伝子は5,303個、発現抑制されるものは3,974個存在していました。
さらに、ARTADE法を用いて解析したところ、遺伝子の存在が予想されていなかった領域で、7,719個の非AGI転写産物が存在していることを見いだしました。非AGI転写産物の配列を相同性検索した結果、90%以上の7,328個がタンパク質をコードしないノンコーディングRNAであると推測できました。そのうちストレスまたはABA処理により発現誘導されるものは1,179個、また発現抑制されるものは115個存在していました。
また、ノンコーディングRNAの80%以上(5,990個)はAGIコード遺伝子(大半がタンパク質をコードすると予想されている)のアンチセンス鎖上に存在するアンチセンスRNAでした。これらの同定した遺伝子および転写産物の情報は、理研のホームページ
(http://pfgweb.gsc.riken.jp/supplements/matsui001/およびhttp://omicspace.riken.jp/gps/group/psca1)で、世界中の研究者が利用可能な形で公開しています。
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| (2) |
アンチセンスRNAとセンスRNAに正の相関性が存在 |
同定した非AGI転写産物7,328個のうち、AGIコード遺伝子とセンス−アンチセンスの関係になっている6,246個のアンチセンスRNAについて、センス−アンチセンスRNAペアのストレスに対する発現応答性を解析しました。その結果、アンチセンスRNA(非AGI転写産物)とセンスRNA(AGIコード遺伝子)のストレスに対する発現応答が、同じ傾向を示すことがわかり、両者の間に正の相関が存在することを見いだしました(図2)。これまでの動植物のトランスクリプトーム研究では、一般にアンチセンスRNAはセンスRNAの発現を抑制すると考えられてきましたが、今回の結果は、アンチセンスRNAに、新たな機能が存在することを示唆しています。
実際にいくつかのストレス応答性遺伝子領域で、リアルタイムRT-PCR解析※9を実施すると、ストレス応答性のアンチセンスRNAが存在することが確認できました(図3)。 |
| (3) |
応答性のアンチセンスRNAの生成メカニズムを解析 |
| アンチセンスRNAの存在が確認できたストレス応答性遺伝子の1つで、乾燥ストレスに応答して発現が誘導されることが知られるCYP707A1遺伝子について、アンチセンスRNAの生成メカニズムの解析を行いました。解析には、リアルタイムRT-PCR解析を用いました。アンチセンスRNAは、上流側に存在するプロモーター(転写制御配列)を破壊しても、発現することが確認されました(図4A)。このことから、アンチセンスRNAは上流のプロモーターに依存して生成したものではなく、独立して存在することがわかりました。一方、ペアとなるセンスRNAが発現しているときは、アンチセンスRNAは発現していましたが、センスRNAの発現を部分的に抑えると、同じゲノム領域のアンチセンスRNAは発現しませんでした(図4B)。このことからアンチセンスRNAの発現には、同じゲノム領域のセンスRNAの発現が必要なことが明らかとなりました。 |
| 3. |
今後の期待 |
| 植物の乾燥・低温・塩ストレス下でのトランスクリプトームを網羅的に解析したことで、ストレス応答性のノンコーディングRNAが植物に大量に存在することが明らかになりました。しかし、それらのストレス応答における機能は、ほとんどわかっていません。今後、世界中の研究者が、すでに公開しているノンコーディングRNAなどの情報を利用することで、それらの機能や生成メカニズムが明らかになると、将来的には、ノンコーディングRNAを用いたストレス耐性作物の開発などへの利用が期待されます。 |
| (問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 |
| 植物科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム |
| チームリーダー 関 原明(せき もとあき) |
| 特別研究員 松井 章浩(まつい あきひろ) |
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| Tel | : |
045-503-9587 |
/ |
Fax | : |
045-503-9584 |
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| 横浜研究推進部 企画課 |
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| Tel | : |
045-503-9117 |
/ |
Fax | : |
045-503-9113 |
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| (報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 |
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<補足説明>
| ※1 |
タイリングアレイ、エキソンアレイ |
| 生物のゲノムDNA配列のほとんどを網羅するオリゴヌクレオチドにより構成される高密度マイクロアレイ。通常用いられているエキソンアレイ法は、スライドガラス上に1遺伝子あたり数箇所のプローブごとに発現量を計測し、それを平均化することで、各遺伝子のRNA発現量を検出するための方法だが、タイリングアレイを用いて解析を行えば、遺伝子の存在が予測されていない領域に存在する新規の転写産物も同定することが可能。 |
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| ※2 |
ノンコーディングRNA |
| 非タンパクコードRNA(Non-protein-coding RNA)のこと。DNAから転写されるがタンパク質は翻訳されないRNAの総称。タンパク質翻訳以外の転写制御などの機能を担っていると考えられている。 |
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| ※3 |
ARTADE法 |
Arabidopsis Tiling Array-based Detection of Exons法のこと。タイリングアレイを用いた発現データを用いて、構造未知遺伝子についてエキソン・イントロン構造を推定する方法。タイリングアレイデータと塩基配列データを、統計モデルを用いて統合的に解析することで、スプライシングの起こるポイントを正確に予測しながら、全ゲノムにわたり高い精度で、網羅的に遺伝子構造を推定することが可能な、世界初のバイオインフォマティクス技術。
(参考)Toyoda and Shinozaki (2005) Plant J. 46: 611-621)
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| ※4 |
センスとアンチセンス |
| 遺伝情報としてタンパク質を合成する配列の方向性をセンスと呼び、センス配列に対して相補的で逆の方向性をアンチセンスという。 |
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| ※5 |
CYP707A1遺伝子 |
| チトクロムP450遺伝子の1つで、ABA 8'-水酸化酵素をコードする。 |
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| ※6 |
トランスクリプトーム |
| トランスクリプトーム(transcriptome)とは、ある生物種のゲノムDNAから転写されたRNAの総体(-ome)をさす。 |
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| ※7 |
アブシジン酸(Abscisic acid:ABA) |
| 植物の乾燥ストレス応答機構や種子休眠のシグナルとして機能する植物ホルモンの1つ。植物内のABA量は、乾燥ストレス応答や種子休眠の際に強く蓄積され、その後、ストレス条件から解放された時や種子発芽時に速やかに減少する。実験上、ABA処理を行うことにより、ストレス応答機構を誘導することができる。 |
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| ※8 |
AGIコード遺伝子 |
| Arabidopsis Genome Initiative コード遺伝子。シロイヌナズナの個々の遺伝子についているIDナンバーのようなもので、これによりシロイヌナズナの遺伝子が統合されており、研究の推進に役に立っている。 |
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| ※9 |
リアルタイムRT-PCR解析 |
| RNAの発現量測定方法の1つ。RNAから逆転写反応(RT)によりcDNAを生成し、これを鋳型とするポリメラーゼ連鎖反応(PCR)による増幅量を経時的(リアルタイム)に測定することで、もととなったRNAを定量する。 |
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| 図1 タイリングアレイと通常のエキソンアレイの違い |
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| 図2 センス-アンチセンスRNAペアにおけるストレス応答の関係性 |
| センスRNA(AGIコード遺伝子)とアンチセンスRNA(非AGI転写産物)のストレスに対する発現応答性には、正の相関性が存在していた。 |
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| 図3 ストレス応答性遺伝子のアンチセンスRNA発現例 |
| ストレス応答性遺伝子の1つで、乾燥ストレス関連遺伝子である「RD29A」について、アンチセンスRNAの発現を調べた。以下のA、Bいずれの解析でも、アンチセンスRNAの発現が確認できた。 |
| A: |
タイリングアレイ解析 |
| タイリングアレイ解析により得られたRD29A遺伝子領域の、無処理と乾燥2時間処理の発現データ。図の黒横線より上側がゲノムのセンス鎖、下側がアンチセンス鎖の発現量を示す。 |
| B: |
リアルタイムRT-PCR解析 |
| 鎖特異的な逆転写反応を行って、RD29A遺伝子(左)とアンチセンスRNA(右)の、無処理と乾燥2時間処理の相対発現量を検出した。 |
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| 図4 ストレス応答性遺伝子のアンチセンスRNAの生成メカニズムの解明 |
| リアルタイムRT-PCRで、上段に示す測定領域の発現量を解析し、破壊していない株の10時間ABA処理した時の発現量に対する相対値をとった。 |
| A: |
CYP707A1遺伝子のアンチセンスRNAの上流側に存在しているプロモーター領域を破壊しても(上:×印部分の配列)、センスRNA、アンチセンスRNAどちらも発現していた。 |
| B: |
CYP707A1遺伝子内で一部配列を破壊し(上:×印部分の配列)測定領域部分のセンスRNAの発現を抑えたところ、発現が抑えられたゲノム配列部分のアンチセンスRNAの発現も抑えられた。 |
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