◇ポイント◇
- 電界効果移動度が一般的なシリコンFETの10分の1程度に迫る有機モットFET
- 溶媒中を漂う単結晶薄膜を接着させる独自の手法を開発
- 超伝導相に隣接したモット絶縁相で巨大な電界効果を観測
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、有機モット絶縁体※1を用いた電界効果トランジスタ※2(FET)を独自の手法で作製し、有機モットFETとしてこれまで知られていた電界効果移動度※3をはるかにしのぎ、最高の電界効果移動度94(cm2/Vs)を実現しました。理研基幹研究所(玉尾皓平所長)加藤分子物性研究室の川椙義高ジュニア・リサーチ・アソシエイト(埼玉大学大学院理工学研究科)、山本浩史専任研究員、細田睦元研修生(東邦大学大学院理学研究科)、田嶋尚也専任研究員、福永武男協力研究員、加藤礼三主任研究員及び塚越一仁元ユニットリーダー(現、産業技術総合研究所主任研究員)らによる研究成果です。
近年FETは、高速化、高機能化など急速に技術革新が進み、エレクトロニクスの幅広い用途や、原子レベルの制御が求められる時代に突入しています。こうした電子素子開発の中、材料の主流であるシリコンの限界に備える必要があり、シリコン以外の物質を用いたFETが盛んに研究されています。柔軟な有機物や、通常の絶縁体と異なる性質を持ったモット絶縁体は、新たな素子材料として注目されています。モット絶縁体とは、動けるはずの電子が多数存在し、金属であることが予想されるにもかかわらず、電子同士が斥力相互作用によって動くことができずに固まり、絶縁体となっている物質です。これをFETの電界効果により電子が動けるようにすると、急激に電気抵抗を変化させることができると期待されていました。
研究グループは、有機物のモット絶縁体を使ってFET構造を構築し、有機モットFETとしてはこれまでで最高の電界効果移動度を達成しました。このことは、通常の半導体と本質的に異なる物質を用いた、新しいFETの開発を大きく前進させると期待できます。
本研究成果は、文部科学省科学研究費補助金学術創成研究「電子機能物質における自己組織化の解明と応用」(研究代表者:加藤礼三理化学研究所主任研究員)などの一環として、米国の科学雑誌『Applied Physics Letters』(6月号)に掲載予定です。
| 1. |
背景 |
現代のエレクトロニクスにおける主力素子の1つとして、電界効果トランジスタ(FET)が実用化され、産業界で広く活用されています。特にFETは、スイッチング素子、増幅素子として集積回路などで不可欠のものとなっており、現代社会を支えているといっても過言ではありません。
現在活用されているFETは、そのほとんどがシリコンでできています。このシリコンをはじめとする無機半導体に関する応用技術は、非常に洗練され、微細加工の技術レベルは年を追うごとに飛躍的に進歩してきました。ところが、微細化が進むにつれて、原理的に越え難い壁にぶつかりはじめています。例えば現在のシリコンFETでは、シリコンに不純物を混ぜて動作を調整していますが、極限まで微細化が進むと不純物の量のばらつきが目立つようになり、同じ性能を持ったFETを多数集積することが難しくなります。
このようなシリコンFETの限界が見え隠れしはじめた近年、本質的に電気抵抗の切り換えが高効率で行うことができる、新しい材料を使ったFETが世界中で模索されています。その中で期待されているのがモット絶縁体とよばれる物質です。モット絶縁体は、もともと電気伝導に寄与することができる電子を非常に多く持っていながら、電子同士の斥力相互作用によって、電子が動くことができずに固まり、絶縁体となっている物質です。電界を加えることで、この固まっている電子を融かすことができれば一気に電気伝導体に変化するのではないかと考えられています。
|
| 2. |
研究手法と成果 |
研究グループは、BEDT-TTF (図1)という略称で呼ばれる有機分子と、銅イオン、ジシアノアミドイオン、臭化物イオンを含む化合物(BEDT-TTF錯体)を用いて有機モットFETを独自の方法で作製しました。
電気分解によって合成した有機物のモット絶縁体であるBEDT-TTF錯体の単結晶薄膜(厚み1マイクロメートル以下)を、アルコール中でシリコン基板に載せて引き上げると、アルコールが乾くにつれて、自然に単結晶薄膜が電気的な力で貼り付きます。電極は、シリコン基板にあらかじめ作ってあるので、この操作だけでFETが完成します(図2)。これまで、このような物質の単結晶薄膜は、物性測定が行いにくいという理由であまり注目されていませんでした。
このように作製したFETで電界効果を測定すると、電界によって電極間の電気伝導度が1,000万倍以上上昇し、FET特性の指標となる電界効果移動度は、これまでの有機モットFETの最高値0.1 cm2/Vsをはるかにしのぐ、94cm2/Vs を記録しました(図3)。この値は、現代のエレクトロニクスに活用されている一般的なシリコンFETの、10分の1程度の値にまで迫ったことになります。また、電気抵抗の温度変化の測定から、FETが電界によって金属に近づいていくという、モット絶縁体の導電性の興味深い変化を観測しました。
これらは、まだ−269℃という低温における結果ですが、モットFETとしても、有機FETとしても高い移動度を示しており、将来、フレキシブルで切り換えの早いFET材料としての発展が期待されます。
|
| 3. |
今後の期待 |
電界効果移動度は、電気伝導度のゲート電圧依存性(図3)の傾きから見積もることができます。本研究で用いた試料では、さらに強い電界によって電界効果移動度が増大する兆候が見えており、より多くのサンプルについて電界効果を調べると、100cm2/Vsを超える移動度を達成することができると考えられます。
また、本研究で用いたBEDT-TTF錯体は、少し環境を変えると超伝導体になる機能を持っていることがわかっています。いくつかの理論的な考察や化学的な操作を用いた実験によると、より強い電界を与えれば、電界によって絶縁体から超伝導体にスイッチする可能性もあり、その現象解明に大きく貢献すると期待されます。
|
| (問い合わせ先) |
|
独立行政法人理化学研究所 |
| ジュニア・リサーチ・アソシエイト |
| 川椙 義高(かわすぎ よしたか) |
|
| Tel | : |
048-467-9410 |
/ |
Fax | : |
048-462-4661 |
|
|
| 専任研究員 山本 浩史(やまもと ひろし) |
|
| Tel | : |
048-467-9410 |
/ |
Fax | : |
048-462-4661 |
|
|
| (報道担当) |
|
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 |
|
|
<補足説明>
| ※1 |
モット絶縁体 |
| 電気伝導を担う電子が多数存在するにもかかわらず、電子同士の斥力相互作用によって電子が動けなくなり、絶縁体になっている物質。 |
|
| ※2 |
電界効果トランジスタ |
| ソースとドレインという2つの電極間の電気抵抗を、もう1つの電極であるゲートからの電気的スイッチングで制御する素子。例えばゲートに電圧をかけている間はソース-ドレイン間に電流が流れ、ゲート電圧を切ると電流が流れなくなる。 |
|
| ※3 |
電界効果移動度 |
| チャネル中の電子(正孔)の動きやすさを表す物性値(cm2/Vs)で、ゲート電圧に対する電気伝導度の変化から見積もられる。この値が高いほど急激に電気抵抗が変化するため、FETの性能を測る指標のひとつになっている。一般的なシリコンのFETではおよそ1,000(cm2/Vs)、多結晶シリコンは数十〜数百(cm2/Vs)、アモルファスシリコンで1(cm2/Vs)、単結晶有機FETのうち高いもので40(cm2/Vs)である。 |
 |
図1 有機分子BEDT-TTF (bis(ethylenedithio)tetrathiafulvalene)
化学式は(C2H4S2)2C6S4 |
| BEDT-TTF分子は陽イオンになりやすく、さまざまな陰イオンと組み合わせることによって、金属、絶縁体、超伝導体、磁性体など多様な錯体を形成する。 |
 |
| 図2 本研究で作製したFET |
| (上) |
有機モットFETを横から見た模式図。ゲート電極からの電界により、ドレイン電極とソース電極の間のチャネル(BEDT-TTF錯体)の抵抗が変化する。 |
| (下) |
試料を上から撮影した写真。チャネルであるBEDT-TTF錯体の単結晶はレーザーで整形した。 |
 |
| 図3 ゲート電圧による電気伝導度の変化(4端子) |
| 曲線の傾きが大きいほど、電界効果移動度は大きい。この図から、80Vよりも大きいゲート電圧をかけると、曲線の傾き(電界効果移動度)がさらに増大し、100(cm2/Vs)を超えることが期待される。 |
|