プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
多能性細胞から外胚葉への分化を決定する遺伝子を解明
- ES細胞の分化制御に新しいメカニズムを導入 -
平成20年5月30日
◇ポイント◇
  • 神経や皮膚の共通前駆細胞である外胚葉細胞へ分化する決定因子を発見
  • ES細胞などの多能性幹細胞の初期分化でも、この因子が働く
  • ES細胞などから選択的に神経や皮膚へ分化する誘導法の開発に貢献
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、脊椎動物の初期胚の発生過程で、神経細胞や皮膚表皮細胞などを生み出すもととなる外胚葉細胞の分化を決定する因子を発見しました。発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)細胞分化・器官発生研究グループの笹井芳樹グループディレクター、笹井紀明研究員を中心とした研究グループによる成果です。
 研究グループは、アフリカツメガエルや哺乳類の胚性幹細胞(ES細胞)などを用いて、神経細胞の分化過程を研究し、その分化を試験管内で誘導できる実験系を確立してきました。しかし、初期胚の細胞やES細胞などの多能性細胞※1から神経細胞へ分化する過程で最初に生まれる外胚葉細胞(神経や皮膚の共通前駆細胞)の分化がどのように制御されているかは、これまで明らかになっていませんでした。
 研究グループは、まずアフリカツメガエルの系を用いて、多能性細胞から外胚葉への分化を促進する外胚葉決定因子を機能スクリーニング法※2で同定し、それが「XFDL156※3」というZn(ジンク)フィンガー型核内タンパク質※4であることを明らかにしました。XFDL156は外胚葉に特異的に発現し、その分化を選択的に促進します。逆に、XFDL156の機能が阻害されると、外胚葉の発生が起こらないことを突き止めました。さらに、哺乳類のES細胞からの外胚葉分化の過程でも、XFDL156相同因子が同様の働きをしていることも明らかにしました。
 今回の研究成果は、脊椎動物の初期発生機序の大きな謎であった外胚葉形成の分子機構を初めて明らかにした点で非常に重要です。同時に、この研究を応用することで、ES細胞などの多能性幹細胞※5からの外胚葉由来細胞(神経系細胞など)へのより選択的な分化誘導法の開発が促進されることが期待できます。
 本研究成果は、米国科学誌『Cell』(5月30日号)に掲載されます。


1. 背景
 哺乳動物を含む脊椎動物の初期胚過程では、受精卵が分裂を繰り返し、すべての種類の体細胞に分化可能な細胞集団、すなわち多能性細胞を多数生じます。哺乳類の胚の場合、この多能性細胞は内部細胞塊※6と呼ばれ、その性質を保ったまま細胞株として樹立したものが、胚性幹細胞(ES細胞)です。その技術的な確立によって、英国カーデイフ大学のマーチン・エバンス教授は2007年のノーベル医学生理学賞を受賞しました。カエルなどの両生類では、多能性細胞はアニマルキャップ細胞※7と呼ばれ、脊椎動物の初期発生の研究に多用されています。
 多能性細胞の形成に続いて、この多能性細胞から体細胞※8への系統的な分化が起こりますが、その最初の過程が胚葉形成です。胚葉形成では、外胚葉、中胚葉、内胚葉という3種類の細胞への分化決定が起こります。さらに発生が進むと、外胚葉からは神経系組織、皮膚表皮組織、感覚組織などが、中胚葉からは筋肉組織、骨格組織、血液組織、結合組織などが、さらに、内胚葉からは消化器、呼吸器などが発生していきます(図1)。
 このように3つの胚葉への分化決定は、多能性細胞から体細胞への分化の初発段階で、体細胞の多様性を生み出す制御系の最も重要な分岐点となっています。これまで、両生類やマウスの研究から、多能性細胞から中胚葉と内胚葉への分化は、Nodalと呼ばれる分泌性タンパク質などが作用することで、制御されていることがわかっていましたが、外胚葉への分化の制御機構は不明な点が多く、謎のままでした。例えば、外胚葉は、中胚葉と近接した部位から発生し、Nodalなどの中胚葉分化誘導因子※9にさらされているにもかかわらず、なぜか中胚葉にはならず、外胚葉になりますが、この疑問に対する明確な答えは得られていませんでした。


2. 研究成果
(1) 外胚葉決定因子の同定
 こうした疑問に答えるため、研究グループは、外胚葉の分化決定因子の同定を試みました。まず、胚葉決定研究が最も進んでいるアフリカツメガエルの系を用いて、その外胚葉分化を促進し、中胚葉分化を抑制する遺伝子を探索しました。外胚葉で発現する約2万種類の遺伝子(RNA)をカエル胚への微量注入する方法により機能的にスクリーニングを行ないました。今回そのうちの1つが外胚葉の分化を促進し、中胚葉の分化を抑制する活性を持ち、しかも外胚葉に特異的に発現していることを見いだしました(図2)。その遺伝子は、「XFDL156」という核内タンパク質をコードしていました。
 XFDL156をアフリカツメガエルの胚に大量発現させると、胚のなかで外胚葉が拡大し、そのかわりに中胚葉が縮小しました。逆に、アンチセンス法※10を用いて、XFDL156の活性を胚の中で抑制すると、外胚葉の発生ができなくなり、外胚葉になるべき部分が中胚葉に変わりました(図3)。
 さらに詳細にXFDL156の活性を調べたところ、XFDL156は多能性細胞(アニマルキャップ細胞)が外胚葉になるか中胚葉になるかという分岐点で、外胚葉へ分化することを決定するスイッチ遺伝子として働くことが判明しました。XFDL156が強く働くと、多能性細胞はNodalなどの中胚葉分化誘導因子にさらされても、中胚葉にはならず、外胚葉に分化しました。逆に、XFDL156が働かない場合には、微量の中胚葉分化誘導因子にでも反応して、多能性細胞は外胚葉ではなく中胚葉に分化しました。
(2) 外胚葉決定因子XFDL156ががん抑制遺伝子p53を阻害する
 次に、研究グループは、外胚葉決定因子XFDL156の作用メカニズムを明らかにしました。その結果、面白いことに、XFDL156はがん抑制遺伝子「p53※11」に核内で結合することが明らかとなりました。p53はがん抑制遺伝子として働くほか、生体内で分化制御や細胞死の制御など多様な働きをしています。胚葉形成では、p53は中胚葉分化に必要であることがわかっていましたが、その制御機構は全く不明でした。XFDLがp53に結合し、その働きを阻害することで、中胚葉分化を抑制し、外胚葉分化を促進していることが明らかとなりました。
(3) 哺乳類の多能性幹細胞からの外胚葉分化にも同様の制御因子が働く
 さらに、研究グループは、同様の外胚葉決定因子が哺乳類の多能性幹細胞からの分化にも働くのかを調べました。その結果、マウスのES細胞から外胚葉に分化する過程で、XFDL156のマウスの相同遺伝子であるZfp12とZfp74が外胚葉細胞に発現することがわかりました。アフリカツメガエルのXFDL156と同様に、Zfp12とZfp74はp53に結合し、多能性幹細胞からの中胚葉分化を抑制し、外胚葉分化を促進することを突き止めました。


3. 今後の展望
 今回の研究成果により、XFDL156およびその関連因子が、これまで不明であった脊椎動物の外胚葉決定因子として働くことが判明しました。基礎研究的な観点からは、「受精卵が分裂し生じる単純な多能性細胞から、どのようにして脊椎動物の複雑な体の形成が発生するか」という生物学の根本的な問題に関係して、新しい制御メカニズムを導入できたことが最も重要な意義となります。また、XFDL156およびその関連因子が、がん抑制遺伝子p53を抑制することも非常に興味深い知見で、発生のみならず、がんや細胞死の制御機構にもXFDL156関連遺伝子が関与する可能性も示唆されることになりました。
 医学的な観点からは、ES細胞などの多能性幹細胞からの外胚葉への分化の制御機構が分子レベルで明らかになったことは、重要な成果です。多能性幹細胞からの分化制御は、これらの細胞の再生医療への応用を考える上で、基盤となる技術となります。しかし、ES細胞などの多能性幹細胞からの有用細胞への分化誘導は、最近急速に研究が進展したものの、狙った細胞にだけ分化させることはいまだ不可能です。最も効率よく分化できる神経分化でも9割程度の成功率で、残り1割程度の分化は制御できず、不要な混入細胞を生じるという問題を発生しています。こうした混入細胞は、がん化を含めた副作用を起こすリスクを高めることが懸念されています。今回、神経系細胞や皮膚表皮細胞に分化する一歩手前の前駆細胞である外胚葉への分化決定因子を同定することができました。この分化決定因子の発現や働きを強化することで、ES細胞などの多能性幹細胞から、より選択的に神経系細胞や皮膚表皮細胞に分化させ、純度の高い有用細胞を産生する技術の確立に貢献すると考えています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
発生・再生科学総合研究センター
細胞分化・器官発生研究グループ
グループディレクター 笹井 芳樹(ささい よしき)

Tel: 078-306-1841 / Fax: 078-306-1854
神戸研究推進部 企画課

Tel: 078-306-3008 / Fax: 078-306-3039

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 多能性細胞
脊椎動物の初期胚に存在するすべての体細胞へ分化する能力をもった未分化な細胞。この細胞が分化すると、最初に外胚葉、中胚葉、内胚葉の3つの胚葉が形成される。
※2 機能スクリーニング法
特定の生物活性を持つ遺伝子を遺伝子ライブラリーから同定する方法。まず、その遺伝子が発現している細胞・組織(この場合は外胚葉細胞)のRNAを抽出し、それを鋳型に遺伝子(cDNAライブラリー)を作成する。今回の場合、それぞれの遺伝子を特殊な発現プラスミド・ベクターに導入する方法を用いることで、アフリカツメガエル胚に微量注入後に、それぞれの遺伝子の生物活性(この場合は外胚葉分化促進および中胚葉分化抑制活性)を指標にスクリーニングすることが可能である。
※3 XFDL156
Zn(ジンク)フィンガーと呼ばれる構造の繰り返しを多数持つ核内タンパク質。アフリカツメガエルでは外胚葉組織に特異的に発現している。これまで機能は不明であったが、今回の研究で、外胚葉分化決定因子であることが判明した。XFDL156が強く働くと、たとえNodalなどの中胚葉誘導因子が働いても、多能性細胞は中胚葉にならず、外胚葉に分化する。
※4 Znフィンガー型核内タンパク質
Znフィンガーと呼ばれる亜鉛(Zn)に結合する20アミノ酸からなる配列を有するタンパク質。多くはXFDL156のように核内のタンパク質で、転写などを調整する。XFDL156はZnフィンガー配列の14回繰り返し構造を含んでいる。
※5 多能性幹細胞
多能性を有し、未分化なまま試験管内で培養して無限に増やすことができる細胞。哺乳類の着床前胚(胚盤胞)に存在する多能性細胞(内部細胞塊)から作成したものを胚性幹細胞(ES細胞)と呼び、最も典型的な多能性幹細胞である。そのほか、皮膚細胞などの体細胞をOct3、Sox2、Klf4などを導入して初期化し、多能性を持たせたiPS細胞も人工的な多能性幹細胞である。多能性を有しているため、体の様々な細胞に分化する能力があり、再生医療の材料としての利用することが期待されている。
※6 内部細胞塊
哺乳類の着床前胚(胚盤胞)に存在する多能性細胞の集団。
※7 アニマルキャップ細胞
両生類の初期胚に存在する多能性細胞。動物極に局在するため、その名前が付いている。
※8 体細胞
動物の体を構成する細胞で、生殖細胞でないもの。種類により、外胚葉、中胚葉、内胚葉のいずれかから発生する。
※9 中胚葉分化誘導因子
多能性細胞に働いて、中胚葉を分化誘導する細胞外因子。NodalなどのTGFβファミリーの増殖因子が初期胚では最も主たる中胚葉誘導因子である。
※10 アンチセンス法
特定の遺伝子の機能だけを阻害する方法。特定の遺伝子のRNAに相補的な配列を持った短い合成RNAを細胞内に微量注入し、細胞内のそのRNAのタンパク質への翻訳を選択的に抑制する。
※11 がん抑制遺伝子p53
p53はその欠如ががん化を促進することで知られるため、がん抑制遺伝子と呼ばれるが、実際にはそれ以外に細胞分化制御、細胞増殖制御、細胞死の制御など多様な働きをする核内タンパク質をコードする遺伝子である。胚葉決定では、DNAに結合して、中胚葉分化を促進し、外胚葉分化を抑制する。XFDL156はその働きに拮抗することで、外胚葉分化を促進することが今回の研究で明らかになった。


図1 脊椎動物の胚葉決定
初期胚では、受精卵の分裂により多能性細胞が生まれ、それが体細胞に分化する初発段階で、3つの胚葉へ分化決定する。今回は、そのうち外胚葉への分化を決定する因子を発見した。


図2 外胚葉決定因子のスクリーング
外胚葉に発現する2万種類のRNAの中から、外胚葉の分化を促進し、中胚葉の分化を抑制する因子をコードするものを機能スクリーニング法で同定し、XFDL156であることを発見した。


図3 外胚葉決定因子XFDL156による外胚葉分化の促進
1XFDL156 の機能を強めると、アフリカツメガエル胚のほとんどが外胚葉になった。
2逆に、XFDL156の機能を弱めると、外胚葉が形成されず、その部分が中胚葉に変化した。


図4 外胚葉決定因子XFDL156はp53を阻害して、中胚葉分化を抑制する
中胚葉分化を促進し、外胚葉分化を抑制するp53にXFDL156は結合し、その働きを阻害する。


図5 XFDL156によるマウスES細胞の分化制御
マウスES細胞から外胚葉細胞が分化する際にも、XFDL156の相同遺伝子(Zfp12やZfp74)が発現し、細胞内因子p53の活性を阻害し、外胚葉分化を促進し、中胚葉分化を抑制することが明らかとなった。

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