◇ポイント◇
- 植物の生き様を初めて6億を超える数値データで表現
- 機能が未知の植物遺伝子でも数値計算により機能推測が可能に
- 植物共通のホルモンや遺伝子の機能を解明、栽培技術・農薬などの開発に期待
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物で初めて6憶を超えるデータポイントからなる大規模な遺伝子発現データを集積し(AtGenExpressプロジェクト)、シロイヌナズナ遺伝子発現パターンをオンラインで調べることを可能にしました。また、機能が未知の遺伝子の機能推測を可能にするデータベース「ClusterCutting」を構築・公開しました。理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)メタボローム基盤研究グループ ゲノム機能統合化研究チームの嶋田幸久チームリーダーと同センターの6研究チーム、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)などとの共同研究による成果です。
ゲノム解析の精力的な推進により、ヒトをはじめとする生物の遺伝子のDNA配列が決まり、網羅的な遺伝子発現の解析が可能となっています。植物の分野でも2003年に理研(日)、マックス・プランク研究所(独)をはじめ英、米などの研究者がAtGenExpress国際コンソーシアムを結成し、協力、分担してモデル植物シロイヌナズナの6億を超える大規模な遺伝子発現データを収集しました。理研は、この収集で植物ホルモンの分野を担当し、コンソーシアム全体の4分の1のデータを作成しました。
AtGenExpressコンソーシアムが集積したデータによって、世界の研究者は、植物の遺伝子の発現パターンをオンラインで調べたり、遺伝子の機能をコンピュータで大規模に解析したりすることができるようになりました。理研が担当した植物ホルモンのデータを利用すると、植物ホルモンが関連する薬剤、遺伝子の機能や作用メカニズムを推測することも可能になります。また「ClusterCutting」は、機能未知遺伝子の発現パターンを既知遺伝子のパターンと比較することで、遺伝子の機能を推測できます。本データベースは、シロイヌナズナのデータを中心に開発してきたものですが、多くの遺伝子は植物間で共通に働くため、イネなど産業上重要な植物の遺伝子機能推測にも応用できます。さらに、植物の成長を制御する新しい手法の開発や、農薬などの開発に貢献することができると期待されます。
本研究成果は、英国の科学雑誌『The Plant Journal』オンライン版に5月23日掲載されます。
| 1. |
背景 |
| 2000年に、モデル植物シロイヌナズナの全ゲノムDNA配列が決定されました。当初は、DNA配列の決定や遺伝子構造の推定など静的なゲノム研究が主となっていましたが、ここで得た情報をもとに全ゲノムをカバーするDNAチップが開発され、ゲノム上のほとんどの遺伝子の動き(発現)が一度にまとめて解析できるようになりました。すなわち、静的なゲノム解析から動的なゲノム解析の時代が到来しました。しかし、この解析を実行するためには、膨大な費用と手間がかかります。そこで、シロイヌナズナの研究者は、国際的に連携・分担して、網羅的で、さらに大規模な遺伝子発現データベースを構築するためのコンソーシアム「AtGenExpress」を2003年に結成し、生育段階、器官特異性、ストレス応答、栄養、光といった植物の成長と環境応答に関する網羅的な基本データを収集しました。そして、2004年に無償でこれらのデータを公開しました。当時は、データ量が膨大で、かつ公開したデータは未加工(実験データそのままの状態)だったので、多くの生物学研究者には取り扱いが難しい状態でした。しかし、その後、同コンソーシアムのデータを活用したデータベースの登場で、利便性が向上し、さまざまな研究が発展し始めています。 |
| 2. |
研究手法と成果 |
| (1) |
データの分担内容と公開 |
マックス・プランク研究所が成長、器官特異性に関する遺伝子発現データを、チュービンゲン大学(独)などがストレス応答性に関するデータを、そして理研がホルモン応答性に関するデータを担当してデータを収集しました。収集したデータは様々な研究者によって利用しやすい形のデータベースに加工され、世界中のデータベースから公開されています(図1)。これらのデータベースを通して、ほとんどの遺伝子の発現パターンが、実験することなく検索することができるようになりました。この検索は、デジタルノーザンハイブリダイゼーションなどと呼ばれます。
理研の研究グループは、シロイヌナズナを用いて、植物に共通の7つの植物ホルモンや関連する阻害剤に対する2万3千あるほぼすべての遺伝子の発現応答を調べ、数値データとして収集しました。これらのホルモンは、植物の成長制御に中心的な役割を担っており、農薬など農作物の栽培を助けるさまざまな技術に使用しています。また、植物ホルモンが関連する成長過程である発芽過程や、植物ホルモン関連の変異体、さらに植物の栄養素の欠乏のデータも収集しました。これらの実験を通して、植物ホルモンの働きに関与する遺伝子がわかりました。
|
| (2) |
網羅的発現解析によるホルモン機能の解析 |
| 理研の研究グループが収集した7つの植物ホルモンに関する数値データは、任意のマイクロアレイデータと比較することで、全ホルモンの働きを同時に推測することを可能にしました。例えば、作用機構が未知で植物の成長制御に使われている化学物質はどの植物ホルモンに作用するのか、あるいは機能未知の遺伝子の変異体におけるホルモンの状態はどうなっているのか、ということを計算で推測することができます。理研の研究グループは、ストレス作用に対するホルモンの働きや、ホルモン間の相互作用を明らかにしています(図2)。 |
| (3) |
機能未知遺伝子の機能予測データベース「ClusterCutting」 |
植物や動物では、機能が未知の遺伝子の機能を推測する唯一の有力な手段は、遺伝子がコードしているタンパク質のアミノ酸配列の相同性※1を用いる手段でした。
理研が開発したデータベース「ClusterCutting」は、AtGenExpressコンソーシアムのデータを用いて、遺伝子発現パターンの類似性を計算機で解析し、その結果を表示することができます。今回、インターネットを通してこの「ClusterCutting」を公開しました(図3上)。
個々の遺伝子の発現パターンがいかに似ているかを計算し、パターンの似ている物同士を樹状図で表示していく解析手法を階層型クラスター解析といいます。「ClusterCutting」では、階層型クラスター解析の結果描かれた全ゲノム遺伝子の関係を示す樹状図の一部を、指定した遺伝子を中心に切り取ります。調べたい遺伝子を指定することで、その遺伝子と距離が近い(機能的に似ていると考えられる)遺伝子が切り取られ、機能を推測することができます。同時に、これらの遺伝子の発現パターンも表示することができます(図3下)。このような手法を共発現解析と呼びます。
「ClusterCutting」を含む共発現解析を行うデータベースが、AtGenExpressデータベースを活用して世界中で生まれています。シロイヌナズナの発現解析から始まったこのようなデータベースは、今日では植物だけでなく、ヒトを含む動物のデータへと応用が広がり、世界中の研究者に活用されています。
|
| 3. |
今後の期待 |
| 今回の研究によって、植物遺伝子の機能解明が加速することが期待できます。また、このデータは、今日のバイオインフォマティックスの発展にも貢献しています。特に、理研で収集したデータは、植物ホルモンに関連する遺伝子や薬剤の作用メカニズムに関するものであるため、植物の成長を制御する新しい栽培技術の開発や農薬などの開発が加速すると期待できます。 |
| (問い合わせ先) |
|
独立行政法人理化学研究所 |
| 植物科学研究センター ゲノム機能統合化研究チーム |
| チームリーダー 嶋田 幸久 (しまだ ゆきひさ) |
|
| 横浜研究推進部 企画課 |
|
| Tel | : |
045-503-9117 |
/ |
Fax | : |
045-503-9113 |
|
|
| (報道担当) |
|
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 |
|
|
<補足説明>
| ※1 |
アミノ酸配列の相同性 |
| 個々の遺伝子はタンパク質をコードしており、遺伝子とタンパク質の機能は、そのアミノ酸配列によって決められている。機能が未知の遺伝子の機能を推測する際には、その遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列を、機能が既知のタンパク質との間で比較することがよく行われる。これをアミノ酸配列の相同性解析と呼ぶ。このような解析では、機能既知のタンパク質と類似性を持たないアミノ酸配列を持った新規タンパク質の機能は推測することができない。 |
|
|
図1 AtGenExpressプロジェクトのデータを利用する 世界の主要データベースサイト
*…ClusterCuttingを公開しているウェブサイト
|
 |
| 図2 ホルモンの相互作用の解析結果 |
| 植物には生理機能を調節するために必要な7つのホルモン(オーキシン、ジベレリン、サイトカイニン、アブシジン酸、エチレン、ブラシノステロイド、ジャスモン酸)がある。オーキシンがエチレンの生合成を促進することは既に知られていたが、その関係は今回のマイクロアレイデータの解析から予測が可能であった(赤色の片方向の矢印)。一方、同様の関係がオーキシンとアブシジン酸の間にも見られたため(赤色の片方向の矢印)、オーキシンがアブシジン酸の生合成を活性化することが示唆された。 |
|