◇ポイント◇
- シロアリ腸内共生原生生物の細胞内共生細菌のゲノム完全長を取得
- 培養できない細菌からゲノムDNAを直接1,000万倍に増幅して解析
- シロアリと腸内微生物群による木質分解機構の解明のための革新的手法を確立
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、シロアリ腸内共生微生物の1種のゲノムの完全解読に、世界で初めて成功しました。理研中央研究所(茅幸二所長)環境分子生物学研究室の本郷裕一協力研究員、大熊盛也副主任研究員と、理研ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)ゲノム基盤施設シーケンス技術チームの豊田敦上級研究員、服部正平客員主管研究員、システム基本情報解析研究チームのヴィニート・シャルマ リサーチアソシエイトらの研究グループによる成果です。
シロアリは、木造家屋の世界的害虫であると同時に、森林の倒木を分解する大変有益な昆虫です。最近では、木質由来バイオ燃料開発への応用という観点からも、シロアリの木材分解能が注目を集めています。木材だけを食べて繁殖するというシロアリの驚異的な能力は、腸内に共生する数100種からなる微生物の働きによるものです。ところが、それら微生物の大部分は、現在まで培養に成功しておらず、個々の役割についてはよくわかっていません。
研究では、微生物を培養して増殖させるのではなく、微生物のゲノムをDNA合成酵素で1,000万倍に直接増幅することによって、ゲノム配列の完全解読を行いました。ゲノム解読に成功したのは、「Termite Group 1」という未培養新門※1に属する細菌の1種です。この細菌グループはシロアリ腸内のみで見られ、セルロースを分解する腸内共生原生生物の細胞内にだけ生息するという、特異な性質を持っています。培養成功例がないため、その機能は全く未知でした。
今回解読したゲノムから、この細菌群は、原生生物からセルロース分解産物を提供される見返りに、原生生物やシロアリが合成できないアミノ酸やビタミンなどを供給するという、相利共生を行っていることが世界で初めて明らかとなりました。今回確立した解析法によって、シロアリ腸内の培養不能微生物群集による複雑な共生機構の解明が、今後、飛躍的に進むことが期待されます。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: PNAS』3月31日の週にオンライン掲載されます。
| 1. |
背景 |
体長わずか数ミリメートルのシロアリ1匹の腸内には、10数種類の原生生物と数100種の細菌が合計約1,000万個も生息しています。これらのほとんどがシロアリ腸内にだけ見られる特異な系統群で、シロアリと強固な共生関係にあります。これらの共生微生物が、シロアリの効率的な木質分解能や、餌の木材に含まれない窒素化合物の必須栄養素補給に関与することは、古くから知られていました。しかし、大多数の腸内共生微生物が現在まで培養に成功していないため、個々の微生物種がそれぞれどのような役割を果たし、相互にどのように関係しているのかは、ほとんどわかっていません。
研究の目的は、培養を介さずに個々の腸内共生微生物のゲノムを解析し、未知であるそれらの機能・役割を解明することです。これによって、シロアリと、シロアリに共生する微生物とによる、高効率な木質分解機構や、未解明の腸内微生物間の相互作用などについて明らかにすることを目指しています。
|
| 2. |
研究手法 |
本研究で解析対象に選んだのは、ヤマトシロアリに共生し、セルロースを分解する腸内原生生物Trichonympha agilis(T. agilis、トリコニンファ・アギリス)の細胞の中だけに生息する細菌Rs-D17です(図1)。この細菌種は、培養成功例がない未培養新門「Termite Group 1 (TG1)」に属しています。TG1は、シロアリ腸内だけに見られ、多様な腸内原生生物種の細胞内共生体として知られています。
Rs-D17のゲノム完全長配列を再構築するためには、単一系統に近いRs-D17細菌細胞を、可能な限り多数集める必要があります。ところが、宿主の原生生物T. agilisも現在まで単離培養に成功していません。さらに、T. agilisは、多様な系統からなっており、それらの細胞内に共生するRs-D17細菌も、宿主細胞ごとにゲノム配列が異なっています。ゲノム配列が異なるRs-D17細菌を混ぜてしまうと、ゲノムの完全解読が困難なため、研究チームは、T. agilisを1細胞のみ、顕微鏡下で物理的に分離して用いることにしました。T. agilisには、Rs-D17以外にも複数種の細菌が細胞内や表面に共生しているので(図1)、Rs-D17が多数を占める原生生物細胞後半部の膜を破裂させ、漏出する細菌細胞を数100個回収しました(図2)。
回収した細菌細胞は、計算上では合計約1 pg(ピコグラム、10のマイナス12乗グラム)のゲノムDNAを含むことになりますが、ゲノム解析には1 μg(マイクログラム、10のマイナス6乗グラム)以上必要です。そこで、ファージ(細菌寄生性ウイルス)由来のPhi29 DNA合成酵素を用いて等温全ゲノム増幅※2を行い、1,000万倍量(10 μg以上)のDNAを調製して、塩基配列を解析しました。また、得た配列上の遺伝子とその機能の予測には、iMetaSys※3という、理研が開発したプログラムを用いました。
|
| 3. |
研究成果 |
塩基配列解析の結果、Rs-D17細菌の、単一の環状染色体配列(1.1メガ塩基)再構築に成功しました。これは、シロアリ腸内共生微生物の世界初のゲノム配列完全長取得例であり、未培養新門細菌ゲノム配列の完全長取得を、培養を全く用いない手法によって成功した点でも世界で初めてです。Rs-D17の染色体は、761個のタンパク質遺伝子をコードしていると配列から予測されましたが、さらに121個もの偽遺伝子(遺伝子が突然変異で機能を喪失したもの)を発見しました。一般的な細菌ゲノムサイズが2メガ塩基以上であることを考えると、本細菌ゲノムは1.1メガ塩基と小さく、これは、原生生物細胞内環境に適応するために不要あるいは有害な機能遺伝子を消失させ、縮小する進化過程にあると推測できます。
細胞壁合成系や防御機構系、DNA複製/修復系など多くの機能遺伝子群が偽遺伝子化している中で、潤沢に残されていたのが、アミノ酸やビタミン類などの窒素化合物合成系遺伝子でした。シロアリの餌である木材には、栄養として欠かせない窒素分が極めて乏しいうえ、シロアリや原生生物は多くのアミノ酸やビタミン類を自力で合成できません。Rs-D17のゲノム解析結果は、TG1細菌が高度にアミノ酸/ビタミン合成に特化していることを示しています。このことから、シロアリは、原生生物とその細胞内共生細菌(TG1)に安全な住処(腸内)と餌である木片(セルロース)を与え、その見返りに、原生生物はシロアリと共生細菌にセルロース分解産物を与え、さらに、共生細菌は原生生物とシロアリが合成できない窒素化合物を提供するという、3者が一体となった多重共生関係が結ばれていることを世界で初めて明らかにしました(図3)。
|
| 4. |
今後の期待 |
今回確立した培養不能微生物のゲノム解析手法により、多様なシロアリ腸内微生物種のゲノムを順次解析することが可能となり、腸内微生物共生機構がかなりの程度解明できるようになります。シロアリの高効率な木質分解機構が明らかとなれば、人の食料と競合しない木質バイオマスを原料としたバイオ燃料開発のヒントが得られることになります。また、今回解析したTG1細菌は、宿主の原生生物とともに水素を発生※4することも明らかとなり、水素を利用したクリーンエネルギー開発への応用も考えられます。さらに、腸内共生微生物はシロアリの生育に必須であるため、そのゲノム配列が解読できれば、これらを標的とした害虫駆除薬開発にも応用できます。
地球上の99%以上の微生物が現在の技術では培養できないことを考えると、本研究で確立した手法をシロアリ腸内以外の環境にも応用することで、さらなる成果へつながると期待できます。
|
| (問い合わせ先) |
|
独立行政法人理化学研究所 |
| 中央研究所 環境分子生物学研究室 |
| 副主任研究員 大熊 盛也(おおくま もりや) |
|
| Tel | : |
048-467-9648 |
/ |
Fax | : |
048-462-4672 |
|
|
| 協力研究員 本郷 裕一(ほんごう ゆういち) |
|
|
|
| (報道担当) |
|
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 |
|
|
<補足説明>
| ※1 |
未培養細菌新門 |
| 真正細菌の分類体系は高次のものから、門、綱、目、科、属、種となっている。最高次の分類単位である門は、現在25が知られているが、実はこれ以外に、培養株が存在せず、環境中から取得したDNA配列のみによって分子系統学的に認知されている「門レベル系統群」は約40も存在し、年々増え続けている。これらを「未培養新門」と呼んでおり、「Termite Group 1(TG1)」もその1つである。培養実験ができないため、未培養新門細菌の性質はほとんど未知である。 |
|
| ※2 |
等温全ゲノム増幅 |
| ファージ(細菌寄生性ウイルス)由来のPhi29 DNA合成酵素(商品名Repli-g、キアゲン社)は、DNA2重鎖をほどきながら数10キロ塩基に渡ってDNAを複製することができる。Polymerase chain reaction(PCR)法を用いるよりも、増幅バイアスや複製エラーが少ない。この酵素を用いて1メガ塩基以上のゲノム完全長配列再構築に成功したのは、本研究が初めて。 |
|
| ※3 |
iMetaSys |
| 理研が開発した、塩基配列から遺伝子とその機能を予測するプログラム。既存のGlimmerとGeneMaerkSというソフトウェアを用いて、ゲノムあるいはゲノム断片上の遺伝子存在位置を予測し、さらに、遺伝子配列終止点の位置から、遺伝子の完全性を確認する。予測した遺伝子は、BLASTPという配列相同性検索ソフトによってデータベースと照合し、機能を推定する。 |
|
| ※4 |
微生物による水素産生 |
| 細菌や原生生物が発酵を行う際、ヒドロゲナーゼという酵素を使って水素を産生することがある。シロアリ腸内は酸素濃度が著しく低く、腸内共生微生物の多くは嫌気発酵によってエネルギーを得ると考えられている。シロアリ腸内原生生物は、セルロースを酢酸(これがシロアリの栄養になる)に発酵する過程で二酸化炭素と水素を発生する。本研究でゲノム解読した原生生物細胞内共生細菌も、ヒドロゲナーゼ遺伝子を持っており、宿主細胞内にあるセルロース分解中間代謝産物を発酵してエネルギーを得る際に、水素を発生させると予想されている。 |
 |
| 図1 ヤマトシロアリ腸内に共生する微生物 |
ヤマトシロアリの腸内に共生する原生生物Trichonympha agilis(左)に共生する共生細菌を蛍光標識した(中)。
具体的には、共生細菌のリボゾームRNA配列に特異的なプローブを用い、蛍光ハイブリダイゼーション法によって検出した。オレンジ色がRs-D17細菌で、緑色が細胞内あるいは表面に共生するRs-D17以外の共生細菌を示す。Rs-D17細菌は原生生物1細胞あたり約4,000個含まれ、合計で、腸全体の細菌群集の約4%を占める。
右はRs-D17細菌の透過型電子顕微鏡写真。
|
 |
| 図2 原生生物細胞内共生細菌(Rs-D17)の回収法 |
| ヤマトシロアリ(左上)から腸を引き抜き(右上)、後腸の内容物を緩衝液に懸濁する(左下)。黄色の矢印で示したのがRs-D17細菌の宿主原生生物Trichonympha agilisである(縦向きか横向きかで形が異なって見えている)。これを1細胞だけマイクロマニピュレーターで分離し、界面活性剤で原生生物の細胞膜を破裂させる(右下)。後端から漏出した細菌細胞をガラス毛細管で回収し、DNA合成酵素でゲノム全体を増幅した。 |
 |
| >> 拡大図 |
| 図3 明らかとなった原生生物細胞内共生TG1細菌の役割 |
シロアリが食べた木片は原生生物に取り込まれ、木片中のセルロースはグルコース-6リン酸(Glc-6P)を経て発酵し、酢酸、二酸化炭素、水素となる。Glc-6PはTG1細菌の主要炭素源/エネルギー源となり、TG1細菌による発酵で酢酸と水素になる。二酸化炭素と水素は、腸液中に存在する還元的酢酸生成細菌によって酢酸となり、酢酸はシロアリに吸収されて、シロアリの主要炭素源/エネルギー源となる。
一方、窒素分は餌にはほとんど含まれておらず、空気中の窒素が腸内窒素固定細菌によってアンモニアに変換される。原生生物はアンモニアを取り込んでグルタミンとし、グルタミンはTG1細菌によってさまざまなアミノ酸/ビタミン類に変換される。原生生物はTG1細菌を消化することでこれらの栄養を得ていると考えられる。この原生生物とTG1細菌の複合体は、いずれ代謝されてシロアリの栄養となる。
|
|