プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
ハンチントン病の発症に関わる新たな転写因子「NF-Y」を発見
- ハンチントン病の治療法開発につながる知見を得る -
平成20年3月10日
◇ポイント◇
  • 発見したNF-Yがハンチントン病のタンパク質凝集体に結合
  • ハンチントン病では正常なNF-Yが減少し、シャペロンの発現も低下
  • NF-Yがハンチントン病の遺伝子発現異常に関与
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、神経変性疾患の1つで、認知症や不随意運動、行動異常などを引き起こす、治療が難しい神経病である「ハンチントン病※1」の進行に関与する転写因子「NF-Y※2」を発見しました。これは、理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)構造神経病理研究チームの貫名信行チームリーダー、山中智行研究員らによる成果です。
 ハンチントン病は遺伝性の病気で、症状としては不随意運動や認知症を引き起こし、歩行障害などの小脳症状も認められます。ハンチントン病や遺伝性脊髄小脳変性症などの病気は、原因遺伝子の3つの塩基配列(C:シトシン、A:アデニン、G:グアニン)の繰り返しが、通常では20回程度であるのに対し、40回以上にも伸長します。このため、異常に伸びたグルタミン鎖を含む原因遺伝子産物が生じて、神経細胞に蓄積し、神経細胞死や機能異常を引き起こします。異常に伸びたグルタミン鎖が病気の発症に強く関わることから、これらの病気は「ポリグルタミン病※3」と呼ばれています。ハンチントン病を代表とするポリグルタミン病は、遺伝子発現の異常を引き起こすことが特に知られており、このことが病気の進行に強く関連していると考えられています。
 研究グループは、異常伸長を起こしたポリグルタミンが蓄積した凝集体に結合するタンパク質を検討し、この結合タンパク質と遺伝子の発現異常の関連を研究してきました。その結果、遺伝子発現を調節する転写因子の1つである「NF-Y」が凝集体と強く結合しており、このため、正常に働くNF-Y が減少していることがわかりました。これは、転写因子NF-Yによって制御されているタンパク質シャペロン※4の1つであるHSP70の発現低下を引き起こしていることを強く示すものです。異常な遺伝子由来のタンパク質は、折りたたみがうまくできにくく、タンパク質の折りたたみを調整するHSP70 の減少は、この現象をさらに促進することになります。ハンチントン病は、これまでもいくつかの転写因子が重要だと言われてきましたが、このように、ポリグルタミンの蓄積凝集体に結合したタンパク質から直接発見した転写因子が、病態の進行に強く関わっていることを明らかにしたのは、世界で初めてです。
 本研究成果は、転写因子NF-Yを制御することで、ハンチントン病の病気の進行を遅らせる新しい治療法の可能性を示し、同様にポリグルタミンの伸長を起こす他の神経疾患の発症予防法の開発にも、役立つものと期待されます。
 本研究の成果は欧州の分子生物学会の学術雑誌『The EMBO Journal』に近く掲載されます。


1. 背景
 ハンチントン病や遺伝性の脊髄小脳変性症の多くは、その病気の原因遺伝子に、正常では見られない変化を生じています。具体的には、この原因遺伝子を構成するDNA配列の一部で、C・A・Gと並ぶ塩基配列の繰り返しが通常では20回程度であるのに対し、40回以上にも伸長することにより、異常に伸びたグルタミン鎖を含む原因遺伝子産物が神経細胞に大量に蓄積し、神経細胞死や機能異常を引き起こしています。これらの疾患は、異常に伸びたグルタミン鎖が病気の発症に強く関わっていることから、まとめて「ポリグルタミン病」と呼ばれています。
 ハンチントン病は、日本国内では100万人に6人が罹患しており(2006年末現在、厚生労働省のHPより)、一般に中高年で発症します。しかし、ポリグルタミン鎖が長くなると若年で発症することから、伸長したポリグルタミン鎖の神経細胞への毒性がどのようにして生じているかが、その病態を考える上で重要となります。近年、このような病態を再現するモデルマウスの解析から、ポリグルタミン病の神経細胞の核に、ポリグルタミンを含むタンパク質凝集体(核内封入体)が形成されることがわかり、この凝集体形成がポリグルタミン病を引き起こす大きな要因となっていることが示唆されていました。ポリグルタミン病におけるもう1つの特徴は、遺伝子発現の異常です。この遺伝子発現の異常は、転写因子が核内タンパク質凝集体に結合してその機能を失うために引き起こされるという説が一般的です。これまでも、いくつかの転写因子がポリグルタミン病の遺伝子 発現異常に関与していると言われてきましたが、本当に重要なものはまだ確定していませんでした。


2. 研究手法と成果
 研究チームは、伸長するポリグルタミン鎖を発現すると異常な凝集体を形成する病態を、細胞レベルで再現するモデルを作成しました。この細胞を用いて凝集体を精製し、結合しているタンパク質を質量分析によって解析し、その中でも強く結合していることが示唆された「NF-Y」に注目しました。NF-Yは、NF-YA、B、C という3つのサブユニットからなる転写因子です(図1)。ハンチントン病モデルマウスの大脳皮質をNF-Yのサブユニットに対する抗体で染色すると、NF-YのサブユニットのうちA、Cの2つが、ハンチントン病モデルマウスの核内封入体と共局在することがわかりました(図2)。
 NF-Yは、タンパク質の折りたたみを制御するシャペロンの1つであるHSP70の遺伝子発現を調節するプロモーター領域に結合することが知られています(図1)。一方、HSP70は、ハンチントン病モデルマウスで発現が低下することが知られているため、このモデルマウス脳におけるNF-YのHSP70 のプロモーターへの結合を調べました。その結果、ハンチントン病モデルマウスの脳では、その結合が少なくなっており(図3)、さらに、HSP70の遺伝子発現が低下していることを確認しました(図4)。また、正常な細胞でプロモーターのNF-Yの結合部位に突然変異を起こさせると、プロモーターそのものの活性が落ちることを確認しました。HSP70の発現は、NF-Yによって制御されていることがわかりました。
 これらの結果は、ハンチントン病モデルマウスでは、NF-Y が凝集体に結合するため、機能できるNF-Y が少なくなり、HSP70を減少させていることを示します。HSP70の減少はタンパク質の折りたたみを障害し、異常タンパク質の蓄積を促進し、病態の進行を促進することが予想されます。ポリグルタミン病では、多くの遺伝子の発現が低下していることが知られており、また、多数の遺伝子のプロモーターにNF-Yが結合することがわかっていることから、NF-Yはこれらの遺伝子発現異常の原因に関与していることが示唆されます。
 これまで報告されたポリグルタミン病の遺伝子発現異常に関与するといわれている転写因子は、モデルマウス脳で機能を持つタンパク質を減少させることが必ずしも確認されていませんでした。それに対し、NF-Yは、今回の一連の解析による知見から、NF-Yは、病態に強く関与していることが示唆されました。


3. 今後の期待
 本研究の結果、転写因子NF-Yの減少がHSP70の量を低下させ、ポリグルタミン病の病態を促進している可能性が示唆されました。従って、この転写因子を薬剤などによって制御することで、HSP70を増加させ、病態の進行を抑える新治療法の開発につながることが期待できます(図5)。また、中枢神経系ではあまり研究が進んでいないNF-Yの役割を解明する糸口になると見込まれます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 構造神経病理研究チーム
  チームリーダー 貫名 信行(ぬきな のぶゆき)

Tel: 048-467-9702 / Fax: 048-462-4796
 脳科学研究推進部  宮澤 憲弘(みやざわ のりひろ)

Tel: 048-467-9596 / Fax: 048-462-4914

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ハンチントン病
ハンチントン病は、主に中年以降に発症する常染色体優性遺伝の遺伝性慢性進行性の疾患である。その臨床症状は、主に不随意運動であり、知能障害、精神症状を伴う。1983年にハンチントン病遺伝子が第4染色体短腕(4p16.3)に存在することが示され、1993年にその原因遺伝子(ハンチンチン遺伝子)が同定された。この原因遺伝子のエクソン1に存在する塩基のC・A・Gリピートの伸長が、発病の直接の原因とされる。
※2 NF-Y
NF-YはA、B、Cという3つのサブユニットから構成され、この3量体でCCAAT ボックスに結合する。NF-Yノックアウトマウスは致死であり、発生過程に重要な機能が想定されるが、中枢神経での機能はよくわかっていない。
※3 ポリグルタミン病
C・A・Gリピートが翻訳領域に存在すると、C・A・Gがグルタミンに翻訳されるため、グルタミン鎖(ポリグルタミン)が遺伝子産物に含まれる。ポリグルタミン病は、この遺伝子産物の伸長したポリグルタミンの毒性によって発症すると考えられる。ハンチントン病、球脊髄性筋萎縮症、遺伝性の脊髄小脳失調症(SCA1、2、3、6、7、17)、DRPLA(歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症)が、現在知られているポリグルタミン病である。
※4 シャペロン
タンパク質は、正常に働くためには正しく折り畳まれる必要がある。この働きを助ける一群のタンパク質は「シャペロン」と呼ばれ、熱ショックなどで誘導される。HSP70はその1つで、ポリグルタミン凝集抑制効果が認められる。


図1 転写因子NF-Yが遺伝子発現を調整する模式
NF-YはA、B、Cの3量体として、HSP70プロモーターのCCAATに結合し、その遺伝子発現を調節する。図中のHSF、SP1、TBPはそれぞれHSP70プロモーターに結合する転写因子を表す。ポリグルタミン病では、転写因子が重要だと言われていたが、本当に重要なものはまだ確定していなかった。


図2 ハンチントン病モデルマウス大脳皮質における
NF-YA、NF-YCの封入体との共局在
(左)ハンチントン病モデルマウス大脳皮質のNF-YA抗体、NF-YC抗体による染色。
(中)ユビキチン抗体で染色された核内封入体。
(右)核染色を加えた左2つとの融合画像。NF-YAとNF-YC、核内封入体が共局在する。


図3 ハンチントン病モデルマウス脳のNF-YのHSP70プロモーターへの結合
NF-Yが結合するCCAAT配列は、HSP70のプロモーター上に近位と遠位の2カ所ある。
ハンチントン病モデルマウス脳で機能するNF-Yをゲルシフト法で調べると、その減少が確認された。(HD:ハンチントン病モデルマウス、cont:正常マウス)


図4 HSP70の発現量の比較
ハンチントン病モデルマウスと正常マウス脳のHSP70の発現をin situハイブリダイゼーションで確認した。ハンチントン病モデルマウスでその発現は減少している。


図5 NF-Yのポリグルタミン病病態との関わりと治療戦略
ポリグルタミン病では、ポリグルタミンの凝集体ができて、これにNF-YA、NF-YCが取り込まれる。このため、機能できるNF-Yが減少し、結果としてNF-Yによって制御されるHSP70の発現が減少する。これによって異常タンパク質の蓄積が促進され、ポリグルタミン病の進行が促進される。したがってNF-Yの取り込みの抑制や、活性をあげることにより、進行を抑える治療効果が期待される。

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