プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
人体力学シミュレーションのための
軟組織の非線形物性値データベースを構築

- 筋組織や臓器の損傷、骨折による組織の変形の予測に貢献 -
平成20年3月10日
◇ポイント◇
  • 肝臓、すい臓など17種類の非線形な臓器の硬さのデータベースを構築
  • 臓器などの軟組織が変形する様子を解く力学シミュレーションの道を開く
  • データベースの公開とともに、世界の研究者に物性値の充実のためのデータ募集を提案
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、静岡県工業技術研究所(安間守所長)と共同で、人体の力学シミュレーション(強度解析)を可能とする身体組織の機械的特性の情報を統合したデータベースを構築しました。これは、理研中央研究所(茅幸二所長)生体力学シミュレーション特別研究ユニットの姫野龍太郎ユニットリーダー、理研知的財産戦略センター(斎藤茂和センター長)VCADシステム研究プログラム生物基盤構築チームの横田秀夫チームリーダー、理研次世代計算科学研究開発プログラム臓器全身スケール研究開発チームの高木周チームリーダーと静岡県工業技術研究所の船井孝副主任らによる成果です。
 力学シミュレーション(強度解析)は、ペットボトルなど身の回りのものや、自動車の車体など機械構造物などの強度の解析に一般的に活用されている技術です。例えば、自動車部品や車体では、軽量化の設計支援や試作省略による開発期間の短縮などに大きな効果を発揮しています。人体についても、機器の人体への影響を人体を使わずに検討できることから、力学シミュレーションに期待が寄せられています。理研と静岡県工業技術研究所は、力学シミュレーション技術の普及を目指して、人体の物性を応力とひずみの線形式で表現したヤング率のデータベースを整備し、2007年3月より解析に必要となる身体組織の物性値を公開してきました。しかし、生体組織の大部分を占める軟組織は非線形の特性を持つため、これまでのデータでは適用できる範囲が限られおり、問題となっていました。
 この問題を解決するため、生体の軟組織の特徴である非線形な物性を表現することができ、汎用の力学解析ソフトウエアで利用可能な「非圧縮性等方性超弾性体モデル(Mooney-Rivlin体)※1」を使って、応力ひずみの関係を近似した関数を求めました。今回、人体を構成する肝臓や腎臓などの主要な17種類の軟組織についてのデータを整備し、データベースとして公開します。すでに公開しているヤング率のデータベースと合わせて、人体の力学解析に必要な物性値を整備したことにより、これらのデータを活用して人体の力学シミュレーションを行うと、人体に何らかの力が加わった時に骨や筋肉など体の各部にどのように力が伝わるかを予測することができるようになります。
 今後、理研で開発を進めている人体の形状モデルと併せて、力学シミュレーションのための人体モデルの構築を目指します。さらに、同技術の医療への応用、保護装具など福祉機器・ユニバーサルデザイン製品開発などへの活用促進を図ります。
 本成果は、3月11日(火)の理研シンポジウム「生体力学シミュレーション研究」で発表するとともに、3月末までに理研のホームページで身体組織物性値データベース※2として公開します。


1. 背景
 力学シミュレーションは、さまざまな物性値をもとに力を受けた製品の変形を正しく予測するもので、自動車の衝突解析やペットボトル、電化製品の設計開発など幅広い分野で使われています。理研では、1999年より、人体の力学シミュレーションを目指した「生体力学シミュレーション研究」を展開してきました。これまでの研究で、眼球の網膜剥離手術のシミュレータ、心臓内の血流のシミュレーション、歩行時の筋肉のシミュレーションを実現してきました。これらの技術蓄積をもとに、人体全身の力学シミュレーションを実現することを目指して、現在、人体モデルの構築を行っています。この人体の全身モデルには、人体の形状情報と物性情報が不可欠です。
 2006年、理研と静岡県工業技術研究所は共同研究を開始して、この問題に取り組み、微小な変形に限定した人体の力学特性のデータベースを開発し、2007年3月から、ホームページを通じて一般に公開をしてきました。このデータベースは、応力とひずみの関係を線形としたヤング率を力学的特性として整備したもので、工業製品や骨などの硬い材料では、力学的特性が線形に近い挙動を示すため、有用なデータが得られます。このデータベースには大きな反響があり、公開から1年も経たない間に企業、大学、研究機関など、50件以上のユーザーが登録し、活用しています。
 一方、体を構成する臓器や皮膚、筋肉など軟らかい臓器のほとんどは、非線形な力学特性を示すことが知られております。このために、従来公開したデータベースの情報に加えて、軟らかい組織の力学的特性を表現する物性値データベースが求められていました。そこで、研究グループは、人体の力学シミュレーションのための非線形な物性値データベースの構築を目指しました。


2. 研究手法と成果
 これまでに構築した身体組織の物性値データベースは、文献から参照した応力ひずみ曲線のほか、その曲線を線形近似※3した場合のヤング率を物性値として掲載していました。しかし、生体組織の大部分を占める軟組織の物性値は非線形であり、このデータベースを使って解析できる範囲には限界がありました。
 軟組織の非線形な特性を表現でき、さらに、汎用力学シミュレーションソフトウエアで取り扱うことができる力学モデルとして、「非圧縮性等方性超弾性体(Mooney-Rivlin体)」が知られています。そこで、公開されている物性値データベースの応力ひずみ曲線をもとに、最小二乗法によるカーブフィッティングを行い、Mooney-Rivlin体のひずみエネルギー関数を求めました(図1)。
 研究グループは、人体の肝臓、腎臓などの主要な臓器17種類に対して、合計32組織の超弾性体※4としての物性値を求めました。これらは、非線形な力学的特性を非常に広いひずみ範囲で再現することが可能となっています。
 今回、これらの物性値データを既存のデータベースに加え、公開します。すでに公開しているヤング率からなるデータベースと合わせて、人体全身の主要な組織32種類の物性値がそろったことになります。今回公開するデータでは、生体組織を非圧縮等方性超弾性体と仮定して組織の変形の特性を定式化することにより、これまでより広範囲の変形を精度よくデータ化しています。このデータベースには、出典となる論文や物性値の算出方法も記載しているため、近似式の妥当性の検証やユーザー独自の詳細な近似式を求めることも可能です。


3. 今後の期待
 今回公開したデータベースの非線形な物性値をもとに、汎用の力学解析ソフトウエアを用いて、肝臓や腎臓などの軟らかい臓器の力学解析が可能となります。例えば、臓器の損傷や骨折など、非常に大きい力が体に加わった時の人体組織の変形や応力をシミュレーションすることができます。
 現在、理研で開発を進めている、1mm分解能を持つ人体全身の形状モデル(図2)に、今回公開した物性値データを活用し、全身の力学シミュレーションを実現することを計画しています。また、より詳細な物性情報を取得してデータベースの更新をはかりながら、公開していきます。さらに、世界中の研究者に呼びかけて、各研究者が所有する個別の物性データを提供してもらい、それらを統合した人体の物性値データベースの構築と精緻化についての枠組みを提案します。
 本データベースの構築により、体を守るための装具の開発、人工関節の設計、手術シミュレーションの実現に貢献できると考えています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 生体力学シミュレーション特別研究ユニット
  横田 秀夫(よこた ひでお)

Tel: 048-467-8354 / Fax: 048-467-9610
  基礎基盤研究推進部  駒井 秀宏(こまい ひでひろ)

Tel: 048-467-7951 / Fax: 048-467-9610

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 非圧縮性等方性超弾性体(Mooney-Rivlin体)
等方性とは、材料の向きに物性が依存しない性質で、均質な材料が等方性となる。Mooney-Rivlin体は、等方性超弾性体の1種。非圧縮性は、液体のように変形によって体積が変化しない性質。生体の軟組織は、含水率が高いため、非圧縮性と見なされることが多い。
※2 身体組織物性値データベース
URL:http://cfd-duo.riken.jp/cbms-mp/index.htm
※3 線形近似
与えられた曲線と最も誤差の小さい直線を求めること。応力ひずみ曲線が(Xi, Yi)の点列データで与えられ、これを直線Y=a*X+bで近似する場合、(Yi)と(Yi*=a*Xi+b)の差の二乗和が最も小さくなる定数a、bを求めることとなる。この時、定数aがヤング率となる。
※4 超弾性体
ゴムや高分子材料のように、負荷がかかって大きく歪んでも元の形状に戻る材料。材料力学では、ひずみEによって材料に生じるエネルギー(ひずみエネルギー関数W(E))のひずみに対する勾配が材料の応力Sとなるs= 材料として定義される。式に高次ひずみの項が含まれるため、応力とひずみが非線形な関係を表すことができる。ひずみエネルギー関数自体は、材料の物性に合わせて自由に定義できる。すなわち、超弾性体の物性を求めることは、ひずみエネルギー関数を決定することと等しい。


<参考>

静岡県工業技術研究所ホームページ
URL:http://www.iri.pref.shizuoka.jp


図1 今回公開する人体組織データの一例
ほぼすべての領域にわたり、高い相関を持つ近似式を求めることが可能となった。


図2 人体の3次元形状モデル
循環器、泌尿器、左肺、脳モデル
筋骨格モデル
骨、内臓モデル

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