| 2. |
研究手法及び研究成果 |
| 上述のようにCD4の発現消失は、キラーT細胞の分化と相関します。このため、研究チームは、CD4遺伝子の発現制御機構に注目して研究を行ってきました。遺伝子の発現は、ゲノム上の制御領域の機能によって調節されています。遺伝子の発現を抑制する機能を持つ制御領域は「サイレンサー」と呼ばれ、キラーT細胞では、CD4遺伝子上のサイレンサー(CD4サイレンサー)の機能によって、CD4の発現が抑制されています。2002年に、谷内チームリーダーは、CD4サイレンサーに結合し、そのサイレンサー機能発現に重要な転写因子として「Runx転写因子」を同定しました(Taniuchi et al. Cell 111, 621-633,2002)。このことは、Runx転写因子がDP胸腺細胞の分化の運命決定にも何らかの役割を行う可能性を示唆していることになります。そこで研究チームは、DP胸腺細胞でのRunx転写因子の機能を調べる目的で、遺伝子操作技術により、DP胸腺細胞でRunx転写因子の機能を欠損するマウスを作製し、以下の実験を行いました。 |
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| (1) |
Runx転写因子を欠損するマウスではキラーT細胞が消失 |
| 驚いたことに、DP胸腺細胞でRunx転写因子を欠損したマウス(Runx変異マウス)では、CD8+キラーT細胞がほとんどなくなっていました。研究チームは、その原因を調べるために、Runx変異マウスとII型MHCを欠損するマウスを交配しました。II型MHCを欠損するマウスでは、II型MHCに拘束性を持つT細胞、すなわちヘルパーT細胞は発生せず、CD8+キラーT細胞ばかりが発生します。ところがII型MHCを欠損していてもRunx転写因子を欠損すると、CD8+キラーT細胞ではなくCD4+ヘルパーT細胞だけが発生してきました。このことは、本来ならばCD8+キラーT細胞に分化するはずのI型MHCに拘束された胸腺細胞が、その自然な分化運命をねじ曲げられて、逆のCD4+ヘルパーT細胞に分化するという、細胞運命の転換が起こっていることを意味します。Runx転写因子を欠損すると、なぜこのような通常ではありえない分化が起こるのでしょうか? |
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| (2) |
Runx転写因子は、Th-POK転写因子の発現抑制に必要 |
| 遺伝子操作によりTh-POK転写因子を強制的に発現させたマウスでも、同様なI型MHC拘束性細胞の運命転換が見られることから、研究チームは、Runx転写因子を欠損しているマウスがTh-POK転写因子の発現異常を引き起こすかどうかを調べました。Th-POK転写因子は、通常DP胸腺細胞では発現しません。ところが、Runx転写因子を欠損しているDP胸腺細胞では、40倍以上の量のTh-POK転写因子が発現していました。このことは、DP胸腺細胞では、Runx転写因子によって、Th-POK転写因子の発現が、積極的に抑制されていることを示しています。 |
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| (3) |
Th-POK遺伝子座にRunx転写因子結合領域を同定 |
| 研究チームは次に、Runx転写因子がTh-POK転写因子の発現を抑制するメカニズムの解明に挑みました。Runx転写因子が、直接Th-POKをコードする遺伝子の制御領域に結合することでTh-POK遺伝子の発現を抑制するのでしょうか? それともTh-POK遺伝子の発現異常は、Runx転写因子欠損の2次的な影響なのでしょうか? この疑問に答えるため、研究チームは、クロマチン免疫沈降法(ChIP)※5とDNA chip※6を組み合わせた新たな技術である「ChIP on chip」法を実施して、Th-POK遺伝子上にRunx転写因子が結合する2ヶ所の領域を同定しました。ところが予想に反して、Th-POK遺伝子を発現しているヘルパーT細胞でも、Runx転写因子は、これらの領域に結合していました。つまり、これらの領域へのRunx転写因子の結合は、キラーT細胞に特異的なものではなく、Th-POK遺伝子の発現抑制とは相関しませんでした。そうすると、果たしてこれらのRunx転写因子結合領域はTh-POKの発現制御に本当に重要なのかという疑問が生じます。 |
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| (4) |
Runx転写因子結合領域にサイレンサー活性を同定 |
そこで、研究チームは、Runx転写因子結合領域を含むレポーター遺伝子と、Runx転写因子結合領域を欠損するレポーター遺伝子のそれぞれを受精卵に導入したトランスジェニックマウス※7を作製し、Th-POK遺伝子発現制御領域の機能を測定する実験を行いました。その結果、Runx転写因子結合領域を含むレポーター遺伝子は、ヘルパーT細胞だけで発現し、Runx転写因子結合領域を欠損するレポーター遺伝子は、ヘルパーT細胞と本来発現しないはずのキラーT細胞の両方で発現することが判明しました。この結果は、Runx転写因子結合領域に、キラーT細胞でレポーター遺伝子の発現を抑制するサイレンサー活性が存在していることを示します。さらに、このサイレンサーの活性は約562bpの領域に限局していることを突き止めました。研究チームは、このRunx転写因子結合領域を「Th-POKサイレンサー」と命名しました。
これらの結果は、Th-POKサイレンサーがTh-POK遺伝子の発現制御に重要であることを示す十分な証拠ですが、研究チームはこの結果に満足することなく、Th-POKサイレンサーの生理的な機能を確かめるさらなる実験を行いました。
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| (5) |
Th-POKサイレンサーはキラーT細胞の分化に必須である |
| 遺伝子操作によって、Th-POKサイレンサーを欠損させたマウスを作製しました。期待通りに、このマウスは、キラーT細胞の欠損、DP細胞でのTh-POK遺伝子の異常発現といったRunx転写因子変異マウスと同様の異常を示しました。これらのことから、キラーT細胞の分化には、Th-POK遺伝子上にあるRunx転写因子に依存的なTh-POKサイレンサーによって、Th-POK転写因子の発現が抑制されることが必須であることを見事に証明した結果となりました。 |
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| 一連の実験結果から、キラーT細胞の分化過程では、Th-POK転写因子の発現に端を発するヘルパーT細胞分化プログラムが、積極的に抑制されていることが明確になりました。また、DP胸腺細胞の運命を決定する転写因子ネットワークが、Th-POK転写因子とRunx転写因子の相互作用によって形成されることも判明し(図2)、このことから十数年来不明であったDP胸腺細胞の運命を決定する核内プログラムの解明が飛躍的に進展していくと考えられます。 |
| ※1 |
T細胞抗原受容体(TCR) |
| T細胞の表面に発現している抗原を認識する受容体。αβあるいはγδの2本鎖から構成されており、各々のT細胞が、1つの抗原に特異的なTCRを発現する。膨大なTCRの多様性は、TCR遺伝子の再構成によって作られる。 |
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| ※2 |
抗原提示細胞 |
| 抗原を細胞内に取り込み処理してT細胞に提示することで、T 細胞を活性化させる機能を持つ細胞群で、樹状細胞やマクロファージなどが含まれる。抗原提示細胞に取り込まれた抗原は、アミノ酸数10程度の抗原ペプチドに分解され、自己MHCとの複合体として細胞の表面に発現することでT細胞が認識できるような形となり、T細胞に提示される。 |
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| ※3 |
主要組織適合抗原(MHC) |
| 構成される分子からクラスI(I型)とクラスII(II型)に分類される。TCRはMHC上に提示される抗原を認識する。遺伝的な背景によりMHCには、多型性があり(ヒトではHLAの多型性として知られている)、臓器移植の際にはMHCが異なると拒絶反応が起こることから、主要組織適合抗原と呼ばれている。 |
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| ※4 |
DP胸腺細胞分化の古典的モデル |
| 1つは、DP胸腺細胞がI型MHCとII型MHCのどちらに反応するのか感知して分化運 命を決定するというモデル(インストラクティブモデル)。もう1つは、分化運命の決定は確立的にランダムに起こるものであり、例えば、ヘルパーT細胞に分化する運命決定をした細胞が、運良くII型MHCと反応するTCRを発現した場合に、細胞が生き延びるだけであるというモデル(ストカスティック/セレクティブモデル)。 |
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| ※5 |
クロマチン免疫沈降法(Chromatin Immune-precipitation: ChIP) |
| 細胞内でDNAと核内タンパク質の結合を調べる実験手法。核内タンパク質をクロマチンDNAに結合した状態で固定した後、目的の核内タンパク質に対する抗体で免疫沈降を行う。免疫沈降物に含まれるDNA断片を解析することで、目的のタンパク質が結合しているDNAを検出することができる。 |
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| ※6 |
DNA chip |
| スライドグラス上に、人工的に合成したDNA断片を載せることで、作成されたチップ。DNA断片の種類を増やすことで、一度に大量のDNAを解析することが可能であり、網羅的な解析・バイオインフォマティクス解析には欠かせない研究材料である。クロマチン免疫沈降法(ChIP)と組み合わせた「ChIP on chip」と呼ばれる方法は、ある核内タンパク質がどのゲノム領域と結合しているかを解析するのに極めて有効である。 |
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| ※7 |
トランスジェニックマウス |
| DNA断片を受精卵にマイクロインジェクションすることで遺伝子導入して作製した遺伝子操作マウス。導入するDNAにより用途は異なるが、レポーター遺伝子の導入による遺伝子発現制御領域の同定や機能解析には非常に有効な研究手法である。 |