プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
収量ホルモン合成酵素は穴の開いたドーナツ型!
- 穴の中心が活性中心となり収量ホルモン「サイトカイニン」を合成 -
平成20年2月5日
◇ポイント◇
  • サイトカイニンの合成反応はSN2型の求核置換反応と判明
  • 土壌病原菌のサイトカイニン合成酵素を植物型に改変することに成功
  • 光合成の活性化や穀粒数の増加、新規農薬など植物の生産性向上に期待
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物の収量調節や病気に関わる「サイトカイニン※1」の合成酵素の立体構造解析に成功し、この反応メカニズムを世界で初めて明らかにしました。植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)生産機能研究グループ 生産制御研究チームの榊原均グループディレクターらによる成果です。
 サイトカイニンは、葉の老化抑制、光合成の活性化、頂芽優勢(ちょうがゆうせい)※2やイネの穀粒数の制御など、植物の成長や作物の収量にとって極めて重要な働きをする植物ホルモンです。一方、病原性土壌細菌の中には、サイトカイニンを合成するものがあり、植物に感染後、サイトカイニンを大量合成することで、根頭がん腫病※3のような深刻な病気を引き起こします。サイトカイニン生合成の初発反応は、イソペンテニル基転移酵素(IPT)によるジメチルアリル2リン酸(DMAPP)とアデニンヌクレオチド(AMP、ADP、ATP)の縮合反応ですが、このステップはサイトカイニンの活性を調節していく過程の鍵の1つになっています。しかしこれまで、その反応メカニズムはわかっていませんでした。
 今回、研究グループは、土壌細菌アグロバクテリウムのIPTの立体構造解析から、サイトカイニン生合成の反応機構を解明するとともに、IPTがP-ループ※4含有ヌクレオシド3リン酸加水分解酵素(pNTPase)ファミリー※5と共通の祖先タンパク質から独自の進化を遂げてきたことを発見しました。また、この構造情報をもとに、高等植物と土壌細菌のサイトカイニン生合成の基質特異性※6の違いを決めるアミノ酸残基を同定し、土壌細菌のIPTを植物型に改変することにも成功しました。
 今回解析した立体構造情報と反応機構の知見をもとに、IPTの機能を人為的に変えることで、様々な作物の生産性向上に大きく貢献すると期待されます。
 本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS』のオンライン版(2月4日付:日本時間2月5日)に掲載されます。


1. 背景
 植物は、茎と根の先端にある分裂組織が、細胞の分裂と分化のバランスを保ちながら持続的に形作りを行い、成長していきます。この分裂組織の正しい機能を維持していくために、植物ホルモンであるサイトカイニン(図1)が重要な働きをしています。サイトカイニンは、分裂組織機能維持のほかにも、葉の老化抑制、光合成の活性化、頂芽優勢やイネの穀粒数の決定など、農業にとって重要な働きをしています(2005年6月24日プレスリリースおよび2007年2月8日プレスリリース)。
 一方、土壌中には様々な種類の微生物が生息しており、それらの中には植物にとって重要な働きをするサイトカイニンの合成能力を持つものが存在します。例えば、アグロバクテリウム属の土壌細菌(Agrobacterium tumefaciensなど。以下、アグロバクテリウムと呼ぶ。)は、植物に感染すると、自身の遺伝子を植物細胞に導入し、サイトカイニンなどを過剰に生産させることで、クラウンゴールと呼ばれる腫瘍を形成します(根頭がん腫病)。つまりサイトカイニンは、適切量では良薬に、過剰に存在すると毒薬のように働く妙薬といえます。
 植物でも土壌細菌でも、サイトカイニンはまずイソペンテニル基転移酵素(IPT)により前駆体が合成されます。ただし、両生物種のIPTで基質特異性が大きく異なり、高等植物のIPTは、ジメチルアリル2リン酸(DMAPP)とアデノシン2リン酸(ADP)もしくはアデノシン3リン酸(ATP)を利用するのに対し、土壌細菌のIPTはヒドロキシメチルブテニル2リン酸(HMBDP)と呼ばれる特殊な化合物とアデノシン1リン酸(AMP)を利用します(図2)。この生合成経路※7の違いが土壌細菌による腫瘍の形成誘導に深く関わっていると考えられています(2005年7月5日プレスリリース)。しかし、サイトカイニンの合成メカニズムや、2種類のIPT間で基質特異性の違いを決めている仕組みは全くわかっていませんでした。


2. 研究手法と成果
 研究グループは、アグロバクテリウムのIPTを用いてタンパク質結晶を作り、X線解析を行いました。この結晶は、基質であるAMPを結合した状態で存在していました。さらにジメチルアリルチオ2リン酸(DMASPP)という基質アナログ※8を利用することで、反応の中心に基質と基質アナログが結合している結晶を得ることに成功しました。結晶を解析した結果、IPTは、その中心に穴のあいた構造を持ち、酵素全体の姿はドーナツのような形をしていることを初めて明らかにしました(図3)。この穴の部分に基質と基質アナログが結合していたことから、この部分が反応の中心であることがわかりました。反応の中心付近の結晶構造と、基質化合物とアミノ酸残基の相互作用の様子から、サイトカイニン生合成反応はSN2型の求核置換反応※9であることを初めて突き止めました(図4)。
 これらのIPTの構造情報をもとに、高等植物と土壌細菌のIPTのアミノ酸配列を比較したところ、DMAPPの結合に関わるアミノ酸残基の保存性に違いがあることがわかりました。さらに解析を進めるために、土壌細菌のIPTで保存性の高いアミノ酸のうち、173番目のアスパラギン酸と214番目のヒスチジン残基を植物型IPTで保存されているものに置換したところ、これらの変異体酵素は、HMBDPを利用できなくなりました(図5)。つまり、これらのアミノ酸残基のとる構造が、土壌細菌型と植物型のIPTのプレニル供与体※10側の基質特異性を決めていたことが明らかとなりました。
 IPTの立体構造は、pNTPaseファミリーという一群の酵素タンパク質と相同性を示すことがわかりました。これまでのタンパク質の1次構造(アミノ酸配列)による検索では、このような類似性は見いだせなかったことから、この発見は驚きでした。このファミリーに属する酵素では、通常P-ループはヌクレオチドに結合し、ヌクレオチドからのリン酸基の解裂と転移に関与しています。一方、IPTのP-ループはDMAPPの2リン酸部分と結合し、プレニル基転移反応時の基質の固定に寄与していますが、リン酸基を転移するのではなく、逆にプレニル基の方が転移されるというユニークな反応を行うことがわかりました(図4)。つまり、共通の祖先タンパク質からの分子進化の過程で、IPTはP-ループの機能を「リン酸基を捉えて残りの部分を転移させる」ように独自に変化させたことで、サイトカイニンという物質を作り出すようになったことを示しています。これは、サイトカイニンという植物ホルモンの誕生を考える上で、大変興味深い知見です。


3. 今後の期待
 サイトカイニンは、イネの収量を大きく左右する穀粒数をコントロールする農業上極めて重要な植物ホルモンです。サイトカイニンの中でもトランスゼアチンは、生物学的な活性が高く、この分子種の効率的な生産は、植物の生産性の向上に大切です。今回の研究から土壌細菌型のトランスゼアチン合成経路に必要な構造を明らかにすることができました。この知見を応用すると、植物内でも効率的なトランスゼアチン合成が可能になります。また、構造情報をもとに土壌細菌のIPTにのみ働く阻害剤を開発できれば、根頭がん腫病への有効な農薬にもなります。収量の向上、農薬開発などの応用研究に有益な基礎情報を与えるものと期待できます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 横浜研究所
 植物科学研究センター
  生産機能研究グループ グループディレクター
   生産制御研究チーム  チームリーダー
    榊原 均(さかきばら ひとし)

Tel: 045-503-9576 / Fax: 045-503-9609
 横浜研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 サイトカイニン
植物ホルモンの1種。細胞分裂の促進、細胞周期の調節、老化阻害、腋芽の活性化など多様な生理活性を持つ。アデニンの6位の窒素原子に炭素5つのプレニル基を持つ構造が基本骨格(図1)であり、側鎖構造の違いによりトランスゼアチン(tZ)、イソペンテニルアデニン(iP)などが知られている。中でもtZの生理活性が最も強い。植物の他にアグロバクテリウムなどの一部の土壌細菌、キイロタマホコリカビなどの粘菌が、合成する能力を持つことが知られている。
※2 頂芽優勢(ちょうがゆうせい)
主茎の先端の芽(頂芽)が活発に成長をしている時、下方にある側芽(腋芽)の成長が抑制される現象。頂芽を切除すると腋芽は成長抑制が解かれて成長を始める。これは頂芽で合成されたオーキシンが下方に移動し、茎の部分のサイトカイニン合成を抑制することで腋芽の成長をコントロールしているからと考えられている。実際に、サイトカイニンを腋芽に与えると頂芽を切除しなくても腋芽の成長がみられる。腋芽の1つが成長して新しい頂芽になると、そこで生産されるオーキシンによって再び腋芽の成長は抑制される。
※3 根頭がん腫病
土壌細菌Agrobacterium tumefaciensの感染によって起こる植物の病気。根の付け根あたりにクラウンゴールと呼ばれる「こぶ」を形成する。この細菌が持つTi-プラスミド上のT-DNA領域は、植物細胞の核ゲノム中に組み込まれる性質がある。T-DNA領域には、細胞分裂の制御に関わる植物ホルモン(サイトカイニンとオーキシン)の合成酵素遺伝子がコードされており、これらが過剰に作り出すホルモンにより正常な細胞分裂制御が行えなくなり、植物細胞はクラウンゴールをつくる。
※4 P-ループ
[Ala or Gly]-X(4)-Gly-Lys-[Ser or Thr]の8つのアミノ酸によって構成される配列モチーフ。通常はATP/GTP結合モチーフとして知られるが、IPTではDMAPPという基質の結合に関わることが明らかになった。
※5 P-ループ含有ヌクレオシド3リン酸加水分解酵素(pNTPase)ファミリー
P-ループ部分でヌクレオシド3リン酸を結合し、リン酸エステル結合を加水分解する酵素の総称。抗生物質のクロラムフェニコールの不活性化に関わる、クロラムフェニコールリン酸基転移酵素などがある。なお、ここでいうファミリーとは、類似の構造と反応機構を持つタンパク質群のことをさす。
※6 基質と基質特異性
酵素の作用を受けて反応を起こす物質を、その酵素の基質という。酵素が反応する基質は決まっており、他の基質では反応が進まない。このように、酵素がある特定の基質を選んで反応する性質を基質特異性という。
※7 サイトカイニンの生合成経路(図2)
植物のサイトカイニン合成の初発反応は、アデニンヌクレオチド(特にADP、ATPを好む)とDMAPPの縮合反応により、iPヌクレオチド(iPRTP/iPRDP)が生産される。その後、P450酵素(CYP735A)の働きによりプレニル側鎖末端が水酸化され、tZヌクレオチド(tZRMP)に変換される。ヌクレオチドはLOGと呼ばれる酵素により、活性をもつサイトカイニン分子になる。アグロバクテリウムなどの土壌細菌のサイトカイニン合成の初発反応は、アデニンヌクレオチド(AMPのみを利用する)とHMBDPもしくはDMAPPの縮合反応により、tZヌクレオチド(tZRMP)もしくはiPヌクレオチド(iPRMP)が生産される。実際の宿主色素体内ではHMBDPを優先的に利用している。
※8 基質アナログ
基質に化学構造がよく似た物質のこと。酵素と基質の反応部位を調べるために構造解析を行う際、酵素に基質として認識され結合するが反応が進まない基質アナログを使うことで、酵素が基質を取り込んだ状態の構造を解析することができる。
※9 SN2型の求核置換反応
求核試薬が3級の炭素に対して脱離基の背面から攻撃し、中心の炭素が求核剤、脱離基と同軸方向にある三方両錘型の遷移状態を経て、脱離基が抜ける求核置換反応。
※10 プレニル供与体
酵素の反応過程において、基質分子中のプレニル基(C5H8の二重結合を持つ炭化水素基)をもう一方の受け手側の基質に与える役割をするもの。


図1 サイトカイニンの構造
サイトカイニンは、植物ホルモンの1種。側鎖構造の違いによりトランスゼアチン(tZ)、イソペンテニルアデニン(iP)などが知られている。中でもtZの生理活性が最も強い。


図2 土壌細菌と植物のサイトカイニンの生合成経路
土壌細菌と植物のIPTでは基質特異性が異なるため、両者ではサイトカイニンの生合成経路が異なっている。土壌細菌では高活性型のトランスゼアチン(tZ)を効率的に作り出すことができる。詳細は※7の説明を参照。Me(II):2価の金属イオン。


図3 IPTタンパク質全体の立体構造(左)と反応中心部分の輪切り図(右上)
アミノ末端側領域を青色、カルボキシル末端側領域をピンク色で示した。タンパク質中央部分に反応中心の「穴」が空いており、「ドーナツ」のような形をしている(右下)。右上図は反応中心(ドーナツの穴の部分)に基質のAMPと基質アナログのDMASPPが結合している状態の構造である。


図4 サイトカイニンの生合成反応機構
アミノ酸残基は黒色、DMAPPは緑色、AMPは赤色、P-ループ領域は薄青色で示した。Me(II)は2価の金属イオン。原子間の水素結合は破線で示す。サイトカイニン合成反応は、33番目のアスパラギン酸残基のカルボキシル基がAMPのアミノ基を脱プロトン化する結果生まれた求核試薬が、DMAPPの炭素原子を攻撃することで、SN2型求核置換反応が起こり、プレニル基がAMPに転移する。この際、10番目のスレオニン(Thr)と138番目のアルギニン(Arg)残基が求核置換反応の遷移状態を安定化させている。Lys:リジン、Ser:セリン、Ile:イソロイシン。


図5 変異導入による基質特異性の変化
アグロバクテリウムの野生型IPTに点変異を導入し、173番目のアスパラギン酸(Asp173)をグリシン(Gly)に、もしくは214番目のヒスチジン(His214)をロイシン(Leu)に置換した場合にHMBDPを利用しなくなり、基質特異性が植物型に変化した。

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