プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
哺乳類の受精卵の発生には卵子由来の核小体が重要
- 注目されていなかった卵母細胞の核小体の機能が世界で初めて明らかに -
平成20年2月1日
◇ポイント◇
  • 卵母細胞の核小体が全能性を持つ受精卵の構築、初期胚発生に重要な機能を発揮
  • 受精卵の核小体は卵子からのみ供給可能−卵母細胞特異的な核小体機能の解明へ
  • 受精卵の全能性機序の解明につながる可能性
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、受精卵が構築される際に核小体※1が卵子からのみ供給され、その卵母細胞由来の核小体が、核全能性※2を持つ受精卵の構築や初期胚発生になくてはならない重要な機能を発揮することを世界で初めて明らかにしました。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)哺乳類生殖細胞研究チーム(斎藤 通紀チームリーダー)の大串 素雅子研究員、国立大学法人神戸大学、チェコ国立畜産研究所を中心とする国際共同研究グループによる成果です。
 受精の際、卵子は母方の遺伝情報を、精子は父方の遺伝情報を受精卵に持ち込むことはよく知られています。卵子のもととなる卵母細胞には、卵母細胞特有の大きな核の内部に、明瞭に識別できる構造の核小体が存在していますが、長年特別な機能はなく不要なものとされてきました。
 研究グループは、独自に開発した哺乳類(ブタおよびマウス)の卵母細胞から核小体のみを取り除くという特殊な方法を用いて、核小体の機能にアプローチした結果、(i)卵母細胞から卵子になる過程の減数分裂進行に卵母細胞の核小体は不要(ii)受精卵の雌雄前核形成に核小体が必要(iii)受精卵の初期発生進行に核小体が必要(iv)卵母細胞核小体は体細胞核小体によって代替することはできない、ということを発見しました。
 たった1つの細胞から発生、分化し、個体を形成するという全能性を持つ受精卵の核には、全能性機序の情報が挿入されているはずです。その核に特異的に存在する核小体の成分および機能解明は、基礎科学において非常に重要な命題である全能性機序の解明につながる可能性があります。また、マウスなどでは体外でES細胞などから卵子を作り出す試みも始まっており、これにより新たなES細胞系統の樹立や不妊治療への展開が期待されています。卵母細胞特異的な構造体の解析は、このような技術をより正確に確立するという点においても重要となります。
 本研究は、科学研究費補助金(若手研究B)、神戸大学21世紀COEプログラム「蛋白質のシグナル伝達機能」の一環として行われ、本成果は、世界的な科学雑誌『Science』(2月1日号)に掲載されます。


1. 背 景
 受精の際、卵子は母方の遺伝情報を、精子は父方の遺伝情報を受精卵に持ち込むことはよく知られています。それ以外に卵子は、ミトコンドリア、様々なタンパク質およびRNAなどを供給し、精子は中心小体※3を持ち込みます(図1)。卵子と精子が相補的に貢献することによって、すべての細胞になる能力、すなわち全能性を備えた受精卵が構築され、その後の発生が正常に進行します。
 卵子のもととなる卵母細胞には、卵母細胞特有の大きな核の内部に明瞭に識別できる核小体が存在します(図2)。しかし、卵母細胞の核小体は、体細胞の核小体とは形態が全く異なります。さらに、体細胞の核小体では、タンパク質合成の場であるリボソーム※4の構築とその構成成分であるリボソームRNA※5の転写が起こっていますが、卵母細胞中では、新規リボソームRNAの転写が起こらない特殊な環境であるため、核小体の構造は存在するものの特別な機能はない、と長年推測されていました。このため、減数分裂・受精・初期胚発生過程におけるこの核小体の機能についてはほとんど報告されていませんでした。
 ところが最近になって、体細胞の核小体にリボソームの構築とは関連性のない機能があることが報告されはじめました。研究グループは、機能がないと長年推測されてきていたものの、非常に明瞭な構造をもつ核小体が卵母細胞の核内に存在することには何らかの意義があるに違いないと独自に推測し、この核小体の機能にせまろうと本研究を遂行しました。


2. 研究手法と成果
 卵母細胞の核小体の構成成分は、未だ判明していません。したがって、核小体構成成分の遺伝子を改変し、遺伝子発現を抑制・促進するといった分子生物学的手法あるいは生化学的手法によって、核小体の機能を解明することがいまだ実現できていません。近年、哺乳類の卵母細胞や精子をマイクロマニピュレーター(写真1)を使って顕微鏡下で操作する「顕微操作技術※6」が急速に進歩してきました。本研究ではこれらの技術を駆使するとともに、研究グループが独自に開発した哺乳類卵母細胞(ブタおよびマウス)から核小体だけを取り除くという特殊な方法(脱核小体操作:写真2)を併用し、核小体の機能の解明を行いました。
 哺乳類卵母細胞は、卵巣内で、第T減数分裂後一時分裂を停止していますが、性腺刺激ホルモンの刺激により減数分裂を再開し、第U減数分裂中期に達したのち、卵子となって卵管から排卵されます。その後、精子と受精することにより、卵子由来の核(雌性前核)と精子由来の核(雄性前核)を持つ受精卵を形成したのち卵割し、胚盤胞形成を経て発生していきます(図3)。哺乳類では、胚盤胞形成までの過程を体外培養によって再現することができます。そこで、顕微操作により核小体を取り除いたマウスの卵母細胞を使って、体外培養を行い、減数分裂進行・受精・初期胚発生過程での核小体の機能について調べました(図4)。
1) 減数分裂進行に卵母細胞の核小体は不要である
 脱核小体操作により核小体のない卵母細胞(脱核小体卵)を作出し、体外で培養することにより減数分裂が進行するかを調べました(図4-1)。脱核小体卵は、核小体を持つ通常の卵母細胞(対照卵)と同様な時間経過で減数分裂を進行し、完了しました。つまり、卵母細胞の核小体は減数分裂進行には必要ないことが示されました。
2) 受精卵の雌雄両前核形成に核小体は必要である
 脱核小体卵を体外で培養し、減数分裂を進行させたのち体外受精を行い、受精卵を作出しました(図4-2)。その結果、対照卵から作出した受精卵では雌雄両前核に核小体が存在しましたが、脱核小体卵から作出した受精卵では、卵子由来の核(雌性前核)だけでなく、核小体が存在していた精子由来の核(雄性前核)においても核小体は存在しませんでした(写真3)。つまり、卵母細胞の核小体は、精子侵入後に形成される受精卵の雌性前核だけでなく、雄性前核の核小体形成にも必要であることを見いだしました。哺乳類の受精卵中の核小体が卵子のみに由来するという発見は、受精卵構築時に片親からもたらされる細胞小器官として、1974年の卵子由来のミトコンドリア、1976年の精子由来の中心小体の発見に次ぐ3番目の発見として、歴史的にも価値があるといえます。
3) 初期胚発生進行に核小体は必要である
 さらに、核小体のない卵母細胞を体外で受精・発生させることで、卵母細胞の核小体が初期胚発生進行に必要かどうかを調べました(図4-3)。発生を開始した脱核小体卵は、核小体を持つ対照卵と同様にタンパク質合成能およびDNA複製能を有していましたが、数回の卵割後に初期胚発生を停止しました(写真4)。この異常が脱核小体操作による核のダメージによって起こるものでなく、核小体を持たないことに起因することを確認するため、核小体のない脱核小体卵に卵母細胞の核小体を戻し、体外で受精・発生させました(図4-4)。核小体を戻した卵母細胞は、正常に受精・発生し、この胚から産仔が得られました(写真4)。つまり、卵母細胞の核小体は胚発生を正常に進行させるために必要であることが実証できました。
1) 体細胞核小体によって卵母細胞核小体を代替することはできない
 最後に、卵母細胞の核小体を、形態的に異なる分化した体細胞の核小体によって代替できるかどうかを調べました(図4-5)。体細胞の核小体を脱核小体卵に顕微操作により注入し、この卵に前核を形成させると、前核に核小体は形成されず(写真5)、この卵の胚発生は数回の卵割後に初期胚発生を停止しました。また、分化した体細胞よりも未分化な状態で多能性を持つES細胞の核小体を脱核小体卵に注入したのち前核を形成させても、前核に核小体は形成されませんでした。つまり、卵母細胞の核小体は、体細胞の核小体によって代替できず、卵母細胞特異的であると考えられます。また、体細胞クローン作出時の前核中にも卵母細胞特異的な核小体が形成されていたことから、体細胞クローン胚の正常な初期胚発生進行にもこの核小体が必須であることが示されました。


3. 今後の期待
 本研究は、受精卵の構築の際に核小体が卵子によってのみ供給されるという歴史的に重要な発見となり、さらに、今まで注目されなかった構造体である卵母細胞の核小体が、全能性を持つ受精卵の構築、初期胚発生に重要であることを見つけました。また、卵母細胞の核小体が体細胞の核小体では代替できないことから、卵母細胞特異的な核小体の機能の存在が明らかとなりました。
 哺乳類の受精卵は、たった1つの細胞から発生、分化し、個体を形成します。そういった全能性を持つ受精卵の核には、全能性機序の情報が挿入されているはずです。その核に特異的に存在する核小体の成分および機能解明は、基礎科学における非常に重要な命題である全能性機序の解明につながる可能性があります。
 また、マウスなどでは体外でES細胞などから卵子を作り出す試みも始まっており、これにより新たなES細胞系統の樹立や不妊治療への展開が期待されています。卵母細胞特異な構造体の解析はこのような技術をより正確に確立するという点においても重要で、大きな知見をもたらします。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 発生・再生科学総合研究センター
  哺乳類生殖細胞研究チーム
   研究員 大串 素雅子(おおぐし すがこ)

Tel: 078-306-3377 / Fax: 078-306-3377
 神戸研究推進部企画課

Tel: 078-306-3008 / Fax: 078-306-3039

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 核小体
真核生物の細胞核に存在し、タンパク質合成の場であるリボソームの構築とその構成成分のリボソームRNAの転写が行われる場所。
※2 全能性
胎盤や卵黄嚢といった胚体外組織を含め個体形成のためのすべての細胞に分化できる能力をさす。それに対してES細胞は胚体外組織以外の個体の身体を構成するすべての細胞に分化できる能力、多能性を持つ細胞といえる。
※3 中心小体
中心体に一対存在する構造で、動物および下等植物細胞の分裂時に紡錘体の極に存在している。
※4 リボソーム
生物の細胞内に存在する構造で、mRNAの遺伝情報を読み取ってタンパク質へと変換する機構(翻訳)が行われる場。リボソームは、大小2つのサブユニットから成り、タンパク質とRNAの複合体である。
※5 リボソームRNA
リボソームを構成するRNAであり、RNAとしては生体内でもっとも大量に存在する。タンパク質合成の触媒反応の活性中心を形成していると考えられている
※6 顕微操作技術
おもに哺乳類の細胞を顕微鏡下で操作する際に用いる技術。細いガラスピペットを操作して顕微鏡下で卵子と精子(精細胞)を受精させる顕微授精や、クローン動物作出時に卵子由来の核を除去しそこに体細胞核を注入する際に用いる。


図1 受精卵への精子、卵子の貢献
精子、卵子は各々の遺伝情報を受精卵にもたらすだけではない。ミトコンドリアや初期胚発生に必要なタンパク質・RNAなどは卵子から供給され、精子からは中心小体が供給され相補的に受精卵に貢献する。


図2 哺乳類卵母細胞と体細胞の核小体の模式図
哺乳類卵母細胞は体細胞と比べると大きな核を持ち、その内部に明瞭に識別できる核小体を持っている。


写真1 顕微操作装置

赤丸で囲っているのが顕微操作を行う装置、マイクロマニュピレーターで、その左にある顕微鏡の下で細胞の微細な操作を行う
写真2 顕微操作による核小体を取り除く操作
(脱核小体操作)

上段:脱核小体操作前のマウス卵母細胞
中段:顕微操作により核小体を吸引
下段:脱核小体操作により卵母細胞から核小体を単離


図3 哺乳類卵母細胞の減数分裂進行、受精、発生過程の模式図
哺乳類卵母細胞は卵巣内で、第T減数分裂後、一時分裂を停止する。性腺刺激ホルモンの刺激により減数分裂を再開し、第U減数分裂中期に達すると排卵され精子と受精し、卵子由来の核(雌性前核)と精子由来の核(雄性前核)を持つ受精卵を形成する。その後、卵割し、胚盤胞を形成すると子宮に着床し、さらに発生し個体を形成する。


>> 拡大図
図4 本実験の流れ図


写真3 卵母細胞の核小体は受精卵の前核の核小体形成に必要である
卵母細胞の核小体を持つ対照卵由来の受精卵では雄性・雌性前核ともに核小体が形成されるが(上段)、核小体を除いて体外培養、受精させた脱核小体卵由来の受精卵では両前核ともに核小体が形成されない。


写真4 脱核小体卵の初期胚発生能力
対照卵は胚盤胞を形成したが、脱核小体卵は数回の卵割後に発生を停止していた。しかし、脱核小体卵に卵母細胞の核小体を戻すと、その卵は初期胚発生能力を回復し胚盤胞にまで達し、さらにその胚から産仔が得られた。


写真5 体細胞核小体では卵母細胞の核小体を代替できない様子
卵母細胞核小体を持つ対照卵に体細胞核小体を注入しても前核に卵母細胞の核小体が形成されるが(上段)、卵母細胞核小体を除いた卵に体細胞核小体を注入し、前核を形成させてもその中に卵母細胞の核小体は形成されない。

<< 戻る [Go top]
copyright (c) RIKEN, Japan. All rights reserved.