プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
植物の免疫レセプターの安定化制御機構を解明
- 耐病性作物の作出や動植物共通の免疫システムの理解へ大きく貢献 -
平成19年11月27日
◇ポイント◇
  • 免疫レセプターに関わるタンパク質SGT1に焦点をあて立体構造を解明
  • 免疫レセプターの安定化制御にはタンパク質SGT1のHSP90への結合が必須
  • 免疫レセプター機能の強化を狙った、病気の新規薬剤設計が可能に
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物の免疫システムで主役を演じている免疫レセプター※1の安定化には、タンパク質SGT1とHSP90※2が結合することが必須であるなどの制御機構を明らかにしました。これは理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)植物免疫研究グループの白須賢グループディレクターと仏国・CEA(原子力庁)研究所(Pierre Legrain (ピエール ルグラン)所長)のRaphael Guerois(ラファエロ・ゲホア)グループリーダーとの共同研究の成果です。
 植物は、常に病気の脅威にさらされており、毎年8億人分の人口を支える食糧が作物の病気のために失われていると言われています。将来予想される爆発的な人口増加や近年のバイオ燃料の需要拡大などの問題から、耐病性作物の作出による収量増大に大きな期待が寄せられています。
 病気に強い植物は、病原体を認識するシステム(免疫レセプター)を持っており、これにより病原体の侵入を認識し、速やかに防御反応を誘導して病原体を撃退します。研究グループは、これまで、RAR1、SGT1、HSP90という3つのタンパク質の複合体が免疫レセプターの機能に重要であることを明らかにしてきました。HSP90は分子シャペロン※3と呼ばれ、タンパク質の正確な折りたたみを助け、RAR1とSGT1とHSP90は互いに結合し機能していると考えられています。今回の研究では、SGT1に着目して、その立体構造解析と機能解析を行いました。
 その結果、SGT1のCSドメインと呼ばれる領域は7つのβシートからなるサンドイッチ状の形をしており、片方の面にHSP90が、他方の面にRAR1が、それぞれ結合することを発見しました。また、HSP90と結合する領域に変異を導入したSGT1は、HSP90と結合できないだけでなく、免疫レセプターを安定化できず、さらに病原体の増殖を抑制する能力が欠けることがわかりました。このことは、SGT1がHSP90と結合することが、免疫レセプターの安定化制御と病原体に対する防御応答に必須であることを示しています。同時にRAR1は、これら2つのタンパク質の結合を増強させる働きを持つことがわかり、この結合力が複合体の活性を増大させていると考えられます。最近、SGT1-HSP90複合体がヒトにも存在し、自然免疫のレセプターの制御に重要な役割を果たすことが報告されました。このことから、今回の成果は耐病性作物作出に役立つだけでなく、動植物共通の免疫システムの解明に大きく貢献するものと思われます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『The Plant Cell 』(11月号)に掲載されます。


1. 背 景
 植物は、「抵抗性タンパク質」と呼ばれる免疫レセプターを備えており、それによって病原体由来の物質を、直接的または間接的に認識する免疫システムを持っています。本研究グループを中心としたこれまでの研究では、この免疫レセプターが働くために重要な因子として、RAR1、SGT1、HSP90という3つのタンパク質を同定してきました。これらのタンパク質は、互いに結合して複合体を形成します。3つのタンパク質の機能を失った植物を用いた解析から、どのタンパク質の機能を失っても、免疫レセプターの量が激減し、様々な病原体に感染しやすくなることが明らかとなりました。以上のことから、RAR1-SGT1-HSP90複合体が免疫レセプターの安定化に重要な役割を果たすことがわかってきましたが、この複合体がどのようにして免疫レセプターを制御しているのか、詳細は不明でした。そこで、本研究グループは、これら因子の立体構造解析と生化学、分子生物学的解析を組み合わせた多角的なアプローチにより、その機能解析を試みました。


2. 研究手法と成果
(1) 無作為変異導入法※4によるSGT1への変異導入と機能解析
 無作為変異導入法により、変異を導入したSGT1タンパク質を多数作出し、植物体における機能解析を行いました。その結果、免疫レセプターの機能を失う変異の多くが、CSドメインと呼ばれる領域に位置することがわかりました。先行研究から、CSドメインはRAR1とHSP90の両方と結合することが知られていましたが、この結果によって、CSドメインは、SGT1の機能にも必須であることが明らかとなりました。
(2) SGT1のCSドメインの立体構造解析とHSP90結合部位の特定
 NMR法※5によりCSドメインの立体構造を解析した結果、CSドメインは7つのβシートからなるサンドイッチ状の形をしており、片方の面にRAR1が、他方の面にはHSP90がそれぞれ結合することがわかりました(図1)。また、部位特異的変異導入法※6を用いて、RAR1、HSP90の結合面に存在するアミノ酸を多数置換し、酵母2ハイブリッド法※7による解析を行って、RAR1、HSP90との結合に重要なアミノ酸残基を特定しました。
(3) HSP90結合能を失ったSGT1変異タンパク質の機能解析
 CSドメインのHSP90結合部位に変異を導入したSGT1変異タンパク質を、植物体に発現させ、機能解析を行いました。SGT1の発現を人為的に抑制したタバコ植物体にSGT1変異タンパク質を一過的に発現させ、免疫レセプターのタンパク質量と病原体の増殖抑制制御の効果を確認しました(図2)。その結果、これらの変異によりSGT1変異タンパク質は、HSP90と結合できないだけでなく、免疫レセプターを安定化できず、さらにポテトウイルスなどの病原体の増殖も抑制することができないことがわかりました。
(4) RAR1、SGT1、HSP90タンパク質の結合実験
 RAR1、SGT1、HSP90タンパク質を試験管内で混ぜ合わせて結合状態を調べたところ、この3つのタンパクは同時に複合体を形成することがわかりました。さらに、RAR1はSGT1とHSP90の結合を大きく増強することがわかりました。


3. 今後の期待
 本研究で、植物が免疫レセプターを安定的に保持する仕組みが解明できました。ヒトの自然免疫でも、同様のシステムで免疫レセプターの制御が行われていることが報告されており、研究成果は、植物、動物両方への応用が期待できます。例えば、これら複合体の機能を強化することによって、病気により強い作物の作出が期待できます。また、この複合体の機能を強化する薬剤が開発できると、病気に効果のある薬として用いることが可能になると考えています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 植物科学研究センター 植物免疫研究グループ
  グループディレクター  白須 賢(しらす けん)

Tel: 045-503-9574 / Fax: 045-503-9573
 横浜研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 免疫レセプター
ヌクレオチド結合領域とロイシンリッチリピートと呼ばれる特徴的な構造を保持しているタンパク質の一群で、植物では「抵抗性タンパク質」と呼ばれている。植物はこれら免疫レセプターを介して植物病原体の感染を認識する。動物にも「Nodファミリー」と呼ばれる同様のタンパク質群が存在し、自然免疫において病原体の感染の認識に重要な役割を果たしている。
※2 HSP90
代表的な分子シャペロンの一つで、主にキナーゼ、転写因子、ホルモンレセプターなどシグナル伝達系に重要な役割を果たす因子と結合することで、立体構造の安定化や活性調節を行う。HSP90の活性や基質タンパク質との結合特異性は、HSP90の結合因子であるコシャペロンにより調節されており、RAR1、SGT1もこのようなコシャペロンの一つと考えられている。
※3 分子シャペロン
分子シャペロンはタンパク質の正確な折りたたみを助け、凝集や分解を防ぐだけでなく、タンパク質の活性制御にも関与している。
※4 無作為変異導入法
遺伝子に人工的な突然変異を加える方法の一つ。この方法で、遺伝子の限られた部分内へ、ある程度ランダムに変異を導入できる。
※5 NMR法
NMR(核磁気共鳴)法は、水溶液中のタンパク質の立体構造を解析する手法で、結晶化できないタンパク質の立体構造解析に非常に有効である。この方法によって、各水素核間の共有結合を介した相互作用と、空間を介した相互作用を分析することができ、これにより立体構造解析に必要な水素核間距離情報を得られる。この情報とタンパク質のアミノ酸配列情報をもとにコンピューター解析することで、タンパク質の立体構造を決定することができる。
※6 部位特異的変異導入法
遺伝子の特定部位の塩基配列を任意の塩基に置換する変異方法。特にタンパク質の構造と機能との関係を調べる際に有効な研究手法である。
※7 酵母2ハイブリッド法
タンパク質間相互作用を調べる手法。β-ガラクトシダーゼなどのレポーター遺伝子の転写活性を指標に、タンパク質間の相互作用を酵母内で検出する。


図1 SGT1のCSドメインの立体構造
NMR法による解析で、CSドメインの立体構造を解明した結果、CSドメインは7つのβシートがサンドイッチ状の形をしており、前面側にHSP90、反対側にRAR1がそれぞれ結合することがわかった。


図2 HSP90と結合できないSGT1変異タンパク質の機能解析
SGT1の発現を人為的に抑制させたタバコ植物に蛍光タンパク質(GFP)を発現するポテトウイルスXを感染させると、植物は防御反応を誘導できず、ウイルスの増殖を食い止められない(写真左下)。一方、SGT1を一過的に発現させると、植物は防御反応を誘導でき、ウイルスの増殖は抑えられる(左上)。しかし、HSP90との結合部位に変異を入れたSGT1を発現させても、ウイルスの増殖を抑制できない(右)。このことはHSP90との結合がSGT1の機能に必須であることを示している。

<< 戻る [Go top]
copyright (c) RIKEN, Japan. All rights reserved.