プレスリリース 明治大学
独立行政法人 理化学研究所
カビ(糸状菌、病原菌)を検出し、植物を強くする植物免疫受容体を発見
- シロイヌナズナの変異体で解析、認識と免疫応答、病害に抵抗する機能を解明 -
平成19年11月20日
◇ポイント◇
  • カビの特徴的分子「キチン」を認識するシステムの主要な因子を特定
  • 防御応答誘導に不可欠なタンパク質「CERK1」を作る遺伝子を同定
  • 病害に抵抗性を示す作物の開発に新たな道
 明治大学(納谷廣美学長)、独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)、岡山県生物科学総合研究所(岩渕雅樹所長)の研究グループは、カビなど病原菌の感染を検出し、防御応答を引き起こす機能を持つ植物タンパク質(受容体キナーゼ※1)の遺伝子を同定することに成功しました。
 植物は、感染しようとするカビや細菌などの病原菌を検出し、さまざまな防御応答を開始する能力(植物免疫)を持っており、この能力を強化することによって、病害に強い作物を開発することができると期待されています。植物はこうした微生物に特徴的な分子群(微生物分子パターン;MAMPs※2)を検出し、防御応答を開始する植物免疫能力を持つことが知られていますが、植物に影響を与えるこれらの分子を認識する受容体についてはよくわかっていません。
 今回、研究グループは、シロイヌナズナ変異体を用いた解析から、糸状菌(カビ)に特徴的な分子であるキチン※3の検出と防御応答誘導に不可欠なタンパク質(CERK1; Chitin Elicitor Receptor Kinaseと命名)を作る遺伝子を同定しました。
 この遺伝子が働かなくなると、キチンの検出による防御応答ができなくなるだけでなく、糸状菌に対する抵抗性にも影響が出ることがわかり、これらの菌に対する防御応答で重要な役割を果たしていることが明らかになりました。植物病害の多くは、いもち病菌などの糸状菌の仲間によって起こされることから、将来、この遺伝子の機能をこれらの病害に抵抗性を示す作物の開発に利用していくことが期待されます。
 本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America : PNAS』電子版今週号に掲載予定です。


1. 背景
 花を咲かせ、実をつけるなどの特徴を持つ高等植物は、病原菌の感染を、微生物に特徴的な分子(MAMPs)の検出を通じて認識し、防御応答を開始する能力を備えています(図1)。MAMPsの認識に基づく防御応答機構は、ヒトなど高等動物の先天性免疫系でも重要な役割を果たしていることが知られており、動植物に共通して保存されている生体防御機構として注目されています。同時に、このような広範な微生物を認識し、防御応答できる能力を活用することによって、幅広い病害に対して抵抗性を示す作物を開発することが期待されています。MAMPsによる防御応答の誘導において、糸状菌(カビ)に特徴的な分子であるキチンの断片(キチンオリゴ糖)が強い防御応答誘導活性(エリシター※4活性)を持つことはよく知られていますが、その受容体に関しては明らかになっていませんでした。研究グループは、昨年、イネの細胞膜からキチンオリゴ糖に特異的に結合するタンパク質(CEBiP)を単離し、この分子が細胞表面でキチンの検出に重要な役割を果たしていることを報告しました(PNAS、103巻11086ページ、図1)。しかし、CEBiPの分子構造には、細胞内へ情報を伝える部分が見つからなかったため、この情報伝達には別の分子が関わっていることが推定されていました。今回の発見は、このキチンオリゴ糖の情報を細胞内に伝え、防御応答を誘導する機能を持った分子を明らかにしたもので、キチンを通じた糸状菌認識と防御応答制御機構の解明に大きく貢献するものと考えられます。


2. 研究手法と成果
 研究グループは、キチンオリゴ糖の検出と細胞内への情報伝達を行う機能を持った分子を探索するため、モデル植物であるシロイヌナズナの変異体を利用して研究を行いました。まず、このような機能を持つ分子として、キチンオリゴ糖に対する結合部位やCEBiPとの相互作用に関わる可能性のある構造として、LysMドメイン※5を持つことが必要と考えるとともに、細胞内へ情報伝達する機能として、受容体キナーゼ様の構造を想定しました。こうした条件に合うタンパク質を作る遺伝子に関するシロイヌナズナの変異体を収集し、そのエリシター応答性を調べました。その結果、シロイヌナズナの1つの遺伝子の変異体が、キチンオリゴ糖による活性酸素生成や防御応答遺伝子の発現誘導といった機能を完全に失っていることを見出しました。発見した遺伝子は、細胞膜外領域にLysMドメインをもつ細胞膜貫通型のキナーゼ様タンパク質をコードしていることがわかりました。
 この変異体は、別のエリシターである細菌リポ多糖※6とは正常に応答できることから、この遺伝子の作るタンパク質がキチンオリゴ糖による防御応答に特異的に作用する因子であることがわかりました。一方、精製したタンパク質を用いた生化学的な解析から、このタンパク質が細胞膜に局在するタンパク質キナーゼの性質を持つことが明らかになり、この分子をCERK1(Chitin Elicitor Receptor Kinase 1)と命名しました。
 さらに、このCERK1遺伝子の変異体を持ったシロイヌナズナでは、アルテルナリア属の1糸状菌に対する抵抗性が2割程度低下することから、CERK1を介したキチンの検出、防御応答活性化機構がある種の病原菌に対する抵抗性に寄与していることも示唆されています。


3. 今後の期待
 これらの結果は、CERK1がキチンオリゴ糖エリシターによる防御応答誘導に不可欠な受容体キナーゼであることを示しています。最近、高等動物であるマウスにおいても、キチンによって先天性免疫系が活性化していることが報告されており、CERK1やCEBiPを介したキチンの検出と防御応答誘導機構の解明は、こうした動植物に共通した先天性免疫系の理解に大きく寄与することが期待されます。また、今回の成果は、CERK1の構造を改変・導入することなどによって、作物の病害抵抗性を増強する新たな手法の確立に貢献するものと期待されます。


4. 実施研究事業
 本研究成果は生研センター基礎研究推進事業「イネにおける病原菌感染シグナルの受容・伝達機構の解明」を実施する中で得られたものです。


(研究代表者・研究内容の問い合わせ先)

 明治大学農学部生命科学科教授      渋谷直人

Tel: 044-934-7039

(研究担当者)

明治大学農学部生命科学科大学院生宮 彩子(論文筆頭著者)
明治大学農学部生命科学科准教授賀来 華江
同准教授川上 直人
博士研究員Albert Premkumar
博士研究員新屋 友規
大学院生出崎 能丈
理化学研究所植物科学研究センター
グループディレクター
白須 賢
同研究員市村 和也
岡山県生物科学総合研究所研究チーム長  鳴坂 義弘

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 受容体キナーゼ
情報伝達に関わる受容体の一種で、シグナルとなる分子と結合する部分とタンパク質をリン酸化する酵素(タンパクキナーゼ)の部分をもつ。通常、この2つの構造は細胞膜を隔てて外側と内側に位置している。
※2 MAMPs
キチン、フラジェリン、リポ多糖など、広範囲の微生物に存在する一方、高等動植物には存在しない分子。PAMPsとも呼ばれる。動植物による微生物の検出において、目印として利用される。
※3 キチン
N-アセチルグルコサミンがβ−1,4結合した多糖。糸状菌の細胞壁の主要な構成多糖の一つである。エビやカニ、昆虫等の殻の主要成分でもある。
※4 エリシター
植物の生体防御反応を誘導する作用のある物質の総称。重金属イオンのような非生物起源のものと、病原菌由来の多糖・オリゴ糖、タンパク質・ペプチドなどの生物起源のものとがある。
※5 LysMドメイン
多糖分解酵素などに見られる特徴的な構造の一つで、ペプチドグリカン(細菌の細胞壁成分の一つでキチンとよく似た多糖を骨格とする高分子)と結合することが知られているアミノ酸配列。
※6 細菌リポ多糖
グラム陰性細菌の細胞表層を構成する主要な高分子で、リピドAという脂質とさまざまな糖からできている。リポ多糖はマクロファージの活性化などさまざまな生物活性をもつことが知られている。


図1 植物の病原菌認識と防御応答


図2 植物のキチン受容体系

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