プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
椎間板ヘルニアの新たな原因遺伝子「COL11A1
- 腰痛、坐骨神経痛の病因解明に向けての新たな一歩 -
平成19年10月2日
◇ポイント◇
  • 椎間板に多く発現する「COL11A1」遺伝子内の遺伝子多型が椎間板ヘルニアと相関
  • COL11A1」遺伝子多型により、椎間板ヘルニアの発症のリスクが1.4倍に
  • 11型コラーゲンの減少が椎間板ヘルニアに関係する
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、慶應義塾大学(安西祐一郎塾長)医学部整形外科(戸山芳昭教授)らの臨床研究分野と協力し、腰椎椎間板ヘルニアの原因の1つが、COL11A1遺伝子の1つの塩基の変異であることをつきとめました。理研遺伝子多型研究センター(中村祐輔センター長)変形性関節症関連遺伝子研究チームの池川志郎チームリーダー、三尾太客員研究員らの研究グループ※1による成果です。
 椎間板ヘルニアは、椎間板の変性によって生じる疾患です。青壮年層の腰痛や坐骨神経痛の最大の原因で、多くの人を苦しめています。遺伝的要因が関与するとされていますが、その原因は依然として不明です。研究グループは、遺伝子多型を用いた相関解析という手法で、COL11A1遺伝子のある多型が椎間板ヘルニアのなりやすさを決定する遺伝子(疾患感受性遺伝子)の1つであることを発見しました。
 COL11A1遺伝子は、11型コラーゲン※2(collagen)を構成する遺伝子の1つです。これまでに、COL11A1遺伝子は椎間板に特異的に発現すること、11型コラーゲンの異常は脊椎の変形をきたすことが知られていました。そこで、COL11A1遺伝子の中に存在する遺伝子多型について、日本人の椎間板ヘルニア患者でケース・コントロール相関解析※3を行ったところ、ある多型に非常に強い相関が見つかりました。この多型の疾患感受性アレル※4を持つ人は、持たない人に比べ、約1.4倍も椎間板ヘルニアになり易いこともわかりました。さらに、この疾患感受性アレルでは、COL11A1遺伝子の転写量が2/3程度に低下していることを明らかにしました。COL11A1遺伝子を基に作られる11型コラーゲンは、椎間板が変性してヘルニアにならないように保護しており、その転写量が低下すると椎間板ヘルニアになり易くなると考えられます。
 本研究により、椎間板を維持するメカニズムがまた1つ明らかになりました。今後、椎間板の変性による腰痛や椎間板ヘルニアの画期的な治療法およびその治療薬の開発が大きく進むものと期待されます。本研究成果は、米国の科学雑誌『American Journal of Human Genetics』(12月号)に掲載されます。


1. 背 景
 腰椎椎間板ヘルニア(以下、椎間板ヘルニア)は、椎間板の加齢に伴う退行変性(老化現象)を基盤として発症する疾患です(図1)。骨・関節の疾患の中で、最も発症頻度の高い疾患の1つで、生涯罹患率80%といわれる腰痛の大きな原因の1つとされています。わが国では、少なく見積もっても全人口の約1%が罹患しています。厚生労働省統計情報部のデータによれば、国内における椎間板ヘルニアによる入院患者は7.4/1000人にものぼります。椎間板ヘルニアの好発年齢は20〜40歳の青壮年期で、有病率は加齢により増大します。腰痛、坐骨神経痛に加え、下肢の筋力低下、感覚障害、さらには尿閉や便失禁など重篤な症状を引き起こします。その疼痛は、日常生活動作を障害し、患者個人の生活の質を低下させるのみならず、労働生産性の低下などの社会的な問題も生じます。このように、椎間板ヘルニアは医療、医療経済上重要な問題なのですが、その発症機序はよくわかっておらず、根本的な治療法の開発が期待されています。


2. 研究手法と成果
 これまで、椎間板ヘルニアの発症には、遺伝的な要因が関与することが示唆されていました。いくつかの原因遺伝子(疾患感受性遺伝子)が報告されていましたが、その機能がはっきりと証明されているものはありませんでした。研究グループでは、この椎間板ヘルニアの疾患感受性遺伝子を特定し、その働きを解明しようと研究を続けてきました。疾患感受性遺伝子としては、既に、「CILP」を世界に先駆けて発見し、報告しています(2005年5月2日プレス発表)。しかし、複数の遺伝子が関与するとされる多因子遺伝病である椎間板ヘルニアには、さらに多くの遺伝子が関与しており、それらの遺伝子を見つけ出すことが大きな課題となっています。
 研究グループは、椎間板ヘルニアの疾患感受性遺伝子をみつけるために、遺伝子多型研究センターで収集した遺伝子多型データと高速度大量タイピングシステム※5を用いて、大規模な相関解析を行いました。候補となる遺伝子の1つとして、11型コラーゲン (collagen)を構成する遺伝子に着目しました。11型コラーゲンは、軟骨を構成する細胞外基質タンパク質で、3つの異なるアルファ鎖でできています。3つのアルファ鎖は、異なる遺伝子でコードされており、そのうちの1つがCOL11A1遺伝子です。11型コラーゲンは、椎間板の維持に大切なプロテオグリカンをコラーゲン繊維に結びつける重要な役割を持っています。
 ヒトの様々な組織で11型コラーゲン遺伝子の発現を調べた結果、腰椎椎間板に著しく強く発現していることがわかりました(図2上)。椎間板ヘルニアの患者の11型コラーゲン遺伝子の発現は、椎間板の変性の重症度に伴い減少しました(図2下)。さらに、患者の椎間板の変性が強い部分では11型コラーゲンタンパク質が減少していることわかりました(図3)。
 そこで、11型コラーゲン遺伝子多型を用いたケース・コントロール相関解析を行い、COL11A1遺伝子の中のある多型が椎間板ヘルニアと最も強く相関することがわかりました(表1)。この多型は、c.4603C>Tとなる(遺伝子の転写される部分の4,603番目の塩基がシトシン(C)からチミン(T)に変わる多型)COL11A1遺伝子で、椎間板ヘルニアの患者に多いアレル(疾患感受性アレル)c.4603Tを持つと、腰椎椎間板ヘルニアの発症リスクが、約1.4倍になります。
 ヒトの腰椎椎間板組織を用いて、定量PCR法でCOL11A1遺伝子の転写量を調べてみると、c.4603C>T多型の疾患感受性アレルc.4603Tを含む遺伝子の転写産物(mRNA)が少なくなっており、この多型がCOL11A1遺伝子の転写に影響を与えていると予想されました。そこで、これを実験的に確認したところ、疾患感受性アレルを持つとCOL11A1遺伝子のmRNAが不安定となり、その結果mRNA量が減少することが証明されました(図4)。COL11A1遺伝子が構成する11型コラーゲンは、椎間板がヘルニアにならないように保護しており、その量が低下するとヘルニアになり易くなると考えられます。


3. 今後の展開
 今回の結果から、COL11A1遺伝子は日本人において椎間板ヘルニアになり易い体質を規定する因子である可能性が示唆されました。今後、国際協力研究を展開し、COL11A1遺伝子の相関を検討することで、世界中の多くの椎間板ヘルニアの患者にとって、COL11A1遺伝子がどのような意義を持つのかが明らかになります。
 研究グループは、今後、11型コラーゲンの椎間板における機能や発現調節機構などを解明することにより椎間板ヘルニアの分子病態を明らかにし、椎間板ヘルニアの新規の治療法、画期的な治療薬の開発へと発展させていきたいと考えています。また、COL11A1の遺伝子多型の情報とこれまで知られている疾患感受性遺伝子の情報を組み合わせて、椎間板ヘルニアにどの程度なり易いかを事前に予測することが可能になります。今回の発見は、社会の大きな問題である腰痛、坐骨神経痛、それらの主要因である椎間板ヘルニアへのオーダーメイド医療に向けての新たな一歩となります。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 遺伝子多型研究センター
  変形性関節症関連遺伝子研究チーム
   チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)

Tel: 03-5449-5393 / Fax: 03-5449-5393
 横浜研究所 研究推進部 企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 今回の研究グループ
慶應義塾大学整形外科(千葉一裕准教授、戸山芳昭教授)、富山大学整形外科(川口善治講師、木村友厚教授)、京都府立医科大学整形外科(三上靖夫講師、久保俊一教授)、遺伝子多型研究センター遺伝子多型タイピング研究・支援チーム、情報解析研究チームの共同研究による。
※2 11型コラーゲン
コラーゲンの1つ。軟骨組織に特異的に存在する。コラーゲンは3本のアルファ鎖というペプチドで構成される。鎖状のアルファ鎖が螺旋状により合わさって、繊維状の構造を取る。コラーゲンの種類によって、異なるアルファ鎖が存在する。
※3 ケース・コントロール相関解析
遺伝子多型を用いて疾患感受性遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者(ケース)とその疾患にかかっていない被験者(コントロール)の間で多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。検定の結果得られたP値(偶然にそのような事が起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。
※4 疾患感受性アレル
SNPには通常2つのアレル(対立遺伝子)が存在する。正常人と比べてある疾患の患者が持っていることが多いアレルを、疾患感受性アレルという。このアレルを持っていると疾患にかかり易くなる(疾患になるリスクが高くなる)と考えられる。
※5 高速度大量タイピングシステム
遺伝子型の決定(ジェノタイピング)を高速、大量に行うシステム。


図1 腰椎椎間板ヘルニア
左: 椎間板ヘルニアの模式図。
椎間板の一部が脱出し後方の神経を圧迫し、腰痛や坐骨神経痛をひき起こす。
中央: 腰の椎間板ヘルニアの患者のMRI写真(横断面)。
椎間板が後方に脱出している(矢印)。神経を押している。
右: 腰の椎間板ヘルニアの患者MRI写真(矢状面)。
椎間板が後方に脱出している(矢印)。


図2 GAPDH遺伝子を基準とするCOL11A1遺伝子の相対的発現量
上: ヒトの様々な組織でのCOL11A1遺伝子の発現。椎間板に著しく強く発現している。
下: 椎間板変性の重症度とCOL11A1遺伝子の発現量の関係。椎間板変性の重症度はMRIで判定。重症度が増すにつれ、椎間板でのCOL11A1遺伝子の発現量が減少している。


図3 11型コラーゲンの免疫染色像
褐色に染まっているのが11型コラーゲン。変性を起こした椎間板では、11型コラーゲンタンパク質が減少している。


図4 COL11A1遺伝子の転写産物(mRNA)の安定性
疾患感受性アレルを持つとmRNAがより早く分解し、減少する。

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