プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
宇宙を満たす暗黒エネルギーの存在にさらなる証拠
- 23,000個のクエーサーを対象にした過去最大の重力レンズ探索で検証 -
平成19年9月26日
◇ポイント◇
  • クエーサー11個が重力レンズの影響を受けていることを観測
  • 宇宙の暗黒エネルギーが宇宙の質量の70%を占めている証拠を独自の手法で確認
  • 暗黒エネルギーの性質がアインシュタインの提案した宇宙項であることを示唆
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、「重力レンズ現象」を過去最大の規模で系統的に観測し、宇宙が「暗黒エネルギー」と呼ばれる未知のエネルギーに満ちているという証拠を、他の観測とは異なる独自の手法で得ることに成功しました。これは、理研中央研究所(茅幸二所長)牧島宇宙放射線研究室の稲田直久基礎科学特別研究員、および米国スタンフォード大学の大栗真宗博士研究員を中心とする国際共同研究グループによる研究成果です。
 超新星※1や宇宙マイクロ波背景放射※2の観測など天文観測の進展によると、私たちが普段目にしている物質(陽子や中性子からなる物質)は、宇宙全体の質量のうちわずか数%を占める程度で、宇宙の質量の大半は暗黒エネルギーと呼ばれる宇宙を均一に満たす謎のエネルギーによって占められている※3ということが示唆されています。しかしながら、この暗黒エネルギーは、これまで直接的に検出されておらず、現在の天文学および物理学の最大の謎の1つとして、様々な角度からその存在や性質を検証していくことが必要になっています。
 研究グループは、遠方の天体からの光がその視線上にある別の天体によって曲げられ、見かけ上複数に分裂して観測される重力レンズ現象という天体現象に着目し、その系統的かつ大規模な探索を行うことで暗黒エネルギーの存在量を調べました。遠方の天体としては「クエーサー※4」という天体に的を絞り、約23,000個のクエーサーのうち11個が重力レンズ現象を受けていることを観測し、その確率から暗黒エネルギーが宇宙の質量の約70%を占めることを確認しました。この探索はこれまでに行われたものをはるかにしのぐ規模で、過去最大でした。さらに研究グループは、暗黒エネルギーの性質についても調べ、相対性理論を生み出したA.アインシュタインが導入して後に撤回した「宇宙項」と呼ぶものに矛盾しないことを確認し、暗黒エネルギーの正体の解明に向けてさらなる一歩を踏み出すことに成功しました。
 本研究成果は、2007年9月26〜28日に行われる日本天文学会2007年秋季年会(於:国立大学法人岐阜大学)で口頭発表します。


1. 背 景
 暗黒エネルギーは、近年行われた超新星の観測や宇宙マイクロ波背景放射の観測によって示された宇宙の加速的膨張を説明するために導入された、宇宙全体に均一に満たされている仮想的なエネルギーのことです。この暗黒エネルギーは、それ自身が持つ重力を上回る「負の圧力」を持つという未知の性質があり、その結果、あたかも「反発する重力」を持つように観測され、宇宙を加速的に膨張させると説明されています。しかし、この暗黒エネルギーは直接的に検出されず、その正体は現代の天文学および物理学の最大の謎の1つであるとされています。暗黒エネルギーの存在を確認し、その未知の性質を解明するためには、さまざまな角度からの検証を行って、より確かなものにしていくことが必要とされています。暗黒エネルギーがもたらす宇宙の加速的膨張は、重力的に強く束縛されているもの(たとえば太陽と地球など)を引き裂くほど強くはなく、宇宙を全体的に観測してはじめてその存在を知ることができます。すなわち、現段階では、唯一天文学こそが宇宙の加速膨張、ひいては暗黒エネルギーの存在およびその性質の解明を行える手段となっています。
 暗黒エネルギーの候補として理論的に考えられているものはいくつかあり、その中の一つに宇宙項(宇宙定数)と呼ばれるものがあります。これはアインシュタインによって静的な宇宙を実現するために提案されたものですが(宇宙項は加速膨張をもたらす原因になり得ると同時に、その存在量によっては全く成長しない静的な宇宙を実現することも可能になります)、その後宇宙の膨張が実観測で示されると「生涯最大の失敗」として撤回されたものです。その他の候補としては、動的なスカラー場(クインテセンス)や位相欠陥などが挙げられます。これらは、それぞれ異なる反発力(およびその時間変化)を持っているため、宇宙の加速膨張の様子を詳細に調べることで、暗黒エネルギーの正体に対する手掛りが得られると期待されています。


2. 研究手法
(1) 暗黒エネルギーの検出方法
 暗黒エネルギーの存在量や性質を知るためには、超新星や宇宙マイクロ波背景放射の観測の他に、どのくらいの確率で遠方の天体とその手前にある天体が重なって見えるか、ということを系統的に観測するという方法があります。これは、遠方の天体は宇宙膨張の影響を大きく受けるため、膨張の様子の違いによって同じ基準(同じ赤方偏移※5)にある遠方の天体までの実距離が大きく変わり、その結果手前にある天体と重なる確率が大きく変わることによります。もし宇宙で暗黒エネルギーが卓越していれば、それがもたらす宇宙の加速膨張によって同じ赤方偏移にある天体までの実距離が増加し、それによりその視線上に別の(手前にある)天体が存在する可能性が高くなります。
 研究グループは、近傍の天体としては通常の(我々の銀河系と同じような)銀河、遠方の天体としてはクエーサーと呼ぶ天体に着目して、重なりの確率を測定しました。すなわち、もし宇宙で暗黒エネルギーが多くあれば、それによる加速膨張によってクエーサーまでの実距離が増し、手前の銀河と重なって見える可能性が上がることになります。なお、クエーサーは活発に活動している非常に明るい天体で、遠方にあっても容易に検出することができ、このような研究には最適の天体です。
(2) 重力レンズ現象について
 遠方の天体と近傍の天体の重なる確率は、宇宙膨張、ひいては暗黒エネルギーの検出に対する有用な情報をもたらします。しかし、仮に遠方にあるクエーサーの手前に(ちょうどその視線上に)近傍の銀河があったとしても、クエーサーからの光は手前の銀河によって隠れるだけで、それらがどのくらいの確率で重なっているかを知ることは不可能のように思われます。ところが、そのような場合には、アインシュタインの一般相対性理論によって導かれる特殊な天体現象である「重力レンズ」と呼ばれる現象が発生することがあり、それによりクエーサーと銀河の“重なり”を見ることが可能になります。一般相対性理論によると、物体の重力は、その物体の周りの時空の歪みとして表されるため、非常に重たい物体があればその周りを通過する光の経路は大きく曲げられます。すなわち、クエーサーのちょうど視線上に銀河(およそ太陽の1兆倍の質量)があると、クエーサーから発せられた光の経路が大きく曲げられ、銀河によって隠されてしまうはずのクエーサーからの光が我々のところまで届き、しかも、もともと1つのクエーサーが、見かけ上複数個に分裂して観測されるという現象が起こることがあります。これが重力レンズと呼ばれる天体現象です(図1)。したがって、あるクエーサーのサンプルの中で、いくつのクエーサーが重力レンズ現象を受けて見かけ上複数に見えているかを観測して調べることで、暗黒エネルギーの存在量およびその性質についての情報が得られることになります(図2)


3. 研究成果
 研究グループは、クエーサーが重力レンズを受ける確率を詳細に調べるため、可視光サーベイ観測「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ(以下SDSS)」のデータを用いた重力レンズ探索を行ないました。SDSSは、全天球の1/4という広大な天域を観測する国際共同研究計画であり、探索の完了に伴い約10万個のクエーサーが発見されることが予測されています。具体的には、現在までにSDSSで発見されたクエーサーの一部、約23,000個のクエーサーの全てについて、それらの画像を調べることで重力レンズ現象を起こしている可能性があるかどうかを系統的に調査しました。クエーサーが視線上にある銀河によって重力レンズ効果を受けている場合、そのクエーサーは重力レンズを受けていないクエーサーよりも歪んで見えます。調査では、クエーサーの歪み具合を数値化し、その情報をもとに重力レンズを受けたクエーサーの候補天体を選び出しました。なお、この“23,000個のクエーサー”に対する探索は、重力レンズクエーサーの探索として過去最大の規模です。
 この系統的な調査により選んだ候補天体を他の望遠鏡(ハワイ大学2.2メートル望遠鏡、アパッチポイント3.5メートル望遠鏡、すばる望遠鏡、など)の追加観測によって詳細に調べ、最終的に計11個の重力レンズの影響を受けて見えるクエーサーを見出しました(図3)。この23,000個のうち11個が重力レンズ効果を受けていたという探索結果を、さまざまな量(あるいは性質)の暗黒エネルギーを持つ宇宙のモデルにおける予想と比較することにより、暗黒エネルギーの存在量およびその性質に対する制限を知ることができます。
 研究グループが得た結果(23,000個のうち11個のクエーサーが重力レンズを受けていたという確率)は、全質量の約70%を暗黒エネルギーが占めている宇宙モデルにおいて予測される重力レンズの確率とよく一致しました。すなわち、我々の宇宙は、実にその質量の約70%を暗黒エネルギーが占めている、ということを結論づけられることになります。またその性質については、アインシュタインが導入した宇宙項でよく表せる、というものでした(図4)。この結果は、これまで超新星や宇宙マイクロ波背景放射で得られていた結果とよく一致しており、今回全く独立した方法で同様の結果を得たことで暗黒エネルギーの存在をより確かなものにしました。これにより、暗黒エネルギーの正体の解明に向けてさらなる一歩を踏み出すことができたといえます。
 なお、仮にもし我々の宇宙に暗黒エネルギーが全くないとすると、観測される重力レンズ現象の数は23,000個のクエーサーのうち1、2個程度と予測され、今回の観測結果とは全く異なるものになります。


4. 今後の期待
 今回、重力レンズ現象を受けたクエーサーの探索から、宇宙の暗黒エネルギーの存在を他の観測結果と別に、異なる独自の手法で確認することができました。データのもととなっているSDSSは、現在もまだ進行中であるため、この結果はすでに過去最大の規模であるにもかかわらず、研究グループが推進している重力レンズ探索の最終目標の一部にすぎません。今後は、SDSSの進展に伴って探索対象とするクエーサーの数をより多くすることで統計的な誤差を減らし、暗黒エネルギーの性質についてより詳しい情報を得ることを目指した研究を継続していく予定です。暗黒エネルギー探索は、現在の天文学・物理学の最重要課題の1つであり、現段階では天文学のみが唯一その検証を行うことができるため、研究グループの研究の最終成果が、その礎の一端を担うことが期待されています。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 牧島宇宙放射線研究室
  基礎科学特別研究員 稲田 直久(いなだ なおひさ)

Tel: 048-467-8267 / Fax: 048-462-4640
スタンフォード大学
 カブリ素粒子天体物理学宇宙論研究所
  博士研究員 大栗 真宗(おおぐり まさむね)

Tel: +1-650-926-5545 / Fax: +1-650-926-8570

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 超新星
恒星がその生涯を終えるときに引き起こす大爆発現象。爆発の際、恒星はそれが属していた銀河に匹敵する明るさを持つため、今までは何もなかったところに突然星が現れたように見える。そのため、星が最期に起こす現象にもかかわらず「超“新”星」と呼ばれる。ある種の超新星は明るさが一定のため、宇宙膨張を観測するための良い指標となっている。
※2 宇宙マイクロ波背景放射
高温・高密度で誕生した宇宙ではすべての原子は電離しており、すなわち原子核と電子が自由に動き回れた。やがて温度が低下するに従って原子は中性化され(電子が原子核に取り込まれ)、それまでは直進できなかった光が電子にさえぎられることなく直進できるようになった。このときの光の名残りを現在では“マイクロ波”として観ることができ、また天球のどの方向からも一様にやってくる背景放射として観測されており、これを「宇宙マイクロ波背景放射」呼ぶ。非常にわずかではあるが宇宙が初期に持っていた密度ゆらぎを反映しており、それを測定することで宇宙の成長に関するさまざまな情報を得ることができる。
※3 エネルギーと質量について
アインシュタインの一般相対論によると、質量とエネルギーは同一のものであり、すなわち、「エネルギーがある」ということはそれに相当する「質量が存在する」ことと同等になる。そのため、宇宙の暗黒エネルギーの量は質量に換算することができ、宇宙の質量に占める割合として表すことが可能になる。
※4 クエーサー
銀河中心には通常太陽質量の約10億倍から100億倍の質量のブラックホールがあるが、その中で特に活発に活動し、周りの物質を降着することで非常に明るく輝いているものをクエーサーと呼ぶ。その明るさゆえに非常に遠方にあっても容易に観測(検出)することが可能で、重力レンズ探索の良い対象となっている。
※5 赤方偏移
現在の宇宙の大きさと、ある天体が光を発した時の宇宙の大きさとの比に相当する量。光の速度は有限なため、ある天体からの光は地球とその天体との間を光の速度で移動するだけの時間をかけてから観測される。すなわち、現在観測しているすべての天体からの光は、その移動時間の分だけ“過去”において発した光となっている。宇宙は絶えず膨張しているため、ある天体の赤方偏移、すなわち現在の宇宙と過去の(光が発せられた時の)宇宙の大きさの比がその天体までの“距離”に相当する量になる。しかし、実際にそれがどれだけの距離(実距離)になるかは、宇宙膨張の様子によって大きく変わる。すなわち赤方偏移の値だけから天体までの実距離を知ることはできないが、この赤方偏移は観測によって正確に測定することが可能なため、天文学では一般的にこの値が使われている。


図1 重力レンズ現象の概念図
遠方にあるクエーサーのちょうど視線上に銀河が存在すると、銀河の重力により光の経路が曲げられて複数の経路をたどって観測者に到達する状況が生じることがある(図の赤線)。その結果、もともとは1つのクエーサーであるにもかかわらず、(重力レンズ現象を引き起こしている)銀河の周りで見かけ上複数個に分裂して観測できる。


図2 重力レンズ効果を用いた暗黒エネルギー検証の概念図
暗黒エネルギーによる宇宙の加速膨張は、同じ基準(同じ赤方偏移)にある天体(クエーサー)までの実距離を増やす。その結果、暗黒エネルギーの少ない等速膨張や減速膨張の宇宙(左図)に比べて視線上に銀河が存在する確率、すなわち重力レンズ現象を受けて見かけ上複数に観測される確率が高くなる(右図)。したがって、暗黒エネルギーによる加速膨張の効果が大きければ大きいほど、観測される重力レンズクエーサーの数も増えることになる。すなわち、ある暗黒エネルギーを持つ宇宙モデルのもとで理論的に予測される数と実際に観測する重力レンズの数(確率)を比較することで、暗黒エネルギーの存在量と性質に対する情報を得ることができる。


図3 重力レンズクエーサーの例
(ハッブル宇宙望遠鏡で撮影した画像、NASA/ESA/大栗真宗 提供)
今回の重力レンズ探索で新たに発見し、暗黒エネルギーの研究に使った重力レンズクエーサーの1つ。中心の銀河(オレンジ色の天体)によって背後のクエーサー(白色)が複数個に分裂して観測された。研究グループは、このような天体を23,000個のクエーサーの中から11個同定した。


図4 暗黒エネルギーの存在量とその性質への制限
横軸(暗黒エネルギーの割合)に宇宙全体の質量に占める暗黒エネルギーの割合を表し、縦軸(暗黒エネルギーの状態方程式)に暗黒エネルギーの性質を数値化したものを表す。青色で示した領域が、今回の結果から可能な数値の組み合わせで、色の濃い部分がより可能性の高い領域になり、その中心(赤い丸印)が今回の観測結果と理論的な予測がもっともよく一致する数値の組み合わせになる。暗黒エネルギーが宇宙項の場合はその状態方程式は“-1”になり(点線で表示)、最も可能性の高い組み合わせとして、暗黒エネルギーが宇宙のエネルギーの約7割を占めること、および暗黒エネルギーの性質が宇宙項と無矛盾であることがわかる。なお、暗黒エネルギーの存在量は今回の重力レンズ探索の結果のみから得ることができるが、暗黒エネルギーの状態方程式まで含んだ情報を得るには別の制限が必要になるため、図では重力レンズ探索によって得られた制限とSDSSで得られた銀河分布からの制限を組み合わせたものを示した。

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