| 2. |
研究手法と成果 |
| (1) |
新規突然変異マウスの発見 |
| 研究チームは、マウスの兄妹交配を行う過程で、左右の前後肢をそろえてウサギのように飛び跳ねる歩き方をするマウスを発見し、「miffy(ミッフィー:mfy)変異マウス」と名付けました(図3)。さらにこれが劣性突然変異であることを見いだし、新規の突然変異マウス系統として確立しました。 |
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| (2) |
mfy変異マウスにおける大脳皮質-脊髄回路の異常の発見 |
| 野生型マウスでは、左半身の動きは脳の右半球、右半身の動きは左半球が制御しています。左右の大脳皮質運動野から伸びた神経軸索は延髄で交差し、反対側の脊髄内の白質を下行、それぞれ必要な場所で髄質に入り、筋肉の動きを制御する末梢運動神経と直接あるいは間接的にシナプスを作り接続します。このとき、通常は脊髄内で左右が再び交差して混線するようなことはありません。ところが、mfy変異マウスの大脳皮質-脊髄路をトレーサーで解析した結果、多くの軸索が脊髄正中線を越えて左右混線していることを発見しました(図4)。 |
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| (3) |
mfy変異マウスにおける脊髄内局所回路の異常の発見 |
| 歩行運動のようなリズミカルな運動は、中枢パターン発生器(central pattern generator, CPG)とよばれる脊髄内の局所回路の制御を受けることが知られています。マウスの脊髄を培養しある種の刺激を与えるとCPGの制御によって、野生型では左右の筋肉の動きを支配する神経間で交互の信号を発しますが、mfy変異マウスではこれと異なり、左右で同調した信号を発していました(図5)。どちらもマウスの歩行パターンと一致します。さらに、トレーサーを用いてCPG回路を解析した結果、mfy変異マウスでは多くの軸索が脊髄正中線を越えて左右混線していることを発見しました(図6)。 |
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| (4) |
原因遺伝子の同定 |
連鎖解析※8によって原因遺伝子が存在する位置を染色体上にマッピングし、その領域内に存在する30の候補遺伝子を網羅的に解析しました。その結果、mfy変異マウスのゲノムでは、αキメリンというRac特異的なRho-GAPの仲間の遺伝子が壊れていることがわかりました。
さらに、以下の実験により、αキメリンがmfy変異の原因遺伝子であることを確認しました。
| 1) |
αキメリン遺伝子を発現するトランスジェニックマウスを作製しました。そのマウスを用いて、mfy変異マウスと交配することにより、変異マウスにαキメリンが導入され、歩行の改善が見られました。 |
| 2) |
ES細胞を用いた遺伝子標的法によって、αキメリン遺伝子のノックアウトマウスを作製し、解析したところ、mfy変異マウスとまったく同様の歩行異常、回路異常を示しました。 |
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| (5) |
シグナル伝達機構の解明 |
運動を制御する神経軸索の正中線での交差を防ぐ仕組みには、B3タイプのエフリン(エフリンB3)からA4タイプのEph(EphA4)へのシグナルが重要なことが知られています。αキメリンがこのシグナルに関与する可能性を以下の実験で検証しました。
| 1) |
脳脊髄組織および培養神経細胞を用いて免疫染色を行いました。その結果、EphA4とαキメリンは運動を制御する神経軸索に一緒に存在していることがわかりました。 |
| 2) |
免疫沈降※9を行い、神経細胞でαキメリンとEphA4が結合していることを見つけました。 |
| 3) |
培養細胞にEphA4とαキメリンの両方を発現させると、エフリン刺激によってRacの不活性化が誘導できました。しかし、EphA4とαキメリンのどちらか一方が欠ければRac不活性化は起きませんでした。したがって、エフリンB3-EphA4シグナルがαキメリンを介してRacの不活性化をすることが確認できました。 |
| 4) |
EphA4を発現する神経細胞を培養しエフリンB3で刺激すると、成長円錐崩壊(= 軸索退縮)が起きることが知られています。しかし、mfy変異マウス由来の神経細胞やノックダウン法でαキメリンのタンパク量を減らした神経細胞では、この反応が起きにくくなります。したがって、エフリンB3-EphA4のシグナルが成長円錐崩壊を誘導する反応を、αキメリンが媒介していることが明らかになりました。 |
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| (6) |
まとめ |
| 研究グループは、マウスと培養細胞系にまたがる包括的な解析を行うことによって、エフリン-Ephシグナルが神経回路の混線を防ぐ仕組みを、世界で初めて明らかにしました。成長円錐の表面にあるEphA4が、脊髄正中線においてエフリンB3の"進入禁止"の標識を認識すると、成長円錐内でEphA4に結合しているαキメリンが活性化されます。するとαキメリンは、Racを不活性化します。Racは、成長円錐を前進させる働きをするタンパク質であるため、その働きを抑制すると成長円錐の前進は止まります(図7左)。ところが、mfy変異マウスでは、αキメリンがないため成長円錐は止まることができず、正中線を越えて左右の神経が混線し、両足がそろった歩き方といった運動異常を生じます(図7右)。つまり、運動を制御する神経軸索の伸長を脊髄の正中線で止めるためには、"ブレーキを踏む"ことではなく、αキメリンというRho-GAPを介して、Racというアクセル役を不活性化すること、つまり、"アクセルを放す"ことが鍵であることを見つけました。 |
| ※1 |
エフリンとEph(発音はイーピーエッチまたはエフ) |
| 受容体型チロシンリン酸化酵素であるEphは、EphA1〜EphA9, EphB1〜EphB6からなり、膜結合型タンパク質であるエフリン(エフリンA1〜エフリンA6とエフリンB1〜エフリンB3)との間で双方向性の反発性シグナルを誘導する。エフリン-Ephシグナルは、幅広い生命現象で細胞間コミュニケーションを担い重要な働きをすることが知られている。運動を制御する神経回路を正中線で分離する仕組みにはEphA4とエフリンB3が関与することが知られている。 |
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| ※2 |
順遺伝学と逆遺伝学 |
| 順遺伝学(フォワード・ジェネティクス)は、「表現型から遺伝子」という古典的な研究手法。最初に表現型(異常)がわかっていて、その原因となる遺伝子を探索するもの。たとえば、ヒトの遺伝病の原因遺伝子探索などがこれにあたる。逆遺伝学(リバース・ジェネティクス)は「遺伝子から表現型」という研究手法であり、遺伝子の機能を知るために、トランスジェニック動物やノックアウト動物などを作ることなどがこれにあたる。 |
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| ※3 |
RhoファミリーGタンパク質(Rhoファミリー) |
| アクチン細胞骨格を制御する鍵となる因子であり、RhoAとRacはその主要メンバー。軸索の伸長および退縮は、成長円錐のアクチン線維の重合および脱重合によって引き起こされる。RhoAはアクチン脱重合を誘導し軸索を退縮させる機能、Racはアクチン重合を誘導し軸索を伸長させる機能を持つ。 |
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| ※4 |
αキメリン |
| Rho-GAP※7のメンバーでRacを特異的に不活性化する。これまで生体での機能は不明だった。 |
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| ※5 |
Rho-GEF |
| RhoファミリーGタンパク質を活性化する機能を持つ分子群。RhoAを特異的に活性化するエフェキシン1もこれに属する。近年、培養細胞を用いた研究で、エフリン-EphシグナルがさまざまなRho-GEFを介してRhoファミリーを活性化していることが報告されている。 |
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| ※6 |
エフェキシン |
| Rho-GEFのメンバーでRhoAを特異的に活性化する。エフェキシンのノックアウトマウスには特別な異常は観察されていないので、生体での機能は不明である。 |
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| ※7 |
Rho-GAP |
| RhoファミリーGタンパク質を不活性化する機能を持つ分子群。Racを特異的に不活性化するαキメリンもこれに属する。これまでエフリン-EphシグナルにRho-GAPが関与することは想定されていなかった。 |
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| ※8 |
連鎖解析 |
| 順遺伝学で表現型の原因となる遺伝子を探索する手法の一つ。染色体上のマーカー(マイクロサテライトやSNPなど)を利用して遺伝子変異の位置を染色体上にマッピングする。 |
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| ※9 |
免疫沈降 |
| AとBの二種類のタンパク質が細胞内で結合しているかどうかを調べるための生化学的な方法の一つ。細胞や組織を溶解し、Aを特異的に認識する抗体を用いてAおよびAと結合するタンパク質を一緒に沈降させる。もし、その中にBが含まれていれば、AとBが結合していると結論づけられる。本研究で用いているような神経細胞や脳組織を用いた免疫沈降は難度が高いが、成功すれば結合していることの強い証拠となる。 |