プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
時計遺伝子のニューフェイス “時計じかけのオレンジ”を発見
- 体内時計システムの完全理解への一歩 -
平成19年6月19日
◇ポイント◇
  • 最先端ゲノム技術を駆使しショウジョウバエの新規時計遺伝子を発見
  • 体内時計システムの頑強な構造の一端を解明
  • 哺乳類にも類似遺伝子:ヒトの体内時計の解明に寄与
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ショウジョウバエの体内時計システムにおいて重要な役割を担う新しい遺伝子“時計じかけのオレンジ※1”を発見し、その機能を世界で初めて明らかにしました。理研 発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)システムバイオロジー研究チーム 上田泰己チームリーダーらの研究チームと、九州大学 松本顕助教、国立遺伝学研究所 上田龍教授、米国テキサス農工大(Texas A&M University)Paul E. Hardin教授らの研究チームとの共同研究の成果です。
 体内時計のシステムは哺乳類では複雑ですが、より単純なショウジョウバエの体内時計システムとその起源を共にしています。今回の研究では、複雑な体内時計システムの基本的な制御機構を理解するために、ゲノム科学の最先端の技術を用いてショウジョウバエの体内時計を包括的に解析しました。
 研究チームは、まず、これまでの研究で取得したデータを用いて、ショウジョウバエの頭部で24時間周期のリズムで発現している遺伝子を200個見出しました。次に、そのうちの変異体作成に成功した137遺伝子について、「in vivo RNAi※2」というゲノム科学の技術を用いてショウジョウバエの体内時計システム、すなわち時計組織※3の中だけでその遺伝子の機能を抑える処理を施しました。その結果、5つの遺伝子が時計遺伝子の候補として同定できました。その中で最も体内時計への影響が大きかった“時計じかけのオレンジ”遺伝子について、「ChIP on chip」法※4というゲノム科学の技術を使って解析を進めた結果、この遺伝子が自分自身や他の時計遺伝子を制御していることを突き止め、体内時計システムの中で重要な役割を担っていることを証明しました。すでに“時計じかけのオレンジ”遺伝子と似た遺伝子(Dec1Dec2Hes5)が、ヒトにもあることが知られており、今回の成果はヒトの体内時計の解明に将来つながるものとして期待されます。
 本研究成果は、米国科学誌『Genes & Development(ジーンズ・アンド・ディベロップメント)』(7月1日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(6月19日付け:日本時間6月20日)に掲載されます。


1. 背 景
 体内時計システムは、バクテリア、ショウジョウバエ、マウス、ヒトなど多くの生物種に存在し、ヒトでも睡眠・覚醒をはじめとする様々な生理機能に影響を与える重要なシステムです。この体内時計システムは、約24時間周期で数多くの遺伝子がリズミカルに機能する複雑な遺伝子ネットワークから成り立っていると考えられています。哺乳類の場合、研究チームが進めてきた定量的で包括的な研究から、これまでに約20個の転写因子タンパク質と3つ(朝、昼、夜)のゲノムDNA上の制御配列が体内時計の中心部分を構成していることが判明しています。しかしながら、この設計図はまだ完全なものではありません。
 複雑な哺乳類の体内時計システムを理解するために、より単純なショウジョウバエの体内時計システムを解析することは、有効なアプローチです。実際、哺乳類とショウジョウバエの体内時計システムは、起源を共にしていると考えられており、それらの体内時計システムは世界的に活発に研究されています。また、ショウジョウバエは、他の生命科学の分野においても広く研究対象として活用されており、数年前までにゲノム配列の解読が完了しています。このため、哺乳類と同様に最先端のゲノム科学技術を駆使した解析が可能です。今回の研究では、2つの最先端の技術を用いてショウジョウバエの体内時計を包括的に解析しました。


2. 研究手法
 まずDNAマイクロアレイを用いたゲノムワイドな解析によって、ショウジョウバエの約1万4千個の全遺伝子の中から、頭部で24時間周期のリズムで発現している遺伝子を200個ほど見出しました。しかし、体内時計システムの中心部分で機能している遺伝子は、この中のごく一部であることが予想されました。このため、研究チームは、これらの数多くの遺伝子の中から体内時計システムの中心で機能している遺伝子を見出すために、近年のゲノム科学の重要な成果である次の2つの技術を活用しました。
(1) in vivo RNAi」を用いた高効率なスクリーニング技術
 「in vivo RNAi」とは、ある注目する遺伝子配列の一部を細胞に導入することで遺伝子本来の機能を抑制するRNA干渉法(RNA interference:RNAi)を動物の組織中(in vivo)で行う、遺伝子変異体作成法の一種です。この手法は、従来の遺伝子変異体の作成法に比べて、短時間で遺伝子変異体を得ることができるだけではなく、体内時計システムにとって重要なことが知られている時計組織を狙って遺伝子機能を抑制することが可能なため、他の組織への遺伝子変異の影響を最小限に抑えることができる利点があります。研究チームでは、体内時計システムの中心で機能すると予想した200遺伝子それぞれについてin vivo RNAi法を用いて遺伝子変異ショウジョウバエの作成を試み、変異体作成に成功した137遺伝子の変異ショウジョウバエについて24時間周期の行動リズムを観察しました。
 ショウジョウバエの活動には、ヒトをはじめとする哺乳類と同じように24時間周期のリズムが見られます。体内時計システムにとって重要な遺伝子に異常が生じると、この24時間周期の行動リズムにも異常が現れます。つまり、作成した遺伝子変異ショウジョウバエの行動パターンを観察すれば、その遺伝子の体内時計システムへの関与を知ることができます。
(2) 「ChIP on chip」法
 「ChIP on chip」法の「ChIP」とは、転写因子タンパク質が実際に結合する染色体上の領域(DNA断片)を、転写因子タンパク質と結合させることにより取り出す実験手法です。取り出されたDNA断片の配列を、ゲノム全体をカバーするDNAマイクロアレイ「chip」を用いて分析することにより同定します。この手法により、転写因子タンパク質が染色体上のどの領域に結合するのかをゲノムワイドに一挙に調べることができ、転写因子タンパク質の標的遺伝子を知ることができます。ChIP on chipにより得られたデータの詳細な解析には、バイオインフォマティクスを活用しました。


3. 研究成果
 まず、1つ目のゲノム科学技術「in vivo RNAi」を用いて、時計組織の中だけで各候補遺伝子の機能を抑えたショウジョウバエの変異体を作成しました(図1)。これらの変異体の行動リズムを観察したところ、活動の周期が24時間より顕著に伸びた変異体が5つ見つかりました。この中で、最も体内時計への影響が大きかった(行動リズムが著しく長くなった(図2))変異体は、Orangeドメインと呼ばれる領域を持った転写因子タンパク質(図3)をコードする遺伝子に対する変異体でした。このため、この遺伝子を“時計じかけのオレンジ”(clockwork orange、略号cwo)と名付けました。
 さらに、遺伝子機能の詳細な解析を行うために、研究チームの鵜飼-蓼沼磨貴(テクニカルスタッフ)、山田陸裕(リサーチアソシエイト)らが中心となって、2つ目のゲノム科学技術「ChIP on chip」法を用いてcwo遺伝子が働きかける遺伝子(標的遺伝子)を包括的に探索しました。この結果、CWOタンパク質が転写制御配列E-boxに結合し、自分自身を含む複数の時計遺伝子の発現を制御していることを突き止めました。研究チームのこれまでの成果から、E-boxは体内時計システムにおいて中心的な制御を担う重要な制御配列であることが明らかになっています。このことからも、cwo遺伝子が体内時計システムの中で重要な役割を担っていることが示唆されました。
 さらなる解析から、CWOタンパク質は時計遺伝子の発現を抑えることが判明しました。また、cwo遺伝子が働かないショウジョウバエでは、24時間周期で波のように変化する時計遺伝子の発現量の極大値(「山」)と極小値(「谷」)の差(波の高さ)が野生型の半分程度にまで小さくなることが明らかになりました。これは、cwo遺伝子が働かないことで標的時計遺伝子の発現が十分に抑制されず谷の深さが浅くなるためと、その間接的な影響により山の高さが低くなるためと考えられます。
 以上のことから、cwo遺伝子は他の時計遺伝子と密接な関係を保ちながら、ショウジョウバエの体内時計システムの中心部でその頑強さを維持する重要な役割の一端を担っていると結論できます。今回の研究により、体内時計システムのより完全な理解に向けて一歩を進めることができました(図4)。


4. 今後の期待
 体内時計システムを完全に理解するには、引き続き研究を重ねる必要がありますが、今回の研究成果は、ショウジョウバエの体内時計の理解を更に一歩進めるものであり、ゲノム科学の最先端の技術と共に、今後の体内時計の解明に役立つことが確かとなりました。また、cwo遺伝子と似た遺伝子(Dec1Dec2Hes5)がヒトにもあることが知られており、今回の成果は、将来的にヒトの体内時計の解明につながる成果として注目されます。


<報道担当・問い合わせ先>
(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
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  システムバイオロジー研究チーム
   チームリーダー 上田 泰己(うえだ ひろき)

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(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

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Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 時計じかけのオレンジ
小説家アンソニー・バージェスによる原作をスタンリー・キューブリックが1971年に映画化した問題作『時計じかけのオレンジ』(A Clockwork Orange)にちなむ。今回発見した体内時計遺伝子がOrangeドメインと呼ばれるタンパク質構造を有することによる命名。
※2 in vivo RNAi
ある注目する遺伝子配列の一部を細胞に導入することで、その遺伝子本来の機能を抑制するRNA干渉法(RNA interference:RNAi)を動物の組織中(in vivo)で行う、遺伝子変異体作成法の一種。従来の遺伝子変異体作成法に比べて短時間で変異体を得ることができる。
※3 時計組織
ショウジョウバエの24時間周期の行動リズムは、頭部にあるいくつかの神経細胞群によって制御されている。これらの神経細胞分は時計遺伝子を発現しており、脳内に分散して存在するが、本文ではこれらの神経細胞群を総称して時計組織と呼んでいる。
※4 「ChIP on chip」法
転写因子タンパク質に結合されているゲノムDNA配列(Chromatin)を抗体タンパク質を用いて免疫沈降(Immunoprecipitation)することにより同定する実験手法。DNA配列を同定するためにDNA Microarray(DNA Chip)を用いることから、ChIP on Chip法と呼ばれる。


図1 「in vivo RNAi」技術
in vivo RNAi 技術による遺伝子変異体作成法の流れ。まず、注目する遺伝子配列(黄緑矢印)の一部(赤矢印)を背中合わせにつないだ配列をゲノムに組込んだショウジョウバエを作成する。その後、組込まれた配列を部位特異的に発現できるショウジョウバエと交配すると時計組織中(in vivo)でRNA干渉(RNAi)が起きることから、注目する遺伝子の機能が時計組織で抑制されたショウジョウバエが得られる。


図2 ショウジョウバエの行動パターン
in vivo RNAiにより得られた変異体の行動リズム。黒く塗られた部分は活動が観察された時間帯を示す。野生型のショウジョウバエでは、12時間周期の明暗条件下(LD条件:黄色)及び、恒暗条件下(DD条件:灰色)のいずれにおいても明暗の切り替え時間帯(日出、日没に対応)に活動が活発になる24時間周期を示す。既知のショウジョウバエ体内時計遺伝子であるpertim遺伝子をin vivo RNAiにより抑制すると、行動リズムに周期性が無くなる異常が観察される。cwo遺伝子の発現を抑制すると、行動リズムの周期が24時間よりも長くなる異常が観察された。


図3 「時計じかけのオレンジ」タンパク質の構造
ドメイン構造と哺乳類が持つ類似の遺伝子との配列比較。CWOタンパク質の機能にとって重要な部分(bHLHドメイン(緑)とOrangeドメイン(オレンジ))が、哺乳類が持つ類似遺伝子(DEC1タンパク質、DEC2タンパク質、HES5タンパク質)と特に高い相同性を持つ。


図4 ショウジョウバエの体内時計の設計図
転写因子タンパク質と転写制御配列の関係。楕円形は時計遺伝子(タンパク質)、四角形はゲノムDNA上の転写制御配列を示す。楕円形の緑は活性化因子として機能し、赤は不活性化因子として機能することを意味する。この設計図に、今回新たにcwo遺伝子(CWOタンパク質)が加わったことで、哺乳類を含む体内時計システムの完全な理解に一歩近づいた。

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