プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人岐阜大学
酸性土壌の耐性に関わる新規の植物遺伝子を同定
- 酸性土壌で生育できる作物の品種改良に道 -
平成19年5月29日
◇ポイント◇
  • シロイヌナズナから酸耐性が低下した変異株「stop1」を取得
  • STOP1は、酸耐性とともに酸性土壌で問題となるアルミニウムイオン耐性にも関与
  • stop1 変異株に正常遺伝子を組み込むと酸耐性は回復、作物の品種改良へ期待
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人岐阜大学(黒木登志夫学長)は、酸性土壌への耐性に関わる重要な植物の遺伝子を世界で初めて同定しました。これは、理研バイオリソースセンター(小幡裕一センター長)実験植物開発室(小林正智室長)の井内聖専任研究員と岐阜大学応用生物科学部の小山博之教授らによる研究成果です。
 著しい人口増加や環境破壊により、作物が良好に生育できる土地がほとんど利用され尽くされた現在、残された土地は、作物が生育しにくい問題のある土壌です。その一つが酸性土壌で、バイオマスの生産拠点であるブラジルを含む熱帯・亜熱帯域に広く分布するなど、世界の農耕地の30%を占めています。この酸性土壌では、毒性を持つアルミニウムイオンが溶け出し、植物の根の発達が阻害され、生育が不良となります。一般的にはこれを防ぐため、アルカリ剤の石灰やリンを多量に投入して土壌を改良しますが、生産コストがかかるばかりでなく、資源・エネルギー消費を増加させます。そのため、酸性土壌という劣悪環境でも根が生育できるような作物の品種改良が重要であり、これを目指した研究が世界中で活発に進められています。
 研究グループは、菜種の近縁種であるアブラナ科のシロイヌナズナから、酸性条件では根を伸ばすことができない変異体「stop1※1」を発見しました。これを詳細に解析したところ、酸性ばかりではなくアルミニウムイオンに対しても根が育たないことを明らかにしました。このことから、STOP1タンパク質は酸耐性とアルミニウムイオン耐性の双方に深く関わっていると考えられます。stop1 では、健常な個体が持っている酸性土壌への防御のしくみが働かないために、酸性土壌耐性能の低下が起こっていることがわかり、その原因遺伝子の詳細な解析をすることで、有用作物の品種改良につながることが期待できます。
 本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『The Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of AmericaPNAS 』(6月5日号)に掲載されます。


1. 背 景
 酸性土壌は、バイオマスの生産拠点であるブラジルを含む熱帯・亜熱帯域に広く分布し、世界の耕作可能陸地の30%を占めているとされています。もちろん日本にも存在します。酸性土壌は、人間活動などの影響で酸性化した降雨(酸性雨)や連続的な耕作などにより土壌が酸性化することが原因といわれています。土壌が酸性化することによって土を構成している毒性を持つアルミニウムイオンが溶け出し、植物の根の発達を阻害し、養分吸収が不十分となり生育不良を引き起こすとともに、干ばつの被害を受けやすくなります。つまり酸性化した土壌では、作物の生産量が低下します。これを防ぐためには、アルカリ成分を含む石灰を多量に投入して土壌を中和するとともに、資源寿命※2が短いリンを多量に与えるのが一般的です。この土壌改良は、熱帯域諸国の農民にとっての経済的負担となるとともに、先進諸国が展開するバイオマスプランテーションでは、膨大な資源・エネルギーの消費をもたらす原因となっています。
 この問題を解決するためには、酸性土壌でも根が生育できる品種の作物を作り出すことが重要となり、酸性土壌で根が発達する良し悪しを決める仕組みを明らかにする研究が、世界中で活発に進められています。研究グループは、菜種の近縁種であるアブラナ科に属するシロイヌナズナの中から、酸性で根を伸ばすことができない異常個体「stop1 」を発見し、根が発達する仕組みの解析を行いました。


2. 研究手法と結果
 菜種の近縁種であるアブラナ科のシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を用いて、生育を根の伸長量を指標にして評価すると、培地のpHがやや酸性の5.2付近では生育することが可能ですが、それより酸性度が強くなるに従って生育阻害が徐々に現れます。例えば、培地がpH4.3程度であれば根は伸長可能ですが、培地がpH3.8と強い酸性を示すようになると、根の伸長は認められなくなります(図1)。そこで研究チームは、この性質を利用して酸性条件下で根を伸ばすことができない変異体「stop1 」を発見しました。
 具体的には、シロイヌナズナ種子に化学的な変異誘導処理(EMS処理※3)を行い、染色体上に変異をランダムに導入した変異体集団を作製しました。この変異体集団の中から、pH4.3で根の伸長が顕著に抑制された変異個体を選別しました。遺伝学的解析から、この変異体の性質は、染色体上に生じた一つの劣性変異によって、生じていることが明らかになりました。ポジショナルマッピング手法※4を用いてこの劣性変異を決定した結果、一塩基の変異が染色体上に認められました。この変異は、ジンク・フィンガー領域※5を持つ遺伝子に起こっており、ジンク・フィンガー形成に重要なアミノ酸が置換されていました。また、この変異体に正常遺伝子を組み込んだ場合は、酸耐性の回復が認められました。このことはSTOP1 遺伝子が酸耐性に重要なことを示しています。また、DNA配列のデーターベースを検索したところ、この遺伝子と相同性の高い遺伝子がイネやトウモロコシなどの作物にも存在していることが明らかになりました。
 変異の原因を突き詰める研究と並行して、変異体の生理学的解析を行いました。まずstop1 変異株の各種金属イオンに対する応答を調べた結果、カドミウム、銅、ランタン、ナトリウム、マンガンの各種イオンでは、stop1 変異株と野生型個体では、根の伸長量に有意な差は認められませんでした。しかし、アルミニウムイオンに対してstop1 変異株は野生型個体に比べて顕著な根の伸長阻害を示しました(図2)。そこで、アルミニウムイオン耐性に非常に重要な遺伝子とされている「リンゴ酸トランスポーター」に変異が生じてアルミニウムイオン耐性が低下した変異株「AtALMT1-KO」を用いて、stop1 変異株と野生型個体の三者で比較したところ、野生型個体と比べてAtALMT1-KOはアルミニウムイオン耐性の低下が認められましたが酸耐性は変化なかったのに対して、stop1 変異株ではアルミニウムイオン耐性の低下と酸耐性の低下の両方を引き起こしていました(図3)。遺伝子発現を調べたところ、アルミニウム処理で活性化されるAtALMT1 遺伝子の発現が野生型個体では観察されますが、stop1 変異株では認められませんでした(図4)。このことからstop1 変異はアルミニウムイオン耐性の低下も引き起こしたと考えています。


3. 今後の期待
 植物がどのようにして酸耐性を獲得しているのかという分子機構はこれまでまったく知られていませんでした。今回の研究からSTOP1 遺伝子が酸耐性の分子機構に関わっていることが明らかになりました。今後、酸が植物に及ぼす悪影響とSTOP1 遺伝子と酸耐性機構の関係を調べることで、酸性土壌耐性機構の全体像の解明が進むと期待されます。そして、酸性土壌耐性に重要な因子などを用いて、酸性土壌で生育できる作物品種を作り出すことが可能となります。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 バイオリソースセンター 実験植物開発室
  専任研究員 井内 聖(いうち さとし)

Tel: 029-836-9189 / Fax: 029-836-9053
 筑波研究推進部 企画課 片桐 健(かたぎり たけし)

Tel: 029-836-9142 / Fax: 029-836-9100
岐阜大学応用生物科学部
  教 授 小山 博之(こやま ひろゆき)

Tel: 058-293-2911 / Fax: 058-293-2911

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

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Mail: koho@riken.jp
国立大学法人岐阜大学 総務部総務課広報室

Tel: 058-293-2009 / Fax: 058-293-2021


<補足説明>
※1 stop1
Sensitive TO Proton rhizotoxicityの略。Proton(プロトン)とはHのことで、pHを酸性に傾けるイオンである。根に毒性をおよぼす酸に感受性という意味から上記の変異体名にした。
※2 資源寿命
資源寿命とは、地球上に採掘できる量がどれだけ存在するかということを意味する。土壌改良のため一般的に用いられる優良なリン資源は、今世紀終盤には枯渇することが予測されており、資源寿命は短い。
※3 EMS処理
エチルメタンスルホン酸(Ethyl MethanesSulfonate)は、DNAの塩基置換を誘発する化学物質で、これによりミスセンス変異(塩基が変化する)やナンセンス変異(塩基がなくなる)が起こる。当該変異体はC(シトシン)→ T(チミン)にミスセンス変異をしたために、ジンク・フィンガーを形成する際に重要なアミノ酸が変化して機能しなくなったものである。
※4 ポジショナルマッピング手法
変異体と野生型個体を交雑すると遺伝子が混ざり合う。その次世代に現れる変異体の表現型(ここでは低pH培地における根の伸長遅延)を指標に、ゲノム上に存在するいろいろな印(マーカー)との連鎖を調べて、変異を起こしている遺伝子の場所(ポジション)を見つける方法。
※5 ジンク・フィンガー領域
発現を制御する遺伝子のプロモーター領域に、直接相互作用するタンパク質の領域のこと。4つのアミノ酸を介して亜鉛イオンと結合した分子構造で、DNAに相互作用する部分が「指」のような構造でDNAに結合するように見えるのでこの名が充てられた。


図1 pH培地条件下での根の伸長状態
ルート・ベンディング試験法で、低pH培地条件における根の伸長を調べた。まず、植物を垂直に立てた寒天培地上で発芽させて幼植物まで育成する(A)。その後、pHの異なる培地に植物を傷つけないように移植し、植物の根が上側になるように垂直に立てた寒天培地上で生育させる(B)。植物の根は重力に沿って下方向に伸びようとする。そのため、もし各条件で根が伸びるのであれば根は釣り針のようにループを作るが、根が伸長しなければ移植したままとなる(C)。低pHに対するstop1 変異体の詳細な表現型(D)。


図2 各種金属イオンに対する根の伸長における感受性
各種金属イオンにおける根の伸長阻害を、野生型個体とstop1 変異体で比較した。stop1 変異株は、通常個体に比べて、アルミニウムイオンに対してのみ、顕著な根の伸長阻害を示した。


図3 pH処理とアルミニウム処理
野生型個体、stop1 変異体、およびAtALMT1-KO(AtALMT1遺伝子のノックアウト変異体)の3つの植物体に関して、pHおよび2マイクロモルの塩化アルミニウムを与えた場合(+)、または与えない場合(−)を組み合わせて根の伸長を調べた実験。この実験結果から、stop1 変異体は、アルミニウムイオンとpHの双方に根の伸長感受性を示すが、AtALMT1-KOは、アルミニウムイオンだけに根の伸長感受性を示し、pHに対しては野生型と比較して変化が見られないことがわかる。


図4 AtALMT1 遺伝子発現の比較
アルミニウム処理におけるAtALMT1 遺伝子の発現を、野生型個体とstop1 変異体で比較した。
UBQ1 は、ユビキチン1(ubiquitin1)という遺伝子で、あらゆる細胞で発現している遺伝子。この実験は、AtALMT1 遺伝子が野生型ではアルミニウム処理によって発現誘導を受けるが、stop1 変異体ではAtALMT1 遺伝子の発現が抑えられていることを示し、構成的に発現しているユビキチン1は、変異体、野生型双方で同様に発現していることを示す対照として用いられている。

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