プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
“汚い”物質中の電子が持つ美しい対称性『共形不変性』を
世界で初めて実証

- 不規則系の臨界現象における理論手法の構築の第一歩 -
平成19年3月29日
◇ポイント◇
  • 不純物の多い“汚い”2次元電子系で、無限個の対称性を持つ共形不変性を初めて実証
  • マルチフラクタル性(自己相似構造性)と共形不変性との関係が明らかに
  • 不規則電子系における共形場理論の発展の基盤築く
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、物質の性質を理解する上で重要な相転移の“臨界現象”に関する新たな理論を実証・確立しました。具体的には、不純物の多い物質で起こる金属‐絶縁体相転移点における“共形不変性※1”の存在を証明し、その“マルチフラクタル性※2”との関係を、大規模数値計算により世界で初めて明らかにしました。半導体デバイス等で多様に使われる物質の性質を理解する上で、臨界現象を理論的に予測できるようにすることは非常に重要で、今回の成果は、不規則電子系における共形場理論の発展の基盤になると期待されます。これは、理研中央研究所古崎物性理論研究室の小布施 秀明 基礎科学特別研究員、古崎 昭 主任研究員による研究成果で、米国シカゴ大学のIlya Gruzberg(イリヤ・グルツバーグ)助教授、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のAndreas Ludwig(アンドレアス・ルドウィック)教授らの研究グループとの共同研究で進められました。
 不純物や格子欠陥を多く含んだ“汚い”物質中では、電子が不純物等によって頻繁に散乱されて電気伝導性が悪くなります。このような“汚い”系(不規則電子系)では、乱れ(不規則性)を強くしていくと量子干渉効果※3によって金属(電気を通す)から絶縁体(電気を通さない)への相転移が起こります。この相転移が研究されて約半世紀となりますが、未だに相転移点近傍の臨界現象を記述する有力な理論手法は確立されていません。
 物理学の発展においては、新たな不変性(対称性)の発見が重要な役割を果たします。多くの2次元系※4は、相転移点で局所的なスケール変換等に対して系が不変に保たれ(共形不変性)、その臨界現象は“共形場理論”という理論で記述できることが知られています。しかし、2次元不規則電子系が金属‐絶縁体転移点で共形不変性をもつか否かはこれまで明らかではありませんでした。
 研究グループは、大規模数値計算を使って、2次元系のサンプル表面付近の電子の量子的振る舞い(波動関数※5)が、共形不変性から要請される関係式を満たしていることを明らかにしました。つまりこの計算で、不規則電子系の臨界点に共形不変性が存在することを証明し、不規則な系で起こる相転移に対しても共形場理論が応用できる可能性が開けたことになります。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に近くオンライン掲載される予定です。


1. 背 景
 金属や半導体などの電気抵抗は、電気伝導を担う電子が不純物や格子欠陥などによって散乱されることで生じます。電気抵抗の大きな、不純物等の多い“汚い”金属では、電子が頻繁に散乱される結果、空間的に局在するという現象が起こります。これは1958年にフィリップ・W・アンダーソン(Philip W. Anderson)教授により理論的に予言された現象で、量子論的に波動性をもった電子の散乱波の干渉効果によって起こります。この帰結として、極低温下で金属中の不純物濃度を増やしていくと、不純物濃度がある臨界値に達したときに電子が局在化し、(局在した電子は物質全体を自由に伝播できないので)金属が絶縁体に変わることがわかります。この金属‐絶縁体転移のことを“局在‐非局在転移”、あるいは理論的発見者にちなんで“アンダーソン転移”と呼んでいます。
 温度を上げると液体が気体になったり、磁石(強磁性体)が磁石でなくなったりする(常磁性体)ように、物質がある相から別の相へ突然変化すること、すなわち“相転移現象”を理論的に理解することは物質の性質を知る上で重要な問題です。アンダーソン転移は、温度の代わりに不純物濃度などの電子散乱の頻度を表すパラメータの変化とともに起こる“相転移現象”です。
 相転移が起こる点(相転移点)付近で、比熱や帯磁率等の物理量が特異性を示す現象を“臨界現象”と呼びます。臨界現象の理解は、1970年代に大きく進み、特に、2次元空間で起こる相転移の臨界現象の多くは“共形場理論”と呼ばれる強力な理論によって記述できることが、1980年代半ば以降に明らかになりました。共形場理論は、“ちょうど相転移点にある系が、局所的な並進・回転・スケール変換等の共形変換に対して不変である”という仮定のもとで導かれるものです。共形場理論によって、2次元空間での強磁性転移などの多くの臨界現象は解明されてきましたが、一方で、未だに理論的に未解明の分野も残されています。その代表的なものが、アンダーソン転移などの不規則系で起こる相転移です。
 研究グループは、アンダーソン転移の臨界現象の理論的解明への第一歩として、2次元空間を運動する電子のアンダーソン転移点が、共形不変性を持っているか否かをまず明らかにすることを目標としました。共形不変性が実証できれば、アンダーソン転移に対しても共形場理論が応用できる可能性が開けます。


2. 研究手法
 研究グループは、共形不変性が最も顕著となる2次元空間の金属‐絶縁体転移を扱うために、スピン‐軌道相互作用※6の強い2次元不規則電子系を研究対象としました。このような2次元不規則電子系は、GaAs/GaInAsなどの半導体接合界面や、グラフェンと呼ばれる単層グラファイトなどで実際に作ることができますが、本研究では、系をさらに単純化した理論模型を用いて数値シミュレーションを行いました。
 金属‐絶縁体転移点では、電子は2次元系全体に広がっておらず、局在もしていない中間的な状態にあり、電子の空間分布は長さスケールを変えても同じように見える自己相似構造(フラクタル構造)を形成します。例として、図1(a)に2次元系のアンダーソン転移点における電子状態を示します。さらに赤枠部分を拡大したものを右側に示します。拡大しても元の図と非常に良く似た複雑な図であることから、臨界点の電子状態はフラクタル構造であることが分かります。
 このフラクタル性は、相転移現象の臨界点だけではなく、私達の身近な自然界によく現れる性質です。その一例として図1の (b)と(c)に雲の写真を示します。どちらも雲の写真ですが、(b)は地上から普通のカメラで撮影した雲、(c)は気象衛星から撮影した日本上空の雲です。全くスケールの異なる2つの雲の写真ですが、よく似た構造をしていることが分かります。これは雲もまたスケール不変性を有しているためです。
 さて、金属 - 絶縁体転移点においては、電子の2次元サンプル内の確率分布(波動関数の絶対値の2乗)が、マルチフラクタル性を有します。まず、図2(a)や図2(b)のように異なる形状を持つ系について、電子の波動関数のマルチフラクタル性を特徴づけるスペクトル関数ƒ(α)を考えます。共形変換により図2(a)の形状から図2(b)の形状へ変換できるため、相転移点における共形不変性の存在を仮定すると、2つの系のマルチフラクタル・スペクトル関数ƒ(α)が関係付けられます。そこで本研究では、図3に示す円筒形状のサンプルの端の領域のスペクトル関数ƒss)と、正方形または菱形形状の角度θの角付近におけるスペクトル関数ƒθθ)を大規模数値計算によってそれぞれ計算し、共形不変性を持つ場合に成り立つ関係式が、不規則な系でも成立するか否かを調べまし※7
 スペクトル関数は、数値対角化※8により計算した臨界点における波動関数のシステム・サイズ依存性より求めることができます。不規則系の研究では、十分な精度を持つデータを得るために、異なる乱れ配置を持つサンプルを大量に計算することが重要となります。そこで、理研の情報基盤センターで運用しているRIKEN Super Combined Cluster System(RSCC)を利用しました。RSCCの中央演算素子(CPU)2,048個により構成されるLinuxクラスタ・システムを用いることにより、一つ一つのCPUに異なる乱れ配置のサンプルを割り当てて同時に数値対角化することで、大規模な並列計算を行うことができました。今回の計算では、各システム・サイズ、各形状についてそれぞれ60,000サンプルを計算しました。


3. 研究成果
 図4に計算結果を示します。角度が45°(度)、90°、135°の角付近のマルチフラクタル・スペクトル関数ƒθθ)を、それぞれ水色、赤、緑の点で示しています。また、青の点で示した直線表面付近のマルチフラクタル・スペクトル関数ƒss)を、共形不変性から導出される関係式に代入することで得られる曲線※7を角度と同じ色で示しています。
 これを見ると、同じ色の点と曲線が広い範囲で一致していることが分かります。すなわち、共形変換により得られた関係式が正しいということを意味しています。この結果から、2次元の不規則電子系臨界点における共形不変性が存在し、そのマルチフラクタル性との関係が世界で初めて明らかになりました。


4. 今後の期待
 以上のように本研究は、スピン‐軌道相互作用の強い2次元不規則電子系における共形不変性の存在を実証しました。この研究成果は、スピン‐軌道相互作用が強い系のみならず、強い磁場を印加することで起こる量子ホール効果を示す系など2次元不規則電子系全般における共形場理論発展の基礎となると考えられます。さらには、乱流やスピングラスなどの他のランダム系の相転移現象、また、身近な自然界に現れるフラクタル性に関する理論発展にも貢献するものと考えられます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 中央研究所 古崎物性理論研究室
  主任研究員  古崎 昭(ふるさき あきら)

Tel: 048-467-1369 / Fax: 048-467-1339
  基礎科学特別研究員  小布施 秀明(おぶせ ひであき)

Tel: 048-462-1111(内線8887) / Fax: 048-467-1339

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 共形不変性
共形変換(2つの微小線分のあいだの角度を変えない変換。具体的には局所的な並進・回転・スケール変換など)に対して、系が不変に保たれる性質。
※2 マルチフラクタル性
電子密度のような連続的に変化する量に対する、特徴的な長さのない自己相似構造性(フラクタル性)のことを、マルチフラクタル性と呼ぶ。
※3 量子干渉効果
極低温下における電子の運動は、“粒子性”のみではなく“波”としての性質も持ち合わせた量子力学により記述される。波である電子は、光と同様に干渉効果が起きる。
※4 2次元系
電子など対象とする物体の運動が2次元の平面内に制限された物理系。2次元不規則電子系は、GaAs/GaInAs半導体などの接合界面や、単層グラファイト(グラフェン)などで実現される。
※5 波動関数
量子力学において、粒子(電子)の確率振幅を与える関数。
※6 スピン‐軌道相互作用
電子は、自転に対応する固有の角運動量を持っており、それをスピンという。原子核の周りを回転運動する電子は軌道角運動量をもっており、相対論的量子力学によれば、電子のスピンと軌道角運動量の内積に比例するエネルギー項が存在する。このエネルギー項のことをスピン‐軌道相互作用とよび、電子スピンの向きを変える働きを持つ。
※7 スペクトル関数の決定
相転移点で系が共形不変性を持つと仮定すると、異なった形状を持つ2つの系を結び付ける共形変換を用いて、その2つの系のマルチフラクタル・スペクトル関数ƒ(α)が関係づけられる。特に、正方形や菱形の角付近での波動関数のスペクトル関数ƒθθ)は、角を囲む角度θを用いることにより、直線表面付近でのスペクトル関数ƒss)と以下の式で関係付けられる。
そこで本研究では、図3に示す円筒形状のサンプルの端の領域のスペクトル関数ƒss)と、正方形、菱形形状の角付近におけるスペクトル関数ƒθθ)について大規模数値計算を行い、上述の関係式(1)が成立するか否かを調べた。
※8 数値対角化
コンピュータを利用して行列の固有値問題を解くこと。物理現象の問題を解く際、その問題が行列計算の固有値問題に帰着することが多い。問題が複雑になると、その行列の大きさは非常に大きくなる(本研究では最大で約5万×5万の行列を扱った)ため、コンピュータを利用する。


図1 フラクタルの例
(a) アンダーソン転移の臨界点における電子状態のマルチフラクタル性。色の白い方が電子の密度(電子の存在確率)が高いことを示す。赤枠部分の拡大図を右側に示す。
(b) フラクタル、地上より撮影した雲。
(c) フラクタル、気象衛星ひまわり6号による日本上空の雲(気象庁ホームページから引用)。


図2 共形変換に用いた系
ある共形変換により、緑色の点を原点として上平面(a)を楔形(b)に変換した。(a)図の赤と青の線は、それぞれ横軸(黒)に対する水平線と垂直線を表す。共形変換を行っても、局所的な回転変換に対する不変性のため、(b)の図でも赤線と青線は全ての交点において90°で交わる。


図3 計算に用いたサンプルの形状
青色で示した中空円筒の端の領域の波動関数からマルチフラクタル・スペクトル関数ƒss)を、また赤色、水色、緑色で示される領域から角付近のマルチフラクタル・スペクトルƒθθ)を計算した。


図4 マルチフラクタル・スペクトル関数ƒ(α)の計算結果
角領域におけるスペクトル関数ƒθθ)を角度に応じて、45°:水色、90°:赤、135°:緑の点で示す。また、青色で示す直線表面でのスペクトル関数ƒss)をインプットデータとして、補足説明※7で説明する共形不変性から期待される関係式(1)を用いて計算した角付近のマルチフラクタル・スペクトル関数を、対応する角度と同じ色の曲線で示す。同じ色の点と曲線が広い範囲で一致していることから、共形変換により得られた関係式が正しいことを意味する。この結果から、不規則電子系臨界点における共形不変性の存在、及びそのマルチフラクタル性との関係が世界で初めて明らかとなった。

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