| 2. |
研究手法と成果 |
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CADPS2遺伝子欠損マウスの作製 |
| 研究チームは、ES細胞を用いた相同性組換え法を用いて、CADPS2遺伝子が欠損したマウスを作製しました。この変異をホモで持つマウスは、CADPS2遺伝子をすべての細胞で欠損します。その結果、大脳、海馬、小脳でのBDNFの分泌能が低下することから、CADPS2は、BDNFの正常な分泌に必須であることが明らかになりました。このマウスでは、大脳皮質、海馬、小脳における特定の神経細胞の生存と分化が損なわれる表現型が観察され、外来性BDNFの投与でこの異常な表現型は元に回復することなどがわかりました。 |
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| (2) |
自閉症様行動の解析法 |
作製した遺伝子欠損マウスの行動を複数のテストで詳しく解析しました。以下は、その中の代表的なテストです。
- 社会的相互作用テスト
同じケージで飼育したことのない2匹の雄マウスをテスト箱に入れ、2匹のマウスの社会的相互作用(近づいてお互いに嗅ぎあったり、接触したりする行動)を評価しました。CADPS2遺伝子欠損マウスは、相互作用の頻度に有意な低下が見られました。
- 母性(哺乳)行動テスト
母親マウスの自ら出産したマウスを哺乳・養育する行動を調べました。CADPS2 遺伝子を欠損した母親マウスは、子育てを放棄する割合が高いことがわかりました。
- 自発運動解析
マウスの水平運動量を、ケージ内に設置した赤外線ビームの遮断による検出で6日間測定しました。CADPS2遺伝子欠損マウスは、野生型マウスに比べて運動量が多いことから、多動の傾向があることがわかりました。
- 新奇環境への適応実験
飼育ケージ内に新奇オブジェクト(物体)を設置した際のマウスの行動量の変化や、オブジェクトへの接触回数を測定しました。また、新奇迷路にマウスを入れた時の行動量の変化を評価しました。CADPS2遺伝子欠損マウスは、新奇性の強い環境下では行動量が有意に減少し、新奇オブジェクトに対する接触行動を避ける傾向があることから、新奇環境下での不安行動の亢進や適応性の低下が見られました。
これらのテスト結果を踏まえると、CADPS2遺伝子欠損マウスは、通常の環境下での視覚、嗅覚、聴覚の機能は正常ですが、社会性行動の異常、母性行動(子育ての能力)の低下、多動、新奇環境への適応力の低下が見られ、自閉症で見られるような行動異常を示すことが明らかになりました。また、このマウスは、空間認知記憶の低下やサーカディアン・リズム※7の異常なども見られました。
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| (3) |
自閉症患者におけるCADPS2遺伝子の解析法 |
CADPS2遺伝子欠損マウスの解析から、実際に自閉症患者においても、CADPS2遺伝子に何らかの異常がある可能性が考えられました。そこで、自閉症患者の協力を得て、患者と健常者のCADPS2遺伝子(全28エキソン)の配列を解析しました。その結果、CADPS2遺伝子の塩基配列そのものに、自閉症患者特異的な一塩基多型があることが明らかになりました。
また、ヒトの抹消血液中の好塩基球※8にはCADPS2のmRNAが発現していることから、患者と健常者の血中のRNAをCADPS2の特定のエキソンを含むかたちで増幅し、その生成物を比較解析しました。その結果、一部の患者ではCADPS2遺伝子の転写で3番目のエキソンのみがスキップする(抜け落ちる)異常な選択的スプライシングが起きていることがわかりました(図1)。
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| (4) |
CADPS2結合タンパク質の解析法 |
| 研究チームでは、CADPS2遺伝子の転写で3番目のエキソンのみがスキップすることによりどんな変化が生じるか探るため、CADPS2のエキソン3配列から翻訳されるタンパク質領域と特異的に結合するタンパク質を酵母Two-Hybridスクリーニング※9によって探索しました。解析の結果、エキソン3は、神経軸索※10に沿った輸送に関与するp150Gluedというタンパク質との結合に重要であり、エキソン3がスキップしたCADPS2タンパク質は軸索終末部に輸送されないことが明らかになりました。CADPS2は軸索終末からのBDNFの分泌に関わることから、エキソン3欠損型のCADPS2を発現する特定の自閉症患者においては、BDNFが健常者と異なったパターンで分泌されるために、神経ネットワークの形成に異常をきたす可能性が示唆されました(図2)。
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その他の知見 |
| 自閉症患者の脳では、最も顕著な異常が小脳組織で観察されることが知られています。研究チームは、関連した別の研究において、CADPS2遺伝子欠損マウスも自閉症患者に見られる特徴的な小脳の形態異常を示すことも明らかにしました(『Journal of Neuroscience』(2007年3月7日))。
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| ※1 |
神経栄養因子 |
NGF, BDNF, NT-3, NT-4で神経栄養因子(ニューロトロフィン)ファミリーを形成する。
細胞内においては分泌顆粒内に含まれ、細胞外へ分泌される。神経伝達物質が次の神経細胞に信号を送るのに特化しているのに対し、神経栄養因子は、神経細胞の分化を誘導する作用や、神経細胞の生存を調節する作用を持つことが知られている。
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| ※2 |
CADPS2 |
| CAPS2と表記されることも多い。ヒトCADPS2遺伝子は、自閉症発症との関連が疑われるヒト7番染色体上の領域(AUTS1)に存在する。この領域に存在する遺伝子で、自閉症との関連が明確に示されているものは今までにはなかった。CADPS2タンパク質は、神経栄養因子を含む分泌顆粒に結合し、その分泌を調節する。CADPS1が脳内に広く発現するのに対し、CADPS2は、大脳、海馬、中脳、小脳、手綱核(たづなかく)などの限られた細胞で強く発現する(CADPS2とCADPS1は異なった細胞で発現する傾向が強い)。 |
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| ※3 |
脳由来神経栄養因子(BDNF) |
| 神経栄養因子ファミリーの分子。神経細胞の生存・分化やシナプスの機能を調節する作用の他、神経ネットワークの形成にも関与することが知られている。神経栄養因子ファミリーの中でも特に脳に多く発現し、脳の高次機能への関与なども研究されている。 |
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| ※4 |
選択的スプライシング |
| 真核生物のゲノムDNA上にある遺伝子のタンパク質をコードする配列は、タンパク質へ翻訳される暗号となるエキソンと呼ばれる複数の配列と、その間をつなぐイントロンと呼ばれる介在配列から構成される。遺伝子は、まず、エキソンとイントロンが一続きの前駆体mRNAに転写され、それとほぼ同時にイントロンを除去してエキソン同士を連結した成熟mRNAの産生がおこる。このイントロンを除去し前後のエキソンを再結合する反応は、スプライシングと呼ばれ、タンパク質に翻訳されるための鋳型となる成熟mRNAを決定する重要な分子機構である。遺伝子や細胞によっては、スプライシング反応の際に特定のエキソンをスキップした成熟mRNAを産生する場合があり、これによって性質の異なるタンパク質の鋳型が作られることになる。これを選択的スプライシングと呼ぶ。 |
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| ※5 |
一塩基多型(single nucleotide polymorphism, SNP) |
| ゲノム上のDNAの配列が、生物個体によって一塩基だけ異なること。多くの一塩基多型は表現型に関係ないが、なかには個体の体質や特定の病気に関わる変異も存在する。 |
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| ※6 |
レット障害 |
| 進行性の神経疾患で、X染色体に連鎖して女児にのみみられる。知的障害は重く、頭囲の成長や歩行に問題がある。また、常同的な手の運動を示す。 |
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| ※7 |
サーカディアン・リズム |
| 概日リズムともいう。約24時間の周期で繰り返す生理現象。このリズムを生む時計は、哺乳類では視交差上核にある。 |
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| ※8 |
好塩基球 |
| 白血球の一種。白血球の中で最も割合が少ない。好塩基性の大きな顆粒を有する。 |
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| ※9 |
酵母Two-Hybridスクリーニング |
| 酵母の転写因子であるGAL4の機能回復を利用して、タンパク質間の結合を検出するスクリーニングシステム。 |
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| ※10 |
軸索 |
| 神経細胞体から伸びる神経突起のひとつで、出力線維である。軸索終末には神経伝達物質を含有するシナプス小胞やペプチド、カテコールアミンなどを含む分泌顆粒があり、標的となる神経細胞の樹状突起や細胞体とシナプス結合して信号を送る。 |