プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
世界初:受精能のないマウス卵子からクローン胚由来ES細胞を高効率に樹立
- マウスをモデルに新鮮卵子の代替案を提案、ヒトでの応用研究を進めるための大きなヒントに -
平成19年2月20日
◇ポイント◇
  • 体外受精法で受精しなかった卵子を新鮮卵子の代替として活用できる可能性
  • 樹立したクローン胚由来ES細胞の性質は受精卵由来のES細胞とまったく同じ
  • 作出したクローン胚は胎仔に成長する能力がない
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、マウスを用いた実験で、これまで廃棄されていた体外受精の際に受精しなかった卵子を用い、体細胞由来のクローンES細胞を効率よく樹立することに初めて成功しました。理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)ゲノム・リプログラミング研究チームの若山照彦チームリーダー、若山清香研究員(独立行政法人日本学術振興会特別研究員)らによる研究成果です。
 これまでに、若山チームリーダーらは、マウスの体細胞クローンに世界で初めて成功し、成功率の改善を試みるのと同時に、クローン胚からES細胞を樹立し、その正常性の検討なども行ってきました。一連の研究はヒトへの応用を目指したもので、患者本人の体細胞からES細胞が樹立できると免疫拒絶反応の起こらないES細胞を作り出すことができ、医療の可能性も広がります。しかし一昨年の韓国の論文捏造事件でも議論されましたが、この技術の最大の問題点は健康な女性から多数の新鮮な卵子の提供を受ける必要があることです。また、クローン胚は子宮に戻した場合、個体に発生する能力があるため、ヒトへの応用を考える上ではこの点も倫理問題となっていました。
 今回の研究は、これらの問題を解決し、クローンES細胞の再生医学応用への可能性を狙ったものです。研究チームは、不妊治療で一般的に行われている体外受精の際に、受精しなかったために廃棄されている卵子に注目し、これを利用する可能性をマウスのモデル実験で明らかにしました。体外受精で受精しなかった卵子は、受精していないことが分かった段階で、すでに長時間培養されたために古くなっており、もう一度体外受精をすることは困難で、通常は廃棄されています。しかし研究チームはこの卵子を使ってクローンES細胞を効率よく樹立することに成功し、作ったES細胞が従来のES細胞となんら遜色のないものであることを確認しました。一方、この卵子から作ったクローン胚は胎仔へ発育することができず、クローン個体を生み出さないことも明らかにしました。
 この方法は新鮮な卵子の提供の代替策を提案し、クローンES細胞の再生医学への応用の可能性を大きく高めます。本研究は、文部科学省のリーディングプロジェクト「再生医療の実現化プロジェクト」の一環として進められました。
 本研究成果は、米国科学誌「カレント・バイオロジー」に2月19日付けで掲載予定です。


1. 背 景
 核移植により患者自身の体細胞からクローン胚を作り、そこから免疫拒絶反応が起こらないオーダーメイドのES細胞を樹立するためには、新鮮な卵子が不可欠だと考えられてきました(図1)。一方不妊治療の現場では卵子の採取および体外受精は最も一般的な方法になっており、多くの病院で実施されています。しかし通常の体外受精では平均60−70%の卵子が受精しますが、それ以外の受精しなかった卵子は、受精の判定が可能になった時にはすでに加齢による質の低下で、もう一度体外受精をしても染色体異常が高頻度で起こってしまうため廃棄されていました。この廃棄されている受精しなかった卵子を有効に使うことができないかをマウスをモデルにして検討しました。


2. 研究手法
 若山清香研究員らは、マウスを用いて、従来の核移植で使用していた新鮮な卵子に代えて、体外受精で受精しなかった卵子を用いて体細胞の核移植を行いました。従来の方法では、体外受精で受精しなかった卵子への核移植ではその後の発生段階に進みませんでしたが、昨年、同研究チームはクローンマウスの成功率を5倍にまで高める方法を開発しており、この方法を今回の実験に応用することで初めて、体外受精で受精しなかった卵子を用いても発生が開始することがわかりました。
 また、卵子を多数回収するためには時間がかかることから、どのくらい古い卵子でも利用が可能なのかについても検討するため、体外受精で受精しなかったマウス卵子をさらに24時間保存した卵子についても体細胞からの核移植をしました。
 こうして作出したマウスクローン胚を4日間培養した後、ES細胞樹立用培養液に移し、約1ヶ月間培養してクローンES細胞を樹立することを試みました。樹立できたクローンES細胞がES細胞であることを証明するためES細胞マーカー(Oct3/4, Nanog, SSEA-1, Alkaline phosphatase)で染色し、さらに染色体数についてもSKYと呼ばれる方法で正常性を確認しました。またこのクローンES細胞の分化能を調べるために4倍体キメラ※1を作成し、受精卵由来のES細胞と同等の性能を持っているかも調べました。
 最後に、体外受精で受精しなかった卵子で作った胚の産子への発育能を調べるため、クローン胚およびコントロールとして顕微授精(ICSI)による体外受精胚を偽妊娠マウスの卵管内に移植する方法を試みました。


3. 研究成果
 合計920個のマウス卵子に体外受精を行い、体外受精で受精しなかった卵子432個を用いて核移植を実施しました(写真1)。ドナーマウスはGFPトランスジェニックマウス※2など4種類を使用しました。その結果、体外受精で受精しなかった卵子を用いたクローン胚では、新鮮卵子を用いた場合に比べ、2細胞期で小さな細胞断片が複数見られ(写真2)、また発生停止胚の割合が高いことがわかりました(図2)。しかしクローン胚盤胞まで発生した胚からは、クローンES細胞が比較的高率に樹立でき(27株、核移植した胚の6%)、新鮮卵子を用いた場合(7%)との差は見られませんでした(表1)。24時間保存した卵子を用いた場合でも、核移植操作で死んでしまう卵子数は増加しましたが、合計10株(4%)のクローンES細胞を樹立させることができました。
 また、樹立したクローンES細胞が本当にES細胞と呼べるものなのか調べるために、ES細胞のマーカーによって染色を行ったところ、すべて陽性でした。さらに、染色体異常も見られませんでした(写真3)。一方、クローンES細胞の分化能を調べるために4倍体キメラを作成した結果、全身がほぼクローンES細胞由来のキメラマウスが生まれました(写真4)。これはクローンES細胞がマウスの体のすべての組織に分化し、正常に機能していることを意味しています。またこのキメラマウスの交配試験により、クローンES細胞は生殖細胞(卵子あるいは精子)にも分化できることを確認しました。これらの実験により、本方法で樹立したクローンES細胞が受精卵由来ES細胞とまったく同等※3であることが証明できたことになります(図3)。
 最後に、体外受精で受精しなかった卵子を用いて作ったマウスクローン胚および顕微授精胚の発育能を調べるために、それらの胚を偽妊娠マウスの卵管内に移植しました。794個の体外受精で受精しなかった卵子に核移植を行った結果、357個が2細胞期に発生しましたが、クローンマウスは1匹も生まれませんでした。顕微授精では4匹(7%)の産子が得られましたが、新鮮卵子を用いた場合(68%)より大きく低下しています。


4. 今後の期待
 これまでに倫理問題を回避してES細胞を作る試みは、クローン技術以外にも多数報告されていました。卵子の問題については、異種動物の卵子を用いる方法やES細胞から卵子を作り出して利用する方法が報告されています。また体細胞から直接ES細胞を作り出す試みとして、体細胞とES細胞の融合によるES細胞化、あるいは遺伝子導入による直接のES細胞化が報告されています。体内にすでにある幹細胞からES細胞を作り出したという報告もあります。しかしいずれの方法でも、受精卵由来のES細胞と同等の能力を持っているということを証明できたものはありません。このため現在のところはクローン技術が唯一、完全なES細胞と呼べるものを作り出せる手段と考えられていますが、ヒトに応用するためには倫理問題が最大の障害となっています。今回研究チームがマウスを用いて示した方法は、将来ヒトでの応用研究を進めるための大きなヒントを与えるものです。
 今後、ES細胞の研究が進むと、クローンES細胞は患者自身のオーダーメイドES細胞として利用されるようになるかもしれません。残念ながらヒトクローン胚を用いたES細胞については、一昨年の韓国の論文捏造事件以来、ヒトでは特に難しいというイメージがついてしまいました。しかしヒトの場合、培養液の条件設定など最も基礎の研究にさえ十分な卵子が使えないため、最適条件の開発ができない問題も立ちふさがっています。マウスのクローンも以前は不可能だといわれていましたが、いったん最適条件が見つかってしまえばいくつもの研究室でできるようになりました。今回のマウスでの成果は、体外受精で受精しなかった卵子からクローンES細胞を樹立できることを証明し、この卵子が基礎研究に利用できることを証明したことになります。今後のヒトクローン胚の最適条件の発見が期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 発生・再生科学総合研究センター
  ゲノム・リプログラミング研究チーム
   チームリーダー 若山 照彦(わかやま てるひこ)

Tel: 078-306-3049 / Fax: 078-306-3095
神戸研究推進部企画課   土手 陽子

Tel: 078-306-3005 / Fax: 078-306-3039

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 4倍体キメラ
受精卵を薬品処理によって染色体数を2倍(合計4n:4倍体)にすると、胎盤は正常に発育するが胎児は初期に死んでしまう。この胚にES細胞あるいはクローンES細胞を混ぜることでキメラ胚を作成すると、受精卵由来の細胞は胎盤になり、ES細胞あるいはクローンES細胞が胎児になる。つまりこの方法はES細胞あるいはクローンES細胞由来の子供を作り出すことを可能にした。
※2 GFP トランスジェニックマウス
蛍光遺伝子が導入された遺伝子導入マウスで、体のすべての細胞がグリーンに光るため、実験の正確さを確認するためのマーカーとして利用した。もし作られたES細胞が光らなければ、体細胞由来のクローンES細胞ではなく実験のミスということになる。調べた結果細胞はすべて光っていたため、今回の実験は間違いなく体細胞由来のクローンES細胞だったことになる。
※3 ES細胞の定義
新たに作られた細胞がES細胞であることを証明するためには、その細胞が未分化マーカーで陽性を示すこと、多能性があること(胎盤以外のいろいろな細胞に分化できること)、生殖細胞にも分化できることなどすべての条件を満たさなければならない。中でも4倍体キメラの作成は、ES細胞が全身すべての細胞や器官を形成し、しかも機能が正常でなければならないためもっとも厳しい条件である。


図1 卵子からクローン胚由来ES細胞が樹立されるまで


写真1 体外受精で受精した卵子と受精しなかった卵子
体外受精後6時間経過すると、受精した卵子は第二極体と核が形成され、細胞表面がざらざらした感じになる(線より上)。しかし受精しなかった卵子は表面がさらりとした感じである(線より下)。


写真2 体外受精で受精しなかった卵子と新鮮卵子を用いた場合の
クローン胚の比較
体外受精で受精しなかった卵子を用いたクローン胚(左)は2細胞期にごみのような小さな細胞粒がたくさん見られる。新鮮卵子を用いたクローン胚(右)にはそのような粒はみられない。


図2 クローン胚の発生率およびES細胞の樹立率
青線:体外受精で受精しなかった卵子を用いた場合、赤線;新鮮卵子を用いた場合。体外受精で受精しなかった卵子を用いた場合のほうが生存率、発生率ともに低いが、最終的なクローンES細胞の樹立成績には差がなかった。


表1 クローンES細胞の樹立成績
体外受精で受精しなかった卵子と新鮮卵子の成績を比較した。体外受精では920個の卵子のうち432個が受精しなかったので、それらを今回の実験に使用した。核移植には351個が成功し、112個(26%)がクローン胚盤胞まで発育した。そしてそのうちの27個がクローンES細胞になった。成績は核移植を行った卵子から数えると6.3%(27/432)だった。つまり1つクローンES細胞を樹立するためには16個の卵子があればいいことになる。一方、新鮮卵子を利用したコントロール実験では、162個の卵子を利用して最終的に12株樹立できた。これは使用した卵子から数えて7.4%、つまり1つクローンES細胞を樹立するためには13.5個の新鮮卵子があればいいという計算になる。


写真3 クローンES細胞の確認
クローンES細胞はES細胞マーカー陽性であり染色体数も正常だった。
A〜C:クローンES細胞を同一写真で染め分けたもの。A:普通光、B:GFP陽性、C:Oct3/4陽性。D:アルカリポスファターゼ陽性。E:SKY染色による染色体の検査。正常な核型を示した。


写真4 4倍体キメラマウス
左:生まれた直後のキメラマウス。まだ胎盤とへその緒でつながっている。右:UVライトの下でGFPを光らせたもの。キメラの全身はクローンES細胞由来のためグリーンに光ったが、胎盤は受精卵由来なので光らない。この結果、受精しなかった卵子を用いて作られたクローンES細胞が受精卵由来ES細胞とまったく同じであることが確かめられた。


図3 今回樹立したマウスクローン胚由来ES細胞の確認方法と結果

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