プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
埼玉医科大学
ペルオキシソーム酵素を成熟型へ変換させるタンパク質を発見
- 脂肪酸代謝の分子機構解明、創薬の新たな手がかりに -
平成19年1月26日
◇ポイント◇
  • 長年科学者が追い求めてきたペルオキシソームプロセッシング酵素を見出す
  • 脂肪酸の燃焼(β−酸化)の制御に大きく関わる酵素
  • 肥満、生活習慣病の分子機構解明と創薬に大きな1歩
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、埼玉医科大学(山内俊雄学長)との共同研究で、ゲノムインフォマティクスから予測した、今までに機能が不明であったタンパク質「Tysnd1(ティワイエスエヌディーワン)」が脂肪酸の代謝に重要な役割を果たす新しい酵素であることを発見しました。これは、理研横浜研究所ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)のKurochkin Igor (クロチキン イゴール)研究員、Schoenbach Christian(ショーエンバッハ クリスチャン)元チームリーダーらと埼玉医科大学ゲノム医学研究センター(村松正實所長)の岡崎康司教授らとの共同研究の成果です。
 脂肪酸の代謝は、細胞内小器官であるペルオキシソーム※1とミトコンドリアで行われ、特にペルオキシソームでは長い鎖長の脂肪酸の代謝を行います。これまでの研究では、このペルオキシソームでの脂肪酸の代謝経路に関わる主要な酵素が「プロセッシング※2」という修飾を受けて成熟し、活性化した形になって機能することが報告されていました。しかしプロセッシングを行う酵素については、国内外の研究者が長年追い求めてきたにも関わらず、これまで発見されていませんでした。
 今回の研究では、ゲノムワイド※3な情報解析から、このプロセッシングを行う酵素を予測した後に実験で確認したものです。その結果Tysnd1は、タンパク質を切断するプロテアーゼ活性を持ち、ペルオキシソームにおける脂肪酸燃焼に関わる主要な酵素をすべて切断して成熟させる機能を持つ「ペルオキシソームプロセッシング酵素(PPP)」であることがわかりました。さらに、この酵素は高脂血症治療薬を投与したマウスの肝臓でも増加することが今回の実験で確かめられました。
 今回の発見は、脂肪酸代謝に関わる疾患、例えば、肥満、脂肪肝、高脂血症の治療や創薬につながる大きな手がかりとなると考えられます。
 本研究成果は、欧州の科学雑誌でネイチャーの姉妹紙である『EMBO Journal』(2月7日号)に掲載され、それに先立ち、オンライン版(1月25日付け)に掲載されます。


1. 背 景
 細胞内小器官のペルオキシソームは、脂肪酸の代謝を行うという大きな役割を持っています。脂肪酸は脂肪の主な構成成分であり、脂肪は体にとって重要なエネルギー源です。生物はβ−酸化という方法で脂肪酸に蓄えられたエネルギーを取り出し、利用しています。ペルオキシソームでの脂肪酸の代謝がうまくいかなくなると、体内に脂肪酸が蓄積し肥満や高脂血症の原因になるなど体に害をおよぼします。そのため、多くの研究者がこの分野で研究を進めており、これまでに脂肪酸のβ−酸化経路で働く酵素やその運搬機構などが分かってきました。また、ペルオキシソーム酵素がプロセッシングを受けて成熟した形になることも知られていましたが、そのプロセッシングを行う酵素(プロセッシングプロテアーゼ)についてはいくつかの候補はありましたが、その正体は分かっていませんでした。
 本研究では、このペルオキシソームプロセッシングプロテアーゼ(PPP)の正体をつきとめ、さらにその詳細な機能について解析しました。


2. 研究手法
(1) 新規ペルオキシソームタンパク質のバイオインフォマティクスを用いた予測
 ペルオキシソームに局在するタンパク質は、ペルオキシソーム局在化シグナル(PTS)と呼ばれる特徴的なアミノ酸配列を持ちます。この特徴的な配列をゲノム全体にわたって探索することにより、ペルオキシソームに局在する候補となるタンパク質を予測しました。
(2) 新規ペルオキシソームタンパク質の局在解析
 共焦点顕微鏡を用いた細胞内局在解析により目的とするタンパク質がペルオキシソームに局在していることを視覚的に観察できました。また、ペルオキシソーム画分から抽出したタンパク質を電気泳動し、ウェスタンブロット法(タンパク質を電気泳動で分離し抗体で検出する方法)を行うことでペルオキシソームへの局在を証明することができました。(1)で予測したタンパク質の中でさらにプロテアーゼ活性があると予測されるモチーフを持つ「Tysnd1」がペルオキシソームに局在していることを確認しました。
(3) プロテアーゼ活性の測定
 (2)により局在が証明されたタンパク質Tysnd1のプロテアーゼ活性を実験的に証明しました。ペルオキシソームの脂肪酸β−酸化に関わる酵素がプロセッシングを受けるかについて、細胞内でTysnd1を過剰発現させて標的酵素がプロセッシングされるかどうかを調べるとともに、Tysnd1タンパク質と標的タンパク質をそれぞれ精製して、試験管内でプロセッシングされることを直接証明しました。
(4) Tysnd1によるペルオキシソーム酵素の切断部位の確認
 エドマン分解法と呼ばれる手法によりアミノ酸配列の決定を行い、Tysnd1が標的酵素のどの部分をプロセッシングするか確認を行いました。
(5) マウス個体を用いた実験
 マウスに高脂血症治療薬を3週間投与した後、肝臓におけるTysnd1のタンパク質の発現量を調べました。


3. 研究成果
(1) 新規ペルオキシソームタンパク質のバイオインフォマティクスを用いた予測
 ゲノムワイドな情報解析から、ペルオキシソームに局在する可能性の高い16個の候補遺伝子を絞り込みました。このうち、プロテアーゼモチーフをもつTysnd1について解析を進めることにしました。
(2) Tysnd1の細胞内局在
 共焦点顕微鏡を用いた視覚的局在解析を行い、Tysnd1がペルオキシソーム内に存在することを確認しました(図1)。
(3) プロテアーゼ活性の証明
 (2)により局在の証明されたタンパク質Tysnd1のプロテアーゼ活性を実験的に証明しました。ペルオキシソームの脂肪酸β−酸化に関わる酵素がプロセッシングを受けるかについて、細胞内でTysnd1を過剰発現させることにより、標的酵素(アシルCoAオキシダーゼ、チオラーゼなど)(図2)がプロセッシングを受けて断片化されることをウェスタンブロット法で確認しました。さらに、精製したTysnd1と精製した標的酵素を試験管内で反応させることにより、Tysnd1により標的酵素がプロセッシングを受けることを直接証明しました。
(4) 切断部位
 Tysnd1は、ペルオキシソーム酵素のN末側のアミノ酸C (シトシン)の後ろを切断することが分かりました。この結果はこれまで報告されているプロセッシング部位の研究結果と一致することから、Tysnd1が長年にわたって生化学者が探し続けてきたPPP、つまりプロセッシングを行う酵素そのものであることが裏付けられました。
(5) マウスの個体を用いた解析
 マウスの個体に高脂血症治療薬であるベザフィブレートを3週間投与したところ、肝臓においてTysnd1の量が増加していました。この高脂血症治療薬は脂肪肝の治療にも用いられており、この薬剤の効果の一つがTysnd1を介して作用していることが示唆されました。


4. 今後の期待
 今回の研究では、Tysnd1がペルオキシソームに局在しプロテアーゼとして働くことを証明しました。このTysnd1はペルオキシソーム内において、脂肪酸の代謝経路で働く主要な酵素をすべて切断することを確認したことは、非常に大きな成果であります。Tysnd1は、ペルオキシソームのβ−酸化に関与する主要な酵素をすべて切断し、成熟型にすることによりこれらの酵素を会合させ脂肪酸の代謝効率をあげるものと考えられます(図3)。
 今回の実験では、Tysnd1が脂肪肝を治療する目的で使用される高脂血症治療薬の投与下で増加することが、マウスの実験で確認され、今後肥満・糖尿病・メタボリック症候群の病態の解明や創薬標的として大きな発展が期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所ゲノム科学総合研究センター
 システム基本情報解析研究チーム
  研究員 Kurochkin Igor(クロチキンイゴール)

Tel: 045-503-9430 / Fax: 045-503-9176
(日本語でのお問い合わせは、岡崎教授にお願いします。)
横浜研究推進部企画課

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
埼玉医科大学ゲノム医学研究センター
 ゲノム科学部門 教授 岡崎 康司(おかざきやすし)

Tel: 042-985-7319 / Fax: 042-985-7329

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ペルオキシソーム
脂肪酸のβ-酸化を行う細胞内小器官。β-酸化は、かつてミトコンドリアでのみ行われていると考えられていたが、現在では炭素が22個以上の超長鎖脂肪酸がペルオキシソーム内で代謝されることが分かっている。
※2 プロセッシング
mRNA(メッセンジャーRNA)の遺伝情報に従ってタンパク質が合成されることを翻訳と言う。翻訳されたタンパク質はいろいろな修飾を受けて活性型のタンパク質となる。このような修飾をタンパク質のプロセッシングと言う。
※3 ゲノムワイドな情報解析
理研のマウス遺伝子エンサイクロペディア(全遺伝子辞書)計画等により知られるように、近年ゲノム情報の解析が進み、遺伝子の全塩基配列や染色体上の位置、機能注釈の情報が公開されている。このような大規模な情報から主にコンピューターを駆使して行う大量解析方法を言う。


図1 共焦点顕微鏡を用いたTysnd1の細胞内局在解析
蛍光タンパク質GFPのついたTysnd1(緑色)と、DsRed2のついたペルオキシソームマーカー(赤色)が同じ位置にあるため、重ね合わせると黄色で表示される(Merge)。


図2 脂肪酸のβ−酸化経路とTysnd1がプロセッシングを行う酵素
ペルオキシソームにおける脂肪酸のβ−酸化経路とTysnd1がプロセッシングを行う酵素を示す。Tysnd1は赤で囲った酵素を切断することが確かめられた。


図3 Tysnd1によるプロセッシングを受けて、酵素が成熟し会合することにより脂肪酸代謝効率をあげる仮説
プロセッシング前の各酵素はバラバラで脂肪酸代謝の活性は低い(左側Z1,2,3)。 Tysnd1によりプロセッシングが行われると脂肪酸代謝上の各酵素は、成熟型になり互いに会合することにより、連鎖的に反応が進み活性があがる(右側Z1,2,3)と考えられる。

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