プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
「陸上最大のバイオマス」の生産を制御する遺伝子を発見
- 転写因子「SND1」が繊維細胞の二次細胞壁成分の生合成を調節 -
平成18年12月11日
◇ポイント◇
  • 転写因子「SND1」がバイオマス生産を制御するマスター遺伝子と判明
  • SND1を抑制すると細胞壁が薄くなり植物体はへなへなに
  • 陸上バイオマスの生産性を効率的に高めるスーパー樹木の開発に期待
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、米国ジョージア大学のZheng-Hua Ye(ゼン-ファ・イェ)博士との共同研究で、「陸上最大のバイオマス※1」のひとつである“植物繊維細胞の二次細胞壁”の生産を制御する遺伝子として「SND1遺伝子」を同定しました。これは理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)形態制御研究チームの出村拓チームリーダーらによる研究成果です。
 陸上バイオマスの大部分は、樹木の幹を構成する木質細胞※2に由来します。木質細胞には、植物体の支持に働く繊維細胞、水の通り道として働く道管、植物体の支持と水の通り道として働く仮道管があり、これらの細胞がもつ二次細胞壁と呼ばれる厚い細胞壁が「陸上最大のバイオマス」の本体といえます。これまでにこの二次細胞壁の構成成分(セルロース、ヘミセルロース、リグニン)の合成に関わる遺伝子がいくつも同定されてきましたが、これらが協調して発現するための分子機構についてはほとんどわかっていませんでした。
 すでに同研究チームの研究で、2種類の道管(原生木部道管・後生木部道管)の分化を制御するマスター転写因子※3として「VND6」と「VND7」を同定していますが、今回の研究でVND6・VND7とよく似た転写因子SND1が、繊維細胞の二次細胞壁形成を制御する鍵を握ることを突き止めました。具体的には、SND1がシロイヌナズナの茎で繊維細胞に特異的に発現し、その機能を抑えると繊維細胞の二次細胞壁形成が強く抑制されました。またSND1を強制的に働かせることによって二次細胞壁の構成成分の合成に関わる遺伝子の発現が協調的に上昇し、それに伴って本来、二次細胞壁を持たない細胞に二次細胞壁が形成されました。
 今後さらに、SND1・VND6・VND7の樹木における働きが解明されれば、より生産性が高く、バイオエネルギーに転換しやすいなどの優れた品質を持ったスーパー樹木※4を生み出すことが可能になると期待されます。 本研究成果は、米国の科学雑誌『The Plant Cell』に12月14日オンライン掲載予定です。


1. 背 景
 陸上のおよそ30%(35億ヘクタール)は森林に覆われていて、この森林の樹木が蓄えているバイオマスは1.2〜2.4兆トンにもおよびます。この量は人間が1年間に消費するエネルギーの約100倍に相当します。この陸上バイオマスの由来となっている細胞が、木質細胞です。木質細胞には、植物体の支持として働く繊維細胞、水の通り道として働く道管、植物体の支持と水の通り道として働く仮道管がありますが、いずれの細胞も「二次細胞壁」と呼ばれる非常に厚い細胞壁を持ち、二次細胞壁にバイオマスエネルギーが蓄えられています。したがって「陸上最大のバイオマス」の本体は木質細胞の二次細胞壁であるといえます。
 木質細胞の二次細胞壁形成のしくみについては、これまでに世界中で盛んに研究が進められ、二次細胞壁の構成成分であるセルロース、ヘミセルロース、リグニンの合成に関わる遺伝子やタンパク質がいくつも同定されてきました。これらが協調して発現してそれぞれの機能を発揮することによって効率よく二次細胞壁が作られています。このため、これらを協調的に発現させるメカニズムを解明することが、陸上バイオマスの生産性を制御するための応用利用につながると期待されます。


2. 研究手法と成果
 研究チームはこれまでに、「VND6」および「VND7」と名づけた互いによく類似したNACドメインタンパク質※5が2種類の道管(原生木部道管・後生木部道管)の分化を制御するマスター遺伝子として働くことを明らかにしました(平成17年8月15日プレス発表;http://www.riken.jp/r-world/info/release/press/2005/050815/index.html)。今回の研究では、シロイヌナズナの茎に存在する繊維細胞で特異的に発現する転写因子を検索したところ、VND6およびVND7と同じ遺伝子ファミリーに属するSND1(secondary wall-associated NAC domain protein 1)を見出しました。詳細な観察から、SND1は繊維細胞のみに発現し、他の木質細胞である道管や二次細胞壁の形成が起こらない細胞では全く発現しないことが分かりました(図1)。
 SND1の役割を確かめるために、ドミナントリプレッション法※6を用いてSND1の機能を抑えたところ、茎の強度が弱くなり、植物体がまっすぐ立たなくなることが分かりました。さらにこの茎の細胞を観察すると、繊維細胞の二次細胞壁が極端に薄くなっていました(図1)。一方、SND1の働きを強制的に高めると二次細胞壁成分の合成関連遺伝子の発現が協調的に上昇して、それに伴って本来は二次細胞壁を持たない繊維細胞以外の細胞に二次細胞壁の形成が起こりました(図2)。しかしながら不思議なことにSND1の働きを強制的に高めることで繊維細胞では本来の機能が抑制され、二次細胞壁が薄くなることもわかり、SND1が適切なレベルで存在することが繊維細胞での正常な二次細胞壁形成に不可欠であることも明らかになりました。
 これらの結果から、SND1がシロイヌナズナにおいて繊維細胞の二次細胞壁成分の生合成を調節する重要な転写因子として働くことがわかりました。


3. 今後の期待
 繊維細胞は、広葉樹では幹のほとんど(60〜90%)を占めています。この繊維細胞の厚い二次細胞壁にバイオマスエネルギーが蓄えられていることから、今回の研究で「陸上最大のバイオマス」の生産を制御するマスター遺伝子の同定に成功したと言えます。今後は、今回の研究で発見したSND1とこれまでに発見しているVND6とVND7が実際の陸上バイオマス生産の場である樹木の木質細胞でどのような役割を持つかを解明し、その働きを調節することによって、より生産性が高く、バイオエネルギーに転換しやすいなどの優れた品質を持ったスーパー樹木を生み出すことが可能になると期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所
 植物科学研究センター 形態制御研究チーム
  チームリーダー  出村 拓

Tel: 045-503-9605 / Fax: 045-503-9609
 横浜研究推進部 溝部 鈴

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 バイオマス
生物量。生体量。生物現存量。食料や資材、燃料など、太陽エネルギーを蓄えた生物を原料とする有機性資源をいう。地球上のバイオマスの大部分は森林由来の木質バイオマスであり、海洋のバイオマスは300分の1程度と見積られている。現在、無秩序な森林資源の利用や森林破壊により、年間約1000万ヘクタール(0.3%)ずつ森林が減少している。これに伴って、森林の木質バイオマスに蓄えられた二酸化炭素が放出されることも地球温暖化の原因となっている。
※2 木質細胞 (もくしつさいぼう)
植物の木部に作られる細胞で、リグニン化した厚い細胞壁もつ。水の通り道に働く道管、水の通り道と植物体の支持に働く仮道管、植物体の支持に働く木部繊維を指す。このうち、道管と仮道管をまとめて管状要素という。
※3 転写因子
遺伝子のプロモーター領域に結合してmRNAの転写を制御するDNA結合タンパク質。mRNAの発現量の増減を調節する上で重要な働きをする。
※4 スーパー樹木
バイオテクノロジーにより作り出される樹木で、早生、耐塩性、耐凍性、耐乾燥性、耐病性、リグニン抑制、などの高機能を備えた樹木が想定される。
※5 NACドメインタンパク質
NACファミリータンパク質、NAC転写因子、NACファミリー転写因子とも言う。植物特有の転写制御因子でNACドメインと呼ばれる保存されたDNAに結合すると予想される領域を共通に持つ。植物の形態形成に関与する遺伝子として単離されたペチュニアのNAM遺伝子、シロイヌナズナのATAF1遺伝子と ATAF2遺伝子、CUC2遺伝子の間でこの領域が保存されており、それらの頭文字をとってNACドメインと命名された。シロイヌナズナには100以上のNACドメインタンパク質遺伝子が見出されているが、ほとんどの遺伝子の機能はわかっていない。
※6 ドミナントリプレッション法
CRES-T法。遺伝子発現に対して強力な抑制能力をもつ転写因子の抑制ドメイン(リプレッションドメイン)を解析対象の転写因子と連結(融合)させることによって、当該遺伝子の機能を優先的に(ドミナントに)抑制する技術。独立行政法人産業技術総合研究所の高木優博士らのグループによって開発された。


図1 SND1の発現細胞と変異株(SND1抑制)における表現型
SND1遺伝子の発現細胞を調べるためにSND1の転写調節領域(プロモーター)とβグルクロニダーゼ(GUS)レポーター遺伝子の融合遺伝子をシロイヌナズナに導入して、GUS染色によってSND1が発現する細胞を観察した。青く染色された細胞がSND1の発現する細胞で、シロイヌナズナ茎の繊維細胞(if:維管束間繊維細胞、xy:木部繊維細胞)が青く染色されているが道管(矢印)やその他の細胞は染色されないことから、SND1は繊維細胞特異的に発現することがわかった。また、ドミナントリプレッション法によってSND1の機能を抑制した変異株では、茎がまっすぐ立つことができず、繊維細胞の二次細胞壁が野生株と比べて極端に薄いことがわかった。


図2 SND1の働きを強めることによって新たに形成された二次細胞壁を持つ細胞
SND1遺伝子の機能を調べるために、SND1の働きを強制的に強めた変異株を作成した(C, D)。この変異株では本来野生型(A, B)で二次細胞壁を持たない表皮細胞や光合成細胞(葉肉細胞)などの細胞に二次細胞壁の形成が起こった。この変異株では二次細胞壁成分の生合成関連遺伝子の発現が協調的に上昇していたことから、SND1がシロイヌナズナにおいて二次細胞壁成分の生合成を制御する重要な転写因子として働くことが示された。BとDでは、二次細胞壁に蓄積されたリグニンが赤い色で示されている。

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