プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
イタリアがん分子生物研究基金
がん化の一大要因“DNA異常構造の蓄積”を抑制する仕組み発見
- 新たながん治療ターゲットとしてタンパク質の「SUMO化」の重要性高まる -
平成18年11月3日
◇ポイント◇
  • がん化と関連する異常な染色体組換えを抑える「SUMO修飾経路」を酵母系で発見
  • DNA複製傷害時にSUMO化でDNA異常構造の蓄積を抑制
  • がん化症状を示す遺伝病(ブルーム症候群)の原因遺伝子もDNA異常構造を抑制
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)とイタリアがん分子生物研究基金は、国立大学法人東北大学と共同で、タンパク質の「SUMO(small ubiquitin-like modifier)化」が、がん化と関連する異常なDNA組換えを抑える働きをすることを発見しました。本研究は、イタリアがん分子生物研究基金のBranzei Dana(ブランゼイ・ダーナ)博士(元理研中央研究所(茅幸二所長)太田遺伝システム制御研究室 基礎科学特別研究員)、Marco Foiani(マルコ・フォイアーニ)教授、および東北大学大学院薬学研究科(竹内英夫研究科長)の榎本武美教授、関政幸助教授らと、太田邦史准主任研究員(理研中央研究所 太田遺伝システム制御研究室)による国際共同研究の成果です。
 タンパク質はリン酸化などの化学修飾によって機能が制御されますが、その中でユビキチン※1やその類縁因子SUMO等のペプチド性小分子による修飾が最近重要視されています。ユビキチン化はタンパク質分解を促進していますが、その反応と拮抗するSUMO化の生物機能については、まだ良く判っていません。一方、がん細胞では染色体転座※2等の異常な組換えが頻発することが知られています。一例としては、DNA組換えの制御に関わる酵素を遺伝的に欠損するブルーム症候群※3の患者で、高頻度の異常な染色体組換えと共に、がんの頻発などの症状が見られます。
 本研究では、出芽酵母をモデルに、SUMO結合酵素“Ubc9”と、SMCタンパク質※4の一員Smc5-6に結合する因子として知られるSUMO連結酵素“Mms21”によるSUMO化が、DNA傷害を持つ複製フォーク※5において、染色体異常や遺伝子変異につながる異常なDNA組換え中間体(X型構造)の蓄積を抑える働きがあることを明らかにしました。この経路はこれまで知られていたDNA複製時の細胞周期監視(複製チェックポイント)経路とは別立てのものであり、またブルーム症候群の原因遺伝子産物の酵母相同タンパク質”Sgs1”が同様な経路と協力して異常なDNA組換えの抑制を行っていることも示唆されました。このためこの成果は、がん化のメカニズム解明に重要な示唆を与えると共に、がん治療のための新たな創薬標的としてSUMO修飾関連酵素やその標的因子が重要であることを示しました。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Cell 』(11月3日号)に掲載されます。


1. 背 景
 多くのタンパク質はリン酸化やアセチル化、メチル化などの化学修飾を受け、性質を変えるという機能の制御が行われます。近年、これらの化学修飾とは異なる、小分子ペプチドによるタンパク質の修飾が疾病との関わりから注目されています。たとえば、タンパク質のユビキチン化反応が異常になると、パーキンソン病などの疾病が引き起こされると考えられています。今回研究対象としたSUMO(small ubiquitin-like modifierの略)は、ユビキチンに類似した別の小さなタンパク質で、ユビキチンと同様にタンパク質分子にイソペプチド結合により共有結合します(図1)。このSUMO化されたタンパク質は、立体構造の変化や核内への移行を通じ、遺伝子発現の制御や染色体構造の変化に関わるとされています。また、多くの悪性がんで異常が見られるがん抑制遺伝子であるp53もSUMO化を受けるタンパク質です。p53はゲノムDNAの損傷に際して、細胞周期を調節したり、細胞死を誘導したりしてゲノムの異常化を防ぐ機能があると考えられています。しかしながら、SUMO化の生理的機能については、依然として未知の点が多いのが現状です。
 また、がん細胞の特質の一つとして、高頻度にゲノムDNAが異常をきたし、染色体の転座等で不安定性が増大することが知られています(図2)。人の遺伝病であるブルーム症候群では、このような染色体不安定性と共に、悪性腫瘍やがんの発生頻度が高くなることが知られています。これらの染色体不安定性は、DNA複製フォークに損傷が生じた際に出現すると考えられている特殊なDNA構造が、異常なDNA組換えを誘発するためと考えられています。ブルーム症候群やウェルナー症候群※6の原因遺伝子は、このような特殊なDNA構造の解消に関与することが推測されていますが、その過程がどのように制御されているかについては、良くわかっていませんでした。
 研究では、DNAの損傷存在下におけるDNA複製の際に、SUMO化がどのような役割を果たすかについて調べました。


2. 研究の手法
 SUMO化に異常のある種々の出芽酵母変異体(ubc9, siz1, siz2, mms21など)や、相同組換え酵素の欠損株(rad51)、およびブルーム症候群原因遺伝子の酵母ホモログの欠損株(sgs1)などを用い、DNAアルキル化剤メチルメタンスルホン酸(MMS)処理を行ってDNAを傷つけた後、DNA複製起点周辺のDNA構造を二次元電気泳動で詳しく解析しました。特に、組換えを誘発する特殊なDNA中間体構造(X型構造)の形成に着目しました。


3. 研究成果
 解析の結果、ubc9(E2 SUMO結合酵素※7)変異株では、MMS存在下(DNA損傷時)に、Rad51(相同組換え酵素)に依存してX型DNA中間構造が染色体上に顕著に蓄積することを見出しました(図3)。このX構造の蓄積は、ブルーム症候群原因遺伝子の酵母ホモログSGS1の変異株でも同様に見出されましたが、SUMO化を受けることが知られているPCNAというタンパク質のSUMO化が特異的に欠損する株では出現しませんでした。また、E3、SUMO連結酵素であるsiz1siz2mms21の変異体を用いてX型構造の蓄積の有無を調べたところ、mms21変異株のみでX型構造が強く現れることがわかりました(図4)。Mms21タンパク質はSMC(Structural Maintenance of Chromosomes)複合体という染色体タンパク質の一種Smc5-6に付随するSUMO連結酵素で、複合体としてDNA修復やDNA組換え抑制のプロセスに関わっていることが知られていました。しかし、今回傷害を持つDNAが合成される際にubc9と変異株と同じ経路でX型構造の蓄積を抑制し、異常なDNA組換えを防ぐ働きがあることがわかりました。なお、この調節経路はDNA複製チェックポイントとは別の新しい経路であると考えられます(図5)。


4. 今後の展開
 がん細胞で異常なDNA組換えが続く原因として、SUMO化によるX型DNA中間体の蓄積阻止が破綻している可能性が考えられました。このことから、がん細胞で特異的に見られるSUMO化を分析することで、がんの診断や新たな治療法が将来開発される可能性があります。また、抗がん剤として知られるシスプラチンなどはDNAに損傷を与えることで、がん細胞の増殖を抑制したり、細胞死を誘導したりしますが、一方でもしSUMO化が破綻している腫瘍などにこの治療を行うと、効果がなかったり、さらにがんが悪性化したりする可能性もあります。このようなケースについては、事前に患者のSUMO化レベルを調べることで、より適切な「個の医療」を行うことができることが期待されます。

 Branzei Dana博士はルーマニア出身で、東北大学大学院薬学研究科博士課程を修了後、理研中央研究所 太田遺伝システム制御研究室に基礎科学特別研究員として所属して本研究の一部を実施した後、イタリアがん分子生物基金 Foiani研究室の研究員として本研究を完成させました。現在同博士は、独立研究者としての道を歩んでいます。なお、本研究は主として文部科学省・科学研究費補助金・特定領域研究の助成のもとに実施されました。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所 中央研究所
 太田遺伝システム制御研究室
  准主任研究員  太田 邦史

Tel: 048-467-9277 / Fax: 048-462-4691

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 ユビキチン
すべての真核生物に共通して広く存在する、高度に保存された76個のアミノ酸からなる小さなタンパク質。他の標的タンパク質に共有結合され、そのユビキチン化タンパク質はその後分解される。パーキンソン病やアルツハイマー病との関連があるとも言われている。「ユビキチン依存性のタンパク質分解機構の発見」に対して2004年度のノーベル化学賞が授与されたことが記憶に新しい。
※2 染色体転座
有糸分裂の際に染色体の一部が分断・再結合されるなどして他の染色体に連結する現象。がん細胞などでよく起きる。染色体転座により機能の異なる遺伝子(転写因子など)が融合し、これが細胞増殖をさらに促進するケースがあるといわれている。したがって、がんの悪性化との関連から盛んに研究が行われている。
※3 ブルーム症候群
ブルーム症候群は染色体不安定性を示す遺伝性疾患で、東欧系ユダヤ人に多く見られる。患者は、成長遅延、日光過敏性、高発がん性などの症状を有する。ブルーム症候群の患者から樹立された培養細胞株では、高頻度の姉妹染色分体交換や、ヘテロ接合性の喪失が観察される。この遺伝病の原因遺伝子は、DNAヘリカーゼ活性をもつBLMタンパク質をコードする。
※4 SMCタンパク質
SMCはStructural Maintenance of Chromosomesの略。原核生物から真核生物まで広く分布する染色体構造維持に関わるタンパク質。コイルドコイル構造やATP分解酵素ドメインを共通に持つ特有の棒状ないし、ひも状2量体構造を取る。大きく分けて、姉妹染色分体の結合に関わるコヒーシン(Smc1-Smc3複合体)、染色体の高次構造変化に関わるコンデンシン(Smc2-Smc4複合体)、DNAの修復に関わるSmc5-Smc6複合体が存在する。また、これらには非SMCタンパク質と呼ばれる因子が複合体成分として結合している。今回取り上げたMms21はSmc5-Smc6複合体の非SMCタンパク質成分である。
※5 複製フォーク
DNA二重鎖がDNA合成酵素によって複製される際、Y字型の三叉状構造ができる。この構造にはDNA複製に関わる酵素群やDNA複製を監視する酵素などが複合体を形成して存在しており、DNAの合成反応と共に染色体上を移動する。
※6 ウェルナー症候群
稀な遺伝性疾患で、患者の7割は日本人である。患者は、成長遅延や高発がん性などのブルーム症候群同様の症状に加え、早期老化の症状を示し、平均40〜50歳程度でがんや動脈硬化などの老化型成人病で死亡する。この遺伝病の原因遺伝子はDNAヘリカーゼ活性をもつWRNタンパク質をコードする。
※7 E2 SUMO結合酵素
SUMO化に関わる酵素は、反応素過程に対応してE1からE3までの3種類に分類される。タンパク質のSUMO修飾反応で、E1 活性化酵素で活性化されたSUMOを結合し、標的タンパク質に結合してE3 SUMO連結酵素の作用を助ける因子。基質によってはE3 SUMO連結酵素の助けを借りずにSUMOを連結することもある。


図1 タンパク質のSUMO化経路に関わると想定される因子
SUMO化に関わる酵素は、反応素過程に対応してE1からE3までの3種類に分類される。それぞれの酵素の役割と代表的な酵素の名前を記す。E1はSUMO自身を活性化する酵素、E2はSUMOと結合して基質タンパク質に誘導する酵素、E3はSUMOのタンパク質への連結を担当する酵素 。また、結合したSUMOをはずす脱SUMO化酵素も存在する。


図2 がん細胞に高頻度で見られる染色体異常
(左図)染色体の転座である染色体(緑色)が別の染色体(青色)に融合され、そのジャンクション部分で異なる遺伝子の融合が起き、異常な構成を持つ融合遺伝子ができるケース(緑+青の矢印)がある。この異常融合遺伝子由来のタンパク質が発現することで、細胞の増殖制御が破綻に結びつき、がんが悪性化する可能性が報告されている。
(右図)がん抑制遺伝子は、両親由来の2本の染色体(相同染色体)のうち一方が正常(ヘテロ接合)ならがんを引き起こさないが、相同染色体間などで組換えが起きると2本の相同染色体とも、がん抑制遺伝子が変異(図のX印)を持ってしまい、がんが発症することになる。


図3 Ubc9変異株による中間構造体の蓄積
DNA損傷時、SUMO結合酵素Ubc9の変異により相同組換え酵素Rad51に依存して、X型DNA分子(赤丸内)が集積する。なお、細胞周期はG1->S->G2->Mと進行するが、ここでは、G2期に細胞周期をそろえた後DNAに傷を付け、DNA複製起点周辺のDNA立体構造の変化を観察した。


図4 Mms21変異株による中間構造体の蓄積
DNA損傷時、SMCファミリー染色体タンパク質Smc5-6複合体の成分Mms21の変異によりX型DNA分子(赤丸内)が集積する。ここでは、G1期に細胞周期をそろえた後DNAに傷を付け、DNA複製起点周辺のDNA立体構造の変化を観察した。


図5 DNA複製時のX型DNA中間体の蓄積を阻止する複数の経路
複製チェックポイント経路とUbc9-Mms21を介したSUMO修飾経路。図中の2本のDNAの間に見られる縄状の構造(上図右下、下図左下)が、推定されるX型の異常なDNA構造。Ubc9-Mms21によるタンパク質のSUMO化により、DNA合成期(S期)においてDNA損傷を回避するよう鋳型鎖交換が起こる。

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