プレスリリース 独立行政法人 理化学研究所
国立大学法人 東京大学
遺伝子の新しい文字「人工塩基対」の開発に成功
- 新機能DNAやRNAをつくるバイオテクノロジー創製へ新たな道 -
平成18年8月24日
◇ポイント◇
  • 自然界に存在しない新たな人工塩基対を組み込んだDNAが複製され転写された
  • 二重らせん構造をゆがめることなくDNAに組み込める塩基をデザイン
  • これまでにない機能をもつタンパク質生成など新規バイオテクノロジー創製へ
 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人東京大学(小宮山宏総長)は共同で、遺伝子の新しい文字情報となる「人工塩基対”Ds−Pa(ディーエス・ピーエー)”」を開発しました。自然界に存在する塩基対と同じように遺伝的複製※1と転写※2が可能な新しいペアをつくることに成功したのです。これは、理研横浜研究所ゲノム科学総合研究センター(榊佳之センター長)タンパク質構造・機能研究グループの横山茂之プロジェクトディレクター、平尾一郎チームリーダー(2006年3月まで東大先端技術研究センター特任教授兼務)らの研究グループによる成果です。
 地球上のすべての生物は、DNA※3上に並ぶアデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という4種類の塩基を文字とした遺伝情報を持っています。この4種類の塩基は、2本のDNA間においてA−TとG−Cが対(相補的な結合)をつくり、DNAは全体として二重らせん構造をとります。2本のDNAがほどけ、新たに塩基対が形成されると、同じ情報をもつDNAが複製され、遺伝情報が伝達されます。このように相補的に機能する塩基対は生命活動の基本法則となっています。もし、これら2種類の天然型の塩基対に人工的な塩基対を加えることができれば、従来の遺伝子組換え技術では不可能であった「遺伝情報に新たな文字を組み込むこと」ができ、人工の構成成分を含む新機能のDNA・RNA※4・タンパク質※5を作り出すことが可能になります。この次世代のテクノロジーを実現するためには、天然型のA−TとG−Cの塩基対と同様に、複製や転写で相補的に機能する人工塩基対を開発する必要があり、米国のいくつかのグループと当研究グループで競合的に研究が進められてきました。
 これまでに、当研究グループは、試験管内の転写や翻訳※6で機能する人工塩基対を開発してきましたが、今回、この技術を産業化するために不可欠な、複製においても機能する新たな人工塩基対の開発に世界で初めて成功しました。この人工塩基対を組み込んだDNAは、PCRという装置を用いた人工的な複製により増幅でき、さらに、RNAにも転写できることから、DNAやRNA中に種々の機能性の構成成分を組み込むことが可能になりました。このブレイクスルーは、例えば、ウイルスや毒物など特定の標的物質に対する検出・診断試薬や、特定のタンパク質の阻害剤などの治療薬として医療に役立つ数多くの新規機能性バイオポリマーを作ることができるようになるなど、新たなバイオテクノロジーの創製につながるものと期待されます。本研究は、文部科学省が推進する「タンパク3000プロジェクト」の一環として行われたものです。また、本研究成果は平尾チームリーダーが2006年3月まで特任教授を兼務していた東大先端科学技術研究センターにおける成果でもあります。成果の詳細は、米国の学術雑誌『Nature Methods(ネイチャー・メソッド)』8月23日号に掲載されます。


1. 背 景
 1953年にワトソンとクリックにより発見されたA−TとG−Cの塩基対形成は、地球上に生きる全生物の遺伝情報伝達の基本法則になっています。DNAの二重らせん構造の形成、DNA合成酵素によるDNAの複製、RNA合成酵素による鋳型DNAからRNAへの転写、そして、RNAからタンパク質が作られる翻訳、さらには、逆転写酵素によるウイルスRNAからDNAの合成など、これらの遺伝情報に関わる細胞内の仕組の全てが、塩基対の基本法則に従っています。それでは、このA−TとG−Cの2つの塩基対は、生物にとって普遍なものでしょうか?あるいは、なぜ地球上の生物には4種類の塩基が選ばれたのでしょうか?これらの疑問を解くチャレンジングな研究のひとつが人工塩基対の研究です。A−TとG−Cの塩基対と共に、新たな人工塩基対を加えたDNAが生物の「セントラルドグマ(複製・転写・翻訳)」で機能すれば、2種類の塩基対の普遍性を打破することができます(図1)。さらに、実用化可能な人工塩基対の開発は、人類にとって有用な新機能性のバイオポリマー(核酸やタンパク質)を作り出すなど、新たなバイオテクノロジーの創製にもつながります。
 人工塩基対の研究は、1989年に米国のグループが最初の論文を出し、その後、1990年代の中頃から、主に米国の3つのグループと当研究グループが互いに競合して、開発を進めてきました。当研究グループは、2002年に転写と翻訳で機能する人工塩基対の開発に成功し、人工塩基対を組み込んだ鋳型DNAを用いて、試験管内の系でタンパク質中に人工アミノ酸を取り込ませることを可能にしました(Nature Biotechnology, 20, 177-182, 2002)。人工塩基対研究の最大の焦点は、複製の過程でも機能する人工塩基対を開発することです。しかし、当研究グループが開発した当時の人工塩基対は、複製においては実用化の域にはまだ達しておらず、人工塩基対を組み込んだDNAをPCRという装置を使って増幅すると、増幅されたDNA中の人工塩基対は、天然型の塩基対に置き換わり、機能を発揮しませんでした。


2. 研究手法と結果
 天然型の塩基は、水素結合を介してA−TとG−Cの塩基対を形成します。当研究グループが最初に開発した人工塩基対も水素結合を介して対合するものでしたが、そのような人工塩基は、天然型のいずれかの塩基とも水素結合を介して対合しやすくなってしまうという問題点がありました。そこで、塩基間の水素結合をまったく無くした「疎水性の人工塩基」をデザインしました。その際、一方の人工塩基(Dsと命名)は、天然型のAやGよりも大きな形の分子にして、もう一方の人工塩基(Paと命名)は、天然型のTやCよりもさらに小さな形の分子にしました(図2)。その結果、DsとPaの間でのみ、両者間で鍵と鍵穴のように形が適合し、さらに、対合したDsとPaの塩基対の全長(図2の塩基対の構造の横幅)は、A−TとG−C塩基対の全長と同じになるので、DNAの二重らせん構造をゆがめることなくその中に組み込むことができます。
 疎水性の人工塩基対は、すでに米国のグループで研究されていましたが、複製において特定の条件でのみ機能することが報告されているだけで、実用化レベルには到達していませんでした。また、転写、あるいは、PCR増幅のような高温下での複製で機能する疎水性の人工塩基対も開発されていませんでした。
 当研究グループは、DsとPaの人工塩基とその構成成分(ヌクレオチド※7)を化学合成し、Ds−Pa塩基対の性能を試験しました。その結果、複製と転写のどちらにおいても、DsとPaの間でのみ非常に高い選択性(複製においては99.8%以上、転写においては95%以上の選択性)で塩基対が形成されることがわかりました。また、複製では、Ds同士が対合してしまい、そこで複製反応が止まってしまうという問題が見つかりましたが、これも次のように解決することができました。通常、複製では、それぞれの塩基のヌクレオシド※8 5’-三リン酸を基質として用いてDNA中に取り込ませますが、当研究グループは、三リン酸部分が修飾された基質の類似体を用いることにより、このDs同士の結合を抑えられることを発見しました。そして、この系を用いてDs−Pa塩基対を組み込んだDNAのPCRを行ったところ、増幅されたDNA中には人工塩基対が天然型の塩基対に置き換わることなく保存されていました(図3)。詳細な実験結果から、1本のDNAが2本に複製される際のDs−Pa塩基対の選択性は、99.8%以上に達することがわかりました。これは、複製過程において、この新しい塩基対が有効であるという結果を示します。
 さらに、このDs−Pa塩基対は、転写においても相補的に機能しました。鋳型DNA中のDsに対してPaが、また鋳型DNA中のPaに対してDsが、それぞれRNA中に取り込まれました。さらに、人工塩基Paにビオチンなどの大きな機能性分子を結合したものも転写により、鋳型中のDsに相補してRNA中に効率よく取り込まれました。このように、当研究グループでは、試験管内の複製と転写で相補的に機能する疎水性の人工塩基対(Ds−Pa)の開発に世界で初めて成功しました。


3. 今後の展開
 本成果によって、人工塩基対を介した複製や転写の過程を通して、種々の機能性の構成成分をDNAやRNA中の特定部位に組み込むことが可能になり、従来の構成成分の組換えのみに限定されていた遺伝子操作技術に代わる新たなバイオテクノロジー創製への道が開けます。今後、ウイルスや毒物など特定の標的物質に対する検出・診断試薬や、特定のタンパク質の阻害剤などの治療薬として医療に役立つ数多くの新規機能性バイオポリマーが、本技術を用いて作られると期待されます。また、今後さらに研究が進めば、基礎研究分野においても、A−TとG−C塩基対に関する生命の起源について何らかの結果が得られるものと期待されます。


(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所横浜研究所
 ゲノム科学総合研究センター
  タンパク質構造・機能研究グループ
   プロジェクトディレクター  横山 茂之

Tel: 045-503-9196 / Fax: 045-503-9195
   チームリーダー  平尾 一郎

Tel: 045-503-9644 / Fax: 045-503-9645
独立行政法人理化学研究所横浜研究所
 研究推進部企画課 溝部 鈴

Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
Mail: koho@riken.jp


<補足説明>
※1 複製
4種類の塩基対が相補的に塩基対を形成しているDNAを鋳型とし、細胞分裂時に先立ってDNAが作られること。
※2 転写
DNAを鋳型として、RNAポリメラーゼがRNAを合成する段階のこと。
※3 DNA
デオキシリボ核酸の略語。糖とリン酸からなる二本の鎖がらせん状になり、その間をアデニン (A)、グアニン (G)、シトシン (C)、チミン (T)の四種類の塩基がはしご状に並んだ構造を持つ。この塩基の並び方が遺伝情報として、「生命の設計図」を記述している。つまり、その塩基の並び方に基づいて特定のアミノ酸配列をもったたんぱく質が作り出される。
※4 RNA
リボ核酸の略語。DNAと同じく糖、リン酸、塩基からなるが、糖と塩基の種類が異なる。大きく分けて、伝令RNA (mRNA)、転移RNA (tRNA)、リボソームRNA (rRNA) の3種類がある。いずれも、たんぱく質の生体内での合成に関わる分子である。DNAに記録されている塩基配列としての遺伝情報は、いったん同じ塩基配列の形でmRNA に伝えられる。これを遺伝情報の転写という。後者二つは遺伝情報の翻訳に関わる。これらのRNA以外に、最近では、細胞内から遺伝子発現を制御する多数のRNAが発見され、また、人工的にも新しい機能をもつRNAが作られるようになっている。
※5 タンパク質
DNAのもつ遺伝情報を反映して生体機能を実際に制御したり、生体を形作ったりする主要な高分子。基本材料は20種類のアミノ酸であり、それらがDNAの持つ情報に基づいて、規則正しく鎖状につながり、折り畳まってできる。
※6 翻訳
転写された後に、タンパク質がリボゾームによって合成される過程のこと。
※7 ヌクレオチド
ヌクレオシドとリン酸の化合物で、DNAであるデオキシリボ核酸や、RNAであるリボ核酸を構成する。
※8 ヌクレオシド
アデニン、グアニン、シトシン、チミンなどの塩基と、デオキシリボースなどの糖との化合物で、アデノシン、チミジン、グアノシンなどがある。


図1 人工塩基対による遺伝情報の拡張システム
DNA中に人工塩基対(X−Y)を組み込み、この塩基対が複製・転写・翻訳過程のそれぞれで機能すれば、RNA中に新たな機能性の構成成分(X)やタンパク質中に人工アミノ酸(unAA)を組み込むことが可能になり、新規機能性バイオポリマーを作り出すバイオテクノロジーを創製することが期待できる。


図2 人工塩基対(Ds−Pa)を組み込んだDNA二重らせん構造モデル
疎水性のDs−Pa塩基対は、それぞれの塩基の形が天然型の塩基の形とは異なるが、DsとPa間では、互いに形がフィットするので、選択的に塩基対を形成することができる。Ds−Pa塩基対の全長(図中の構造の横幅)は、天然型のA−TとG−C塩基対の全長と同じであるため、DNAの二重らせん構造中に適合する。


図3 Ds−Pa塩基対を含むDNAのPCR増幅
Ds−Pa塩基対を含むDNAは、天然型のDNAと同様に、PCRにより効率よく増幅された(図左側)。増幅されたDNAのシーケンシングを行ったところ、10サイクル、ならびに、20サイクルのPCRの繰り返しにより増幅されたDNA中にもDs−Pa塩基対は、保存されていた(図右側、ピークが出ていない矢印の部分が人工塩基の存在を示す)。

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